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:第2章 「源九郎とフィーナの旅」
・2-8 第90話 「去らねばならない理由」
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・2-8 第90話 「去らねばならない理由」
源九郎は村人たちから逃れるために森の中へと入ったのだが、闇雲に飛び込んだわけではなかった。
そこは別の村へと続く街道の近く(街道と言っても未舗装の、馬車一台がやっと通過できる細いもの)で、夜の闇に目が慣れた状態ならばなんとかその道にまでたどりつくことができる。
そして道に出ることができた彼は、それに沿って、森の奥へと進んで行った。
(村の人たちが無理に追っかけて来なくて、助かったぜ)
源九郎は村人たちの賢明な判断に感謝し、同時に、自分のことをあれだけ必死に追いかけて来た少女が向けてくれた気持ちを叶えてやれなかったことに罪悪感を覚えた。
━━━なぜ、あんなふうに逃げ出さなければならなかったのか。
それは彼には向かうべき場所があったからであり、村人たちに引き留められるわけにはいかないからだった。
村人たちは、真剣に源九郎を村に住まわせようとしていた。
領主たちに兵士を送ってももらえない貧しい村にとってはそれが唯一、今後も野盗たちに襲われずに済むようになる方策だったからだ。
そして、もう一つ。
彼らには源九郎の力だけではなく、欲しいものがあった。
それは、━━━[血]だ。
身体から血を抜いて、なにかに利用するとかではない。
こういった辺境の村というのは、一般的にそこに住む人間の入れ代わりはほとんど起こらないものだった。
そもそも通りかかる者は少ないし、どこも貧しい村なので、自ら望んで居つこうと思う者などなおさらいない。
このために、村の人間たちの[血]というのは、徐々に均一化されていく。
何代も世代を重ねていくうちにその遺伝子が多様性を失っていってしまうのだ。
こうなってしまうと、村人たちは同じ疫病に共通して弱くなり、普通であれば誰かは生き残るかもしれないところを、容易に全滅してしまうようになる。
みな似通った遺伝子を持っているのだから、同じ原因で命を落としてしまうのだ。
もちろん、中近世の文明水準に暮らしている村人たちは遺伝子などということについては知らないだろう。
しかし、定期的に外部から新しい[血]を受け入れなければ、簡単に村が滅んでしまうということは、経験則として知っている。
村と村で婚姻関係を結び、互いに[血]を交換するということもあったが、それだって限界はある。
長い間同じことを続けていれば、結局はどの村の人々も似通った遺伝子を持つようになるからだ。
だから村人たちは、源九郎の[血]が欲しかった。
健康で、しかも強くたくましい、明らかにこの周辺の出身ではない、新しい[血]。
野盗たちからの脅威から身を守れるだけではなく、村は強靭となり、長く存続することができるだろう。
一晩でもいいから。
村人たちが必死にそう願って来たのは、つまりはそういう意味なのだ。
それは、源九郎がこの旅を始めてから2つ目に救った村で実際に経験したことだからよく知っている。
あと少しで自分は旅の連れと共にその村の中に取り込まれ、王都まで向かって国王にガツンと言ってやり、この辺境の人々全員を救う、という目的を果たせなくなるところだった。
もし、源九郎が村人たちの勧めるままにあの村に留まったのなら。
その時はあの少女が新たな[血]を受け入れるための受け皿に選ばれていたかもしれない。
彼女としては本望なことであったのに違いなく、源九郎もその気持ちを叶えてやりたいという感情を持っていたが、しかし、自分がこの世界に訪れて最初に出会った村の長老、自身の死と引きかえに村を救おうとし、果たせず、後のことをすべて旅のサムライに託して息絶えた老人との約束を破ることはできなかった。
もしどうしても、と望めば、村人や少女が言ったように、一晩だけ村に留まるという選択もできたかもしれない。
しかし、それを選ばなかったのは、源九郎自身の問題だった。
彼は誠実な人間であろうと志しているし、そういうことになった相手を放置して旅を続けるというのは、どうしても自分にはできそうにもなかったからだ。
「……やっぱ、怒られるだろうなぁ」
少女の熱っぽい視線、その体温を思い出した源九郎だったが、そう呟くことで自身の内側でムクムクと膨れ上がった、人間の理性ではない本能を振り払った。
熱っぽいその感情を打ち消すと、段々と憂鬱な気持ちになって来る。
というのは、逃げ出さなければならなくなったために、村人たちから野盗を退治する報酬として約束されていたものを受け取れなかったのだ。
貧しい村人たち相手のことだ。
報酬と言っても、金銀財宝といったものではない。
旅に必須となる携行食糧や、もしかしたらどこかで多少の売値がつくかもしれない動物の毛皮といった商品。
そして、この辺境を含めた地域を納めている国王がいるはずの場所へ向かうには、どこをどう進んで行けばよいのかという、情報。
実を言うと、源九郎が野盗を退治した回数は、今回でもう五回にもなっていた。
そしてその度に、報酬はもらいそびれてしまっている。
どの村でも、強引にでも、時には一服盛ってでも、源九郎とその旅の連れを引き留めようとしてきたから、逃げ出さなければならなかったからだ。
それは幸運にも野盗に困っていない村でも同様だった。
そういった村もいつ野盗たちに襲われるかと戦々恐々としていたし、外部からもたらされる[血]を貪欲に欲していたからだ。
旅の連れが彼と別行動をとっているのもここに原因がある。
━━━そしてそれは、源九郎は一か月もの間、辺境地域をうろうろと旅してまわっている理由にもなっている。
どこに向かえば王都にたどり着くことができるのか。
それがさっぱりわからないのだ。
源九郎は村人たちから逃れるために森の中へと入ったのだが、闇雲に飛び込んだわけではなかった。
そこは別の村へと続く街道の近く(街道と言っても未舗装の、馬車一台がやっと通過できる細いもの)で、夜の闇に目が慣れた状態ならばなんとかその道にまでたどりつくことができる。
そして道に出ることができた彼は、それに沿って、森の奥へと進んで行った。
(村の人たちが無理に追っかけて来なくて、助かったぜ)
源九郎は村人たちの賢明な判断に感謝し、同時に、自分のことをあれだけ必死に追いかけて来た少女が向けてくれた気持ちを叶えてやれなかったことに罪悪感を覚えた。
━━━なぜ、あんなふうに逃げ出さなければならなかったのか。
それは彼には向かうべき場所があったからであり、村人たちに引き留められるわけにはいかないからだった。
村人たちは、真剣に源九郎を村に住まわせようとしていた。
領主たちに兵士を送ってももらえない貧しい村にとってはそれが唯一、今後も野盗たちに襲われずに済むようになる方策だったからだ。
そして、もう一つ。
彼らには源九郎の力だけではなく、欲しいものがあった。
それは、━━━[血]だ。
身体から血を抜いて、なにかに利用するとかではない。
こういった辺境の村というのは、一般的にそこに住む人間の入れ代わりはほとんど起こらないものだった。
そもそも通りかかる者は少ないし、どこも貧しい村なので、自ら望んで居つこうと思う者などなおさらいない。
このために、村の人間たちの[血]というのは、徐々に均一化されていく。
何代も世代を重ねていくうちにその遺伝子が多様性を失っていってしまうのだ。
こうなってしまうと、村人たちは同じ疫病に共通して弱くなり、普通であれば誰かは生き残るかもしれないところを、容易に全滅してしまうようになる。
みな似通った遺伝子を持っているのだから、同じ原因で命を落としてしまうのだ。
もちろん、中近世の文明水準に暮らしている村人たちは遺伝子などということについては知らないだろう。
しかし、定期的に外部から新しい[血]を受け入れなければ、簡単に村が滅んでしまうということは、経験則として知っている。
村と村で婚姻関係を結び、互いに[血]を交換するということもあったが、それだって限界はある。
長い間同じことを続けていれば、結局はどの村の人々も似通った遺伝子を持つようになるからだ。
だから村人たちは、源九郎の[血]が欲しかった。
健康で、しかも強くたくましい、明らかにこの周辺の出身ではない、新しい[血]。
野盗たちからの脅威から身を守れるだけではなく、村は強靭となり、長く存続することができるだろう。
一晩でもいいから。
村人たちが必死にそう願って来たのは、つまりはそういう意味なのだ。
それは、源九郎がこの旅を始めてから2つ目に救った村で実際に経験したことだからよく知っている。
あと少しで自分は旅の連れと共にその村の中に取り込まれ、王都まで向かって国王にガツンと言ってやり、この辺境の人々全員を救う、という目的を果たせなくなるところだった。
もし、源九郎が村人たちの勧めるままにあの村に留まったのなら。
その時はあの少女が新たな[血]を受け入れるための受け皿に選ばれていたかもしれない。
彼女としては本望なことであったのに違いなく、源九郎もその気持ちを叶えてやりたいという感情を持っていたが、しかし、自分がこの世界に訪れて最初に出会った村の長老、自身の死と引きかえに村を救おうとし、果たせず、後のことをすべて旅のサムライに託して息絶えた老人との約束を破ることはできなかった。
もしどうしても、と望めば、村人や少女が言ったように、一晩だけ村に留まるという選択もできたかもしれない。
しかし、それを選ばなかったのは、源九郎自身の問題だった。
彼は誠実な人間であろうと志しているし、そういうことになった相手を放置して旅を続けるというのは、どうしても自分にはできそうにもなかったからだ。
「……やっぱ、怒られるだろうなぁ」
少女の熱っぽい視線、その体温を思い出した源九郎だったが、そう呟くことで自身の内側でムクムクと膨れ上がった、人間の理性ではない本能を振り払った。
熱っぽいその感情を打ち消すと、段々と憂鬱な気持ちになって来る。
というのは、逃げ出さなければならなくなったために、村人たちから野盗を退治する報酬として約束されていたものを受け取れなかったのだ。
貧しい村人たち相手のことだ。
報酬と言っても、金銀財宝といったものではない。
旅に必須となる携行食糧や、もしかしたらどこかで多少の売値がつくかもしれない動物の毛皮といった商品。
そして、この辺境を含めた地域を納めている国王がいるはずの場所へ向かうには、どこをどう進んで行けばよいのかという、情報。
実を言うと、源九郎が野盗を退治した回数は、今回でもう五回にもなっていた。
そしてその度に、報酬はもらいそびれてしまっている。
どの村でも、強引にでも、時には一服盛ってでも、源九郎とその旅の連れを引き留めようとしてきたから、逃げ出さなければならなかったからだ。
それは幸運にも野盗に困っていない村でも同様だった。
そういった村もいつ野盗たちに襲われるかと戦々恐々としていたし、外部からもたらされる[血]を貪欲に欲していたからだ。
旅の連れが彼と別行動をとっているのもここに原因がある。
━━━そしてそれは、源九郎は一か月もの間、辺境地域をうろうろと旅してまわっている理由にもなっている。
どこに向かえば王都にたどり着くことができるのか。
それがさっぱりわからないのだ。
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