80 / 226
:第1章 「令和のサムライと村娘、そしてとある村の運命」
・1-65 第81話 「源九郎の行く先は」
しおりを挟む
・1-65 第81話 「源九郎の行く先は」
「おさむれーさま」
源九郎が傷口を気にしながらゆっくりとした動きで体操をしていると、おずおず、と控えめな様子で、そう声をかけられる。
振り向くとそこには、源九郎が野盗たちから救い出した村娘、フィーナの姿があった。
まだ幼さの残る13歳の少女は、最初に出会った時と変わらない粗末なチュニック姿で、黒髪の下から金色に輝く印象的な瞳で上目遣いに源九郎のことを見つめている。
「鍛冶師のじーさまが、おさむれーさまの刀が仕上がったから、届けてくんろって」
そう言うフィーナの手には、修理のために預けていた源九郎の本差しと脇差が握られている。
産業が未発達だった時代、多くの村は自給自足が基本だった。
そしてその自給自足の中には、金属の精錬や加工などを行う鍛冶が含まれていることもある。
農作業に使う農具を始め、日常的に金属はなくてはならない存在だった。
その生活必需品を作ったり修理したりするためにイチイチ遠くの街にまで出かけて行くのはあまりにも不便だったから、自前でなんとかできるように村の中に鍛冶師が1人や2人いるのは決して珍しいことではない。
「おお、出来上がったのか。
どれどれ……」
源九郎はフィーナにニカッと歯を見せて笑いかけると、さっそく二本差しを受け取り、鞘から抜いてその出来栄えを確かめる。
「その……、おさむれーさま。
怒らねーでくんろ?
鍛冶師のじーさま、できるだけのことはしたけんど、これでもう精一杯だ、って」
そんな源九郎に、フィーナが申し訳なさそうな口調で言う。
実際のところ、刀の出来栄えはイマイチだった。
特に、本差し、打刀の状態が良くない。
切っ先には刃こぼれの形跡が目立ち、研ぎの仕上げも荒かった。
だが、鍛冶を任された者が、誠心誠意、できるだけのことをしてくれたというのだけは十分に伝わってくる出来栄えだった。
「いや、十分だ。
鍛冶師の人には、ありがとうって伝えておいてくれ。
足りない部分は、大きな街でちゃんとした刀鍛冶を見つけて直してもらうし、それまではこれでなんとかなるだろうさ」
刀の状態は不満足なものだったが、源九郎は怒らず、優しく微笑んで見せる。
相手が子供、フィーナだということもあったが、普段は農具や馬具しか扱ったことの無い村の鍛冶師が、不慣れながらも懸命に働いてくれたことが分かるからだ。
それに、そもそもは兜割などという大技を使った源九郎もいけないのだ。
「……おさむれーさま、やっぱり、どっかに行っちまうだか? 」
刀を鞘に戻す源九郎に、浮かない表情のフィーナがそうたずねる。
「ああ。
きっと、この世界にはまだまだ、この村みたいに困っている人たちがたくさんいるだろうからな。
その人たちを、この刀で……、助けて回るつもりだ」
寂しそうなフィーナの口調に気づきつつも、源九郎は考えを変えない。
傷が回復し、安定するまではこの村にお世話になるつもりだった。
しかしその後は、旅に出る。
すべてではないが、自分の刀で、殺陣で、救える人々がいると知っているからだ。
村人たちは、源九郎にずっと村にいてくれていいと言っていた。
この村を救った恩人として、一生面倒を見るとさえ言ってくれた。
だが、源九郎はその厚意に甘えるつもりはなかった。
たとえ自分がこの村にとって忘れ得ない功績があるのだとしても、なにもせずにそこにいるだけではむしろ居心地が悪かったし、サムライとして生き、できるだけ多くの人を救うためには、ここに留まっていることはできない。
村を再建しなければならない村人たちのことは、心配ではあった。
またあの野盗たちのような存在があらわれ、襲われないとも限らない。
そんな時、源九郎がいれば村を守ることができるだろう。
この村を、人々を、一生をかけて守り続ける。
それも1つの選択肢ではあったが、きっとこの世界には、源九郎の、サムライの助けを必要としている人々があちこちにいるはずだった。
その人々を放っておくことはきっと、[正義のサムライ]はしないはずなのだ。
源九郎はその視線を遥か彼方の地平線へ、まだ見たこともない世界へと向ける。
「もちろん、この村でなにか困ったことがあったら……、すぐに助けに戻ってくるさ」
それからフィーナの方へ視線を戻すと、源九郎は彼女を励ます笑みを浮かべた。
それは彼女をなぐさめるための言葉ではなく、本心からの約束だった。
その源九郎の気持ちは、フィーナにも伝わっている。
彼女は寂しそうではあったが、少し安心したような笑みを浮かべた。
その様子を確認して、源九郎も安心する。
(トラウマになっていてもおかしくねぇけど……、フィーナ、大丈夫そうでよかった)
彼女が経験した、幼い少女にとっては辛すぎる出来事。
目の前で育ての親である長老を殺され、そして、多くの命が失われる様を目にした。
彼女はまだ幼いのに、血を見過ぎている。
だからこそ野盗の根城となっていた城を出るまで目を閉じていろと源九郎は言ったのだが、それである程度は見るべきでない光景を目にせずに済んだのだとしても、肌で直接感じた修羅場の雰囲気は、少女の心を深く傷つけているはずだった。
そんな彼女を残して旅に出ることは、源九郎も不安だったのだ。
だが、ひとまずフィーナは平気そうに見える。
彼女は長老の葬儀の際にも気丈に振る舞っていたし、源九郎の前に姿を見せる時はいつも元気そうにしている。
ただ、その表情にはいつも影があることも事実だった。
「おさむれーさま」
源九郎が傷口を気にしながらゆっくりとした動きで体操をしていると、おずおず、と控えめな様子で、そう声をかけられる。
振り向くとそこには、源九郎が野盗たちから救い出した村娘、フィーナの姿があった。
まだ幼さの残る13歳の少女は、最初に出会った時と変わらない粗末なチュニック姿で、黒髪の下から金色に輝く印象的な瞳で上目遣いに源九郎のことを見つめている。
「鍛冶師のじーさまが、おさむれーさまの刀が仕上がったから、届けてくんろって」
そう言うフィーナの手には、修理のために預けていた源九郎の本差しと脇差が握られている。
産業が未発達だった時代、多くの村は自給自足が基本だった。
そしてその自給自足の中には、金属の精錬や加工などを行う鍛冶が含まれていることもある。
農作業に使う農具を始め、日常的に金属はなくてはならない存在だった。
その生活必需品を作ったり修理したりするためにイチイチ遠くの街にまで出かけて行くのはあまりにも不便だったから、自前でなんとかできるように村の中に鍛冶師が1人や2人いるのは決して珍しいことではない。
「おお、出来上がったのか。
どれどれ……」
源九郎はフィーナにニカッと歯を見せて笑いかけると、さっそく二本差しを受け取り、鞘から抜いてその出来栄えを確かめる。
「その……、おさむれーさま。
怒らねーでくんろ?
鍛冶師のじーさま、できるだけのことはしたけんど、これでもう精一杯だ、って」
そんな源九郎に、フィーナが申し訳なさそうな口調で言う。
実際のところ、刀の出来栄えはイマイチだった。
特に、本差し、打刀の状態が良くない。
切っ先には刃こぼれの形跡が目立ち、研ぎの仕上げも荒かった。
だが、鍛冶を任された者が、誠心誠意、できるだけのことをしてくれたというのだけは十分に伝わってくる出来栄えだった。
「いや、十分だ。
鍛冶師の人には、ありがとうって伝えておいてくれ。
足りない部分は、大きな街でちゃんとした刀鍛冶を見つけて直してもらうし、それまではこれでなんとかなるだろうさ」
刀の状態は不満足なものだったが、源九郎は怒らず、優しく微笑んで見せる。
相手が子供、フィーナだということもあったが、普段は農具や馬具しか扱ったことの無い村の鍛冶師が、不慣れながらも懸命に働いてくれたことが分かるからだ。
それに、そもそもは兜割などという大技を使った源九郎もいけないのだ。
「……おさむれーさま、やっぱり、どっかに行っちまうだか? 」
刀を鞘に戻す源九郎に、浮かない表情のフィーナがそうたずねる。
「ああ。
きっと、この世界にはまだまだ、この村みたいに困っている人たちがたくさんいるだろうからな。
その人たちを、この刀で……、助けて回るつもりだ」
寂しそうなフィーナの口調に気づきつつも、源九郎は考えを変えない。
傷が回復し、安定するまではこの村にお世話になるつもりだった。
しかしその後は、旅に出る。
すべてではないが、自分の刀で、殺陣で、救える人々がいると知っているからだ。
村人たちは、源九郎にずっと村にいてくれていいと言っていた。
この村を救った恩人として、一生面倒を見るとさえ言ってくれた。
だが、源九郎はその厚意に甘えるつもりはなかった。
たとえ自分がこの村にとって忘れ得ない功績があるのだとしても、なにもせずにそこにいるだけではむしろ居心地が悪かったし、サムライとして生き、できるだけ多くの人を救うためには、ここに留まっていることはできない。
村を再建しなければならない村人たちのことは、心配ではあった。
またあの野盗たちのような存在があらわれ、襲われないとも限らない。
そんな時、源九郎がいれば村を守ることができるだろう。
この村を、人々を、一生をかけて守り続ける。
それも1つの選択肢ではあったが、きっとこの世界には、源九郎の、サムライの助けを必要としている人々があちこちにいるはずだった。
その人々を放っておくことはきっと、[正義のサムライ]はしないはずなのだ。
源九郎はその視線を遥か彼方の地平線へ、まだ見たこともない世界へと向ける。
「もちろん、この村でなにか困ったことがあったら……、すぐに助けに戻ってくるさ」
それからフィーナの方へ視線を戻すと、源九郎は彼女を励ます笑みを浮かべた。
それは彼女をなぐさめるための言葉ではなく、本心からの約束だった。
その源九郎の気持ちは、フィーナにも伝わっている。
彼女は寂しそうではあったが、少し安心したような笑みを浮かべた。
その様子を確認して、源九郎も安心する。
(トラウマになっていてもおかしくねぇけど……、フィーナ、大丈夫そうでよかった)
彼女が経験した、幼い少女にとっては辛すぎる出来事。
目の前で育ての親である長老を殺され、そして、多くの命が失われる様を目にした。
彼女はまだ幼いのに、血を見過ぎている。
だからこそ野盗の根城となっていた城を出るまで目を閉じていろと源九郎は言ったのだが、それである程度は見るべきでない光景を目にせずに済んだのだとしても、肌で直接感じた修羅場の雰囲気は、少女の心を深く傷つけているはずだった。
そんな彼女を残して旅に出ることは、源九郎も不安だったのだ。
だが、ひとまずフィーナは平気そうに見える。
彼女は長老の葬儀の際にも気丈に振る舞っていたし、源九郎の前に姿を見せる時はいつも元気そうにしている。
ただ、その表情にはいつも影があることも事実だった。
0
お気に入りに追加
97
あなたにおすすめの小説
前世の記憶で異世界を発展させます!~のんびり開発で世界最強~
櫻木零
ファンタジー
20XX年。特にこれといった長所もない主人公『朝比奈陽翔』は二人の幼なじみと充実した毎日をおくっていた。しかしある日、朝起きてみるとそこは異世界だった!?異世界アリストタパスでは陽翔はグランと名付けられ、生活をおくっていた。陽翔として住んでいた日本より生活水準が低く、人々は充実した生活をおくっていたが元の日本の暮らしを知っている陽翔は耐えられなかった。「生活水準が低いなら前世の知識で発展させよう!」グランは異世界にはなかったものをチートともいえる能力をつかい世に送り出していく。そんなこの物語はまあまあ地頭のいい少年グランの異世界建国?冒険譚である。小説家になろう様、カクヨム様、ノベマ様、ツギクル様でも掲載させていただいております。そちらもよろしくお願いします。
令和日本では五十代、異世界では十代、この二つの人生を生きていきます。
越路遼介
ファンタジー
篠永俊樹、五十四歳は三十年以上務めた消防士を早期退職し、日本一周の旅に出た。失敗の人生を振り返っていた彼は東尋坊で不思議な老爺と出会い、歳の離れた友人となる。老爺はその後に他界するも、俊樹に手紙を残してあった。老爺は言った。『儂はセイラシアという世界で魔王で、勇者に討たれたあと魔王の記憶を持ったまま日本に転生した』と。信じがたい思いを秘めつつ俊樹は手紙にあった通り、老爺の自宅物置の扉に合言葉と同時に開けると、そこには見たこともない大草原が広がっていた。
転生した体のスペックがチート
モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。
目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい
このサイトでは10話まで投稿しています。
続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!
日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊
北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。
スキル【アイテムコピー】を駆使して金貨のお風呂に入りたい
兎屋亀吉
ファンタジー
異世界転生にあたって、神様から提示されたスキルは4つ。1.【剣術】2.【火魔法】3.【アイテムボックス】4.【アイテムコピー】。これらのスキルの中から、選ぶことのできるスキルは一つだけ。さて、僕は何を選ぶべきか。タイトルで答え出てた。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
墓守の荷物持ち 遺体を回収したら世界が変わりました
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はアレア・バリスタ
ポーターとしてパーティーメンバーと一緒にダンジョンに潜っていた
いつも通りの階層まで潜るといつもとは違う魔物とあってしまう
その魔物は僕らでは勝てない魔物、逃げるために必死に走った
だけど仲間に裏切られてしまった
生き残るのに必死なのはわかるけど、僕をおとりにするなんてひどい
そんな僕は何とか生き残ってあることに気づくこととなりました
若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双
たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。
ゲームの知識を活かして成り上がります。
圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる