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:第1章 「令和のサムライと村娘、そしてとある村の運命」

・1-28 第44話 「全村会議:1」

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・1-28 第44話 「全村会議:1」

 野盗たちは、翌朝にまた食料を取りに来ると言って村を去った。

 野盗たちの姿が見えなくなった後の村は、しかし、野盗たちがいた時よりも一層重苦しくなった沈黙に包まれている。

 村人たちが、ない人出をかき集めて必死に耕していた畑。
 そこに植えるための種を差し出せと、そう野盗たちは要求して来た。

 野盗たちと直接対峙したのは村の長老だけだったが、多くの村人にも、頭領が出したその要求は聞こえていた。
 誰もが固唾を飲みながら、野盗と長老との話し合いを注視していたからだ。

 それは、村の[命]を差し出せと言っているのと変わりのないことだった。
 もし種を差し出してしまえば、それで、この村の歴史は途絶える。
 来年の春を迎えることなく、誰1人もいない、廃村ができあがることだろう。

 種がないと困るというのなら、新しい種を買って来ればいいと思うかもしれない。
 もし村にそれなりの財産があり、また、種を売ってくれる相手がいるのなら、それでもよかった。

 源九郎が転生して来る前に暮らしていた世界では、種はごく当たり前に売られているものだった。
 園芸用品を扱っているような店舗ならどこでも、当たり前のように、しかもお手ごろな値段で種を購入することができる。
 そうでなくとも、ネットの通販などで簡単に、しかも届け先も指定して買うことができる。

 しかし、今、源九郎がいる世界では事情が違うだろう。
 どこもさほど余裕のある暮らしはしていないはずで、生産された作物は次に植える分と食べる分を除いてすべて売ってしまうか、税金などに取られてしまうからだ。

 この村に種を気軽に売ってくる相手など、そんなことができる相手など、いない。
 どこも自分のところで使うための種しか保管しておらず、その種を分けてしまったら共倒れになってしまうからだ。
 しかも村には財産もほとんどないから、運よく余分な種を持っている相手が見つかったとしても、買うことはできないだろう。
 種は他の、購入する余裕のあるところに買われて、この村には入ってこない。

 種を差し出せ。
 その要求は、村人たちにとってはあまりにも深刻な問題だった。

 それでも、村人たちはこの問題にどう対処するかを決めなければならない。
 種を差し出し、冬までの延命をし、その間になんらかの奇跡が起こって冬を越すことができる可能性に賭けるか。
 それとも、野盗たちの要求を拒否し、その攻撃を受けるか。

 あまりの事態に呆然としつつも、漠然ばくぜんと自分たちの未来をその2つで想像した村人たちはその過酷な運命に恐怖し、絶望した。

 そんな村人たちが見つめている中、野盗たちに跪(ひざまず)いて哀願していた長老が、杖を頼りにしてよろよろと起き上がる。

 長老は、絶望を強く感じていても、思考停止してはいなかった。
 その表情には強い決意のようなものが浮かび、すでに長老にはどうするべきかの意見があるようだった。

「みんな。
 すまねぇが、集まって来てくんろ」

 やがて長老は、家の中で鎮まりかえっている村人たちに向かって、厳かな口調でそう言った。
 すると村人たちはおそるおそる、家の中から姿を見せ始める。

 そしてすぐに、村人たちは長老を中心に集まっていた。

────────────────────────────────────────

「夜分に、申し訳もねぇ。
 んだけど、みな、分かっとると思うだが、村のもん全員で話し合わねばなんねぇことができちまった。

 臨時の全村会議を、開くだよ」

 集まって来た村人たちの不安そうな表情を一通り眺めた後、長老は抑揚のない静かな声で、この村の運命を決める会議を始めることを宣告した。
 そうだろうということはみなが理解して集まってはいたが、その議題の重大さに、多くの者が緊張からゴクリ、と生唾を飲み込む。

 集まったのは、まだ幼い子供を除いた、村人のほぼ全員。
 その合議によって、これから、この村がたどる運命が決定される。

「多くのもんが知っとると思うけんど、野盗どもは、オラたちに、種までよこせって言ってきただ。
 種を差し出せば、この辺りから去る、とも言っとった。

 ただし、差し出さなければ、村のもんは皆殺しにするそうだべ」

 その長老の言葉で、村人たちの視線は自然と、広場の隅に移動させられ、粗末な布切れを被せられているだけの、野盗の遺体へと向けられる。

遺体から流れ出た血は、まだ生々しく血だまりを作っている。
 そしてそれは、村人たちに「皆殺し」という脅しを強く印象づけていた。

 逆らえば、こうなる。
 遺体は村人たちに無言のまま、その事実を突きつけている。

 野盗たちの頭領は、自身の命令を聞かなかった部下を斬り捨てることによって、源九郎に部下が破れたことで傷ついた自分たちの武力への威信を回復することに成功していた。

 もはや誰もが、死というモノを強く意識せずにはいられない。
 それがどういうモノであるのか、誰もが目にしているのだ。

 村人たちは内心穏やかではなく、動揺していたが、静かだった。
 みなが、なにか考えを持っているらしい長老に淡いながらもこの状況の解決案を期待し、すがるような思いでその言葉を待っているのだ。

「みなもわかっとる通り、種を差し出しちまったら、この村はおしめぇだ。
 とても、今年の冬は越すことができねぇ。

 だけんど、渡さなかったら、オラたちは明日の朝、皆殺しにされちまう」

 村人たちの、祈るような気持。
 それを肌で感じているのか、長老の言葉は重々しい。

「オラは、明日、皆殺しにされちまうよりも、野盗どもの要求を飲むべきだと思うだ」

 しかし、長老から出てきたのは、そんな言葉。
 村人たちがわずかでも期待していた、村を存続させ、野盗たちを追い払うこともできるような、妙案などではなかった。

「ただし、種を全部くれてやらずに済むよう、なんとかもう一度交渉してみるつもりだ。
 せめて、半分だけでも種を残してもらえるように。

 オラの命を引きかえにしてでも、その条件を飲ませるだよ」

 落胆し、絶望しそうになる村人たちに、長老はそう言葉を続ける。

 自分の命と引き換えにして、野盗たちに譲歩を迫る。
 どうやらそれが、長老が思いついた[解決策]であるらしかった。
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