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・第37話 「死闘:1」

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・第37話 「死闘:1」

 また、一人、いなくなった。
 みんなみんな、倒れていく。

 その事実に、不意に涙がこみあげて来る。

 だが、アラン・フルーリーは泣かなかった。

 丘の向こうから、連邦軍の将兵が雄叫びをあげている。
 航空支援を受けた彼らは、ついに攻撃を再開したのだろう。

(まだ、終わっていない! )

 立ち上がり、形見となった砲兵モデルをしっかりとベルトに挟み込んだアランは、ヴァレンティ中尉の最後の命令を伝えるべく、B分隊の仲間たちの下へ戻るために走り出した。

 泣いている時間など、この状況を嘆いている余裕など、どこにもない。
 戦わなければ。
 そうして、一分、一秒でも長く、敵を足止めしなければならない。

 そのために残るのだと、そう決意したのだ。
 そのために、自分に存在したのかもしれない未来を、手放したのだ。

 稜線から姿をさらけ出した連邦軍の将兵が、激しい射撃を加えて来る。
 煙幕による目隠しはすでになく、そして、敵はここに王立軍がいることを知っている。

 倒れて行った戦友の、仇(かたき)。
 彼らにとってアランたちは間違いなく恐るべき、そして憎むべき存在であり、その攻撃は熾烈(しれつ)だった。

 走るアランのすぐ脇を何発もの銃弾がかすめていく。
 王立軍の軍服を身につけていて、動く者は、誰であっても撃たれる。

 その中を夢中で駆け抜けて塹壕に飛び込むと、そこではまだ分隊の仲間たちが悪戦苦闘していた。
 必死に、対戦車砲の下を掘っている。
 仰角を取ろうとしているのだ。

 先の戦いでは、連邦軍の強力な戦車を屠(ほふ)るため、傾斜装甲の効果を減じるために、砲にその機構上の限界よりも大きな俯角(ふかく)をつけなければならず、砲を斜面に沿って下向きになるようにすえつけていた。
 そして敵はこの対戦車砲の攻撃によって多くの戦車を撃破されて、すっかり懲(こ)りたらしい。

 歩兵だけを陣地の制圧のために突撃させ、残り、数えられるほどに減少した戦車は稜線の上に陣取って、上の方から王立軍の陣地を攻撃してきている。
 彼らも砲の俯角(ふかく)が不足しているのか、砲搭上面にすえつけた機関銃による掃射を浴びせて来ていた。

 それに対抗するためには、今度は大きな仰角を取らなければならない。
 だから対戦車砲の下を掘り、砲身が上に向くようにしているのだ。

「A分隊は!? ヴァレンティ中尉は、どうだった!? 」
「亡くなりました! 小隊の指揮権はベイル軍曹に一任すると! それから、作戦を取り決め通りに、必ず遂行するようにと! あと、これを預かってきました! 」
「くそっ……! わかった、オレが指揮を引き継ぐ! それと、その銃はとりあえずお前が預かっていてくれ! 今は手が離せん! 」
「分かりました! 」

 託された言葉を伝え終えると、差し出していた拳銃をまた自身のベルトに挟み直し、アランは仲間たちの作業に加わった。

「来る! 敵が、来てやがるぜ! もう川のところまで来てる! 」

 軽機関銃の弾倉(マガジン)を交換しながら、パガーニ伍長が切迫した口調で叫ぶ。

「作業中止! もう、このままでいい。榴散弾を装填しろ! 」

 ベイル軍曹の判断は、早い。
 地面の下を掘る作業を止めさせ、砲の配置につかせる。

「距離は!? 」
「ゼロ距離! 小川を越えて来る敵兵に向かって、撃ち下ろす! なるべく散弾を広くばらまくんだ! 」

 あらかじめ装填されていた特殊徹甲弾を抜き取り、榴散弾を手にしたミュンター上等兵が問いかけると、ベイル軍曹は短機関銃に弾倉(マガジン)を装填しながら叫んだ。
 上等兵は慌ただしく、だが訓練された通りの動きで信管をゼロに、すなわち発砲と同時に作動するように調整して砲尾に押し込み、「装填完了! 」と知らせる。

「自由射撃! 目についた奴らに、手当たり次第に撃て! 」

 短機関銃を発射しながら、ベイル軍曹は振り返ることもなく命じる。
 本来であれば指揮官である彼がイチイチ目標を指示するべきであったが、敵はもはや小川を突破しつつあり、もっとも先を進んでいる敵との距離は百メートル程度にまで迫っている。

 これほど差し迫った状況にあっては、もはや指示を出している余裕もない。
 できるだけ速やかに、より多くの火力を投射するべきだという判断をしたらしかった。

 砲の操作を任されているルッカ伍長は望遠タイプの照準器を取り外し、肉眼で使用する簡易照準器を利用して狙いを定める。
 照準器を利用するよりもその方が視界は広くなる。現在のような戦況では正確性よりも視野を広げて状況を把握し、素早く対処することの方が大切だった。

 まして、今、装填されているのは、榴散弾。
 発射され、信管を調定された距離で炸裂すると、前方に広く散弾をまき散らす。
 歩兵の集団を制圧するための兵器なのだ。
 細かい狙いをつけずとも命中する。

 自由射撃というのは、砲手が独自に目標を定め、最適だと思うタイミングで発砲して良い、という号令だ。
 その指示に従ってルッカ伍長は引き金を引いた。

 放たれた三十七ミリ口径の榴散弾は砲口を飛び出した瞬間、すなわちゼロ距離で信管を作動させ、爆ぜる。
 まき散らされた無数の散弾は、小川を越えて岸辺に這い上がり、小銃をかまえて斜面を駆け上って来ていた連邦軍の一団を薙ぎ払った。

 それでも、突撃は止まらない。

 この攻撃で必ず敵陣を制圧せよ。
 そんな厳命が下されているのか、敵は倒れた味方を踏み越え、迫って来る。

 分隊は保有するすべての火器で応戦したが、食い止めることはできなかった。
 連邦側の空爆によってただでさえ生き残りが少なかった対戦車砲分隊はその数を減らしており、陣地の守りには多くの死角ができているだけでなく、前線で戦っている者たちを支援してくれる予備の陣地もないからだ。

 厚みのない防衛線は、一度、その守りを崩されると脆(もろ)い。
 小さなほころびを埋めることができず、一気に浸透される。

 榴散弾の威力と、全力の射撃で分隊の正面から押しよせて来る敵を押しとどめることはできていた。
 小なりといっても大砲の火力は敵を怯ませ、小川の線まで後退させたのだ。

 しかし、横合いから回り込まれてしまう。
 味方が食い止められているのを横目に、息を切らしながら駆け上って来た連邦軍の下士官は、低い姿勢から突然立ち上がると、力一杯、砲丸投げの要領でなにかを投げつけて来る。

「手榴弾っ!!! 」

 自分たちの中に何かが落ちてきた。
 その正体を視線で追い、すぐに理解したミュンター上等兵は、警告の声をあげ、コンマ数秒の躊躇(ちゅうちょ)の後、自身の身体をその上に覆いかぶせていた。
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