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:第1話 「分隊:1」
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:第1話 「分隊:1」
イリス=オリヴィエ連合王国北西部。
連邦との国境から五十キロメートル、王都・フィエリテ市から二百五十キロメートル———。
一年間の教育課程を終え、無事に二等兵から一等兵に昇格したアラン・フルーリーが新しく配属された分隊の面々は、すっかりだらけ切っていた。
それも、そのはず。
一週間の予定で参加した、野戦築城技術の向上と野外で長期間活動する能力の強化を目的とした演習も後一日で終わるという、五月十五日の暮れ。
突如として「演習中止。全員、別命があるまでその場で待機せよ」との命令がもたらされ、それ以来ずっと、演習場に放置されているからだ。
この演習が終われば、まとまった休暇がもらえたはずなのに……。
あらたな命令もないまま、円匙(えんぴ)で掘った塹壕の中で待ちぼうけを食らっているのだから、士気があがるはずなどなかった。
王立陸軍で運用されている小型・軽量な火砲、M三六八七・三十七ミリ対戦車砲・B型を中心に据(す)えて塹壕を掘り土嚢(どのう)を積んで、ネットや植物などで偽装を施した陣地。
屋根と言えば枝の柱を立てて縄をかけ防水布を張った簡単なものしかなく、一度、夜半に小雨が降った際にはみんなで肩を寄せ合い、ガタガタと震えながら寒さに耐えたものだ。
食事だって、良いものは食べさせてもらっていない。
一日に一回、三食分の糧食(レーション)の配給があるのだが、毎度同じメニューで、しかも保存食ばかりだった。
規律にうるさい軍隊生活での数少ない楽しみは、食事だ。
大抵の人間は空腹を満たすことが好きだったし、美味しい料理を食べると幸せな気持ちになって、元気が出る。
肉体を酷使することになる軍隊生活をやり遂げるのに当たって欠かせない毎日の心の潤いが、食事の時間なのだ。
それなのにこの二週間ずっと、似たような献立(こんだて)の保存食ばかりを食べさせられている。
演習中は実戦を想定してのことだったから我慢もできたのだが、本来なら休暇となっていたはずの日まで、演習場にのざらしで、単調な食事ばかりとなると、「やってられるか! 」という気持ちになって来る。
仕方ないと言えば、その通りだ。
自分たちは本来、とっくにここからいなくなっているはずの部隊であり、演習場に展開している一個対戦車砲大隊の、数百人もの人数に暖かい出来たての料理を提供する術はどこにもなかった。
急いでそういう手配できれば良かったのだが、王国の苦しい予算の都合か、あるいは上層部の混乱の影響か、手が回っていない。
だから、送られてくるのは倉庫の備蓄ばかり。
もっとも、毎日三回きちんと食べられるのだから、ありがたいと思うべきなのだと、そう言い聞かせて来た。
それなのに、いつもなら昼前には一日分がまとまって到着しているはずの配給が、今日に限っては届いてさえいなかった。
「ああ……、腹減ったな~。オイ、新入り! まだ煙草を持ってたりしねぇか? 煙(モク)でもなきゃやってらんねぇよ」
アランが対戦車砲の弾薬運搬車の車輪に背中を預けて空腹を耐え忍んでいると、くだけた印象の声がかかる。
振り向くと、五メートルほど先で百八十センチ以上の身長を持つ分隊所属の下士官、カルロ・パガーニ伍長が、寝そべった体勢から半身だけを起こしてこちらの方を見ていた。
兵役を終えてからも軍隊に残ったいわゆる職業軍人で、刈り込んだこげ茶色の髪を持った面長の男性だ。
アランにとっては、少しだけ苦手な相手だ。
パガーニ伍長は王立陸軍の対戦車砲分隊に必ず一丁は装備されている軽機関銃(一人で携行できるように軽量化された機関銃)の銃手であり、重要な役割を任されていることを鼻にかけ、新入りの一等兵に対して先輩風を吹かせたがるところがある。
「えっ、あ、その……っ、た、確か、まだあったと思います」
「おう、じゃ、寄こしてくれや」
「は、はい! 」
鷹揚(おうよう)に手招きされて、アランは慌てて、自分の軍服のポケットをまさぐる。
二十本入りの小箱がある。中身も丸々残っているはずだ。
というのは、王国では飲酒も喫煙も二十歳になってから、というのが法律で決まっており、まだ十九歳の未成年が煙草を吸うわけにはいかなかったからだ。
そもそも配給されなくてもいいはずだったが、食事などを運んできてくれる輜重(しちょう)兵が演習場に放置されている境遇を憐れみ、せめて煙草でもと持ってきてくれた際に、隊員一人一人の年齢のことまで考えずに食事を配給する箱に混ぜて配ってしまったから、アランの手元にも届いてしまったのだ。
探り当てた煙草の小箱をパガーニ伍長に向かって放り投げると、しかし、横合いから別の誰かの手が割り込み、空中でキャッチしてしまう。
「オイ、なにすんだよ? 」
「お黙り、カルロ。アンタは自分の分はとっくに吸っちまったんだろう? それなのに、いたいけな新人からせびろうなんざ、許さないよ」
ムッとして睨みつけられたものの、そう言って不敵な笑みを浮かべたのはマリーザ・ルッカ伍長だった。
王国の南部出身者に多い褐色の肌と後ろで束ねた黒髪を持つ、姉御肌の下士官だ。この分隊では対戦車砲の砲手を務めている。
「んだよ? 別にいいだろ、アイツ未成年で、どうせ吸わねぇんだから」
「だからって、一方的に貢がせちゃ公平じゃないよ。コイツが欲しけりゃ、アンタも相応のモンを出して交換しな。分隊はチームなんだから、対等にやらないとね」
パガーニ伍長は納得がいかないのか文句を言うが、ルッカ伍長はどこ吹く風、まるで取り合わない。
「交換ったって、なぁ……」
ノッポの軽機関銃手は、まるで相手になにか弱みでも握られているのかと思ってしまうほどあっさりと引き下がり、煙草と等価交換できそうなものがないかと自身のポケットをまさぐりはじめる。
出てきたのは、煙草の空き箱、マッチ、それから、よく使い込まれたカード。
「おっ、そうだ! 」
パガーニ伍長は名案を思いついた様子で、声を弾ませる。
「おい、新入り! ここはひとつ、カードで勝負しようじゃねぇか! 俺様が勝ったら煙草をいただく。負けたら、このカードをやるよ」
「バカ言うんじゃないよ、カルロ! 」
アランがなにか答える前に、ルッカ伍長がぴしゃり、と叱りつける。
「どうせ、イカサマで勝つつもりなんだろう? アンタのカードにゃ細工がしてあるって、知ってるんだからね!? 」
「チッ。バレてちゃぁ、仕方ねぇや」
するとパガーニ伍長は、残念そうではあったが少しも悪びれずに肩をすくめ、ポケットから取り出したモノを元の場所にしまい込むと、つまらなさそうに寝ころんで頭の後ろで手を組んで空を見上げる。
煙草は我慢することにしたらしい。
ルッカ伍長が放って返却して来た小箱を両手で受け取りながら、アランは内心でほっとしていた。
まだ十か月以上は過ごすことになる分隊の先輩と厄介なトラブルを起こしたくないと思っていたから、丸く収めてもらえて安心したのだ。
(はぁ……。早く、家に帰りたいなぁ)
この分隊は嫌いではなかったが、なすこともなくぼんやりと空を眺めていると、どうしても郷愁をかき立てられてしまう。
空は、故郷で見慣れたものと少しも変わらないように思えたからだ。
イリス=オリヴィエ連合王国北西部。
連邦との国境から五十キロメートル、王都・フィエリテ市から二百五十キロメートル———。
一年間の教育課程を終え、無事に二等兵から一等兵に昇格したアラン・フルーリーが新しく配属された分隊の面々は、すっかりだらけ切っていた。
それも、そのはず。
一週間の予定で参加した、野戦築城技術の向上と野外で長期間活動する能力の強化を目的とした演習も後一日で終わるという、五月十五日の暮れ。
突如として「演習中止。全員、別命があるまでその場で待機せよ」との命令がもたらされ、それ以来ずっと、演習場に放置されているからだ。
この演習が終われば、まとまった休暇がもらえたはずなのに……。
あらたな命令もないまま、円匙(えんぴ)で掘った塹壕の中で待ちぼうけを食らっているのだから、士気があがるはずなどなかった。
王立陸軍で運用されている小型・軽量な火砲、M三六八七・三十七ミリ対戦車砲・B型を中心に据(す)えて塹壕を掘り土嚢(どのう)を積んで、ネットや植物などで偽装を施した陣地。
屋根と言えば枝の柱を立てて縄をかけ防水布を張った簡単なものしかなく、一度、夜半に小雨が降った際にはみんなで肩を寄せ合い、ガタガタと震えながら寒さに耐えたものだ。
食事だって、良いものは食べさせてもらっていない。
一日に一回、三食分の糧食(レーション)の配給があるのだが、毎度同じメニューで、しかも保存食ばかりだった。
規律にうるさい軍隊生活での数少ない楽しみは、食事だ。
大抵の人間は空腹を満たすことが好きだったし、美味しい料理を食べると幸せな気持ちになって、元気が出る。
肉体を酷使することになる軍隊生活をやり遂げるのに当たって欠かせない毎日の心の潤いが、食事の時間なのだ。
それなのにこの二週間ずっと、似たような献立(こんだて)の保存食ばかりを食べさせられている。
演習中は実戦を想定してのことだったから我慢もできたのだが、本来なら休暇となっていたはずの日まで、演習場にのざらしで、単調な食事ばかりとなると、「やってられるか! 」という気持ちになって来る。
仕方ないと言えば、その通りだ。
自分たちは本来、とっくにここからいなくなっているはずの部隊であり、演習場に展開している一個対戦車砲大隊の、数百人もの人数に暖かい出来たての料理を提供する術はどこにもなかった。
急いでそういう手配できれば良かったのだが、王国の苦しい予算の都合か、あるいは上層部の混乱の影響か、手が回っていない。
だから、送られてくるのは倉庫の備蓄ばかり。
もっとも、毎日三回きちんと食べられるのだから、ありがたいと思うべきなのだと、そう言い聞かせて来た。
それなのに、いつもなら昼前には一日分がまとまって到着しているはずの配給が、今日に限っては届いてさえいなかった。
「ああ……、腹減ったな~。オイ、新入り! まだ煙草を持ってたりしねぇか? 煙(モク)でもなきゃやってらんねぇよ」
アランが対戦車砲の弾薬運搬車の車輪に背中を預けて空腹を耐え忍んでいると、くだけた印象の声がかかる。
振り向くと、五メートルほど先で百八十センチ以上の身長を持つ分隊所属の下士官、カルロ・パガーニ伍長が、寝そべった体勢から半身だけを起こしてこちらの方を見ていた。
兵役を終えてからも軍隊に残ったいわゆる職業軍人で、刈り込んだこげ茶色の髪を持った面長の男性だ。
アランにとっては、少しだけ苦手な相手だ。
パガーニ伍長は王立陸軍の対戦車砲分隊に必ず一丁は装備されている軽機関銃(一人で携行できるように軽量化された機関銃)の銃手であり、重要な役割を任されていることを鼻にかけ、新入りの一等兵に対して先輩風を吹かせたがるところがある。
「えっ、あ、その……っ、た、確か、まだあったと思います」
「おう、じゃ、寄こしてくれや」
「は、はい! 」
鷹揚(おうよう)に手招きされて、アランは慌てて、自分の軍服のポケットをまさぐる。
二十本入りの小箱がある。中身も丸々残っているはずだ。
というのは、王国では飲酒も喫煙も二十歳になってから、というのが法律で決まっており、まだ十九歳の未成年が煙草を吸うわけにはいかなかったからだ。
そもそも配給されなくてもいいはずだったが、食事などを運んできてくれる輜重(しちょう)兵が演習場に放置されている境遇を憐れみ、せめて煙草でもと持ってきてくれた際に、隊員一人一人の年齢のことまで考えずに食事を配給する箱に混ぜて配ってしまったから、アランの手元にも届いてしまったのだ。
探り当てた煙草の小箱をパガーニ伍長に向かって放り投げると、しかし、横合いから別の誰かの手が割り込み、空中でキャッチしてしまう。
「オイ、なにすんだよ? 」
「お黙り、カルロ。アンタは自分の分はとっくに吸っちまったんだろう? それなのに、いたいけな新人からせびろうなんざ、許さないよ」
ムッとして睨みつけられたものの、そう言って不敵な笑みを浮かべたのはマリーザ・ルッカ伍長だった。
王国の南部出身者に多い褐色の肌と後ろで束ねた黒髪を持つ、姉御肌の下士官だ。この分隊では対戦車砲の砲手を務めている。
「んだよ? 別にいいだろ、アイツ未成年で、どうせ吸わねぇんだから」
「だからって、一方的に貢がせちゃ公平じゃないよ。コイツが欲しけりゃ、アンタも相応のモンを出して交換しな。分隊はチームなんだから、対等にやらないとね」
パガーニ伍長は納得がいかないのか文句を言うが、ルッカ伍長はどこ吹く風、まるで取り合わない。
「交換ったって、なぁ……」
ノッポの軽機関銃手は、まるで相手になにか弱みでも握られているのかと思ってしまうほどあっさりと引き下がり、煙草と等価交換できそうなものがないかと自身のポケットをまさぐりはじめる。
出てきたのは、煙草の空き箱、マッチ、それから、よく使い込まれたカード。
「おっ、そうだ! 」
パガーニ伍長は名案を思いついた様子で、声を弾ませる。
「おい、新入り! ここはひとつ、カードで勝負しようじゃねぇか! 俺様が勝ったら煙草をいただく。負けたら、このカードをやるよ」
「バカ言うんじゃないよ、カルロ! 」
アランがなにか答える前に、ルッカ伍長がぴしゃり、と叱りつける。
「どうせ、イカサマで勝つつもりなんだろう? アンタのカードにゃ細工がしてあるって、知ってるんだからね!? 」
「チッ。バレてちゃぁ、仕方ねぇや」
するとパガーニ伍長は、残念そうではあったが少しも悪びれずに肩をすくめ、ポケットから取り出したモノを元の場所にしまい込むと、つまらなさそうに寝ころんで頭の後ろで手を組んで空を見上げる。
煙草は我慢することにしたらしい。
ルッカ伍長が放って返却して来た小箱を両手で受け取りながら、アランは内心でほっとしていた。
まだ十か月以上は過ごすことになる分隊の先輩と厄介なトラブルを起こしたくないと思っていたから、丸く収めてもらえて安心したのだ。
(はぁ……。早く、家に帰りたいなぁ)
この分隊は嫌いではなかったが、なすこともなくぼんやりと空を眺めていると、どうしても郷愁をかき立てられてしまう。
空は、故郷で見慣れたものと少しも変わらないように思えたからだ。
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