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第十三章:「タリーク海峡事件」
・13-3 第206話:「食事会:2」
しおりを挟む『罪を背負いし者は暁に沈んだ』
ブレザーの制服に忍ばせた無線機から連絡が入り、千春は空いている手で無線機を取り、口元へ運んだ。
「標的は仕留めたようね、千秋?」
「っ!?」
何の気なしに報告を聞く千春を、媛寿は驚愕の表情で見た。
「で、依頼者は?」
『偽りの薔薇は我が傍らに』
「ピックアップも完了っと。じゃ―――」
無線機から必要な報告を全て受けると、千春は媛寿の首元に当てていた刀をすっと引き下げた。
「もういいわ。ご苦労様♪」
刀による拘束を解いた千春は、満面の笑みで媛寿に行動の自由を促す。
そのまるで悪意のない笑顔に堪らなく腹が立ち、媛寿はきっと睨みつけるが、それでも結城の安否が気がかりだったので、すぐにその場から駆け出した。
「ホント、随分と感情的になったものね。幕末と比べると……」
結城を追って辻を曲がっていった媛寿を見届けると、千春は雨が起こした霧の中に消えていった。
「? WΛ!?(? 何だ!?)」
急に叩きつけるような雨が降り出したと思ったと同時に、それまで嵐のように斉射されていたゴム弾が止んだので、マスクマンは物陰からそっと様子を窺ってみた。
目に入ったのは、先ほどまで猛攻を加えていた武装集団が、あまりにもあっさりと撤退していく姿だった。
「DΞ9←? TΦ、WΓ――――――!?(退いていく? あいつら、何で――――――!?)」
ほんの僅かだったが、マスクマンは雨音と発砲音の間に、武装集団の無線機から漏れた音声を聞いていた。
『……標的……』、『……完了……』、と。
「I£、Mπ……Nυ、Tε2→LS……(結城のヤツ、まさか……いや、媛寿やシロガネもいてしくじるわけが……)」
結城が依頼者を守れなかったとは思えないが、マスクマンには武装集団の引き際の良さがどうにも気にかかった。
「B‡9←。S∟!(……嫌な予感がしやがる。くそっ!)」
不穏な空気を感じたマスクマンは、急ぎ結城たちが向かったであろう方向へと跳躍した。
マスクマンが去る頃には、動きを止めていた街の人々も動き出し、いつの間にか降っていた雨に皆驚いていた。
「く、う!」
武装集団が足元に投げよこしてきた煙幕弾によって、煙のカーテンが辺りを急速に飲み込んでいく。それがシロガネにほんの一瞬だけ隙を作らせた。
「……、!?」
煙が晴れる頃には、武装集団の姿は影も形もなくなっていた。
撤退したのだろうが、シロガネにはどうも腑に落ちない幕切れだった。
相手を殺さないように加減していたとはいえ、武装集団はシロガネから見ても不気味な者たちだった。
傷や出血に何ら怯むことなく、それどころか痛みすらものともせずに戦闘を継続していた。
使っていたのはゴム弾のみだったが、その条件と他のことを合わせても、シロガネは武装集団にやや押され気味だった。
数的にも優勢だったのが、急に退いたというのは、シロガネにも疑問に思えてならない。
そんな中、シロガネが持っていた右手のサバイバルナイフが音を立てて折れた。目の前に持ち上げて見てみるが、特に損傷によって破断したわけではない。
「っ、結城!」
武装集団が退いた理由よりも、結城たちを守護することが優先事項と思い出したシロガネは、媛寿が走っていった後を追った。
道を全速力で進みながら、シロガネはもう一度、折れたサバイバルナイフを見た。
前触れなく折れた刃が、何か悪い未来を暗示しているような気がしていた。
媛寿は結城たちの行方を必死に追った。もはや思考と感情がぐしゃぐしゃに混ざり合い、普段なら躓くこともないような道で足が縺れ、転びそうになる。
結城への罪悪感、謎の敵の急襲、悪しき知己との再会、依頼者の真実。
その先にある最悪の予想が、媛寿から悉く冷静さを奪う。目が霞んでいるのが、雨粒のせいなのか涙のせいなのか、判らないほどに。
「ゆうき! ゆうき!」
それでも媛寿の足は、ある場所へと確実に辿り着こうとしていた。
ここまで来れば、結城がどこにいるのか、媛寿の心当たりも一つしかない。乱れきった心であっても、それだけは見失わずに向かうことができていた。
「ゆう――――――」
ようやく辿り着いたその場所で見た光景を、媛寿は信じられずに見つめていた。
雨に打たれて横たわっているのは、服装からしても間違いなく結城だった。
辺りに依頼者のラナン・キュラスの姿はない。そんなことは媛寿にとってはどうでもよかった。
ただ、結城が力なく地面に横たわり、冷たいコンクリートの上を雨水とともに赤い血が流れていっている。
それが媛寿にとっては到底受け入れがたい事実だった。
右手の力が抜けて掛け矢がすり抜け、その落下音を聞いた時、
「っ!」
媛寿はようやく我に返った。
「ゆう……き…………ゆうき!」
まだおぼつかない足で、何度も転びながら、それでも媛寿は少しでも早く結城の元へと駆け寄ろうとした。
「ゆうき! ゆうき! ああ! あああ!」
ようやく結城の傍まで来た媛寿だったが、血を流し続けている結城を前にしては、まともな判断などできるはずもなかった。
「ゆうき! ゆうき!」
とにかく結城の体を揺さぶり、意識の有無を確かめようとする媛寿。
「……ん…………さ…………ん」
「ゆうき!?」
雨音に混じり、微かだが結城の声を媛寿は聞いた。
「ゆうき!? だいじょうぶ!? ゆうき!」
「……め…………ん…………ご……」
「ゆうき?」
蚊の鳴くような小さな声で、結城は何かを呟き続けていた。
それを聞き取ろうと、媛寿は結城の口元に顔を近づける。
「ごめん……ピオニーアさん……ごめん……」
結城が呟き続けていた言葉を聞き、媛寿はこれまで以上の衝撃に目を見開いた。
ブレザーの制服に忍ばせた無線機から連絡が入り、千春は空いている手で無線機を取り、口元へ運んだ。
「標的は仕留めたようね、千秋?」
「っ!?」
何の気なしに報告を聞く千春を、媛寿は驚愕の表情で見た。
「で、依頼者は?」
『偽りの薔薇は我が傍らに』
「ピックアップも完了っと。じゃ―――」
無線機から必要な報告を全て受けると、千春は媛寿の首元に当てていた刀をすっと引き下げた。
「もういいわ。ご苦労様♪」
刀による拘束を解いた千春は、満面の笑みで媛寿に行動の自由を促す。
そのまるで悪意のない笑顔に堪らなく腹が立ち、媛寿はきっと睨みつけるが、それでも結城の安否が気がかりだったので、すぐにその場から駆け出した。
「ホント、随分と感情的になったものね。幕末と比べると……」
結城を追って辻を曲がっていった媛寿を見届けると、千春は雨が起こした霧の中に消えていった。
「? WΛ!?(? 何だ!?)」
急に叩きつけるような雨が降り出したと思ったと同時に、それまで嵐のように斉射されていたゴム弾が止んだので、マスクマンは物陰からそっと様子を窺ってみた。
目に入ったのは、先ほどまで猛攻を加えていた武装集団が、あまりにもあっさりと撤退していく姿だった。
「DΞ9←? TΦ、WΓ――――――!?(退いていく? あいつら、何で――――――!?)」
ほんの僅かだったが、マスクマンは雨音と発砲音の間に、武装集団の無線機から漏れた音声を聞いていた。
『……標的……』、『……完了……』、と。
「I£、Mπ……Nυ、Tε2→LS……(結城のヤツ、まさか……いや、媛寿やシロガネもいてしくじるわけが……)」
結城が依頼者を守れなかったとは思えないが、マスクマンには武装集団の引き際の良さがどうにも気にかかった。
「B‡9←。S∟!(……嫌な予感がしやがる。くそっ!)」
不穏な空気を感じたマスクマンは、急ぎ結城たちが向かったであろう方向へと跳躍した。
マスクマンが去る頃には、動きを止めていた街の人々も動き出し、いつの間にか降っていた雨に皆驚いていた。
「く、う!」
武装集団が足元に投げよこしてきた煙幕弾によって、煙のカーテンが辺りを急速に飲み込んでいく。それがシロガネにほんの一瞬だけ隙を作らせた。
「……、!?」
煙が晴れる頃には、武装集団の姿は影も形もなくなっていた。
撤退したのだろうが、シロガネにはどうも腑に落ちない幕切れだった。
相手を殺さないように加減していたとはいえ、武装集団はシロガネから見ても不気味な者たちだった。
傷や出血に何ら怯むことなく、それどころか痛みすらものともせずに戦闘を継続していた。
使っていたのはゴム弾のみだったが、その条件と他のことを合わせても、シロガネは武装集団にやや押され気味だった。
数的にも優勢だったのが、急に退いたというのは、シロガネにも疑問に思えてならない。
そんな中、シロガネが持っていた右手のサバイバルナイフが音を立てて折れた。目の前に持ち上げて見てみるが、特に損傷によって破断したわけではない。
「っ、結城!」
武装集団が退いた理由よりも、結城たちを守護することが優先事項と思い出したシロガネは、媛寿が走っていった後を追った。
道を全速力で進みながら、シロガネはもう一度、折れたサバイバルナイフを見た。
前触れなく折れた刃が、何か悪い未来を暗示しているような気がしていた。
媛寿は結城たちの行方を必死に追った。もはや思考と感情がぐしゃぐしゃに混ざり合い、普段なら躓くこともないような道で足が縺れ、転びそうになる。
結城への罪悪感、謎の敵の急襲、悪しき知己との再会、依頼者の真実。
その先にある最悪の予想が、媛寿から悉く冷静さを奪う。目が霞んでいるのが、雨粒のせいなのか涙のせいなのか、判らないほどに。
「ゆうき! ゆうき!」
それでも媛寿の足は、ある場所へと確実に辿り着こうとしていた。
ここまで来れば、結城がどこにいるのか、媛寿の心当たりも一つしかない。乱れきった心であっても、それだけは見失わずに向かうことができていた。
「ゆう――――――」
ようやく辿り着いたその場所で見た光景を、媛寿は信じられずに見つめていた。
雨に打たれて横たわっているのは、服装からしても間違いなく結城だった。
辺りに依頼者のラナン・キュラスの姿はない。そんなことは媛寿にとってはどうでもよかった。
ただ、結城が力なく地面に横たわり、冷たいコンクリートの上を雨水とともに赤い血が流れていっている。
それが媛寿にとっては到底受け入れがたい事実だった。
右手の力が抜けて掛け矢がすり抜け、その落下音を聞いた時、
「っ!」
媛寿はようやく我に返った。
「ゆう……き…………ゆうき!」
まだおぼつかない足で、何度も転びながら、それでも媛寿は少しでも早く結城の元へと駆け寄ろうとした。
「ゆうき! ゆうき! ああ! あああ!」
ようやく結城の傍まで来た媛寿だったが、血を流し続けている結城を前にしては、まともな判断などできるはずもなかった。
「ゆうき! ゆうき!」
とにかく結城の体を揺さぶり、意識の有無を確かめようとする媛寿。
「……ん…………さ…………ん」
「ゆうき!?」
雨音に混じり、微かだが結城の声を媛寿は聞いた。
「ゆうき!? だいじょうぶ!? ゆうき!」
「……め…………ん…………ご……」
「ゆうき?」
蚊の鳴くような小さな声で、結城は何かを呟き続けていた。
それを聞き取ろうと、媛寿は結城の口元に顔を近づける。
「ごめん……ピオニーアさん……ごめん……」
結城が呟き続けていた言葉を聞き、媛寿はこれまで以上の衝撃に目を見開いた。
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