メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~

熊吉(モノカキグマ)

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第十二章:「反撃の第一歩」

:12-9 第201話:「王女の野心:1」

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:12-9 第201話:「王女の野心:1」

 帝国艦隊の総旗艦、グスタフ・デア・グルーサーにこっそりと乗り込む。

「よ、よ~しっ! 
 やってやりますよ~っ! 」

 ユーフェミアに言葉巧みに誘導されすっかり乗り気になったルーシェは、どこか嬉しそうな様子でそう気合を入れると、潜入の準備を整えるためにぱたぱたと駆け去って行った。

「ふふふ。
 おかわいいこと」

 風になびく黒髪のツインテールが廊下の奥の暗がりに消えて行くのを見送りつつ、イーンスラ王国の王女は愉悦(ゆえつ)の笑みを浮かべている。
 こうも思い通りに自身の口車に乗ってくれると、楽しくてしかたがないのだろう。

「なぁ、ユフィ」

 そんな彼女に、アリツィアは疑惑の視線を向けていた。

「キミはいったい、なにを考えているんだい? 
 頭脳明晰な姫君のことだから、どうせ、ただ道楽で行くのではないのだろう? 」
「あら。人聞きが悪いですわね。
 でも、……正解♪ 」

 ユーフェミアははぐらかすでもなく、嬉しそうに肯定する。

「エドゥアルド陛下と船旅なんて、素敵なことになりそうではなくて? 
 限られた船内、同じ屋根の下で、何日も、何週間も過ごすんですもの。
 きっと、私(わたくし)たちは[良い関係]になれると思いますわ」

 その言葉を聞いたアリツィアは、あからさまに警戒するような険しい表情を作る。

「やはり、キミは……。
 キミも、エドゥアルド陛下を狙っているのかい? 」
「タウゼント帝国とイーンスラ王国。
 ヘルデン大陸の覇者たる帝国と、海洋帝国。
 二重王国、いえ、二重帝国、なんて、面白そうではございませんか? 」
「まったくそうは思えないな」

 また、このお姫様はとんでもない野心をお持ちだ。
 オルリック王国の王女は呆れと、畏怖(いふ)の入り混じった声で即答し、首を左右に振る。

 タウゼント帝国とイーンスラ王国が、盟約に留まらず、さらに踏み込んだ関係を築き上げることになったとしたら。
 それは、ユーフェミアが言うところの[二重帝国]の黄金時代の始まりとなり、それ以外の諸外国にとって、長い冬の到来となるだろう。

 アルエット共和国を叩きのめし、陸に並ぶ者のない覇者となった帝国と、海洋権益を欲するままにする王国が合流して誕生する、空前絶後の大帝国。

 そんな大き過ぎる存在を前にして、歯向かえる国家など存在するのだろうか?

 エドゥアルドの性格を思えば、彼が、積極的に周辺諸国を侵略し、併合し、あるいは属国にするようなことはしないだろう。
 だが、その一挙手一投足に諸外国の政治家たちは怯え、常に気を張り詰めて注視することになるのに違いない。

 世界が、この二重帝国を中心にして回るのだ。

 ———そして、両国を結ぶ蝶番(ちょうつがい)となるのが、誰であろう。
 王女(プリンセス)・ユーフェミアだった。

 もし、エドゥアルドと、ユーフェミアが結婚したら。
 もし、二人の間に子供が生まれ、その子が、皇帝位を世襲したとしたら。

 この世界に[絶対権力]とでも言うべきものが誕生し、そして、それに逆らえる者は誰もいなくなる。
 そしてエドゥアルドの次の世代が、父親と同様に穏健な統治を行い、公正な支配者として君臨するとは、限らないのだ。

(考えたくもない……)

 それは、アリツィアにとって、二つの意味での悪夢であった。

 ひとつは、自身の祖国が未曾有(みぞう)の脅威にさらされる、ということ。
 そして。もうひとつ。
 自身の胸中に存在する、焦がれるような思いが、成就しない、ということだ。

「なんなら……。
 三重帝国、でもよろしくってよ? 私(わたくし)は」
「……余計なお世話だ」

 こちらの想いを見透かしたように提案して来るユーフェミアを、アリツィアは三白眼で睨みつける。

「あら、そんな強情を張っている余裕がおりでして? 」

 しかし、よく事情を把握しているらしい王女様は、まったく意に介した風もない。

「オルリック王国の王女殿下は、御年、二十一歳。
 そろそろ、身を固めなければならないのではなくって? 」
「……うるさい」

 言葉少なにそう言うのが精いっぱいだった。

 まったく、その通り。
 アリツィアにはあまり時間が残されてはいない。

 貴族として生まれる、ということは、その家名を保つために、一種の宿命も背負って生まれて来る、ということだった。
 国家、所領が安泰であり続けるためには、生まれながらの支配者である貴族が、円滑にその地位を継承していかなければならないからだ。

 まして、王族ともなれば、その責任はより大きなものとなる。

 さらには、権謀術数が渦巻き、裏切りが当たり前に行われる貴族社会においては、相互の血のつながりというのは数少ない信頼のおける結びつきであり、未来への保証だった。

 政略結婚。
 自身の子を相手の家に入れることで実質的な[人質]とし、両者の約束が確実に履行されるのだと証明する行為。

 そのまま何事もなく盟約が続き、子供が生まれ、その子が家を継げば、関係はますます良好なものともなるだろう。
 そして、互いに血のつながりで築き上げた血縁による関係は、貴族たちにとって頼るべき強固な権力基盤として作用する。

 王女であるアリツィアには、国家のためにその身を捧げる使命があった。
 未来であればいざ知らず、今はまだ、そういう役割を強いられる時代なのだ。

 そして、貴族の子女というのは、二十歳になる以前に結婚していることも珍しくはなかった。
 すでに二十一歳にもなっているオルリック王国の王女は、もう、[年増(としま)]と見なされてしまう年齢に片足を突っ込んでいる。

 そのためか、実を言うと、祖国では早く相手を見つけて婚姻して欲しい、という圧力(プレッシャー)が強い。
 父である国王や、その嫡子である兄はこちらの気持ちに理解を示してくれているが、他の貴族の連中は違う。

 国家の安泰のために、その礎石となって欲しい。
 なんなら、自分のところの息子と結ばれてくれても良い。
 そんなむき出しの願望を向けられて、辟易(へきえき)としてしまう。

 ユーフェミアもアリツィアも、公務を後回しにしてここでメイドごっこを続けているのは、互いにエドゥアルドとの関係を築きたいと考えているからだった。
 オルリック王国の王女の方は、祖国にいると否応もなく向けられてくる圧力(プレッシャー)から逃げるためでもある。

 まったく、指摘された通りだった。
 もうあまり、悠長にかまえている余裕は残されていないのだ。
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