メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~

熊吉(モノカキグマ)

文字の大きさ
上 下
195 / 232
第十二章:「反撃の第一歩」

:12-2 第194話:「反撃計画:1」

しおりを挟む
:12-2 第194話:「反撃計画:1」

 いよいよ、反撃に転じる時が訪れた。

 エドゥアルドの手元には、様々な手札がそろっている。
 フルゴル王国で共和国に対して抵抗を続けるアルベルト王子。
 バ・メール王国の再独立のために着々と準備を進めているサイモン伯爵と、バ・メール王国臨時政府。
 改良が加えられ、戦力を増しつつある帝国陸軍と、急速に整備されている帝国海軍。

 イーンスラ王国は、切り札、ジョーカーとも言うべき存在だった。
 同国が保有している海軍力はアルエット共和国を上回るものであり、海上戦力のパワーバランスを一変させた。

 タウゼント帝国にとっては、後顧の憂いもない。
 オルリック王国とサーベト帝国は味方についてくれたし、サーベト帝国から割譲され、再独立が決まった五つの地域でもそのための準備が進んでおり、そこに住む人々のエドゥアルドたちに対する感情は非常に良好なものとなっている。

 アルエット共和国との対決のために、全力を注ぐ。
 戦力を集中する準備が整っているのだ。

 盤面は、こちらに有利になったと言えるだろう。
 素人目にも、どちらが優勢であるのかはっきりと分かる、というほどの形勢だ。

「問題は、やはり、ムナール将軍でございましょう」

 この状況で、どのように反撃を行うべきか。
 帝都・トローンシュタットに戻った代皇帝によってホテル・ベルンシュタインへと呼び出され、そう問われた陸軍の参謀総長、アントン・フォン・シュタムは、特に高揚感もなさそうな淡々とした口調でそう指摘した。

「陛下も、私(わたくし)も、痛感させられたことでございます。
 戦場において、ムナール将軍が統率する軍を撃破しての勝利は、困難と申さざるを得ません」
「アントン殿。
 これだけ、我が方に有利な情勢を築いていても、難しいのだろうか? 」
「はい。
 彼の用兵は非常に優れていると認めざるを得ません。
 絶対に不可能、とまでは申しませぬが、さらに機が熟すまでは、直接対決は避けるべきかと」
「機が熟す、というのは? 」
「共和国は、戦い続けております。
 このために、いつかムナール将軍の下で戦う精鋭も疲れ果て、彼の用兵を実現できるだけの質を損なうこととなるでしょう。
 その時であれば、勝利できましょう」
「……わかった。
 そうしよう」

 イーンスラ王国との盟約が成立し、情勢が帝国にとって有利となったことで、高揚して浮かれたような気分になっていたエドゥアルドは、そのアントンの沈着な物言いで自身も冷静さを取り戻すことができていた。

(勝負を焦っては、ダメだ)

 そう自分に言い聞かせる。

 物事がこちらにとって良い方向に進み続けている、その勢いで一気に決着をつけたいと思ってしまっていた。
 だが、慌ててことに臨んで、手痛い反撃を被っては、進歩ではなく後退になってしまう。

「もちろん、ただ手をこまねいて待っているわけではございません」

 自戒している様子の代皇帝の姿を見て、もう厳しく諌言(かんげん)はしなくても良いだろうと思ったのか、表情を和らげたアントンはそうつけ加える。

「陛下がイーンスラ王国と盟約をお結びになったおかげで、当面、海上からの大規模な侵攻を受ける恐れは小さくなりました。
 それだけではなく、逆に、我が方が海路を積極的に活用する道も開けたのではないかと」
「ふむ……。
 全面対決に至る前に、海路を利用してこちらから小規模な反撃を仕掛け、共和国側を消耗させよう、ということでしょうか? 」
「左様でございます、陛下」
「ここでそうおっしゃるということは、アントン殿には腹案があるのでしょう? 
 ぜひ、ご教授いただきたい」
「フルゴル王国でございます」

 当然たずねられるだろうと予想していたようで、参謀総長は澱(よど)みなく、彼の意見を述べた。

「目下、焦点となっておりますのがフルゴル王国です。
 同地ではアルベルト殿下らが抵抗を続けており、その鎮圧のため、ムナール将軍が自ら軍を率いて進出しております。
 ですが、苦戦しているようです。
 これは、アルベルト殿下が取っている作戦が、ゲリラ戦、遊撃戦であり、ムナール将軍が得意としている野戦軍同士の大規模な衝突はまず、起きない戦場であるからです。
 共和国の本国から増派された兵力によって殿下の軍は苦戦しておりましたが、現在では、イーンスラ王国が我が国に同調して支援に回ったことで盛り返しているようです。
 この際、我々もより一層、アルベルト殿下らを支援いたしましょう。
 武器、弾薬の融通であれば、輸送路の確保さえできれば容易でありますし、ここで共和国を消耗させることができましたら、こちら側が本格的に攻勢に転じる日をより近めることができるはずです。
 うまくアルベルト殿下が勝利を収め、フルゴル王国が共和国の影響下を脱しましたら、そこを拠点としてさらに包囲網を狭めることもできるでしょう」

(少し、消極的に過ぎるか? 
 しかし、まず失敗はない、堅実な提案にも思える……)

 エドゥアルドは是非について即答せず、思案する。

 現状でも、帝国軍の総力を結集し、共和国へと侵攻したら、相応の成算があるように思えていたからだ。

 ムナール将軍とその主力軍は、現在、フルゴル王国へと派遣されている。
 つまり、その本国には戦争の天才も、彼を支える精鋭もいない、ということになる。

 そこを突けば、勝利は容易なのではないか。

「陛下がご指摘なさいました手段は、私(わたくし)も考えておりました。
 しかしながら、それでは、我が方の損失が大きくなる恐れがあるばかりか、戦争がさらに長期化する可能性がございます」

 その点について、アントンは考慮したことがありつつも、懸念を有しているようだった。

「私(わたくし)の申しましたことは、フルゴル王国に対して負担を押しつけるようで心苦しいことではございますが……。
 ですが、現状で我が方が共和国に侵攻し、決戦を求めましても、その前には大敵が立ち塞がり、阻止されるものと思われます。
 ムナール将軍は、大胆な用兵をいたします。
 現状でフルゴル王国にいようと、本国が危機と知れば、急いで取って返すという選択を躊躇(ちゅうちょ)なく採用し、我らの前に立ちはだかるでしょう」
「しかし、その場合でも、将軍とその精鋭は強行軍をして来ることになって、疲れているはずだ。
 疲れた兵を待ち受ければ、勝算はあるのではないだろうか? 」
「おっしゃる通りではございます。
 ですが、両国の決戦は、死闘となりましょう。
 我が方の勝算は五分以上と思われますが、軽視できない損害を受けることとなります。
 戦後、というものを語るのは時期尚早かもしれませんが、その点を考えあわせた時、我が国一国だけが多大な損失を享受することは、避けるべきであると存じます」
「……そうかもしれぬが」

 エドゥアルドは釈然(しゃくぜん)としない思いを感じながらイスに深く腰かけ、肘掛けを使って頬杖を突く。

 アントン・フォン・シュタムというのは、慎重な用兵家だった。
 思慮深く公平で、必要とあれば果断な指揮もするが、基本的に[不敗]を重視する。

 だから、信頼して、参謀総長にと乞うたのだ。
 彼ならば、この難しい時期でも極端な賭けはせず、確実に帝国を守ってくれるだろうと、そう考えた。

 確実、という視点から見れば、彼の提案している方策を取るべきだろう。
 フルゴル王国での戦いで共和国が消耗すれば、より容易に勝利できるはずだ。
 それに、決戦を急いで、帝国だけが多大な損失を被るリスクを負う必要はない、というのも、その通りではある。

 この戦争が終わったとしても、歴史は続いて行くのだから。

「アントン殿のお考えは、よく分かりました。
 ですが、もうしばらく、考えさせていただきたい。
 他の臣にも図って決めたいのです」

 だが、エドゥアルドはそう言って、結論を避けた。

 彼自身、決戦を急ぎたい、という気持ちはすでに持ってはいなかった。
 リスクが大きいと分かったし、これまでの努力を無駄にしかねない賭けには出たくない。

 だが、今は別の想いがあった。

 引っかかっているのは、アントンも心苦しいと言っていた、「フルゴル王国に負担を押しつける」という部分だ。

 それは、なんだか卑怯なような気がしたのだ。
 ———若く、純粋(じゅんすい)さを失っていない代皇帝には、それが重要なことだと思える。

「承知いたしました」

 代皇帝の決定に、アントンは異論を唱えず、恭しく一礼して承諾した。
 他の家臣にも相談して物事を決める、というのは、当然だと思っているのだろう。

 退出していく彼の姿を見送ると、エドゥアルドはすぐさま、国家宰相のルドルフ・フォン・エーアリヒ準伯爵と、ブレーンのヴィルヘルムを呼び出すことにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幕末☆妖狐戦争 ~九尾の能力がはた迷惑な件について~

カホ
ファンタジー
御影 雫は、都内の薬学部に通う、手軽な薬を作るのが好きな、ごく普通の女子大生である。 そんな彼女は、ある日突然、なんの前触れもなく見知らぬ森に飛ばされてしまう。 「こいつを今宵の生贄にしよう」 現れた男たちによって、九尾の狐の生贄とされてしまった雫は、その力の代償として五感と心を失う。 大坂、そして京へと流れて行き、成り行きで新選組に身を寄せた雫は、襲いくる時代の波と、生涯に一度の切ない恋に翻弄されることとなる。 幾度となく出会いと別れを繰り返し、それでも終点にたどり着いた雫が、時代の終わりに掴み取ったのは………。 注)あまり真面目じゃなさそうなタイトルの話はたいてい主人公パートです 徐々に真面目でシリアスになって行く予定。 歴史改変がお嫌いな方は、小説家になろうに投稿中の <史実運命> 幕末☆(以下略)の方をご覧ください!

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~

味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。 しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。 彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。 故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。 そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。 これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

巻き込まれた薬師の日常

白髭
ファンタジー
商人見習いの少年に憑依した薬師の研究・開発日誌です。自分の居場所を見つけたい、認められたい。その心が原動力となり、工夫を凝らしながら商品開発をしていきます。巻き込まれた薬師は、いつの間にか周りを巻き込み、人脈と産業の輪を広げていく。現在3章継続中です。【カクヨムでも掲載しています】レイティングは念の為です。

S級冒険者の子どもが進む道

干支猫
ファンタジー
【12/26完結】 とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。 父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。 そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。 その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。 魔王とはいったい? ※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。

俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨
ファンタジー
普通の高校生として生きていく。その為の手段は問わない。

処理中です...