メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~

熊吉(モノカキグマ)

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第十二章:「反撃の第一歩」

:12-1 第193話:「逆包囲網」

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:12-1 第193話:「逆包囲網」

 タウゼント帝国の建国歴千百三十七年の七月。
 新たに結ばれた盟約によって、ヘルデン大陸の情勢は大きな変化を遂げた。

 革命によって手にした平民の権利を、専制君主の魔の手から守るのだ。
 そういう気概を持って編制されたアルエット共和国の、徴兵制によって建設された国民軍は、国家的な英雄・アレクサンデル・ムナール将軍の指揮の下で、大陸を席巻して来た。

 旧来の封建制国家からの侵略を撃退し、次いで、バ・メール王国とフルゴル王国を陥落させ、支配下に置いた。
 共和国軍の戦力は陸海でタウゼント帝国に優越するほどで、その優位は誰が見ても明らかであった。

 だからこそ、現在の状況が生まれたのかもしれない。

 共和国の人々は自国の強勢なことを知って余裕をもって物事を考え、国内の政治家たちは権力基盤を安定させるために奔走(ほんそう)し、ムナール将軍の行動に制限を加えた。
 昨年の千百三十六年の戦役においてついに帝国を屈服せしめることができなかったのは、国民的英雄である将軍にこれ以上の手柄を立てさせることを警戒した首脳部が、彼に対して国家の総戦力を預けることを躊躇(ためら)ったことに、間違いなくその一因がある。

 代皇帝・エドゥアルドや、参謀総長のアントン・フォン・シュタム、そして帝国元帥の称号を持つ宿将・ヨッヘム・フォン・シュヴェーレン伯爵を始めとする、帝国側の人々の努力も大きい。
 だが、共和国内部の政争が、防衛の成功に大きく役立っていたことは、否定しようのない事実だ。
 昨年の段階でムナール将軍が自国のすべての戦力を投入出来ていたら、建国から千年以上もヘルデン大陸に君臨してきた帝国も、危うかっただろう。

 共和国には、油断と呼べるものがあった。
 その一方で、帝国は現状を存亡の危機と捉え、なりふり構わずに自身を改造し、少しでも味方を増やすために奔走(ほんそう)した。

 以前からの友好国である東の隣国、オルリック王国とはもちろん、敵対関係にあった南東のサーベト帝国と修好し、アルエット共和国の支配に反発するバ・メール王国やフルゴル王国の人々をも抱き込んで。
 そしてついには、イーンスラ王国とさえ手を取り合った。
 相手が世界各地に有している権益を大きく認めるという、不平等にも思える条約を飲み込んでまで、そうした。

 ———今や、包囲を受けているのはアルエット共和国の側になっていた。

 帝国に対して優越する戦力で主導権を握り、海上封鎖によって経済を麻痺(まひ)させ、陸海から包囲しようとしていたはずなのに。
 タウゼント帝国とイーンスラ王国が盟約を結び、共闘することとなったために、今度は共和国が窮地(きゅうち)に立たされようとしている。

 陸からは、オルリック王国とサーベト帝国と結び、後背の安全を確保し、軍を改良して刷新した帝国が。
 海からは、世界中に植民地を確保し、強力な海軍力を誇る王国が迫って来る。

 これから先、共和国はこれまでのように、自分から積極的に行動することが難しくなった。
 タウゼント帝国の側に力を注げば、背後からイーンスラ王国が襲って来る。
 逆もまた然り。
 いわゆる多方面作戦を強いられる状況となり、兵力を望んだ場所に集中できなくなってしまっている。

 攻勢から、守勢に。
 攻守が逆転したのだ。

 そしてこの状況は、これからますます、悪化する。
 フルゴル王国でゲリラ戦を展開しているアルベルト王子は、これまでのタウゼント帝国からの支援だけでなく、イーンスラ王国からの手助けも受け、さらに抵抗運動を活発化させていくだろう。
 加えて、バ・メール王国でも再独立に向けて粘り強く挑み続けている人々がおり、その成果が形になる日も訪れるはずだ。

 今はまだ、共和国は強力な力を残している。
 陸には多数の熟練した将兵がおり、海にも優れた戦力を持つ艦隊がいる。

 だが、来年、いや、再来年には、どうなっているのかわからない。
 どこかの戦線でひとつ大きな失敗をしてしまえば、それを挽回(ばんかい)する機会も得られないまま、押し込まれてしまうことになるかもしれない。

 そうでなくとも、戦い続けている限りは、戦力は衰弱していく。
 戦えば兵士たちは経験を積み、熟練していくが、どうしても死傷者をゼロにすることはできないから、少なくなっていく。
 疲労も蓄積されていくし、いつ自分も命を失うかもしれない、というストレスを受け続けると、心身にダメージも残る。

 また、戦争には多くの兵士が動員されるが、彼らは従軍している間は、本来であればできたはずの生産的な活動ができなくなってしまう。
 さらに、費やされる多額の費用はそのほとんどが消費されるだけであり、一般的な経済活動の結果では生産物が財産として残るはずなのに、戦費はただ消えてしまう一方であることが多い。

 無期限に戦争を継続できる国家など、この世界には存在しなかった。
 必ずどこかで限界はやって来るし、そこに向かって、国力はどんどん、減衰していくこととなる。

 ———攻守を逆転し、共和国に対して逆包囲網を構築することに成功した、とは言っても、この点は、タウゼント帝国もまったく同じであった。
 経済封鎖による影響が即座に消え去ったわけではないし、軍を常に臨戦態勢に置き、すべての部隊の兵員を充足させた状態に保つのには、金がかかり過ぎる。

 なるべく早く、共和国との戦争に決着をつけなければならなかった。
 結局、平和な状態で、互いに経済発展に注力した方が、繁栄という点では良いに決まっているのだ。

 そのために、考えるべきこと。

 それは、いかにして反撃作戦を展開するか、ということだ。

 このまま時間稼ぎに徹し、情勢がこちらにとってさらに有利になるのを待つ、という手もある。
 だがそれでは、どうしても時間がかかり過ぎるし、不確実だ。

 なぜなら、戦争というのは、対戦国のどちらか一方がそれを決意すれば始まるものだが、終戦させ平和を取り戻すためには、戦争の当事国すべての同意が必要になって来るからだ。
 情勢が帝国にとって有利になったからと言って、共和国が諦めてくれなかったら、戦争は続く、ということになる。

 エドゥアルドには、ヘルデン大陸で覇者になりたいという願望はなかった。
 だから、アルエット共和国を抹殺し、支配したいという気持ちも、まったくない。

 だが彼らに、これ以上は戦争を続けたくはないと、そう思わせるだけの事柄が必要だった。

 それはつまり、ひとつの、象徴的な勝利だ。

 これを得るために、どうするのか。
 イーンスラ王国との盟約を結んだ後、エドゥアルドたちの熱意は、その方策を絞り出すことに集中されていった。
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