メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~

熊吉(モノカキグマ)

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第十一章:「海の向こうから」

・11-23 第187話:「メイド×メイド×メイド:3」

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・11-23 第187話:「メイド×メイド×メイド:3」

 開かれた扉の向こう側は、閑散としていた。
 その部屋の持ち主が不在なのだから、当然だ。

「なるほど。こちらが、代皇帝陛下のお部屋ですか」
「ほうほう。思っていたよりも素っ気ないのだな」

 メイド姿の二人の王女様たちは、どこかウキウキとした浮ついた足取りで、躊躇(ちゅうちょ)なくエドゥアルドのプライベートな空間に押し入っていく。

 それに対して、本職のメイドは。

(や……っ、やって、しまいました……っ!!! )

 自らの行いに愕然(がくぜん)とし、呆然自失としてしまっていた。

 エドゥアルドがいない間に、三人で部屋に入りました。
 おそらくそう正直に打ち明けても、あの少年は怒ったりしないだろう。
 立場上、ルーシェには断ることが難しかったのだと理解してくれるし、「見られて困るものなどなにもないから」と言って、気にしないに違いない。

 問題なのは、メイドの気持ちの方だった。
 自分は、主君からの信頼を裏切ってしまったのではないか。
 その思いがどんどん強くなり、目の前が段々と真っ暗になり、奈落の底に落ちて行くような感覚さえある。

 その間にも、———王女様たちは楽しそうだ。

「ふむ。エドゥアルド陛下は、やはり、質実剛健なお方なのだな。
 華美な装飾はないし、———衣服も、実用性重視で、変に着飾ったところがない」

 アリツィアは部屋の中を見渡した後、クローゼットの中を開き、一人でうんうんとうなずきながらなにかに深く納得している様子。

「あらあら、残念ですわね。
 面白い書類でもあればよろしかったのに。
 日記とかはございませんの? 」

 ユーフェミアはというと、迷わずエドゥアルドの執務机へと向かい、まるで家探しでもするように引き出しを開いて中身を漁っていく。
 やたらと手慣れて見えるが、躊躇(ちゅうちょ)がないせいだろう。

 本当に、遠慮がない。

「あ、あのっ! 
 あんまり、そういうのは……っ! 
 ダメ、だと思いますっ! 」

 その光景を目の当たりにしたルーシェは、現状を招いた責任は自分にあると自覚し、今さらかもしれないがせめて二人の行動をいさめようと声をあげる。

「おやおや? 今さら、なにを」
「うふふっ! いいコぶるのはおやめになったら? 」

 しかし、王女様たちは鼻で笑う。

「鍵を開いたのは私たちじゃない。
 キミだろう? ルーシェ。
 こうなるってわかっていたはずなのに」
「そうですわよ~。
 もう、やってしまったことは仕方がないのですから、貴女も割り切って、素直になればよろしいのに。
 エドゥアルド陛下の普段は見られないコト、見たかったのではなくって? 」
「そ、それは……っ! 」

 反論しようとしたが、———言葉が、出てこない。

 そそのかされたとはいえ、一瞬でもその気になってしまったことは間違いないし、エドゥアルドがどんな私物を隠し持っているのかも知りたいという欲がある。

 ヴァイスシュネーは代皇帝が離れてからそれなりに時間が経過していたが、部屋は、ヨーゼフ・ツー・フェヒターたちの配慮もあって、当時のまま残されている。
 帝都・トローンシュタットではホテル・ベルンシュタインの一室を借り受けての生活で、本格的な住居、というわけではなかったから、私物の多くがこの部屋にあるはずだった。

「ふふふ……。
 さぁ、キミもこちらへ来るといい」
「見栄なんて捨てて、仲間になりましょう? 
 楽しいですわよ? 」

 見目麗しい王女たちが、怪しげで妖艶(ようえん)な笑みを浮かべながら手招きをしている。

 ルーシェは、———素直になることにした。

(……そう! これは、エドゥアルドさまにより良いご奉仕をするためなのです! )

 主君が好む品物の傾向とか、周囲には隠しているような好みとか。
 自分にそんな言い訳をしながら、ふらふらとした足取りで二人の悪いメイドたちに近づいて行くと、その仲間に堕(お)ちる。

「あくまで……! 
 あくまでこれは、エドゥアルドさまの好みをより深く知るためなのです! 」
「おっ、ずいぶん素直になったね? 
 ……ところで、代皇帝陛下はこう、絵のようなものを隠し持っていたりはしないのかい? 」
「絵、で、ございますか? 」
「そう。
 たとえば、こう。
 ……あられもない姿の女性が描かれているようなモノとか」
「……んなっ!? 」

 エドゥアルドのプライバシーをのぞき見しようという不届きな行為に手を染めたものの、アリツィアの歯に衣着せない物言いに、ルーシェは思わず赤面する。

「えっ、エドゥアルドさまがっ、そんなものをお持ちなはずはありませんっ! 」
「果たしてそうかな? 
 彼は、十九歳。
 良いお年じゃないか。
 健全な男子、そういったもののひとつやふたつは持っていない方が不自然、というものではないかな? 」
「た、たとえお持ちだったとしても、ダメですっ! 
 さすがにそれは、ダメったらダメですぅっ! 」
「むぅ、いいじゃないか。
 ……彼の好みのタイプでも分かれば、こちらもいろいろとアプローチをしやすくなるんだがな」

 かしましくしている横で、ユーフェミアは机の周辺を探すのを諦(あきら)め、視線をさ迷わせた後、新たな目標を定めたように視線を鋭く細める。

「あっ! 
 そ、そちらはっ!!! 」

 その向いている先にあるのがエドゥアルドの寝室だと気づいたルーシェは、大慌てで前に回り込んで止めに入った。

「こ、こちらは寝室ですのでっ! 
 いくらなんでも、入ったらいけないと思います! 」
「あらあら。よろしいのではなくて? 
 別になにもいたしませんわ。ちょっと見るだけ」
「ウソですっ! 絶対にあちこち探し回るおつもりですっ! 」

 机を漁る際の躊躇(ちゅうちょ)の無さ、巧みな甘言で部屋に押し入る手腕。
 それらから見て、なにもしない、というのはあり得ないだろう。

「ふぅむ。
 なかなか、手強そうですわね」

 両手を精一杯に広げ、自分を大きく見せるようにする威嚇(いかく)のポーズを取ったまま睨みつけて来るメイドを前に、ユーフェミアは困ったように溜息を吐く。

「邪魔をなさるということは……、相応の覚悟をお持ち、ということでよろしいのかしら? 」
「……ひっ!? 」

 そして向けられてきた冷徹(れいてつ)な視線に、ルーシェは思わず悲鳴を漏(も)らしていた。

(で、ですが……っ! )

 それでも、メイドは引き下がらない。
 ただそれは、彼女の義務感や、正義感故ではなかった。

 自分だって、エドゥアルドの秘密を知りたいのは山々だ。
 すでに口車に乗ってしまった以上、今さら建前で本音を隠すつもりはない。

 だが、どうしても嫌なのだ。
 エドゥアルドの寝室に、王女とはいえ別の誰かが立ち入ることが。
 なぜかはうまく説明できないが、その思いが彼女を突き動かしていた。

「せ、せめてっ! 
 せめて、理由を教えてください! 」
「理由? 」
「エドゥアルドさまのことをアレコレ調べようとなさっている理由についてです! 」
「それは、単純に興味があるから、ではいけないのかしら? 」
「ダメです! 
 正直に、狙いを話してください! 」

 そもそも、急にメイドになりたいだなんて怪しい。
 同じ穴のムジナ、五十歩百歩とは言え、そんな底知れない相手に、これ以上エドゥアルドのプライバシーをのぞかせるわけにはいかない。

 その真剣な様子に、———ユーフェミアはなぜか、少しだけ嬉しそうな顔をしていた。

「よろしいでしょう。
 せっかくですので、私(わたくし)たちがなにを考えているのか、お話して差し上げましょう」

 意外なことに。
 彼女は、正直に自分がこんなことをしている理由を打ち明けてくれるらしかった。
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