メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~

熊吉(モノカキグマ)

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第十一章:「海の向こうから」

・11―14 第178話:「列車の旅:2」

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・11―14 第178話:「列車の旅:2」

 列車での旅を終えると、三人はノルトハーフェン駅に降り立った。

 終点、ということもあるのか、ポリティークシュタット駅よりもずいぶんと大きく、設備も充実している。

 まず、ホームが多い。
 現在運行されている路線は基本的に単線で、駅か路線の途中に設けられた信号所で上り下りの列車がすれ違う、という形式になっている。
 ポリティークシュタットの駅は相対式ホームと呼ばれる形状で、上りと下り線用に、ホームが一つずつという構造だった。
 ノルトハーフェン駅ではホームが倍の四つあるだけでなく、島式という形式で、それぞれの両側に列車が停車できるようにされていたから、合計で八本の列車が一度に停車できるようになっていた。

 これは、最近になって増設されたものであるらしい。
 現在運用中の路線は、帝都・トローンシュタットへ向けて延伸工事が進められているだけではなく、全線を複線化する形に拡幅しようとしていた。
 複線化することで列車がすれ違いのために停車する手間を削減でき、運行本数を大幅に増やすことができる。
 ノルトハーフェン駅のホームの増設はそうした将来の輸送力強化を見越した改築だ。

 このホームは旅客用で、荷下ろし用のものは別に用意されている。
 石畳で舗装された低いホームがあり、貨車の横に馬車を乗りつけて直接荷渡しができるように工夫されているほか、蒸気機関の力で駆動するクレーンが用意されており、重量物でも簡単に荷役が可能とされていた。
 ルーシェたちが乗っていた列車は乗客の降車が済むとそのまま前進して貨物用のホームに移動していき、運んできた鉄鉱石が詰まった麻袋を馬車に積み替える作業を始めている。

 ノルトハーフェン駅には、これ以外にも目立つ設備があった。
 というよりも、駅本体よりも規模が大きいかもしれない。

 機関車や客車、貨車の整備、そして製造を行っている、車両工場だ。
 ノルトハーフェン公国の大商人、オズヴァルト準男爵が開設したもので、運用の終わった列車を受け入れて整備・点検をおこない、必要なら修理するために、忙しく稼働している。
 また、その敷地内には機回し線と言って、一周ぐるっと回ることで機関車や列車そのものの向きを逆転させるための設備や、その場で機関車や車両の向きを変えるターンテーブルなども備わっていた。

 何本もの引き込み線がレンガづくりの工場の建屋に吸い込まれていく景観は、どこか不思議で、この世のものとは思い難いものがある。

(私が小さかったころには、まだ、なかったものだからかな? )

 自分がこの街で生きていた頃とは、何もかもが違う。
 ルーシェはそのことを実感せずにはいられなかった。

 ほんの、数年のこと。
 自分がメイドとなり、エドゥアルドがノルトハーフェン公爵となってから、何もかもが激変している。

 そういう時代である、という以上に、この変化を、あの少年が牽引(けんいん)しているのだ。

「さて、ルーシェ。
 列車に乗る、という目的を果たしてしまったわけだが、これからどうしようか? 
 この街の案内はお願いできるかな? 」
「あっ、はい、もちろんです! 
 ただ、いろいろと変わり過ぎていて、あんまりご紹介できないかも……、です」
「むぅ。仕方がないな。
 まぁ、駅を出てから考えようか」

 あまりの変わり様に圧倒されているルーシェの姿を見て、アリツィアはメイドに頼り切るのは難しいと諦めたらしい。
 そう言うと、さっさと歩き出して行ってしまう。

 切り替えの早い、そして行動的な性格をしている。

 ノルトハーフェンの駅舎自体は、規模が少し大きくなっているだけでポリティークシュタットのものとさほど変わりがなかった。
 駅員がホームの出入り口に待機していてチケットを回収しているからそこで切符を渡し、駅舎に入って、待機所のベンチで次の列車を待っている乗客たちを横目にしながら外に出る。

 駅前は、経済封鎖の影響からか人手こそ物足りなかったが、普段はなかなか賑やかそうな場所だった。
 元々はノルトハーフェンの市街地から外れた郊外に駅と駅前のロータリーが作られたのだが、ここから船に乗り換えて外国と行き来する、という乗客も多くいたらしく、そういった人々を狙った商店などが新たに建てられている。
 レストランや、土産物などを売る雑貨店、本店が市街の中心地にある有名店の支店。
 他にもホテルなどもあるし、銀行の支店も進出してきていた。

「ずいぶん賑やかなものだな……。
 できれば、経済封鎖が行われていなかったころに、どれだけ人通りがあったのかを見てみたかったな」

 鉄道が開業してからたった数年でここまで発展したのだ、ということにアリツィアは驚きを隠せない様子だったが、ルーシェもまったく、同感であった。
 賑やかな場所は目が回ってしまいそうになるが、こうして人出が失われていると、営業している商店などにも活気がなく、どこか寂しい感じがしてしまう。

「なぁ、ルーシェ。
 この辺りの地理はもうわからない、ということらしいが、どこか、おススメみたいなのはないのかい? 
 聞いた話だと、以前はこっちの方に住んでいたのだろう? 」
「あっ、はい。そうですね~……」
「あまり深く悩まなくてもいいんだ。
 とにかく、街がどんな様子なのかを見て回りたいだけだから」

 あごに人差し指を当て、目線を上に向けながら考え込むルーシェに、アリツィアは肩をすくめながらそうつけ加える。

「でしたら、また、馬車に乗りませんか? 」
「馬車に? 」
「はい! 
 そちらの看板によりますと、どうやら港の方まで乗合馬車の路線があるみたいなのです。
 私はまだ、イーンスラ王国からやって来た艦隊を見ていないので、ぜひ、拝見したいなと。
 それで、行く途中で気になった場所があれば、帰りによってみればいいと思うのです。
 ポリティークシュタット行きの最終列車までには、十分に帰って来られると思うのですが……? 」
「いいね。それ、採用」

 ぱん、と両手を叩き、アリツィアは即決していた。
 本当に良いプランだと思ってくれたのか、あるいは先ほどの言葉通り、何でもよかったのかは分からない。

 とにかく行先を決めた三人は、駅前のロータリーに乗り入れて来る乗合馬車を待って乗り込むと、ノルトハーフェンの港に向かって出発した。
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