メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~

熊吉(モノカキグマ)

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第十一章:「海の向こうから」

・11-12 第176話:「散策はいかが? :2」

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・11-12 第176話:「散策はいかが? :2」

 ノルトハーフェン公国を観光したいから、案内して欲しい。
 アリツィアからのその依頼を、ルーシェは引き受けた。

 相手が王女であり、断ることができる雰囲気ではなかった、というのもあるが、なにより大きいのは、自分自身も時間を持て余していた、という点だ。

 一人で街をうろうろするよりも、話し相手がいる方が楽しいだろうと思える。
 それに、アリツィアの頼みで行くのだ、ということであれば、自身の中に眠るワーカホリックの気質も騒ぎ出さないだろう。

(そう……、これは、お仕事なのです! )

 ただ遊びに行くわけではない。
 そう自分自身に言い聞かせたルーシェは、すぐに出発の準備を整えた。

 といってもやることは、これからアリツィアたちと出かけるという予定を然るべき人々に連絡しておくことや、現金など、必要になりそうなものを持ち歩くだけだ。
 外出用のお洒落(しゃれ)なお洋服などは持ち合わせていないから、着替える必要もない。

「なんだ? キミは、そのメイド服で出かけるつもりなのかい? 」
「はい。
 これが私の制服ですし、慣れていて、動きやすいですから」
「マヤが仕立てた衣装があるだろうに……、と、そうか。
 もう着られないのか」

 自身につき従う眼鏡のメイドを振り返ったアリツィアは、彼女が落胆したままであるのを確認し、ルーシェがかつてよりもずっと成長しているのだということを再認識して肩をすくめてみせた。

「それで、どちらにご案内いたしましょうか? 」
「う~ん、そうだな……」

 ノルトハーフェン公国に戻って来たのは数年ぶりのことだったが、土地勘はまだ残っている。
 どこか行きたい場所はあるかとたずねると、アリツィアはうつむいて少し考え込んでから顔をあげた。

「そうだな。
 ポリティークシュタットよりも、ノルトハーフェンの港町の方を見てみたいかな」
「え? 
 ノルトハーフェンまで参るのですか? 」
「ああ。
 せっかくだから、鉄道、というのに乗ってみたい。
 試作品は我が国にも来ているのだが、実際に運行されているものには乗ったことがなくてね。
 将来、我が国に導入する際の参考にしたいんだ」
「わぁぁぁっ! 機関車! 」

 ルーシェは、思わず瞳を輝かせてしまう。

 ノルトハーフフェンに帰郷してくる際に目の当たりにした、蒸気と煤煙(ばいえん)を噴き上げながら勇ましく進んでいく列車の姿が思い起こされる。

 考えてみれば、ルーシェはあの機械が好きだった。
 武骨な鋼鉄の塊。
 しかしそれは熱を帯び、生き物のように動いて、多くの人や物を運んでいく。
 力持ちでカッコ良いし、いつも誰かの役に立っていて、その姿を見ているとなぜだか嬉しい気持ちになる。

 その、列車に乗れる。
 思わずはしゃいでしまうほどに、楽しみだった。

「よし。それじゃぁ、案内を頼むよ」

 そんな姿に苦笑しつつアリツィアがあらためてそう依頼すると、ルーシェは「はい! かしこまりました! 」とうなずいて、二人を先導して歩き始める。

 といっても、実のところ、メイドはどうやったら列車に乗れるのかをよくわかってはいなかった。
 いつかエドゥアルドたちと乗って、遠くに行きたい、などと話したことはあったが、まだ運行中の列車に乗ったことはない。

 だが、案内を引き受けた以上は、アリツィアたちにたずねるわけにはいかなかった。
 慌ててヴァイスシュネーで働いている知り合いの使用人に駅までの行き方をたずね、ポリティークシュタットの市内を走っている乗合馬車に乗って行けばよいこと、今から向かえばちょうどノルトハーフェン行きの列車に乗れることを聞き出し、急いで馬車の乗り場に向かう。

 馬車には何度も乗ったことがあるのだが、いつも、エドゥアルドのためのものに便乗させてもらっていた。
 だから、実を言うとこうした乗合馬車に乗り込むのも初めてのことだ。

 ポリティークシュタットの市内を走っているのは、馬二頭に牽引された、一度に六名の乗客を運ぶことができる、ヘルデン大陸中のどこでも見られる一般的なものだ。
 市の内外を結ぶ路線が複数設定されており、決まった時刻表に従って毎日、運行されている。

 ちょうどヴァイスシュネーの正門前を発着する路線があり、そこで待っていると、ほどなくして馬車がやって来て、無事に乗り込むことが出来た。
 料金は前払い。
 どこまで乗りたい、と告げると御者がいくらかかるのか教えてくれるので、そのままを支払う。

 朝夕の時間帯は込み合うそうだが、外れているのですいていた。
 先に乗っていた乗客は一名の中年の男性で、何かの商売人らしい雰囲気の紳士だ。
 彼は、若い女性ばかりが三人で乗り込んで来たことに好奇の視線を一瞬だけ向けたが、あまりじろじろ見るの失礼だと思ったのかすぐに顔をうつむけ、次の停車場に到着するとそこで降りて、何らかの企業のオフィスに入って行った。

 鉄道の駅は、ポリティークシュタットの郊外にある。
 元々あった市街地を潰して路線やホームを作るわけにはいかず、土地に余裕がある場所に建設されたのだ。

 駅、といっても、設備はあまり立派なものではない。
 列車が停車する場所を示すためにホームが作られているが、側面のタラップを登るための足場に使える程度の代物で、木製の低いデッキのような構造。
 乗客から料金を徴収し、列車が到着するまで風雨をしのげるようにするための建物もあるが、それ以外に屋根はなく、本当に最低限の設備、といった印象だ。
 駅前には馬車が折り返すためのロータリーがあったが、そこはまだ舗装もされておらず、土がむき出しになっていた。

 ちょうど、ノルトハーフェン行きの列車が到着して、停車しているところだった。
 機関車の車体に燃料となる石炭と水を積載した、いわゆるタンク式と呼ばれる形式の先頭車に、係員たちがせっせと石炭と水を補給している。

 水に関しては給水塔から注ぎ入れるだけだったが、石炭に関してはシャベルを使って人力だから、大変そうだ。

 発車までには十分に時間があるようではあったが、あまりのんびりしていると、乗り遅れてしまうかもしれない。

「あ、あのっ! 
 どうやったら、列車に乗れるんでしょうか!? 」

 慌てたルーシェは、切羽詰まった様子で駅員にそうたずねていた。

 そのあまりの剣幕に面食らった様子ではあったものの、鉄道の運行が始まってから間もない頃のこと、こういう不慣れな乗客はそう珍しいものでもないらしい。
 駅員は落ち着いた様子で、丁寧に乗り方を教えてくれた。

 基本的には、乗合馬車と同じ。
 行先を駅員に告げると、必要な料金を教えてもらえ、それを支払うことで乗り込むことができるようになる。

 また、この際に駅員からは、乗車した駅を証明する印刷がされた紙が渡され、行先と料金をきちんと支払ったことを示すスタンプを押してもらうことが出来る。
 これを降車時に駅員に差し出すことで、不正乗車ではないことを証明する仕組みだ。
 もし乗り越してしまった場合は追加料金が発生するが、今回の場合は路線の終点まで行くので関係はない。

 もう間もなく列車が出発する、と大声で知らせながら、石炭の煤(すす)で黒く汚れた制服を身に着けた機関士がハンドベルを鳴らしてホームを端から端まで歩いて行く。
 どうやら列車の運行は機関士が二人で行っており、他にはいない様子だ。

 なんとか乗車の手続きを終えた三人は、未知のものに対する恐れと好奇心を胸に、ワクワクとしながら列車に乗り込んだ。
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