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第十一章:「海の向こうから」
・11-10 第174話:「歓迎:3」
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・11-10 第174話:「歓迎:3」
イーンスラ王国からの使節団を受け入れたヴェーゼンシュタットでは、連日、パーティが開かれていた。
海を越えてやって来た異国の人々を歓待するためだ。
こういったことを得意としているズィンゲンガルテン公爵家のハインリヒはいなかったが、ヨーゼフやエドゥアルドだけで今回は大丈夫そうであった。
イーンスラ王国とタウゼント帝国の習俗は異なったものであり、言語も別ではある。
しかしその文化的な差異は、サーベト帝国との間にあったものほど大きくはないからだ。
これは古くから両国の貴族同士には少なからず交流があり、その際に互いの文化が影響し合っていたということと、両国が信じている宗教が基本的には同一のものである、という点による。
厳密に言えば宗派というか、宗教の[信じ方]や[教義]に違いはあるのだが、若干の注意を払えば問題が起きるような相違はなかった。
交渉をより円滑に進めるためには、その相手にはなるべく上機嫌でいてもらった方が良い。
そういう観点もあり、帝国側からのもてなしは、できる限り、心づくしに行われた。
といっても、あくまで、背伸びはしない。
アルエット共和国によって海上封鎖を受けていることで生じている物資不足などの影響は、包み隠さず見せることにしていた。
弱みを見せない、という観点からすれば、「何の影響もありませんよ」と、そ知らぬふりをし、見せたくないものは巧みに隠してしまった方が良い、と思えるだろう。
だが、帝国が海上封鎖によって大きな影響を受けている、などと言うことは、ちょっと市街地を散策すればすぐに分かってしまうことだ。
不足する商品、高騰した値段。
そこに暮らす人々の表情や、素振り。
注意深さを持ち合わせている人間が観察すれば、すぐに「虚勢を張っている」とバレてしまう。
そうなれば、笑止千万と思われるだけだろう。
小手先の小賢しい手に頼る国だ、と、侮られることになるかもしれない。
それくらいだったら、ありのままを見せ、「せひとも貴国の力が必要なのです」と正直に訴えかけた方が好印象を得られるはずだ。
加えて、甜菜糖(てんさいとう)など、帝国内で不足する物資を補う努力をしっかりと行っており、効果をあげつつあることを示せば、同盟者として頼みになり得ると思ってもらえるだろう。
狡猾(こうかつ)であれ、というのは、なにも、相手にウソをついたり、騙(だま)したりすれば良い、というわけでもなかった。
この国は信用に足る、あるいは、裏切るのは忍びない、と思わせることもまた、知略であるはずだ。
帝国は、手を結んでおいた方が良い相手である。
使節団からの要望に応えつつも、エドゥアルドたちはそういう印象を持ってもらえるよう、したたかに行動していった。
────────────────────────────────────────
主君であるエドゥアルドや、ノルトハーフェン公爵代理としての役割を背負っているヨーゼフ、ブレーンのヴィルヘルムらが忙しそうにしているころ。
「う~ん……。
なにか、私にもお仕事はないのかしら? 」
せっかくだからと連れてきてもらったのはいいものの、メイドのルーシェは暇を持て余してしまっていた。
というのは、ここでは彼女の仕事は、普段よりもずっと少なかったからだ。
代皇帝のメイドとして毎日、いろいろとやるべきことはあったが、しかし、ヴァイスシュネーに働いている者たちはみな、自身と同様に以前からあの少年に仕えていた人々だ。
仕事についてはしっかりと心得ていたし、ルーシェたちが離れている間もずっととここで働いていたのだから、彼らの輪の中に今さら入って行ける隙間はなかった。
それに、肝心のエドゥアルドは、全権大使のバリントン伯爵たちに対応するために外出していることが多い。
その間はこちらもやれることが少なく、結果、時間を余らせてしまっている。
そうなる、と判っていたマーリア・ヴァ―ルと、ゲオルク・ヴァ―ルの夫婦は、この機会を利用してまとまった休暇を取っていた。
何でも、故郷に残して来た子供たちの様子を確かめに、久しぶりの帰郷をしたり、仲良く二人で物見遊山に出かけたりするのだそうだ。
先輩メイドのシャルロッテはというと、ルーシェにはよくわからないがいろいろと仕事があるらしく、忙しく動き回っている。
普段からそうなのだが、この赤毛のメイドは、実際にはメイドとしての仕事をあまりしていない様子だった。
ルーシェが一人前になったから、というのもあるのだろうが、最近は、特にヴィルヘルムから何かをお願いされて、人知れずに働いている。
詳しいことは、なんだか聞いたらいけない雰囲気なので、怖くてたずねたことはない。
お留守番の功労が認められて同行が許された二匹、オスカーとカイは、自由気ままに振る舞っていた。
オスカーはかつてこの辺りのボス猫をしていたから、昔の手下たちの様子を見に行っているし、カイはお気に入りのお昼寝の場所などを巡っては、フンスフンスとにおいをかいで回っている。
自分以外のみんなは、それぞれのやることに励(はげ)んでいる。
それなのに、ルーシェは途方に暮れるばかり。
暇な時間をどうやったら有意義に使うことが出来るか、というのを考えるのが、あまり得意ではないのだ。
なにもしなかったわけではない。
こんなにまとまった時間ができたのだから、せっかくだから、と、ヴィルヘルムに頼んで分厚い専門書などを借り受け、何冊か読んでいたのだが、その様子を見たアンネに「それ、お休みのやり方じゃないですよ!? 」と酷く驚かれてしまったので、やめてしまったとう経緯がある。
エドゥアルドはいないし、何か手伝えることはないかと探してみても人手は十分に足りている。
余計な手出しをしても、邪魔に思われるだけ。
困り果ててしまったメイドは、ヴァイスシュネーの建物の中をうろうろとしていることしかできない。
———ふと、背後に、殺気にも似たプレッシャーを感じ取ったのは、その時だった。
イーンスラ王国からの使節団を受け入れたヴェーゼンシュタットでは、連日、パーティが開かれていた。
海を越えてやって来た異国の人々を歓待するためだ。
こういったことを得意としているズィンゲンガルテン公爵家のハインリヒはいなかったが、ヨーゼフやエドゥアルドだけで今回は大丈夫そうであった。
イーンスラ王国とタウゼント帝国の習俗は異なったものであり、言語も別ではある。
しかしその文化的な差異は、サーベト帝国との間にあったものほど大きくはないからだ。
これは古くから両国の貴族同士には少なからず交流があり、その際に互いの文化が影響し合っていたということと、両国が信じている宗教が基本的には同一のものである、という点による。
厳密に言えば宗派というか、宗教の[信じ方]や[教義]に違いはあるのだが、若干の注意を払えば問題が起きるような相違はなかった。
交渉をより円滑に進めるためには、その相手にはなるべく上機嫌でいてもらった方が良い。
そういう観点もあり、帝国側からのもてなしは、できる限り、心づくしに行われた。
といっても、あくまで、背伸びはしない。
アルエット共和国によって海上封鎖を受けていることで生じている物資不足などの影響は、包み隠さず見せることにしていた。
弱みを見せない、という観点からすれば、「何の影響もありませんよ」と、そ知らぬふりをし、見せたくないものは巧みに隠してしまった方が良い、と思えるだろう。
だが、帝国が海上封鎖によって大きな影響を受けている、などと言うことは、ちょっと市街地を散策すればすぐに分かってしまうことだ。
不足する商品、高騰した値段。
そこに暮らす人々の表情や、素振り。
注意深さを持ち合わせている人間が観察すれば、すぐに「虚勢を張っている」とバレてしまう。
そうなれば、笑止千万と思われるだけだろう。
小手先の小賢しい手に頼る国だ、と、侮られることになるかもしれない。
それくらいだったら、ありのままを見せ、「せひとも貴国の力が必要なのです」と正直に訴えかけた方が好印象を得られるはずだ。
加えて、甜菜糖(てんさいとう)など、帝国内で不足する物資を補う努力をしっかりと行っており、効果をあげつつあることを示せば、同盟者として頼みになり得ると思ってもらえるだろう。
狡猾(こうかつ)であれ、というのは、なにも、相手にウソをついたり、騙(だま)したりすれば良い、というわけでもなかった。
この国は信用に足る、あるいは、裏切るのは忍びない、と思わせることもまた、知略であるはずだ。
帝国は、手を結んでおいた方が良い相手である。
使節団からの要望に応えつつも、エドゥアルドたちはそういう印象を持ってもらえるよう、したたかに行動していった。
────────────────────────────────────────
主君であるエドゥアルドや、ノルトハーフェン公爵代理としての役割を背負っているヨーゼフ、ブレーンのヴィルヘルムらが忙しそうにしているころ。
「う~ん……。
なにか、私にもお仕事はないのかしら? 」
せっかくだからと連れてきてもらったのはいいものの、メイドのルーシェは暇を持て余してしまっていた。
というのは、ここでは彼女の仕事は、普段よりもずっと少なかったからだ。
代皇帝のメイドとして毎日、いろいろとやるべきことはあったが、しかし、ヴァイスシュネーに働いている者たちはみな、自身と同様に以前からあの少年に仕えていた人々だ。
仕事についてはしっかりと心得ていたし、ルーシェたちが離れている間もずっととここで働いていたのだから、彼らの輪の中に今さら入って行ける隙間はなかった。
それに、肝心のエドゥアルドは、全権大使のバリントン伯爵たちに対応するために外出していることが多い。
その間はこちらもやれることが少なく、結果、時間を余らせてしまっている。
そうなる、と判っていたマーリア・ヴァ―ルと、ゲオルク・ヴァ―ルの夫婦は、この機会を利用してまとまった休暇を取っていた。
何でも、故郷に残して来た子供たちの様子を確かめに、久しぶりの帰郷をしたり、仲良く二人で物見遊山に出かけたりするのだそうだ。
先輩メイドのシャルロッテはというと、ルーシェにはよくわからないがいろいろと仕事があるらしく、忙しく動き回っている。
普段からそうなのだが、この赤毛のメイドは、実際にはメイドとしての仕事をあまりしていない様子だった。
ルーシェが一人前になったから、というのもあるのだろうが、最近は、特にヴィルヘルムから何かをお願いされて、人知れずに働いている。
詳しいことは、なんだか聞いたらいけない雰囲気なので、怖くてたずねたことはない。
お留守番の功労が認められて同行が許された二匹、オスカーとカイは、自由気ままに振る舞っていた。
オスカーはかつてこの辺りのボス猫をしていたから、昔の手下たちの様子を見に行っているし、カイはお気に入りのお昼寝の場所などを巡っては、フンスフンスとにおいをかいで回っている。
自分以外のみんなは、それぞれのやることに励(はげ)んでいる。
それなのに、ルーシェは途方に暮れるばかり。
暇な時間をどうやったら有意義に使うことが出来るか、というのを考えるのが、あまり得意ではないのだ。
なにもしなかったわけではない。
こんなにまとまった時間ができたのだから、せっかくだから、と、ヴィルヘルムに頼んで分厚い専門書などを借り受け、何冊か読んでいたのだが、その様子を見たアンネに「それ、お休みのやり方じゃないですよ!? 」と酷く驚かれてしまったので、やめてしまったとう経緯がある。
エドゥアルドはいないし、何か手伝えることはないかと探してみても人手は十分に足りている。
余計な手出しをしても、邪魔に思われるだけ。
困り果ててしまったメイドは、ヴァイスシュネーの建物の中をうろうろとしていることしかできない。
———ふと、背後に、殺気にも似たプレッシャーを感じ取ったのは、その時だった。
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