メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~

熊吉(モノカキグマ)

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第十一章:「海の向こうから」

・11-4 第168話:「久しぶりの帰郷:1」

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・11-4 第168話:「久しぶりの帰郷:1」

 せっかく帝都・トローンシュタットに戻ることが出来たエドゥアルドだったが、休息するための時間はほとんど得られなかった。

 イーンスラ王国から外交使節がやって来るという、朗報。
 喜ばしいことではあったが、それに対応するためにいろいろと予定を切り詰めなければならなかったからだ。

 今後のタウゼント帝国、そしてヘルデン大陸全体の行く末を左右しかねない、重要な出来事だ。
 今回も、代皇帝自身が直接、対応しなければならないだろうし、そうするつもりだった。

 首相であるジェリー・オルグレン男爵の親書には、交渉開始の時期として望ましいのはいつなのか、と、こちらの事情に配慮した問いかけがつけ加えられていたが、予断を許さない現状を考慮すれば、着手するのは早ければ早いほどにいい。
 そういう訳で、準備が整い次第、すぐに使節を派遣して欲しい、との返書を送っている。

 忙しいのはそのせいだったが、無理をしてでも急ぐ価値はあるはずだ。

 国政自体は、なんの問題も起きてはない。
 国家宰相のルドルフを筆頭とした重臣、そしてその下で働く官僚たちが滞りなく済ませてくれている。
 代皇帝にしか決裁できない案件にサインして玉璽(ぎょくじ)を押す、という仕事が残っていたくらいだ。

 忙しかったのは、これから始めることについてだった。
 新しく実施する事業については、ここでエドゥアルドが可否を判断しておかなければ、次に帝都・トローンシュタットに帰って来るまで立ち往生させてしまうことになる。

 判断待ちになっていた事柄について、慌ただしく、立て続けに担当者たちから内容を聞き、問題が無ければその場で裁可していく。
 他の者の意見を聞く必要がある場合でも、一週間以上は待たせずに決めて行った。

 大体は、予算の使い道についてだ。
 帝国に海軍を創設するために集まった多額の寄付金を、どんな軍艦の建造に割り当てるかといった話題や、海軍向けの士官学校の増設や海兵の訓練施設の拡充。
 また、失業者に対する対策として行っている政策を今後も継続するか、縮小するか、あるいは拡大するのか。
 官僚から帝国の経済状況についての分析を説明されながら、決めて行く。

 後は、諸々の案件についての報告を受けることが多かった。
 帝国陸軍の参謀総長、アントン・フォン・シュタムから、帝国軍の再編状況や徴兵制の施行に伴う現状の説明、今後の推移についての見通しなど。
 また、帝国全土に鉄道網を構築するためにその建設を指揮・監督する立場となっているクルト・フォン・フライハイト男爵から、各地の工事の進捗状況や、新たに作成された路線計画についての解説を受ける。

 幸いなことに、アルエット共和国はしばらくの間、帝国側に目だった攻撃を仕掛けて来ることはできないようだった。
 というのは、イーンスラ王国が方針を転換したことにより、フルゴル王国で共和国に対抗しているアルベルト王子らに支援が入ったらしく、同国に転進したムナール将軍は鎮圧に手間取っているようなのだ。

 この、帝国にとっての小康状態の間に、できるだけのことをしておきたいところだ。

 肉体的な負担は、さほど大きなことでもない。
 ハイリガー・ユーピタル・パスを踏破し、共和国軍が戦略的な奇襲攻撃を仕掛けてきた際に、兵士たちと共に長距離行軍したのに比べれば、まだまだ余力がある。

 だが、精神的な負担は大きかった。
 限られた期間でできるだけ多くの事柄について決裁の判断を下すためには、ずっと時間に追われているプレッシャーを感じながら、思考し続けなければならない。
 気を抜けるタイミングがほとんどなかったのだ。

 そうして、一か月余り。
 ようやく激務から解放されたのは、ノルトハーフェンの港町にやって来るイーンスラ王国からの外交使節を出迎え、歓待し、直接交渉を行うために、馬車に乗って帝都・トローンシュタットへと旅立ってからのことだった。

────────────────────────────────────────

 懐かしき故国。
 ノルトハーフェン公国。

 気づいたら、その地を離れてからもう、何年も経っている。
 代皇帝としての仕事がいろいろとあっただけではなく、アルエット共和国との戦争やらなんやらで、まともに帰っている余裕もなかったからだ。

 現地の統治は、エドゥアルドにとっての数少ない血縁者、庶子ではあるものの従兄に当たるヨーゼフ・ツー・フェヒターが代行し、方針を引き継いで滞りなく進んでいる。
 昨年に実施された共和国海軍の港湾襲撃によって甚大な被害が出たそうだが、その復旧と対策の進行状況についても、詳細な報告がこまめにあって、問題ないと分かっている。

 最初は異質なほどの敵愾心(てきがいしん)と共に突っかかって来る厄介な相手、という存在でしかなかったが、一度こちらのことを認め、毒気が抜けると、統治者としてまず満足の行く能力をヨーゼフは持ち合わせていた。
 しかも義理堅いところがあったから、彼の存在は大きな助けになっている。

 だから、外交交渉のためとはいえ、北へ向かう馬車の車内で、代皇帝は気楽だった。
 先のことを考えると、いろいろと大変だということは分かっているのだが、少なくとも帝都・トローンシュタットでの日々のような、時間に追われながらできるだけ多くの決裁を済ませるという目の回るような事態は起こらないだろう。

「ノルトハーフェン公国。
 楽しみでございますね、エドゥアルドさま! 」

 いつものように同じ馬車に乗って移動しているメイド、ルーシェも、心なしかワクワクしている様子で、笑顔が一際輝いて見える。

「それに、この子たち。
 オスカーとカイの同行も許して下さって、とっても嬉しいのです! 」
「ああ、それは……。
 仲間はずれにするのも、かわいそうだったからな」

 うなずきつつ苦笑したエドゥアルドは、同乗している二匹の毛むくじゃらたちに視線を向ける。

 猫のオスカーは、ここの主は俺だと言わんばかりのふてぶてしい態度でルーシェとシャルロッテが腰かけている座席の間で丸まり、犬のカイはお行儀よく足元で伏せの姿勢をして休んでいる。

 二匹にとっても、ノルトハーフェン公国は故郷だった。
 きっと、今回の帰郷を喜んでくれるのに違いない。
 普段はお利口に留守番をしていることへのご褒美もあげたかったし、なんだかんだあってなかなか一緒にいられないメイドと過ごせる時間を作ってやりたかった。

(それに、あんな目で見つめられたらな……)

 また、自分たちを置いて行くのか。
 出発の準備を整えている最中、オスカーからは非難するような視線を、カイからはすがりつくような視線をずっと向けられていたから、ついつい、連れて来てしまったのだ。

「エドゥアルドさま! もうすぐ、ポリティークシュタットに到着いたしますよ! 」

 その時、こちらも久しぶりの夫婦水入らずに御者席に夫のゲオルクと一緒に腰かけていたマーリア・ヴァ―ルが振り返って来て、窓越しに笑顔を見せる。

 どうやら、ノルトハーフェン公国の首府、ポリティークシュタットへと到着したようだった。
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