メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~

熊吉(モノカキグマ)

文字の大きさ
上 下
157 / 232
第十章:「外交の春」

・10-10 第156話:「対案の対案」

しおりを挟む
・10-10 第156話:「対案の対案」

 サーベト帝国が割譲を申し出て来た五つの地域。
 ルビーセア、ロアーチク、ロスベニー、テネモンログ、マドニーア。

 これを、無理に領有する必要はないのではないか。
 そこに暮らしている人々が独立を望んでいるというのなら、そうしてしまえばいい。

 これによってエドゥアルドは解放者としての名声を得、恩恵を受けた人々からの敬愛を勝ち取ることができる。
 帝国の南東部に、こちらに対して好意的で、十分な広さを持った緩衝地帯を形成することもできてしまう。

 ルーシェのその提案に魅力を感じたエドゥアルドはさっそく、ブレーンであるヴィルヘルムと、ズィンゲンガルテン公爵・ハインリヒを集め、それぞれの見解をたずねた。

 最初、二人は戸惑っている様子だった。

 領土を受け取るか、受け取らないか。
 その二者択一しかない、という先入観が生まれてしまっていたのだ。

 ヴィルヘルムはいつものように顔色を変えることはしなかったが、ハインリヒと一瞬、視線を交わした仕草から、新しく示された提案について意外に思ったのは間違いない。

「大変、興味深い、大いに考慮する価値のある策であると存じます」

 だが数秒の間を置いて、彼は主君の方をまっすぐに見ると、そう言ってうなずいてみせていた。

「サーベト帝国からこれほど広大な地域を獲得することは、我々が勝利者であることをより強く印象付けることになりましょう。
 そして、その地域を、そこに暮らす人々の望み通りに独立させてやることは、かの地に暮らす者たちを味方につけることにつながるだけではなく、我が国が危険な拡張主義を有していない、穏健な国家であることを示すのにもつながります」
「ふむ……。
 強大な、武力侵略を厭(いと)わない国家よりも、そういった穏便な国家であると示す方が、メリットがあるというのだな? 」
「はい。
 まず、陛下が目指しておいでなのは、このヘルデン大陸に覇を唱え、未来永劫、人々に畏怖されるような覇者として名を残すこと、などではなかったはずでございます。
 タウゼント帝国に、次の一千年を迎え得る基盤を作り上げること。
 国政を刷新し、殖産興業を果たし、民を豊かにし、強兵を育成するのも、それらによって、誰もが安泰に暮らすことができる場所を作るためだと、心得ております。
 その目的を果たすためには、必要以上に諸外国を警戒させる必要はありません。
 今日(こんにち)の戦争は、なにかと金がかかりばかりか、人名を浪費します。
 人は、代えの効かない、国家にとって第一の資産です。
 覇権を争って諸外国と戦いに明け暮れるより、彼らとは務めて友好関係を結び、相互に通商を行った方が、発展には役立ちましょう。
 そもそも、我が国は諸外国が世界中で行っている植民地の獲得競争には出遅れており、関与できる余地は少ないです。
 こうした状況では、無理に領土獲得に走るより、自国の強化に全力を挙げ、質的な増強を進めるべきではないでしょうか。
 そういった意味でも、五か国を独立させることは、我が帝国の姿勢を明らかにする上で一定の方向性を示せると考えます」

 諸外国と円滑に交易を行うなど、アルエット共和国からの海上封鎖を受け、そういった状況を打開する術を持たない現状からすれば、気の遠くなるような未来の話に思える。

 だが、そうなった方が良い、ということは明らかだった。

 領土の広さは、その国の豊かさに結び付く。
 その事実は、過去も、今も変わりはない。

 だが、産業革命の進展によって、新しい道も開かれた。
 科学技術と産業機械の発達、蒸気機関の普及と言った動力面での革新。
 こういった事例から、自国の領土を無理に拡張せずとも、技術の開発によって国を豊かにする手段が生まれている。

 産業が発達すれば、より多くの資源が必要となる。
 そうであるのならばやはり領土は広い方がいい、という考えも生まれるだろうが、これまでずっとヘルデン大陸上のことにしか目を向けてこなかったタウゼント帝国は、イーンスラ王国やアルエット共和国のように海外に領土を獲得する基盤を有してはいなかった。

 長大な交易路を保護するための海軍力も不十分であるし、この世界にはどんな場所があり、そこにどんな資源が眠っているのかを探索するための拠点さえ有していない。

 今さら拡張主義に目覚めて、他国のように躍起になって海外植民地を獲得しようとしても、すでに大きく出遅れてしまっているのだから、追いつけない。
 有望な土地の多くはすでに先駆者たちによって占められているだろうし、残された数少ない領域を獲得しようと血眼になって多くの労力をかけたとしても、十分な見返りは期待できない。
 しかも、無理に領土を押し広げることは、諸外国に強い警戒心を喚起させてしまう。

 そうなるくらいだったら、軋轢(あつれき)が生じるのを避け、国内の発展に注力した方が良い。
 必要な資源は、殖産興業を果たし、多くから求められる商品を生み出すことで、それと引きかえに貿易によって確保する。

 これはエドゥアルドの施政の基本方針ともなっており、ルーシェの、敵を作らず、味方を増やす、という提案はそれとよく合致していた。

「私(わたくし)としても、異論はございません」

 ヴィルヘルムに続いて、ハインリヒ公爵もうなずく。

「新たに得られる領地は、以前にも申し上げましたが、統治の困難な場所です。
 そこに暮らす人々は外国による長年の支配に恨みを募らせており、旺盛な独立心を有しております。
 我が国の領土に組み込めば、その矛先は我が方へと向けられましょう。
 また、陛下やヴィルヘルム殿が危惧しておられる通り、極端な拡張主義は諸外国の警戒心を喚起し、今後の外交をやりにくくしてしまいます。
 翻(ひるがえ)って、五か国の独立を認めてしまえば、彼らは陛下に感謝いたしましょうし、サーベト帝国との間に絶好の緩衝地帯を設けることができ、今後の両国の関係に良い結果をもたらすでしょう。
 また、私事(わたくしごと)ながら、強力な国家と国境を接しなくなる方が、私(わたくし)も自国の統治が行いやすくなり、喜ばしいことと存じます」
「ならば……、決まりだな。
 重臣たちに出した手紙の返事の内容も加味する必要はあるが、基本的にこの方針で行きたい」
「「御意」」

 ヴィルヘルムもハインリヒも、澱(よど)みなく一礼する。
 迷いなく賛同してくれている様子だった。

「あとは……、この、対案の対案を、ナッジャール殿が飲むかどうか。
 どう切り出すか、だな」

 だが、これですべての問題が解決したわけではない。

 交渉は、こちらだけでなく、相手方も同意して初めて、成立する。

 タウゼント帝国にとっては間違いなく良策と思えるものを、ナッジャールには受け入れてもらえるのかどうか。
 言い方、提案のしかたひとつで、結果が左右されることもある。

 失敗の出来ない、一発勝負だった。

 この後、三人は数日もかけ、慎重に、どういったアプローチで交渉を進めて行くかを煮詰めていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幕末☆妖狐戦争 ~九尾の能力がはた迷惑な件について~

カホ
ファンタジー
御影 雫は、都内の薬学部に通う、手軽な薬を作るのが好きな、ごく普通の女子大生である。 そんな彼女は、ある日突然、なんの前触れもなく見知らぬ森に飛ばされてしまう。 「こいつを今宵の生贄にしよう」 現れた男たちによって、九尾の狐の生贄とされてしまった雫は、その力の代償として五感と心を失う。 大坂、そして京へと流れて行き、成り行きで新選組に身を寄せた雫は、襲いくる時代の波と、生涯に一度の切ない恋に翻弄されることとなる。 幾度となく出会いと別れを繰り返し、それでも終点にたどり着いた雫が、時代の終わりに掴み取ったのは………。 注)あまり真面目じゃなさそうなタイトルの話はたいてい主人公パートです 徐々に真面目でシリアスになって行く予定。 歴史改変がお嫌いな方は、小説家になろうに投稿中の <史実運命> 幕末☆(以下略)の方をご覧ください!

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

日本は異世界で平和に過ごしたいようです。

Koutan
ファンタジー
2020年、日本各地で震度5強の揺れを観測した。 これにより、日本は海外との一切の通信が取れなくなった。 その後、自衛隊機や、民間機の報告により、地球とは全く異なる世界に日本が転移したことが判明する。 そこで日本は資源の枯渇などを回避するために諸外国との交流を図ろうとするが... この作品では自衛隊が主に活躍します。流血要素を含むため、苦手な方は、ブラウザバックをして他の方々の良い作品を見に行くんだ! ちなみにご意見ご感想等でご指摘いただければ修正させていただく思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。 "小説家になろう"にも掲載中。 "小説家になろう"に掲載している本文をそのまま掲載しております。

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

巻き込まれた薬師の日常

白髭
ファンタジー
商人見習いの少年に憑依した薬師の研究・開発日誌です。自分の居場所を見つけたい、認められたい。その心が原動力となり、工夫を凝らしながら商品開発をしていきます。巻き込まれた薬師は、いつの間にか周りを巻き込み、人脈と産業の輪を広げていく。現在3章継続中です。【カクヨムでも掲載しています】レイティングは念の為です。

処理中です...