メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~

熊吉(モノカキグマ)

文字の大きさ
上 下
143 / 232
第九章:「苦しい冬」

・9-16 第142話:「魔法の白い粉」

しおりを挟む
・9-16 第142話:「魔法の白い粉」

 ノルトハーフェン公国で一番、イェイ国全体でも有数、と称される資本家であるオズヴァルトの合図で、警備をしていた親衛隊の兵士らによって扉が開かれる。
 するとそこには数名の、屈強な筋肉の労働者たちがいた。

 みな、樽を担いでいる。

「まずはこちらを。
 先日、メイド殿にお渡しいたしましたものと同じ、[魔法の白い粉]が詰まった樽でございます。
 これを、まずはこちらに十樽。
 後日さらに、帝国の国庫に九十樽。
 合計で三トンほど献上させていただきます」

 労働者たちはそのオズヴァルトの説明を背景にしながらぞろぞろと入ってきて、重そうな樽を積み上げて去って行った。

「これにすべて、砂糖が入っているというのか? 」

 話の通り十個も運び込まれた樽を、エドゥアルドは驚きと共に見つめている。

 献上されると言っても、現在、砂糖は貴重品。
 せいぜい袋でいくつか、数十キロ程度だろうと思っていたのだ。

 だが、目の前には十樽、合計で三百キロにもなる量が集められている。
 それだけではない。
 この後さらに九十樽、総計で三トンにもなる砂糖を献上する、と言っている。

 そんなことをする理由は、すぐに察することができた。
 自分にはこれだけの供給能力があるのだと、はっきりと示す狙いがあるのだろう。

「陛下がお望みとあれば、もっともっと、砂糖を用意してご覧に入れますぞ。
 もちろん、タダで、とは参りませぬが。
 私(わたくし)も、商人ですので」

 相手の術中にはまってはいけない、と居住まいを正すエドゥアルドに向けて、オズヴァルトはニタリとした勝ち誇った笑みを向けて来る。
 狙い通りの反応だと思っているのだろう。

「品質の方は、すでにお試しいただいているかと思います。
 いかがでしたか? サトウキビのものと、遜色(そんしょく)はございませんでしたでしょう? 」
「ああ。
 味あわせてもらったが、少しも違和感はなかった」

 うなずいたエドゥアルドは、肝心のことをたずねることとする。

「この、代用砂糖。
 いったい、なにを原材料として作っているのだ? 」
「お答えいたしましょう。
 それは、甜菜(てんさい)と申します根菜から精製いたしましたものでございます」
「テンサイ? 
 あの、葉や、根を食べる植物のことか? 」
「左様でございます」

 甜菜(てんさい)の栽培の歴史は古い。
 タウゼント帝国が建国されるよりもさらに以前から作物のひとつとして知られており、主に葉を食べる野菜の一種として育てられていた。
 後に、根の肥大した品種が発見されて定着し、現在では根菜の一種としても用いられている。

 エドゥアルドも、サラダや、スープなどの煮込み料理の具材として食べたことがあるほどだ。

「確かに、甘みも感じる食材だとは思うが……。
 これほどの量の砂糖を精製できるほどなのか? 」
「陛下。陛下がお口になさいましたのは、食用として生産されているものでございましょう。
 同じ甜菜(てんさい)であっても、品種がいくつもあるのです。
 その中には糖分を他よりも多く含んでいる種類もございまして、それを絞り、加工し、精製することで、サトウキビから作るのと遜色(そんしょく)のない砂糖を作り出すことができるのです」
「それは、我が国でも栽培することができるのか? 」
「もちろんでございます! 
 こちらにお持ちしました品々も、陛下と私(わたくし)の故国、ノルトハーフェン公国で生産したものなのでございますよ」
「ノルトハーフェンで……」

 エドゥアルドの故郷は北方にあるため、タウゼント帝国の中でも比較的冷涼な気候に属している。
 サトウキビなど、到底、育たない。

 しかし、そういった環境でも育つ植物から砂糖が精製できるとは。

 もし、安定して大量生産できるようになれば、まさしく革命的と言えるほどの変化が起きる。
 海路を経由して輸入される砂糖を少なくできるということは、海上封鎖の影響も受けにくくなると言うことだし、代金の支払いのために外国に支払っている金額を、国内で循環させることができるようになる、ということでもある。

 なんというタイムリーな売込みだろうか。

 そこで、感心しきりだったエドゥアルドは疑問を抱く。

「まさしく、今の我が国にとって必要なものだ。
 しかし、オズヴァルト準男爵。
 このようなタイミングでこのような話が舞い込んで来るのは、いささか、都合が良すぎはしないだろうか? 」

 少年がわずかに懸念しているのは、これが、一種の詐欺ではないか、ということだった。
 サトウキビ以外から砂糖の精製に成功したとすれば、報奨金が出ることになっている。
 それを狙って、市場にあった砂糖を買いつけ、甜菜(てんさい)から作ったなどと偽っている……。

 オズヴァルトとエドゥアルドの関係は、利害が一致している。
 いい商売相手(パートナー)だ。
 だからそんな信用を損なうようなことはするはずがない、とは思うものの、少し疑わしくも思えてしまう。

「実はこれは、私(わたくし)の発明ではないのです」
「と、いうと? 」
「元々は、別の資本家が砂糖を自前で生産できないかと、実験をくり返し、熱心に開発していたものなのでございます。
 甜菜(てんさい)から砂糖を精製する方法を発見したその者は、製糖工場を建設し、砂糖の生産に乗り出しておりました。
 しかしながら、先日の、共和国の者らによるノルトハーフェンへの襲撃事件のおり、倉庫に直撃弾を受け、製品の多くを焼失したとのことで。
 資金繰りに行き詰まり破産しかかっていたところを、私(わたくし)が製法を工場ごと買い取った、という次第でございます。
 現在では、私(わたくし)が資本を提供し、開発者が工場の経営を、という体制を取らせていただいております」
「なるほど……」

 共和国海軍による襲撃事件の余波で、いろいろとあったらしい。

「それで、生産は順調なのか? 」
「はい。おかげさまを持ちまして。
 元々、襲撃事件で在庫を失わなければ、順調に進んでいた事業でありますから。
 今後も、安定して砂糖を供給できる見込みでございます」
「わかった。
 ……それで、オズヴァルト殿は余になにをさせたいのだ? 」

 民間のやることだから、オズヴァルトが製糖業を拡大するのにはまったく問題もない。
 甜菜(てんさい)糖の普及を妨げるような規制も、現状は存在していない。
 海上封鎖で砂糖不足が深刻化しているから、作れば作るほどに売れ、利益もたっぷりと出るだろう。

 国家として何かしてやらなくとも、その事業は大成功する。
 それなのにわざわざエドゥアルドに話を持って来るということは、何か、狙いがあるのに違いなかった。

 するとオズヴァルトは満面の笑みを浮かべてうなずいた。

「陛下には、この製造方法をぜひ、国中に広めていただきたいのです」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

幕末☆妖狐戦争 ~九尾の能力がはた迷惑な件について~

カホ
ファンタジー
御影 雫は、都内の薬学部に通う、手軽な薬を作るのが好きな、ごく普通の女子大生である。 そんな彼女は、ある日突然、なんの前触れもなく見知らぬ森に飛ばされてしまう。 「こいつを今宵の生贄にしよう」 現れた男たちによって、九尾の狐の生贄とされてしまった雫は、その力の代償として五感と心を失う。 大坂、そして京へと流れて行き、成り行きで新選組に身を寄せた雫は、襲いくる時代の波と、生涯に一度の切ない恋に翻弄されることとなる。 幾度となく出会いと別れを繰り返し、それでも終点にたどり着いた雫が、時代の終わりに掴み取ったのは………。 注)あまり真面目じゃなさそうなタイトルの話はたいてい主人公パートです 徐々に真面目でシリアスになって行く予定。 歴史改変がお嫌いな方は、小説家になろうに投稿中の <史実運命> 幕末☆(以下略)の方をご覧ください!

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

日本は異世界で平和に過ごしたいようです。

Koutan
ファンタジー
2020年、日本各地で震度5強の揺れを観測した。 これにより、日本は海外との一切の通信が取れなくなった。 その後、自衛隊機や、民間機の報告により、地球とは全く異なる世界に日本が転移したことが判明する。 そこで日本は資源の枯渇などを回避するために諸外国との交流を図ろうとするが... この作品では自衛隊が主に活躍します。流血要素を含むため、苦手な方は、ブラウザバックをして他の方々の良い作品を見に行くんだ! ちなみにご意見ご感想等でご指摘いただければ修正させていただく思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。 "小説家になろう"にも掲載中。 "小説家になろう"に掲載している本文をそのまま掲載しております。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

巻き込まれた薬師の日常

白髭
ファンタジー
商人見習いの少年に憑依した薬師の研究・開発日誌です。自分の居場所を見つけたい、認められたい。その心が原動力となり、工夫を凝らしながら商品開発をしていきます。巻き込まれた薬師は、いつの間にか周りを巻き込み、人脈と産業の輪を広げていく。現在3章継続中です。【カクヨムでも掲載しています】レイティングは念の為です。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

S級冒険者の子どもが進む道

干支猫
ファンタジー
【12/26完結】 とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。 父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。 そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。 その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。 魔王とはいったい? ※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。

処理中です...