メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~

熊吉(モノカキグマ)

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第九章:「苦しい冬」

・9-7 第133話:「大陸封鎖命令」

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・9-7 第133話:「大陸封鎖命令」

 エドゥアルドが招集した会議には、以前と同様、国家の要職についている五人の大臣に加え、クラウス・フォン・オストヴィーゼ、アントン参謀総長、そしてヴィルヘルムが参加した。
 しかし、他の二人の公爵、ユリウスとデニスの姿がない。
 両者とも自国の統治のために帰郷しており、帝都にいなかったからだ。

 ついに共和国は、海上戦力に欠けるという帝国の弱点を突き、海から攻撃を仕掛けてきた。
 予想されていた事態とはいえ、集まった面々の表情は一様に険しいものだ。

 理由は、即効性のある対処法が存在し無いから、だ。

 海軍の建設には多額の費用と長い年月がかかるから、向こう数年間は現在の状況が続く。
 沿岸に砲兵を配置し当面の対策としているが、これもすぐには満足できるだけの兵力は確保できない見込みだ。
 兵の訓練や、大砲や弾薬の確保、陣地の構築などに、どうしても時間はかかる。
 もう半年間は、最低でも見なければならない。

 それまでの間は、今回のような襲撃を受けても対処不能。
 そのことは明らかで、誰の脳裏にも時間以外の解決法がないこの問題を解消できる、奇跡のような妙案はなかった。

 だから、せっかく集まっても会議で決められることは限られていた。

 背に腹は代えられないと、沿岸防衛を充実させるための国債を発行し民間から広く資金を集めるほか、所領の経済力に応じて各諸侯に対して金を募り、沿岸防衛の促進に充てる。
 同時に、現在進んでいる徴兵された兵士たちの訓練内容を切り替え、砲兵に回して人員を確保する。

 この二点の方針を定めることができただけだ。

 ノルトハーフェンを襲撃して去って行った敵艦隊を追撃する、などということもできない。
 なぜなら帝国にはそうするだけの艦艇がないからだ。

(惨めだな……)

 会議の解散を宣言したエドゥアルドは、悔しさを噛みしめる以外にはない。

 ———それから時間が経過するのに従って、事態はより深刻なものになって行った。

 というのは、ノルトハーフェンが襲撃されただけではなく、交易のために航行中だった帝国の商船が共和国の艦艇に攻撃さえ、拿捕(だほ)されたり沈没させられたりしている、という報告が入ったのだ。

 通商破壊。
 敵は、本格的にこちらの交易網を潰そうとしている。

 これまでも国家が海賊などを雇って他国の船舶を攻撃させる、ということは当たり前のように行われていた。
 だが今回は、国家がその海軍力を投入し、大々的に海上封鎖を行っている。

 このために、タウゼント帝国の海路を利用しての貿易は急速に減少していった。
 出港すれば敵に攻撃され、すべてを奪われてしまい、それを阻止することもできないのだ。
 商船は少しでも安全な港に留まる以外にはなく、また、外国に所属する船舶も、共和国によって妨害されているのかほとんど入港して来なくなった。

 そしてこの一連の出来事は、アルエット共和国の強い意志で実行されたものだ。
 すでに分かりきってはいることだったが、その事実も、ほどなくして明らかになった。

 [大陸封鎖令]。
 革命の英雄、アレクサンデル・ムナール将軍の発案によって発令されたそれは、タウゼント帝国の海上貿易を寸断し、孤立させるための強力な政策だった。

 帝国の国旗を掲げて航行している船舶は、官民を問わず攻撃し、拿捕(だほ)する。
 抵抗すれば、即座に撃沈。
 さらには、これは帝国の港に入港しようとする、諸外国の船舶も対象となる……。

 海路を利用した貿易を完全に阻止し、帝国の経済に大打撃を与えようという目論見だ。

 そしてこれに対し、エドゥアルドたちは、———成すすべがない。

 沿岸防衛については砲台の増設などでまだ対処することができるが、外洋については、艦艇の数も性能もまるで足りないために、まったく対応することができないのだ。

 このままでは、貿易が停止し、産業革命の波及によって急成長しつつあった帝国の経済が逼塞(ひっそく)させられてしまう。

 まったく何もせず、手をこまねいているわけではなかった。
 国家宰相・エーアリヒの発案や、ブレーンのヴィルヘルムの進言などもあり、いくつか、共和国による大陸封鎖令をかいくぐって貿易を続けるための手段が講じられた。

 ひとつは、オルリック王国を迂回(うかい)してのルート。
 帝国の港に入港する外国の船舶も共和国軍の攻撃対象であったが、他国の船が他国の港に入るのはなんら妨害の対象とはならない。
 このために、必要な物品を友好国であるオルリック王国に依頼して輸入を行ってもらい、何とか手に入れる、というものだ。

 ただこれは、途中で長い陸路を介するために非常に非効率なやり方であった。
 このために一部の希少品や、絶対に必要な硝石などの入手に利用が限られてしまう。

 そしてもうひとつの手段は、サーベト帝国との国交回復、であった。

 タウゼント帝国の南東に広大な国土を有するサーベト帝国は、ヘルデン大陸上の諸国家とは異なった宗教、文化を持った大国だ。
 その体制は旧態依然としたものであり、一昨年にズインゲンガルデン公国を二十万余りの軍隊で侵略したものの、エドゥアルドのノルトハーフェン公国軍とアリツィア王女に率いられたオルリック王国軍の共闘によって撃退されている。

 それ以来、両国の国交は断絶したままだ。
 正常化のための交渉が行われようとしていた矢先、カール十一世が意識不明となり、タウゼント帝国は内乱に突入してしまった。
 その混乱のために、サーベト帝国との外交はほとんど停止したままとなっているのだ。

 何度か予備交渉的なものは行われ、双方の腹の探り合いは行われていたが、まともな成果はあがっていない。

 この際、一気に国交を正常化し、交易を再開。
 オルリック王国と同様の、迂回しての輸出入ルートを開拓しようというのが狙いであった。

 このふたつと並行して、イーンスラ王国への働きをさらに強めている。
 この状況を手っ取り早く打開できるとしたらやはり、強力な王国の海軍力を味方につけることだ。

 多少こちらに不利な条件になってもかまわないから、なんとしてでも同盟を結ぶ。
 そのためにエドゥアルドは、恥を忍び、へりくだった内容の親書をしたため、オルリック王国のアリツィア王女の協力を得てイーンスラ王国に送り届けてもらった。

 もちろん、あちらでこの親書が成果をあげられるよう、バ・メール王国の旧臣、サイモン伯爵にも助力を頼んでいる。

(この際、何でもしてやろう……。
 なんでも、だ! )

 この危機をなんとしてでも乗り越える。
 そんな思いで、エドゥアルドは必死だった。
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