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第八章:「海軍建設」
・8-15 第126話:「重臣会議:4」
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・8-15 第126話:「重臣会議:4」
海軍は必要に違いない。
だが、それを建設するための予算は、どうやって確保するのか。
「あの」
みなが黙って考え込む中で、そう声をあげたのは、なんとしてでも帝国にまともな海軍を建設したい海軍大臣、マリアン伯爵であった。
「以前、インフラへの投資として、国債を発行して民間から広く費用を募ったことがあったはず。
それと同じことは、できないのでしょうか? 」
「二つほど懸念点がありますな」
財務大臣のディートリヒ男爵はうなずくと、彼の考える課題をあげていく。
「第一に、海軍の建設は直接の税収増加が見込み難(がた)い、ということ。
国債を発行したのは、インフラへの投資によって我が国の経済を発展させ、それによって経済規模そのものを底上げし、税収を増やすためです。
そうして増えた税収を、国債の返済に充てるのです。
しかし、軍艦を建造しても、さほど経済規模は大きくならないでしょう。
少なくとも回収率が悪く、国債の返済に困難が生じましょう。
なにしろ元本がそっくり軍艦になってしまうのですから」
その説明に、前オストヴィーゼ公爵・クラウスが、気難しそうな顔で唸り声を漏(も)らす。
「むむぅ……。
国債というのも、なかなか難しいのぅ。
我が公国でも導入してはどうか、とユリウスと話し合っておったのじゃが。
しかし、もう一つの懸念点とは、どのようなものかの? 」
「はい。
むしろこちらの方が、より深刻かと」
「ほう。それは、いかなる? 」
「国民からの理解を得られるか分からない、という点です」
ディートリヒは体の前で三角形に両手の指を組み合わせ、指先を突き合わせながら言葉を続ける。
「国債を購入するのは、多くの場合、資本家たちです。
インフラを建設するための国債を発行する際には、彼らに対してのアピールがしやすかった。
鉄道や道路が整備されれば、資本家たちの商売もやりやすくなる。
彼ら自身にとっても、建設という仕事が増える。
自分たちに利益になる投資と見なしてもらえる。
だから多くの買い手がついたのです。
———しかし、海軍はそうではないでしょう。
我が国にはそもそも、海軍を保有して来たという歴史がない。
つまりは、[海軍という文化]が存在し無いのです」
「文化が、無い? 」
聞き慣れないその言葉に、エドゥアルドは思わず眉をひそめてしまう。
するとそれに目ざとく気づいた財務大臣は、どういう意味なのかを教えてくれた。
「私もそうでしたが、ここにいらっしゃる方々はみな、マリアン卿(きょう)を除いて、海軍という存在を意識さえしてきませんでした。
そしてそれは、民衆も同じなのです。
我々はここで、海軍の重要性、共和国に対する危機的な状況を知りました。
ですから、海軍をなんとか建設するために、どうすればよいかを話し合っている。
しかしながら、国民はまだ、このことを知らないのです。
ほとんどの人々は、この世界に海があることは知っていても、実際に見たことはない。
そこでどのような暮らしが営まれているのか、そして、自分たちの生活と海がどう結びついているのか、なにも分からないのです。
このような状況では、いくら我々が危機を叫び、国債を発行しようとしても、買い手がつかないでしょう。
手元にある資金を投入する意味を理解してもらえないのです」
タウゼント帝国に住む人々は、海軍はもちろん、海、というもののことさえ良く分かっていない。
エドゥアルドたちでさえ、マリアンをのぞき、海のことは完全に失念してしまっていたほどなのだ。
そんな状態で、海軍が必要だ、と、いくら声高に叫んでみても、返ってくるのは鈍い反応だけだろう。
「海? 海軍? 軍艦? ナニソレ? それがなんの役に立つの? 」
といった具合になってしまう。
これでは、軍艦の建造のために国債を発行しても、買い手はほとんどつかないだろう。
しかし、やはり海軍は建設しなければならない。
共和国に対抗し、海上交易路を経由してでしか輸入することができない資源を確保するためには、どうしても必要になる。
「……税を増やす、ということも考えなければならないか」
「お言葉ですが、陛下」
渋面を作って呟いた代皇帝に、国家宰相であるエーアリヒが異議を挟む。
「国政を統括させていただいている立場から申し上げますと、新たに税を課すにしろ、国民からの支持が無ければうまくいきませぬ。
現状では、国民から海軍への意識そのものが育っていない、というのは、財務大臣が申し上げました通りであろうと存じます。
ということは、国債と同じく、増税を行った場合にも理解は得られず、大きな反発を招くことにつながりましょう」
帝国は君主制の国家であったが、その権力は絶対のものではない。
貴族たちの中には民衆を自身の所有物であるかのように考えている者たちもいるが、それは誤った認識だ。
あまりに横暴なことを命じれば、民は当たり前のように離反するし、従わない。
彼らは彼らで、生きている一個の存在なのだ。
そんな民衆に対して、海軍を作るためという、帝国では理解されがたい理由で増税を行ったら。
反発する人々は多いだろうし、なんなら、税を回避するための不正が横行するようになる可能性だってある。
———かといって、海軍を建設するための財源のアテは、国債か、増税かくらいしか思いつかなかった。
陸軍に対する予算は削ることができないし、他の部分についても、海軍に必要なだけの金額をねん出できるような余裕はない。
なにかを後回しにして、海軍を取るか。
そういう取捨選択を行うか、やはり財源そのものを大きくする以外にはなかった。
「陛下。よろしいでしょうか」
万事をきれいに解決できる妙案など浮かんでこず、悩みこんでしまっていたところに、これまで議論の行方を見守っていたヴィルヘルムが発言の許可を求めて来る。
「なにか良い思案でもあるのか? 」
代皇帝のみならず、その場にいた全員から期待する視線を浴びたものの、エドゥアルドのブレーンは申し訳なさそうに首を左右に振った。
「いえ。私(わたくし)にも、そのような試案は浮かびません。
ただ、これまでの議論をまとめますと、ひとまずの結論としては、まずは沿岸の防衛に着手するべきかと。
多額の費用の確保が難しいため艦艇の整備は先送りせざるを得ないかと存じますが、沿岸を守る砲台であれば、ねん出できないほどの費用はかからないかと。
とにかくそこから着手し、海軍の予算をどう確保するかは、徐々に考えて行くべきかと考えます」
「……そうか。
そうするべきだろうな」
その指摘に、エドゥアルドだけでなく他の参加者たちもうなずいている。
ここは、ヴィルヘルムが総括(そうかつ)した通りにする以外にはなさそうだった。
それは要するに、「問題の先送り」であった。
海軍は必要に違いない。
だが、それを建設するための予算は、どうやって確保するのか。
「あの」
みなが黙って考え込む中で、そう声をあげたのは、なんとしてでも帝国にまともな海軍を建設したい海軍大臣、マリアン伯爵であった。
「以前、インフラへの投資として、国債を発行して民間から広く費用を募ったことがあったはず。
それと同じことは、できないのでしょうか? 」
「二つほど懸念点がありますな」
財務大臣のディートリヒ男爵はうなずくと、彼の考える課題をあげていく。
「第一に、海軍の建設は直接の税収増加が見込み難(がた)い、ということ。
国債を発行したのは、インフラへの投資によって我が国の経済を発展させ、それによって経済規模そのものを底上げし、税収を増やすためです。
そうして増えた税収を、国債の返済に充てるのです。
しかし、軍艦を建造しても、さほど経済規模は大きくならないでしょう。
少なくとも回収率が悪く、国債の返済に困難が生じましょう。
なにしろ元本がそっくり軍艦になってしまうのですから」
その説明に、前オストヴィーゼ公爵・クラウスが、気難しそうな顔で唸り声を漏(も)らす。
「むむぅ……。
国債というのも、なかなか難しいのぅ。
我が公国でも導入してはどうか、とユリウスと話し合っておったのじゃが。
しかし、もう一つの懸念点とは、どのようなものかの? 」
「はい。
むしろこちらの方が、より深刻かと」
「ほう。それは、いかなる? 」
「国民からの理解を得られるか分からない、という点です」
ディートリヒは体の前で三角形に両手の指を組み合わせ、指先を突き合わせながら言葉を続ける。
「国債を購入するのは、多くの場合、資本家たちです。
インフラを建設するための国債を発行する際には、彼らに対してのアピールがしやすかった。
鉄道や道路が整備されれば、資本家たちの商売もやりやすくなる。
彼ら自身にとっても、建設という仕事が増える。
自分たちに利益になる投資と見なしてもらえる。
だから多くの買い手がついたのです。
———しかし、海軍はそうではないでしょう。
我が国にはそもそも、海軍を保有して来たという歴史がない。
つまりは、[海軍という文化]が存在し無いのです」
「文化が、無い? 」
聞き慣れないその言葉に、エドゥアルドは思わず眉をひそめてしまう。
するとそれに目ざとく気づいた財務大臣は、どういう意味なのかを教えてくれた。
「私もそうでしたが、ここにいらっしゃる方々はみな、マリアン卿(きょう)を除いて、海軍という存在を意識さえしてきませんでした。
そしてそれは、民衆も同じなのです。
我々はここで、海軍の重要性、共和国に対する危機的な状況を知りました。
ですから、海軍をなんとか建設するために、どうすればよいかを話し合っている。
しかしながら、国民はまだ、このことを知らないのです。
ほとんどの人々は、この世界に海があることは知っていても、実際に見たことはない。
そこでどのような暮らしが営まれているのか、そして、自分たちの生活と海がどう結びついているのか、なにも分からないのです。
このような状況では、いくら我々が危機を叫び、国債を発行しようとしても、買い手がつかないでしょう。
手元にある資金を投入する意味を理解してもらえないのです」
タウゼント帝国に住む人々は、海軍はもちろん、海、というもののことさえ良く分かっていない。
エドゥアルドたちでさえ、マリアンをのぞき、海のことは完全に失念してしまっていたほどなのだ。
そんな状態で、海軍が必要だ、と、いくら声高に叫んでみても、返ってくるのは鈍い反応だけだろう。
「海? 海軍? 軍艦? ナニソレ? それがなんの役に立つの? 」
といった具合になってしまう。
これでは、軍艦の建造のために国債を発行しても、買い手はほとんどつかないだろう。
しかし、やはり海軍は建設しなければならない。
共和国に対抗し、海上交易路を経由してでしか輸入することができない資源を確保するためには、どうしても必要になる。
「……税を増やす、ということも考えなければならないか」
「お言葉ですが、陛下」
渋面を作って呟いた代皇帝に、国家宰相であるエーアリヒが異議を挟む。
「国政を統括させていただいている立場から申し上げますと、新たに税を課すにしろ、国民からの支持が無ければうまくいきませぬ。
現状では、国民から海軍への意識そのものが育っていない、というのは、財務大臣が申し上げました通りであろうと存じます。
ということは、国債と同じく、増税を行った場合にも理解は得られず、大きな反発を招くことにつながりましょう」
帝国は君主制の国家であったが、その権力は絶対のものではない。
貴族たちの中には民衆を自身の所有物であるかのように考えている者たちもいるが、それは誤った認識だ。
あまりに横暴なことを命じれば、民は当たり前のように離反するし、従わない。
彼らは彼らで、生きている一個の存在なのだ。
そんな民衆に対して、海軍を作るためという、帝国では理解されがたい理由で増税を行ったら。
反発する人々は多いだろうし、なんなら、税を回避するための不正が横行するようになる可能性だってある。
———かといって、海軍を建設するための財源のアテは、国債か、増税かくらいしか思いつかなかった。
陸軍に対する予算は削ることができないし、他の部分についても、海軍に必要なだけの金額をねん出できるような余裕はない。
なにかを後回しにして、海軍を取るか。
そういう取捨選択を行うか、やはり財源そのものを大きくする以外にはなかった。
「陛下。よろしいでしょうか」
万事をきれいに解決できる妙案など浮かんでこず、悩みこんでしまっていたところに、これまで議論の行方を見守っていたヴィルヘルムが発言の許可を求めて来る。
「なにか良い思案でもあるのか? 」
代皇帝のみならず、その場にいた全員から期待する視線を浴びたものの、エドゥアルドのブレーンは申し訳なさそうに首を左右に振った。
「いえ。私(わたくし)にも、そのような試案は浮かびません。
ただ、これまでの議論をまとめますと、ひとまずの結論としては、まずは沿岸の防衛に着手するべきかと。
多額の費用の確保が難しいため艦艇の整備は先送りせざるを得ないかと存じますが、沿岸を守る砲台であれば、ねん出できないほどの費用はかからないかと。
とにかくそこから着手し、海軍の予算をどう確保するかは、徐々に考えて行くべきかと考えます」
「……そうか。
そうするべきだろうな」
その指摘に、エドゥアルドだけでなく他の参加者たちもうなずいている。
ここは、ヴィルヘルムが総括(そうかつ)した通りにする以外にはなさそうだった。
それは要するに、「問題の先送り」であった。
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