メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~

熊吉(モノカキグマ)

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第八章:「海軍建設」

・8-1 第112話:「千百三十六年戦役の終幕」

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・8-1 第112話:「千百三十六年戦役の終幕」

※作者注
本章から、書き方を少し変え、本文中に間隙を挟むことにしました(昔の形式に近いものに戻しました)。
やはりWEB小説だとこちらの方が読みやすいかな、と、実験です。

引き続き、本作をよろしくお願い申し上げます。
(*- -)(*_ _)ペコリ

────────────────────────────────────────

 フィッシャードルフの戦いが起こってから一両日以内に、共和国軍はその姿を消した。
 負傷兵も含め、すべての人員が彼らを迎えに来た艦隊に乗船し、本国へ向かって去って行ったのだ。

「……結局、なにもできなかったな」

 敵が去り、無人の廃墟となった漁村を見分しながら、代皇帝・エドゥアルドは険しい表情だった。

 このまま黙って逃がすものか。
 そう思い、攻撃を命じたものの、結局は双方に数千名の死傷者を生じさせただけで、求めていた戦果をあげることができなかったからだ。

 できればここで、敵を殲滅しておきたかった。
 そうすれば彼らは、不用意に帝国領に侵攻作戦を行うことの愚を悟り、今後は同様の行いを避けることになるだろう。

 そしてなにより、敵将を捕えることができていれば。

 王政を打倒し、共和制を打ち立てる原動力となった革命の英雄。
 今回の侵攻を意図した、張本人。

 アレクサンデル・ムナール。

 その身柄さえ押さえることができていたのなら、それだけでこの戦争は終結し、そして、今後何年もの間、帝国の安全保障が確保できたかもしれない。

 だが、そうはならなかった。

「敵軍のものであろうとも、遺体は丁重に埋葬するように」

 共和国軍が本営としていた漁村の裏側、小高い丘に仮の埋葬をされた敵兵たちの亡骸に黙祷(もくとう)を捧げ、彼らを正式に埋葬するための責任者を任命してそう命じると、エドゥアルドは北方へ引き上げる準備を整えるため、自軍の本営へと戻って行った。

(結局、意味の無い戦い、痛み分けに終わったな)

 少なくない犠牲が出たのにも関わらず、共和国も帝国も、ほとんど実りを得られない戦いだった。
 そのことを思うと、憂鬱(ゆううつ)だ。

 エドゥアルドたちは決死の思いで強行軍を遂行し、果敢に戦ったが、ついに敵軍を撃滅することはできなかった。
 帝国南部地域の防衛、という目標を達成することはできたものの、それはあくまで敵軍の作戦計画が補給を軽視したものであったからに過ぎない。

 いわば敵は自滅したのだ。
 戦闘でついに勝つことができなかったという事実は、「我々は、勝てなかった」という印象を強く持たせている。

 そのことも、代皇帝にとっては気分が重い。
 彼にとっては生まれて初めて経験する、大きな挫折(ざせつ)であったからだ。

 その一方で、ムナール将軍は。
 帝国南部への攻撃で領土を獲得することはできなかったものの、彼の名は引き続き、国家の英雄として輝かしく記載され続けるだろう。

 ハイリガー・ユーピタル・パスを踏破して奇襲を成功させたことや、あと一歩で難攻不落として知られていたヴェストヘルゼン公国を制圧できるところまで至ったこと。
 そして、戦場では終始エドゥアルドたちを圧倒し続けその強さを見せつけただけでなく、自軍をほぼ全(まっと)うして、悠々と帰還したこと。

 これらの点が、帝国南部の占領には失敗した、という事実を覆い隠してしまうに違いない。

 事実として、共和国の国内ではアイゼンブルグの戦いの顛末(てんまつ)が速報としてマスメディアによって取り上げられているらしい。
 ムナール将軍は戦いに勝ちきれず、撤退のために南方に針路を取ったものの、「共和国の英雄、専制国家の君主を走らせる」などと、エドゥアルドたちが二百キロメートル以上もの距離を急いで行軍したことを指して滑稽(こっけい)に伝えられている、とのことだった。

「まぁ、言わせておけばいいさ」

 自国の国家元首が笑いものにされている。
 そのことで額に青筋を立てながら共和国で流通している新聞を献上して来たクラウス・フォン・オストヴィーゼ配下の諜報員に、代皇帝は苦笑して肩をすくめてみせただけだった。

 だが、今回の戦闘でもっとも期待を背負う局面で投入されたのにも関わらず、成果を得られなかったペーター・ツー・フレッサー中将はその紙面をビリビリに破くと、雄叫びをあげて本営を飛び出していく。

「少し、頭を冷やして参ります! 」

 このまま共和国に殴り込みをかけに行きそうな勢いだったが、どうやら物の分別は残っているらしい。
 そのことにほっとしつつ、エドゥアルドは本営にいるすべての者に聞こえるよう、「この雪辱は、現実の勝利を持って晴らそう」と決意を明らかにした。

 代皇帝の言葉に、どこか無力感さえ漂っていた本営の空気が、引き締まる。
 ———まだ帝国の北方で、共和国軍と帝国軍の主力同士が対峙を続けている。
 つまりは、この戦争はまだ、終わっていない。
 そうだとするのならば、汚名を雪(そそ)ぐ機会はあるはずだ。
 そういう認識があったからだ。

 帝国の海上戦力は非常に脆弱(ぜいじゃく)で、海路を利用した奇襲は、容易に実施できる。
 敵は今回の戦いでそのことを知ったはずで、今後、沿岸地域の防備をより厳重にする必要は誰もが認めるところではあったが、エドゥアルドたちは戦闘の後始末を終えると順次、北方に向かって帰還し始めた。

 なにをするにしても、まずは、主戦線で対峙を続けている自軍の主力を支援し、帝国領から共和国軍を一度、追い払う必要があったからだ。

 しかし、もう少しでヴェストヘルゼン公国に入る、というころになって、意外な知らせが、プリンツ・ヨッヘムからの伝令でもたらされた。

 いわく、帝国軍主力の前面に居座っていた二十万余りの共和国軍は撤退を開始し、現在追跡中である、という内容であった。

「急いで戻ろう! 」

 すでに状況が動いているというのならば、こちらも素早く行動に移るべきだ。
 そう判断したエドゥアルドは再び強行軍で北方に帰還することを考えて実行に移したが、しかし、その途上で中止となった。

 なぜなら、プリンツ・ヨッヘムからの続報で、追撃戦が終了したという知らせがもたらされたからだ。

 少なくない戦果をあげることはできたという。
 こちらは数千の損害で、二万名ほどの共和国軍が死傷し、あるいは捕虜となった。

 だが、それ以上のことはなかった。
 なにしろ主戦線に展開していた共和国軍は二十万もおり、帝国軍はその半分の十万に過ぎなかったからだ。

 逆撃を受けて壊滅させられないように慎重な追撃をせざるを得ず、結果として、戦果は限定的なものに留まってしまった。

「そうか。プリンツ・ヨッヘムには、余に代わっての統率、厚く感謝を申しあげると、そう伝えていただきたい」

 敵に十分な損害を与えられなかったことは残念ではあったものの、エドゥアルドはほっとして、そう伝令の将校に伝えていた。
 なぜなら、とにかくこれで、この千百三十六年に起こった戦役は終幕に向かうはずであったからだ。
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