メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~

熊吉(モノカキグマ)

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第七章:「海」

・7-3 第105話:「包囲」

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・7-3 第105話:「包囲」

 ヘルデン大陸の南側の海岸線に、共和国軍四万五千が逃げ込んだ。
 それを、帝国軍四万が包囲している。
 おかしな話だ。
 普通、包囲する側というのは、される側よりも多数であるはずなのだ。
 それなのに、少数であるはずのエドゥアルドたちが囲む側になっている。
 敵が狭い地形に陣取っているためだ。
 共和国軍は、入り江を形成している半島の部分を占領して、その中ほどにある漁村を本陣とし、海につき出した陸地の付け根の部分に防衛線を展開した。
 正面を守っているのは、およそ二万程度。
 それを、帝国軍は四万で遠巻きに包囲している。
 時間はさらに進み、カレンダーは七月九日となっていた。

「暑いな……」

 敵軍を半島に閉じ込める形となった代皇帝、エドゥアルド・フォン・ノルトハーフェンは、半袖の服の襟元を緩め、海の方を見つめながらそう呟いていた。
 今は、休憩中だ。
 ちょうど良い風が通り抜けていく丘の上の木と木の間にハンモックをかけ、着崩したラフな格好で寝そべりながら考えを巡らせている。
 相変わらず、ムナール将軍の考えは読めない。
 彼らが占領した入り江と漁村は、どう考えても数万の軍勢が駐屯できるような場所ではないのだ。
 そこには兵士たちが寝泊まりするのに十分な屋根はなかったし、食糧だって満足に手に入らない。
 ヴェストヘルゼン公国からここに到着するまでの間、各地で現地調達を実施し、一定程度の物資を集めている様子ではあったが、一週間も保てばいい方なのではないかと帝国側では見積もっている。
 その一週間も、すでに半ばが過ぎ去ろうとしている。
 このままでは、切り詰めたとしてもそう遠くない内に兵たちが飢え始めてしまう。
 そんな状況に自軍を導いて、敵将はどうしようというのだろう?

(らしく、ない)

 自分を手玉に取ったような敵がそんなミスをするはずがない、して欲しくない、という気持ちがずっとある。

「……やめた」

 考えても分からないものは、分からない。
 そう割り切ることにしたエドゥアルドは、意識を変えるためにわざと声に出してそう呟くと、ハンモックの上で寝返りを打ち、敵のいる海の側ではなく自国がある陸の側に顔を向けると、昼寝を楽しむことにする。
 なかなか、悪くない心地だった。
 確かに気温は高い。
 代皇帝の故国、緯度の高いノルトハーフェン公国からするとだいぶ南に来ているせいなのか、同じ海の近く、というのにも関わらず、ずいぶん気候が違っている。
 といっても、悪い意味ではない。
 この辺りは昼に昇る太陽の角度が高く、日照時間も多く、日差しも強くて気温も高いが、空気がカラリとしていて湿気がなく、爽やかなのだ。
 不快ではなく、むしろ心地よい。

(いろいろなことがひと段落着いたら、観光目的でのんびりしに来るのもいいなぁ……)

 そんなことを思ってしまう。
 これまでエドゥアルドの身の回りで懸命に働いてくれた者たち。
 特に、私的な立場でずっと助けてくれている、メイド長のマーリアと、その夫、御者のゲオルク。それに赤毛のメイドのシャルロッテに、黒髪ツインテールのメイド、ルーシェ。
 代皇帝にとっての出発点は、ノルトハーフェン公爵としての実権を掌握する以前、シュペルリング・ヴィラに幽閉同然に押し込められていた時だろう。
 あの時抱いていた大望が、今の彼にとっての原動力となっている。
 そしてその時から共にいる親しい者たちと一緒にのんびりできたら、さぞや、楽しいだろうと思うのだ。
 ———もし、帝国の国政の刷新が叶い、人々の暮らしが十分に豊かになり、それでいて平穏が続く平和な時代が訪れたとしたら。
 自分の力で、そうすることができたら。
 この辺りに別荘でも作って、親しい者たちだけで長い休暇を過ごしても、誰からも怒られないのではないか、などと思う。

(……少し、騒がしいな)

 まだ見えない楽しい未来のことを空想しながらまどろんでいたのだが、ふと、周囲が騒々しくなってきていることに気づく。
 どうやら将兵たちが慌ただしくしているらしい。

(敵……、では、なさそうだな)

 だが、そう思ってエドゥアルドは目を閉じたままでいた。
 軍隊が動き出しているのならば、遠耳にでも、号令を伝えるラッパのけたたましい音や、進軍のペースを整え、兵を鼓舞するために打ち鳴らされるドラム、吹き鳴らされる笛の音色が聞こえ、将兵たちの喚声(かんせい)が沸き起こるはずだ。
 それになにより、本営に詰めている誰かが急いで呼びに来る。
 そうしたものがなにもない、ということは、少なくとも緊急事態ではない、ということだと、彼はそう判断していた。

「……なんだっ!? 」

 その直後、代皇帝はハンモックの上で跳ね起きていた。
 遠雷のような轟音(ごうおん)が聞こえてきたからだ。
 天気は、よく晴れている。
 雲はあったが、雷を鳴らすような積乱雲の姿はどこにも見えない。
 それなに、こんな音が聞こえて来る。
 ———砲声だ
 咄嗟(とっさ)にそう理解し、エドゥアルドは慌てて、敵軍のいる方向へ視線を向ける。
 そして、唖然(あぜん)とした。
 そこにはついしばらく前まで存在し無かったはずのものが出現していたからだ。

「船!? どこの……、いや、共和国のものか! 」

 入り江の中に、何隻もの帆船が姿をあらわしていた。
 ノルトハーフェン公爵として交易船は見慣れていたが、それらとは雰囲気が違う。
 舷側にいくつもの砲門がずらりと並べられ、マストには共和国の国旗が高らかにかかげられている。
 戦闘用の、軍艦。
 それが五隻も、外洋から入り江の中に入りこんで来ていて、その内の一隻が帝国軍の布陣している側に舷側を向けて、威嚇(いかく)のためなのか盛んに砲撃を放ってきていた。
 海軍。
 アルエット共和国の海軍が、艦隊を派遣して来たのだ。

「陛下! すぐ、本営にお戻りをっ! 」
「ああ、わかった! すぐに向かう! それと、兵たちに敵の攻撃が始まるかもしれないから、臨戦態勢を整えさせよ! しかし、僕からの命が無ければ、絶対に仕掛けるな! まずは防御を固めよ! 」
「御意! 」

 予想外の敵の出現に慌ててエドゥアルドのことを呼びに来たミヒャエルに向かってとりあえずの指示を出すと、代皇帝はハンモックから飛び降り、シャツのボタンをしめながら駆け出した。
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