メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~

熊吉(モノカキグマ)

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第七章:「海」

・7-1 第103話:「奇妙な追撃戦」

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・7-1 第103話:「奇妙な追撃戦」

 アイゼンブルグの包囲を解いた共和国軍が、南へ向かった。
 建国歴千百三十六年の六月二十五日になってもたらされたその知らせは、エドゥアルドたちにとって信じがたい報告であった。
 なぜなら、そこには戦略的に重要な目標がなにも存在していないだけではなく、海に突き当たってしまって、完全に陸路での補給線を寸断されてしまう形になるからだ。
 つまり、敵は自ら袋の中に飛び込んだネズミ、ということになってしまう。
 ———なんらかの欺瞞(ぎまん)なのではないか。
 そう疑い、さらに偵察を増やしてより詳細な敵情を把握しようと努めてみるが、やはり共和国軍は南に向かっている、ということで間違いないらしい。

「敵軍は、どういうつもりなのだ? 」

 代皇帝は相手の考えがまるで理解できず、思わずそう呟く形で周囲に問いかけていたが、それらしい答えを述べることができる者は誰一人としていなかった。
 だが、なにはともあれ、するべきことをしなければならない。
 まずは包囲を解かれたアイゼンブルグのヴェストヘルゼン公国軍と合流して同国の防衛態勢を立て直し、次いで、南へ向かった共和国軍を追撃しなければならない。
 ヴェルナー公爵に率いられた公国軍は当初、三万を数えたが、現在は一万程度にまで減少してしまっていた。
 時が経つにつれ、離散して連絡が取れなくなっていた部隊などが合流し、その数は一万五千程度にまで回復したが、今後の防衛を考えた時にはやはり不十分だ。
 そこでエドゥアルドは、アントンが送り込んでくれた増援の部隊と合流するのを待たず、彼らにはそのままヴェルナー公爵の指揮下に入ってヴェストヘルゼン公国軍の防衛に当たるように命令を発して、共和国軍に対する追撃戦を開始した。
 両軍の距離は、標準的な一日の行軍速度を十キロメートルとして計算して、三日分。
 三十キロメートルほど離れている。
 追撃戦、と言えば、普通は戦闘で勝利した側がより戦果を拡張するために行うものだった。
 敗走で統制の乱れた敵を攻撃すれば各個撃破が行いやすいし、そうして徹底的に撃滅しておけば後々こちらに有利な状況を作ることができる。
 しかし、エドゥアルドたちは積極的に攻撃を仕掛けることをしなかった。
 できなかった、という方が正しい。
 なぜなら、アイゼンブルグの戦いにおける勝者は、彼らの側ではなかったからだ。
 運よく壊滅こそ免れることができたものの、もう一歩で惨敗をしているところだった。
 そういった意識が、行動を制約している。
 終始、戦場でこちらを手玉に取り続けた敵将の能力についても、警戒せざるを得ない。
 しかも兵力では敵の方がやや多いくらいなのだ。
 偵察の結果、敵は未だに四万以上の兵力を有しており、アイゼンブルグの戦いで与えた被害の大きさから逆算して四万五千程度を保っていると見積もられている。
 これに対し、帝国軍側はあれから落伍兵がさらに合流してきたとはいえ、戦闘の損耗が大きく、四万程度にとどまってしまう。
 兵力差はわずかと言える。
 しかし敵の方が多い以上は、積極的な攻勢に転じるのは難しいことだった。
 敵将が示した高い戦術能力をも勘案すれば、下手に手を出せば逆襲を受け、こちらが窮地(きゅうち)に陥りかねない。
 それに共和国軍が向かっている先にあるのは帝国領の奥深くなどではなく、海だ。
 ヘルデン大陸に存在するタウゼント帝国は、北はフリーレン海に面し、南はズュート海に接している。
 ズュート海は、見方を変えれば巨大な湖と呼べるような存在だ。
 海から見て北方にはヘルデン大陸があり、その南側には巨大な砂漠が広がるヴュステ大陸がある。
 東側は陸地がつながっているため完全に塞がれていて行き止まりだったが、西側でフルゴル王国の南端にある海峡で大洋と繋がっており、一部が解放されていること、その巨大さ、そして塩水であることから、海、として扱われている。
 古来より海上貿易の拠点として栄えてきた海だ。
 三方を陸に囲まれていることから比較的波が静かで、造船技術・航海技術が未熟であった時代から沿岸航法を利用した船舶による海運が容易で、海に面して勃興した国家はその恩恵にあずかって来た。
 タウゼント帝国も、その一つだ。
 北のノルトハーフェンの港が主要な港湾として栄えてきたが、ズィンゲンガルテン公国のさらに南に存在するいくつかの領邦には港町が数多くあり、今でも交易が行われている。
 南へ向かっている共和国軍は、そうした港湾に向かっているのではないか。
 そうした言説が従軍している将校たちから提唱されたが、それならば進む方角は東南となるはずで、南へ真っ直ぐ向かうのは違うのではないか、との反論も出され、敵の意図はやはり判然としないままだ。
 つまり彼らは、帝国にとって価値のある場所は目指していない。
 真っ直ぐ南に向かうと本当にただ海があるだけで、重要な港湾もなにもなく、小さな漁村が点在しているだけなのだ。
 そうした理由からこちら側としてはとりあえずのところは様子見をしよう、という具合になって、敢えて危険を冒すような積極的な攻勢を仕掛けることを控えている。
 逆襲を受けるリスクを冒してまで攻めるメリットがないからだ。
 エドゥアルドたちから見て数百キロメートルも向こうとなった北方に形成された主戦線で大規模な軍事行動を起こすために、代皇帝を南へ誘引しようとしているのではないか。
 そういった懸念も示されたが、絶えず行き来させている連絡の将校の言葉によれば、今のところ敵には動く気配がないらしく、遠大な構想を持って二つの戦線を連動させるような作戦を行っているわけではない、と考えざるを得ない。

(本当に、敵は、なにを考えているのだ……? )

 エドゥアルドは疑問を抱きながらも、答えを見出すことができず、この、戦闘の発生しない奇妙な追撃戦を遂行していく。
 そうしてほどなくして、両軍はついに、ズュート海の水面が見える海岸線にまで到達していた。
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