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第六章:「アイゼンブルグの戦い」
・6-15 第100話:「遅れて来た者たち:1」
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・6-15 第100話:「遅れて来た者たち:1」
帝国軍が撤退を開始したことを知った共和国軍は全面的な攻勢に転じた。
アイゼンブルグの戦いにおいて彼らは終始積極的な活動を見せており、それだけ疲弊(ひへい)してもいるはずだったが、強行軍を続けて到着した帝国軍に比べればまだまだ元気であり、勝利を目前としているということもあり戦意が異様なほどに高まっているために、肉体的な疲労を忘れ去っているらしい。
———左翼が崩れ出すのは、時間の問題だ。
そのことを理解しながらも、エドゥアルドには何もできない。
彼の下にはもはや、投入するべき予備兵力が残っていないからだ。
だからひたすらに馬を走らせる。
先に後退させた部隊と合流し、その兵力を掌握して、主戦場に留まって殿を務めているヴィルヘルムたちを救わなければならない。
「陛下! お下がりください! 」
その途上、突如として警護についてくれていたミヒャエル大尉がそう叫び、代皇帝の前に立ち塞がるようにした。
「どうしたというのか!? ……敵か!? 」
ぶつからないように慌てて自身の馬を輪乗りさせて停止させつつ、エドゥアルドは問いかける。
最悪の事態は、共和国軍がこちらの退路を予想して先回りしていた場合だ。
今、代皇帝の周囲にいるのは百程度の騎兵に過ぎない。
彼らはいずれもノルトハーフェン公爵時代からの親衛隊であり、帝国の近衛とはまた別に彼の身辺を警護している精鋭たちであったが、本格的な交戦に耐えられるほどの数がいない。
もし、自分が捕らえられるようなことになれば、最悪だ。
命を奪われるだけならば、まだ良い。
己が至らないばかりに今回の戦いで敗北したのであって、その結果、自分に罰が下るのは、当然とも言えたからだ。
しかし、代皇帝、すなわち事実上の帝国の国家元首が討たれる、ということの影響は、複雑だ。
共和国はそれを大戦果として勢いづき、盛んに宣伝するだろうし、帝国はそれによって大いにその権威を失墜し、国家の統治能力そのものに傷がつきかねない。
それだけではなく、ようやく一丸となって国政の刷新に取り組もうとしていた最中にその支柱が失われるのだから、大きく後退するか、悪ければ再び国中が混乱に陥るかもしれない。
エドゥアルドの後にはユリウスがいる、と言っても、立て直すのはさぞかし大変だろうし、時間も相応にかかる。
帝国の近衛とはまた別に彼の身辺を警護している、 もし戦死が避けられないのならば、せめて、名誉を守って死のう。
そうすれば、ほんの少しはユリウスに背負わせることになる重荷が減る。
そんな風に考え、険しい表情で腰に差したサーベルの柄に手をかけていたエドゥアルドに、ミヒャエル大尉が振り向かないまま謝罪をした。
「……陛下! 申し訳ございません! 」
「なに? ……ミヒャエル大尉、どういうことだ? 」
「自分の、勘違いでございました! 」
怪訝(けげん)そうに眉をひそめて問いかける代皇帝に、その親衛隊の隊長は、やや興奮して赤くなった顔で振り返り、笑顔を見せる。
そして彼がどいて視界が開けると、そこには、北東の方角、つまりエドゥアルドたちから見て左前方からやって来る将兵の一団があった。
かかげられているのは、帝国の国章である黒豹が描かれた軍旗。
先に後退させた部隊のものではない。
驚いたことに、この期に至って援軍が到着したのだ。
「あれは……、どこの部隊だ? 」
喜びもあったが、戸惑いの方が遥かに大きかった。
このタイミングで戦場に駆けつけることができる部隊など、どこにもありはしないだろうと思っていたからだ。
参謀総長のアントン・フォン・シュタムが急遽(きゅうきょ)、部隊を派遣してくれたのか、とも思ったが、ここから帝都までは遠く、自分たちが行ったのと同レベルの強行軍を実行したとしても間に合うはずがない。
———目を凝らすと、かかげられている隊旗には見覚えのあるものが多く混じっていた。
その一軍は、ここに至るまでの間に落伍した者たち、すなわち元々エドゥアルドの軍にいた兵団であったからだ。
「陛下! 到着が遅くなりましたこと、深く、お詫び申し上げます! 」
その中から、見知った顔が馬で駆けて来て、エドゥアルドの前で飛び降りるようにして跪(ひざまず)いた。
こげ茶色の短髪に口髭、理知的な印象の双眸(そうぼう)を持つ、肋骨服に身を包んだ男性将校。
アーベル・ツー・フルト。
数年前、ノルトハーフェン公国の実権を取り戻す際にペーター・ツー・フレッサーが率いる隊の副隊長を務め、以来、中佐にまで昇進して、現在はノルトハーフェン公国軍の第一師団に所属する連隊のひとつの隊長を務めている人物だった。
ずいぶん必死にここまで来たらしい。
アーベル中佐を含め、その将兵たちの衣服はずいぶんと汚れていたが、しかし、武器はきっちりと整えられている。
(几帳面だな)
エドゥアルドはその姿に少し感心する。
強行軍で落伍したり、慣れない道に迷ったりした兵士をまとめて、戦闘可能な状態で率いて来るのは並大抵の苦労ではなかったはずだからだ。
「いや、構わない。そもそも、困難な強行軍だったのだから、落伍者が出るのは当然だ。
それより、このタイミングでよく到着してくれた!
率いている兵力はどれほどなのか? 」
「はっ! 我が連隊に、いくつかの落伍した隊を加え、五千ほどでございます! 」
戦場に本軍と共に到着できなかったのは一万ほどあったはずだったが、その内の半数がアーベルに率いられて到着したらしい。
———今から戦局をひっくり返すためには、力不足だ。
だが、その使い道は十分にあるだけでなく、なおかつ、重要な役回りを果たせるかもしれない。
「中佐。戦況を子細に話している時間もないのだが、すぐに、動けるな? 」
「もちろんでございます! 」
エドゥアルドの問いかけに顔をあげたアーベル中佐は、自信ありげな笑みを浮かべて見せた。
帝国軍が撤退を開始したことを知った共和国軍は全面的な攻勢に転じた。
アイゼンブルグの戦いにおいて彼らは終始積極的な活動を見せており、それだけ疲弊(ひへい)してもいるはずだったが、強行軍を続けて到着した帝国軍に比べればまだまだ元気であり、勝利を目前としているということもあり戦意が異様なほどに高まっているために、肉体的な疲労を忘れ去っているらしい。
———左翼が崩れ出すのは、時間の問題だ。
そのことを理解しながらも、エドゥアルドには何もできない。
彼の下にはもはや、投入するべき予備兵力が残っていないからだ。
だからひたすらに馬を走らせる。
先に後退させた部隊と合流し、その兵力を掌握して、主戦場に留まって殿を務めているヴィルヘルムたちを救わなければならない。
「陛下! お下がりください! 」
その途上、突如として警護についてくれていたミヒャエル大尉がそう叫び、代皇帝の前に立ち塞がるようにした。
「どうしたというのか!? ……敵か!? 」
ぶつからないように慌てて自身の馬を輪乗りさせて停止させつつ、エドゥアルドは問いかける。
最悪の事態は、共和国軍がこちらの退路を予想して先回りしていた場合だ。
今、代皇帝の周囲にいるのは百程度の騎兵に過ぎない。
彼らはいずれもノルトハーフェン公爵時代からの親衛隊であり、帝国の近衛とはまた別に彼の身辺を警護している精鋭たちであったが、本格的な交戦に耐えられるほどの数がいない。
もし、自分が捕らえられるようなことになれば、最悪だ。
命を奪われるだけならば、まだ良い。
己が至らないばかりに今回の戦いで敗北したのであって、その結果、自分に罰が下るのは、当然とも言えたからだ。
しかし、代皇帝、すなわち事実上の帝国の国家元首が討たれる、ということの影響は、複雑だ。
共和国はそれを大戦果として勢いづき、盛んに宣伝するだろうし、帝国はそれによって大いにその権威を失墜し、国家の統治能力そのものに傷がつきかねない。
それだけではなく、ようやく一丸となって国政の刷新に取り組もうとしていた最中にその支柱が失われるのだから、大きく後退するか、悪ければ再び国中が混乱に陥るかもしれない。
エドゥアルドの後にはユリウスがいる、と言っても、立て直すのはさぞかし大変だろうし、時間も相応にかかる。
帝国の近衛とはまた別に彼の身辺を警護している、 もし戦死が避けられないのならば、せめて、名誉を守って死のう。
そうすれば、ほんの少しはユリウスに背負わせることになる重荷が減る。
そんな風に考え、険しい表情で腰に差したサーベルの柄に手をかけていたエドゥアルドに、ミヒャエル大尉が振り向かないまま謝罪をした。
「……陛下! 申し訳ございません! 」
「なに? ……ミヒャエル大尉、どういうことだ? 」
「自分の、勘違いでございました! 」
怪訝(けげん)そうに眉をひそめて問いかける代皇帝に、その親衛隊の隊長は、やや興奮して赤くなった顔で振り返り、笑顔を見せる。
そして彼がどいて視界が開けると、そこには、北東の方角、つまりエドゥアルドたちから見て左前方からやって来る将兵の一団があった。
かかげられているのは、帝国の国章である黒豹が描かれた軍旗。
先に後退させた部隊のものではない。
驚いたことに、この期に至って援軍が到着したのだ。
「あれは……、どこの部隊だ? 」
喜びもあったが、戸惑いの方が遥かに大きかった。
このタイミングで戦場に駆けつけることができる部隊など、どこにもありはしないだろうと思っていたからだ。
参謀総長のアントン・フォン・シュタムが急遽(きゅうきょ)、部隊を派遣してくれたのか、とも思ったが、ここから帝都までは遠く、自分たちが行ったのと同レベルの強行軍を実行したとしても間に合うはずがない。
———目を凝らすと、かかげられている隊旗には見覚えのあるものが多く混じっていた。
その一軍は、ここに至るまでの間に落伍した者たち、すなわち元々エドゥアルドの軍にいた兵団であったからだ。
「陛下! 到着が遅くなりましたこと、深く、お詫び申し上げます! 」
その中から、見知った顔が馬で駆けて来て、エドゥアルドの前で飛び降りるようにして跪(ひざまず)いた。
こげ茶色の短髪に口髭、理知的な印象の双眸(そうぼう)を持つ、肋骨服に身を包んだ男性将校。
アーベル・ツー・フルト。
数年前、ノルトハーフェン公国の実権を取り戻す際にペーター・ツー・フレッサーが率いる隊の副隊長を務め、以来、中佐にまで昇進して、現在はノルトハーフェン公国軍の第一師団に所属する連隊のひとつの隊長を務めている人物だった。
ずいぶん必死にここまで来たらしい。
アーベル中佐を含め、その将兵たちの衣服はずいぶんと汚れていたが、しかし、武器はきっちりと整えられている。
(几帳面だな)
エドゥアルドはその姿に少し感心する。
強行軍で落伍したり、慣れない道に迷ったりした兵士をまとめて、戦闘可能な状態で率いて来るのは並大抵の苦労ではなかったはずだからだ。
「いや、構わない。そもそも、困難な強行軍だったのだから、落伍者が出るのは当然だ。
それより、このタイミングでよく到着してくれた!
率いている兵力はどれほどなのか? 」
「はっ! 我が連隊に、いくつかの落伍した隊を加え、五千ほどでございます! 」
戦場に本軍と共に到着できなかったのは一万ほどあったはずだったが、その内の半数がアーベルに率いられて到着したらしい。
———今から戦局をひっくり返すためには、力不足だ。
だが、その使い道は十分にあるだけでなく、なおかつ、重要な役回りを果たせるかもしれない。
「中佐。戦況を子細に話している時間もないのだが、すぐに、動けるな? 」
「もちろんでございます! 」
エドゥアルドの問いかけに顔をあげたアーベル中佐は、自信ありげな笑みを浮かべて見せた。
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