メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~

熊吉(モノカキグマ)

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第六章:「アイゼンブルグの戦い」

・6―14 第99話:「苦難の道:2」

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・6―14 第99話:「苦難の道:2」

 帝国軍側が撤退を開始したことに気づいた敵の追撃は、想定されていた通りに激しいものとなった。
 中央部を逆に突破しようと攻勢を強めるのと同時に、兵力が引き抜かれた帝国軍の右翼、つまり共和国軍の左翼側、方角で言えば西側から大きく回り込むようにして片翼を包囲し、一気に全軍を崩壊させようと圧迫して来る。
 エドゥアルドたちは、懸命に踏みとどまった。
 さっさと逃げてしまえばよいではないか、などとは言えない。
 そんなことをすれば味方は散り散りにされて、全滅に近いほどの大損害を受けてしまうことだろう。
 それでは、軍団だけではなくヴェストヘルゼン公国そのものが失われてしまう。
 敗北を受け入れつつも、まだ、戦いは続いている。
 逆転の芽がある。
 そう示せるような形で撤退を成功させなければならなかった。
 だから可能な限り指揮を執り、戦線を崩壊させないように細心の注意を払う。
 撤退する方向に近い帝国軍の左翼には、強固に守りを固めることを命じ、中央部にはできるだけ敵を食い止めつつ徐々に後退せよと指示し、そして共和国軍が攻勢を強めている右翼側には、比較的素早く後退するよう、伝令を何度も行き来させて伝達する。
 混乱のために、こんな細かな命令が完全に遂行されることはない。
 しかし、指揮下の兵力の多くがエドゥアルドと長く共に戦って来たノルトハーフェン公国軍の将兵であったことから、不完全ながらも辛うじて思い描いた形での後退が実現した。
 彼らはみな、自分たちが今までつき従って来た代皇帝のことを、信じているのだ。
 だからこそ、味方の撤退に遅れて敵中に孤立するかもしれないという恐怖を押し殺し、戦列を保ち、戦友と共に踏みとどまって戦っている。
 午後五時に至る頃には戦線はすっかり縮小し、右翼側にいた将兵は大きく東側に後退しつつあり、中央にいた兵力は新たに右翼を担当しつつ緩やかな後退を続け、左翼についてもそろそろ撤退を開始するように命じる段階にまで到達していた。
 全体的に見て、左翼側の端を基点として、時計回りに旋回するような形で撤退戦が戦われている。

「陛下も、そろそろお下がりください。そして先に後退した右翼側の兵力を統率し、他の部隊の援護をなさってくださいませ。後のことは、私(わたくし)たちにお任せを」
「ああ、分かっている。……皆、後のことは頼んだぞ」

 この段階までは自身も戦場に踏みとどまっていたエドゥアルドだったが、ヴィルヘルムに言われて、ついに後退を開始した。
 騎兵隊が引き連れて来ていた替え馬の一頭を借り受け、ミヒャエル大尉たちわずかな供回りの騎兵を引き連れ、帝国の皇帝旗を畳んで。
 先に撤退を済ませた味方と合流し、残る友軍の退路を確保するために。
 ———気がかりなのは、ヴェストヘルゼン公国軍のことであった。
 彼らは城外にエドゥアルドたちがあらわれたことを受けて出撃し、挟撃を実現してくれたが、その後帝国軍の攻撃が失敗してからはどうなったのか。
 こちらも慌ただしく指揮を執っていたためによく確認はできていないのだが、城下町を奪還した後は、城外に進出するのに苦労していた様子だった。
 敵軍はどうやら、そうなることを予期してきちんと備えを取っていたらしい。
 狭い城門という場所から打って出ようとするヴェストヘルゼン公国軍を待ちかまえて、封殺する形を取っていたのだ。
 ここでエドゥアルドたちが撤退する、ということは、彼らは今後も籠城戦を続ける、ということになる。
 そのためには、ある程度の兵力を残したまま、城内に引き上げてもらわなければならない。
 間には敵軍がいるため、帝国軍と公国軍が直接連絡を取り合う手段は乏しかった。
 事前に合図でも決めておくことができればよかったのだが、敵の頭上を越えて意思疎通できるような合図の取り決めはなく、結局は決死の伝令を放つしかなかった。
 選ばれたのは、ヴェストヘルゼン公国出身の伝令兵。
 共和国軍に包囲される以前に代皇帝と連絡を取るために放たれたもので、自国を守る役に立つことができるのならば、と、そのまま残っていた者たちだ。
 彼らは抜け道が使えるかもしれない、などと言っていたが、果たして、ヴェルナー公爵にきちんと撤退を伝えられたかどうか。
 その結果は定かではないが、後退しつつ遠望すると、ヴェストヘルゼン公国軍も城内に引き上げ始めた様子ではあった。
 そのことにほっとしつつも、エドゥアルドは屈辱を噛みしめる。
 これは、生まれて初めて経験する、本当の敗北だった。
 他人の責任にはできない。
 自分自身のせいなのだ。

(必ず……! この無念は必ず、晴らす! )

 この悔しさは、どうすれば晴れるのか。
 それは、あらたな勝利によってでしかない。
 そのことを胸に、エドゥアルドは戦場に背中を向ける。
 彼の背後では、共和国軍がその最後の力を振り絞って攻勢を仕掛けて来ていた。
 ここで帝国軍を完全に撃破することができれば、ヴェストヘルゼン公国を降伏させ、ヘルデン大陸に長く大国として君臨して来たタウゼント帝国に明確な敗北を突きつけ、その一画に強固な足がかりを確保することができるのだ。
 その攻撃は鋭く、そして、帝国側の戦列は徐々に保てなくなりつつある。
 疲れているのだ。
 一日に三十キロメートル以上も進む強行軍を続けた後であるために体力を消耗しており、そのことが響いて来ている。
 敵の攻勢に耐え続けて来ていた左翼が、危なくなり始めていた。
 隊列が乱れ、軍旗が傾き、兵士たちが疲労から戦線を維持できず、崩れ始める兆候を見せている。
 そのことを把握しつつも、エドゥアルドにはどうすることもできなかった。
 彼の手元には兵力が存在し無いからだ。
 今はただ、残っている者たちが迅速に撤退することができるように、自分自身が素早く下がることしかできない。

(ヴィルヘルム……! )

 エドゥアルドは残して来た者たちに後ろ髪を引かれながら、馬を急かし、疾駆した。
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