メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~

熊吉(モノカキグマ)

文字の大きさ
上 下
98 / 232
第六章:「アイゼンブルグの戦い」

・6-12 第97話:「勝利を我らに:2」

しおりを挟む
・6-12 第97話:「勝利を我らに:2」

 建国歴千百三十六年、六月十九日の午後三時。
 その時刻が訪れる直前、エドゥアルドたち帝国軍の将兵は、ただ一人、ヴィルヘルムを除いて、全員がこの戦いにおける勝利を確信していた。
 共和国側の猛攻を耐えに耐えて、ようやく巡って来た、ヴェストヘルゼン公国軍と挟撃するという機会(チャンス)。
 それを捉えて、突撃を開始したノルトハーフェン公国軍の第一師団は、背負った期待を裏切ることなく敵を中央突破しつつあるかに見えていた。
 ———このまま行けば、敵を真っ二つに分断できる。
 そうして指揮系統を寸断し、状況を把握することも態勢を立て直すこともできない状態に追い込んで、徹底的に追撃戦を実施すれば、事実上この地域に侵攻して来た共和国軍を殲滅(せんめつ)することができる。
 それは、今年始まったこの戦争の勝敗全体を決める勝利となるはずだった。
 主戦線で帝国軍の主力軍と対峙している共和国軍は補給線を攻撃され続けているために身動きが取れず、手詰まり状態。
 そこから抜け出すための作戦が、ハイリガー・ユーピタル・パスを踏破しての、奇襲的な侵攻作戦であった。
 それを打ち破られたら、いよいよ、打つ手が無くなる。
 選択肢を失った敵は、エドゥアルドたちの目論見通りに堅陣に向かって絶望的な正面決戦を挑むか、追撃戦で受ける損害を忍んで苦渋の撤退を選択するか、という決断を迫られる。
 ターンングポイント。
 共和国が握っている戦争の主導権を、帝国側が奪取する。
 そのきっかけとなり得るのがこのアイゼンブルグの戦いであり、望ましい結果を、あと一歩で手にできるところまで肉薄していたのだ。
 しかし、———その希望は、目の前で潰えた。
 それは、共和国側が隠していた砲兵による一斉射撃と、温存していた予備兵力の投入による強烈な一撃であった。
 中央突破を達成しつつあった第一師団に向かってありったけの砲撃が浴びせられ、隊列が乱れたところにすかさず、共和国軍の精鋭たちが迫った。
 師団長のペーター・ツー・フレッサー含め、ノルトハーフェン公国軍の第一師団は歴戦の強者ぞろいであった。
 エドゥアルドが初めて本格的に参加した三年前の戦争、帝国と当時はまだ存続していたバ・メール王国が共同してアルエット共和国に侵攻した戦い以来、ずっと、戦乱が絶えなかったヘルデン大陸上を共に駆けまわって来たのだ。
 実戦経験が豊富で、しかも武装は最新のもので統一され、訓練も十分。
 その、もっとも信頼する部隊が、目の前で大打撃を被りつつある。
 集中砲火によって乱れたところに敵の騎兵・歩兵を主体とした予備兵力が襲いかかり、押し戻して行った。
 第一師団が撃退される、ということは、この戦いにおけるエドゥアルドたちの敗北が決定づけられる事態だった。
 ここから戦況をひっくり返そうとしても、もう、動かせる兵力が残っていないからだ。

「直ちに、第一師団に攻撃中止を伝えよ! それから、近くにいる部隊に第一師団の撤退を支援させろ! 攻撃は中止とする! 」

 第一師団の、よく見知ったノルトハーフェン公国軍の軍旗が硝煙の海の中に次々と沈み込んでいく姿を目にしたエドゥアルドは、すぐさま攻撃の中止と部隊の後退を命令していた。
 同時に、強烈な悔恨の念が浮かび上がってくる。

(あの時と、同じではないか……! )

 思い出していたのは、自身が初陣で経験した手痛い敗北のことだった。
 ラパン・トルチェの会戦。
 共和国の首都、オルタンシアに迫ったタウゼント帝国とバ・メール王国の連合軍が、ムナール将軍に率いられた軍によって打ち破られた戦い。
 あの時はエドゥアルドたちの巧みな撤退戦のおかげで帝国軍は壊滅こそ免れることができ、大勢が撤退に成功したが、それでも犠牲は大きかったし、バ・メール王国軍に至っては再建不可能な大損害を受け、その後の国家の滅亡につながってしまった。
 これは、あの時とまったく同じ[負け方]であるように思えた。
 中央突破を図っての攻撃を逆に粉砕され、予備兵力を投入して一気に盛り返す。
 分断されるのは、彼らの方ではない。
 こちらの側なのだ。
 そして、状況はその苦い戦いの時よりも悪かった。
 あの時は、帝国側にはまだ予備兵力が残されていた。
 しかし、今のエドゥアルドたちにはそれがないのだ。

「陛下。ここは、お逃げくださいませ」

 自身の歯を砕かんばかりに強く噛みしめ、凄絶な形相で戦場を睨みつけているエドゥアルドに、ヴィルヘルムが静かに告げる。

「先にも申し上げましたが、たとえ、この戦いで決定的な勝利を得られずともよいのです。
 敵に脅威を与えることのできる一軍を残した状態で、対峙する。
 さすれば、補給能力に乏しい共和国軍は、ここで勝利しようともその結果を生かすこともできず、撤退せざるを得なくなりましょう」
「しかし、僕のせいで、あそこで、僕の軍団が失われようとしているのだ! 」

 理屈としては、分かる。
 分かるのだ。
 しかしながら、軍の指揮官として、この状況を招く判断を下し、命令したのは、他の誰でもない。
 エドゥアルド自身だった。

「彼らを捨てて、僕だけが逃げるなど、できるわけがない! 」
「陛下! 」

 叫ぶように言う代皇帝の肩を、ヴィルヘルムは強くつかんでいた。

「帝国全体のことをお考え下さい」

 そして静かな、落ち着いた声で言う。

「陛下がここでお倒れになれば、どなたが改革を引き継ぐというのです? 」
「そんなことは心配する必要はない。
 ユリウス殿がいらっしゃる。そうだろう? ヴィルヘルム」
「いいえ、陛下。ユリウス殿下は確かに優秀な統治者ではございますが、しかしながら、時代の旗手にはなり得ません。
 殿下ならば、陛下の事業を引き継ぎ、ある程度の形で完成させることは叶いましょう。
 しかしながらそれは、不十分なものとなってしまいます。
 あのお方の統治のしかたを見ていれば、分かります。
 ユリウス殿下は、既存のものをより洗練させ、より良く実行されることは得意とされておりますが、まったく新しいものをお造りになることは苦手としておられます」

 どうやらヴィルヘルムは、エドゥアルドほどにはオストヴィーゼ公爵・ユリウスのことを評価してはいないらしい。
 振り返って憮然とした表情で代皇帝が見つめると、そのブレーンは珍しくからかうような笑みを浮かべていた。

「どうしても、とおっしゃるのでしたら、陛下にお世継ぎが生まれてからになさいませ。
 この場は、私(わたくし)がお引き受けいたします。
 兵に申し訳ない、とお考えでしたら、陛下に代わって、私(わたくし)が、倒れて行った者たちに詫(わ)びさせていただきましょう。
 陛下は、ことを成して、すべてやりきった後に、ゆっくりとあの世においで下さいませ。
 それまでは、私(わたくし)でなんとか、倒れた者たちにも納得していただけましょう」

 エドゥアルドは咄嗟(とっさ)に言葉が出てこなかった。
 だが、ヴィルヘルムが本気で言っている、ということは、痛いほどによくわかる。
 つかまれている肩越しに、その感情が直接、伝わってくるのだ。
 ———戦場に敵軍が奏でる勝利の凱歌(La victoire est à nous)が轟(とどろ)き、それは着実に、二人の方に向かって迫りつつあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

幕末☆妖狐戦争 ~九尾の能力がはた迷惑な件について~

カホ
ファンタジー
御影 雫は、都内の薬学部に通う、手軽な薬を作るのが好きな、ごく普通の女子大生である。 そんな彼女は、ある日突然、なんの前触れもなく見知らぬ森に飛ばされてしまう。 「こいつを今宵の生贄にしよう」 現れた男たちによって、九尾の狐の生贄とされてしまった雫は、その力の代償として五感と心を失う。 大坂、そして京へと流れて行き、成り行きで新選組に身を寄せた雫は、襲いくる時代の波と、生涯に一度の切ない恋に翻弄されることとなる。 幾度となく出会いと別れを繰り返し、それでも終点にたどり着いた雫が、時代の終わりに掴み取ったのは………。 注)あまり真面目じゃなさそうなタイトルの話はたいてい主人公パートです 徐々に真面目でシリアスになって行く予定。 歴史改変がお嫌いな方は、小説家になろうに投稿中の <史実運命> 幕末☆(以下略)の方をご覧ください!

アルゴノートのおんがえし

朝食ダンゴ
ファンタジー
『完結済!』【続編製作中!】  『アルゴノート』  そう呼ばれる者達が台頭し始めたのは、半世紀以上前のことである。  元来アルゴノートとは、自然や古代遺跡、ダンジョンと呼ばれる迷宮で採集や狩猟を行う者達の総称である。  彼らを侵略戦争の尖兵として登用したロードルシアは、その勢力を急速に拡大。  二度に渡る大侵略を経て、ロードルシアは大陸に覇を唱える一大帝国となった。  かつて英雄として名を馳せたアルゴノート。その名が持つ価値は、いつしか劣化の一途辿ることになる。  時は、記念すべき帝国歴五十年の佳節。  アルゴノートは、今や荒くれ者の代名詞と成り下がっていた。 『アルゴノート』の少年セスは、ひょんなことから貴族令嬢シルキィの護衛任務を引き受けることに。  典型的な貴族の例に漏れず大のアルゴノート嫌いであるシルキィはセスを邪険に扱うが、そんな彼女をセスは命懸けで守る決意をする。  シルキィのメイド、ティアを伴い帝都を目指す一行は、その道中で国家を巻き込んだ陰謀に巻き込まれてしまう。  セスとシルキィに秘められた過去。  歴史の闇に葬られた亡国の怨恨。  容赦なく襲いかかる戦火。  ーー苦難に立ち向かえ。生きることは、戦いだ。  それぞれの運命が絡み合う本格派ファンタジー開幕。  苦難のなかには生きる人にこそ読んで頂きたい一作。  ○表紙イラスト:119 様  ※本作は他サイトにも投稿しております。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

日本は異世界で平和に過ごしたいようです。

Koutan
ファンタジー
2020年、日本各地で震度5強の揺れを観測した。 これにより、日本は海外との一切の通信が取れなくなった。 その後、自衛隊機や、民間機の報告により、地球とは全く異なる世界に日本が転移したことが判明する。 そこで日本は資源の枯渇などを回避するために諸外国との交流を図ろうとするが... この作品では自衛隊が主に活躍します。流血要素を含むため、苦手な方は、ブラウザバックをして他の方々の良い作品を見に行くんだ! ちなみにご意見ご感想等でご指摘いただければ修正させていただく思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。 "小説家になろう"にも掲載中。 "小説家になろう"に掲載している本文をそのまま掲載しております。

処理中です...