メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~

熊吉(モノカキグマ)

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第六章:「アイゼンブルグの戦い」

・6-12 第97話:「勝利を我らに:2」

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・6-12 第97話:「勝利を我らに:2」

 建国歴千百三十六年、六月十九日の午後三時。
 その時刻が訪れる直前、エドゥアルドたち帝国軍の将兵は、ただ一人、ヴィルヘルムを除いて、全員がこの戦いにおける勝利を確信していた。
 共和国側の猛攻を耐えに耐えて、ようやく巡って来た、ヴェストヘルゼン公国軍と挟撃するという機会(チャンス)。
 それを捉えて、突撃を開始したノルトハーフェン公国軍の第一師団は、背負った期待を裏切ることなく敵を中央突破しつつあるかに見えていた。
 ———このまま行けば、敵を真っ二つに分断できる。
 そうして指揮系統を寸断し、状況を把握することも態勢を立て直すこともできない状態に追い込んで、徹底的に追撃戦を実施すれば、事実上この地域に侵攻して来た共和国軍を殲滅(せんめつ)することができる。
 それは、今年始まったこの戦争の勝敗全体を決める勝利となるはずだった。
 主戦線で帝国軍の主力軍と対峙している共和国軍は補給線を攻撃され続けているために身動きが取れず、手詰まり状態。
 そこから抜け出すための作戦が、ハイリガー・ユーピタル・パスを踏破しての、奇襲的な侵攻作戦であった。
 それを打ち破られたら、いよいよ、打つ手が無くなる。
 選択肢を失った敵は、エドゥアルドたちの目論見通りに堅陣に向かって絶望的な正面決戦を挑むか、追撃戦で受ける損害を忍んで苦渋の撤退を選択するか、という決断を迫られる。
 ターンングポイント。
 共和国が握っている戦争の主導権を、帝国側が奪取する。
 そのきっかけとなり得るのがこのアイゼンブルグの戦いであり、望ましい結果を、あと一歩で手にできるところまで肉薄していたのだ。
 しかし、———その希望は、目の前で潰えた。
 それは、共和国側が隠していた砲兵による一斉射撃と、温存していた予備兵力の投入による強烈な一撃であった。
 中央突破を達成しつつあった第一師団に向かってありったけの砲撃が浴びせられ、隊列が乱れたところにすかさず、共和国軍の精鋭たちが迫った。
 師団長のペーター・ツー・フレッサー含め、ノルトハーフェン公国軍の第一師団は歴戦の強者ぞろいであった。
 エドゥアルドが初めて本格的に参加した三年前の戦争、帝国と当時はまだ存続していたバ・メール王国が共同してアルエット共和国に侵攻した戦い以来、ずっと、戦乱が絶えなかったヘルデン大陸上を共に駆けまわって来たのだ。
 実戦経験が豊富で、しかも武装は最新のもので統一され、訓練も十分。
 その、もっとも信頼する部隊が、目の前で大打撃を被りつつある。
 集中砲火によって乱れたところに敵の騎兵・歩兵を主体とした予備兵力が襲いかかり、押し戻して行った。
 第一師団が撃退される、ということは、この戦いにおけるエドゥアルドたちの敗北が決定づけられる事態だった。
 ここから戦況をひっくり返そうとしても、もう、動かせる兵力が残っていないからだ。

「直ちに、第一師団に攻撃中止を伝えよ! それから、近くにいる部隊に第一師団の撤退を支援させろ! 攻撃は中止とする! 」

 第一師団の、よく見知ったノルトハーフェン公国軍の軍旗が硝煙の海の中に次々と沈み込んでいく姿を目にしたエドゥアルドは、すぐさま攻撃の中止と部隊の後退を命令していた。
 同時に、強烈な悔恨の念が浮かび上がってくる。

(あの時と、同じではないか……! )

 思い出していたのは、自身が初陣で経験した手痛い敗北のことだった。
 ラパン・トルチェの会戦。
 共和国の首都、オルタンシアに迫ったタウゼント帝国とバ・メール王国の連合軍が、ムナール将軍に率いられた軍によって打ち破られた戦い。
 あの時はエドゥアルドたちの巧みな撤退戦のおかげで帝国軍は壊滅こそ免れることができ、大勢が撤退に成功したが、それでも犠牲は大きかったし、バ・メール王国軍に至っては再建不可能な大損害を受け、その後の国家の滅亡につながってしまった。
 これは、あの時とまったく同じ[負け方]であるように思えた。
 中央突破を図っての攻撃を逆に粉砕され、予備兵力を投入して一気に盛り返す。
 分断されるのは、彼らの方ではない。
 こちらの側なのだ。
 そして、状況はその苦い戦いの時よりも悪かった。
 あの時は、帝国側にはまだ予備兵力が残されていた。
 しかし、今のエドゥアルドたちにはそれがないのだ。

「陛下。ここは、お逃げくださいませ」

 自身の歯を砕かんばかりに強く噛みしめ、凄絶な形相で戦場を睨みつけているエドゥアルドに、ヴィルヘルムが静かに告げる。

「先にも申し上げましたが、たとえ、この戦いで決定的な勝利を得られずともよいのです。
 敵に脅威を与えることのできる一軍を残した状態で、対峙する。
 さすれば、補給能力に乏しい共和国軍は、ここで勝利しようともその結果を生かすこともできず、撤退せざるを得なくなりましょう」
「しかし、僕のせいで、あそこで、僕の軍団が失われようとしているのだ! 」

 理屈としては、分かる。
 分かるのだ。
 しかしながら、軍の指揮官として、この状況を招く判断を下し、命令したのは、他の誰でもない。
 エドゥアルド自身だった。

「彼らを捨てて、僕だけが逃げるなど、できるわけがない! 」
「陛下! 」

 叫ぶように言う代皇帝の肩を、ヴィルヘルムは強くつかんでいた。

「帝国全体のことをお考え下さい」

 そして静かな、落ち着いた声で言う。

「陛下がここでお倒れになれば、どなたが改革を引き継ぐというのです? 」
「そんなことは心配する必要はない。
 ユリウス殿がいらっしゃる。そうだろう? ヴィルヘルム」
「いいえ、陛下。ユリウス殿下は確かに優秀な統治者ではございますが、しかしながら、時代の旗手にはなり得ません。
 殿下ならば、陛下の事業を引き継ぎ、ある程度の形で完成させることは叶いましょう。
 しかしながらそれは、不十分なものとなってしまいます。
 あのお方の統治のしかたを見ていれば、分かります。
 ユリウス殿下は、既存のものをより洗練させ、より良く実行されることは得意とされておりますが、まったく新しいものをお造りになることは苦手としておられます」

 どうやらヴィルヘルムは、エドゥアルドほどにはオストヴィーゼ公爵・ユリウスのことを評価してはいないらしい。
 振り返って憮然とした表情で代皇帝が見つめると、そのブレーンは珍しくからかうような笑みを浮かべていた。

「どうしても、とおっしゃるのでしたら、陛下にお世継ぎが生まれてからになさいませ。
 この場は、私(わたくし)がお引き受けいたします。
 兵に申し訳ない、とお考えでしたら、陛下に代わって、私(わたくし)が、倒れて行った者たちに詫(わ)びさせていただきましょう。
 陛下は、ことを成して、すべてやりきった後に、ゆっくりとあの世においで下さいませ。
 それまでは、私(わたくし)でなんとか、倒れた者たちにも納得していただけましょう」

 エドゥアルドは咄嗟(とっさ)に言葉が出てこなかった。
 だが、ヴィルヘルムが本気で言っている、ということは、痛いほどによくわかる。
 つかまれている肩越しに、その感情が直接、伝わってくるのだ。
 ———戦場に敵軍が奏でる勝利の凱歌(La victoire est à nous)が轟(とどろ)き、それは着実に、二人の方に向かって迫りつつあった。
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