メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~

熊吉(モノカキグマ)

文字の大きさ
上 下
89 / 232
第六章:「アイゼンブルグの戦い」

・6-3 第88話:「緊急出撃:2」

しおりを挟む
・6-3 第88話:「緊急出撃:2」

 エドゥアルドが、代皇帝自身が救援におもむく。

「お待ちくだされ、陛下! 」

 それに異を唱えたのは、帝国元帥であるヨッヘム・フォン・シュヴェーレンであった。

「事態は急を要するということは、明らかでございます。
 しかしながら、陛下ご自身が向かわれることは、危のうございます。ここはどうか、それがしに命じてくだされ!
 兵力は、二個師団に騎兵をつけた程度をいただければ、なんとかして見せましょうぞ! 」

 視線を向けると、帝国元帥は真剣な眼差しでこちらのことを見つめて来ていた。
 どうやら何かしら真剣な危惧を有しているらしい。
 直感的にそう理解したエドゥアルドは、少し考えてから口を開く。
 彼の抱いている懸念について、もっと詳しく聞いておきたかった。

「ヨッヘム公。それだけの兵力があれば十分な理由を教えていただけるでしょうか? 」
「はい、陛下。……おそらく、ハイリガー・ユーピタル・パスを通過して来た敵は、先に報告を受けていた、フルゴル王国へと送られるはずであった部隊でございましょう。
 共和国の国内で新たに編成されつつあった、五万の軍勢でございます。
 現地の、ヴェルナー殿下の軍と合同すれば、二個師団に増強の兵力があれば十二分に勝算がございます」
「敵兵力の詳細は明らかではあいませんが、余の意見も同じです。緊急で向かわなければならないということもあり、兵力はあまり多くもできない、という事情もあります。……それで、どうして余自身は向かってはならないのか、その理由も教えていただけるでしょうか? 」
「それは、陛下が、陛下であらせられるから、でございます」

 返って来たのは、半ば予想通りの答えであった。
 エドゥアルドが代皇帝であるから。
 この国の元首であるから。
 だから彼自身が向かってはならないのだ、という。

「そうおっしゃっていただけるのはありがたいと思います。しかしながら、危険、という点であれば、ここに残っても同じことではありませんか?
 ここの正面には、敵の主力軍が控えています。それなのに、援軍を向かわせれば、我が方の兵力は大きく目減りすることになります。
 敵がこれを好機と見て、襲ってくるのは必定、そうでしょう? 」
「敵の狙いは、まさしくそれであろうと存じます」

 ヨッヘム公はエドゥアルドの言葉を肯定したものの、「しかしながら」と続ける。

「ここには、我らが築き上げた堅陣がございます。たとえ敵が兵力に置いて勝っておりましょうとも、十二分にしのぐことができましょう。
 それに対し、援軍に向かった場合は後詰決戦となるはずでございます。
 すなわち、野戦となるのです。
 そうなった時に、不測の事態に遭遇しやすくなるのはいずれであるかは、論ずるまでもないことでございます」

 ヴェストヘルゼン公国は陥落の危機に瀕している。
 同地を守るヴェルナー公爵の旗下には三万の将兵がいるが、再建途上のその軍隊の能力は心もとなく、頼りとできるのは実質的に、古参の将兵から成る一万しかいない。
 敵が五万程度しかいないのだとしても、防戦一方にならざるを得ない規模だった。
 順当に考えれば、公爵はその首府であるアイゼンブルグを守ることに集中し、共和国軍は周辺地域を侵略しつつ、それを包囲するだろう。
 規模は異なるが、一昨年に戦われたサーベト帝国との戦争、ズィンゲンガルテン公国の首府・ヴェーゼンシュタットを巡る攻防戦と同じ形になる。
 ———あの時と異なるのは、時間的な猶予があまりない、ということであった。
 アイゼンブルグを包囲する共和国軍に対してもっとも有効な作戦は、持久戦だ。
 なにしろ相手は標高二千五百メートルにもなる峠を越えて来ており、本国からの補給は困難を極める。
 だから敵も、わずかな補給に現地調達を加えればなんとかできる規模で攻めてきており、その点を突いて持久戦に持ち込めば、戦わずして殲滅(せんめつ)することが可能だ。
 しかし、それは帝国の南西方面に開かれた新しい戦線に限ってのことだ。
 戦争全体を見れば、短期に戦いの決着をつけざるを得ない。
 共和国軍の本隊が、帝国軍の兵力が減った隙に猛攻を仕掛けて来るかもしえない、というのも重大な懸念事項だ。
 だが、もっと危険な可能性も、今回の出来事は示している。
 それは、共和国軍の総兵力が三十万ではなかった、ということだ。
 あらたに攻め寄せて来た敵軍と同様、相手がさらに軍を編成し、また別の方面に戦線を構築して来たら。
 帝国側の兵力では、いよいよ、対処が難しくなってくる。
 そういった事情から、早期に決着をつける必要があった。
 自由に動かすことのできる兵力を確保する、というだけではない。
 あらたな戦線を構築するという試みを行っても、この戦争には勝てないのだ、という意識を共和国側に芽生えさせるのだ。
 そういう、いわば[ハッタリ]と効かせるために、短期間で勝利することが必要であった。
 そのためには、こちら側から積極的に決戦を仕掛けていかなければならない。
 つまりは流動性の多い、結果の予想をつけづらい野戦を戦わなければならないのだ。

「なるほど。ヨッヘム公のお考えは、よくわかりました」

 そのエドゥアルドの言葉に、帝国元帥はほんの少しだけ表情を和らげる。
 代皇帝が自ら出撃するのを諦め、より確実性の高い戦線を担当してくれると思ったのだろう。

「そういうことならば、……なおさら、余、自身が向かわねばならないでしょう」
「……んなっ!? へ、陛下ッ! 」
「今回の戦いは、時間との勝負となるはずです。……そうとすると、失礼ながら、帝国元帥はお年を召され過ぎています」
「そ、それがしを愚弄(ぐろう)いたしまするか!? 」

 ヨッヘム公は血相を変えたが、エドゥアルドは小さく溜息をつくと、以前報告を受けたことを指摘する。

「ヨッヘム公。お脚がお悪い、という報告は、すでに受けているのです。以前の、河畔の戦いからの撤退戦の折りに、多くの将兵が目撃していたからです」

 すると、さすがの歴戦の猛者も沈黙せざるを得なかった。
 彼は常に元帥仗を持ち歩き、気軽に、杖のように使っているが、それは自身の権威を見せつけるためだけではなかった。
 実際に、少し脚が悪くなってきているのだ。
 普通に立ったり歩いたりすることには不自由はないが、長く動こうとすると辛い様子で、杖が要る。
 プリンツ・ヨッヘムはそのことを誰にも明かさなかったし、実際、撤退戦を指揮した際には立派にその役目を勤め上げたが、今回のように長距離を迅速に行軍し、地形の起伏に富んだ山岳地帯で敵と野戦を行う、という状況では、さすがに無理をし過ぎることとなってしまう。

「……いやはや。参りましたわい」

 やはり、代皇帝が出陣するしかない。
 そのことを認めざるを得なかった帝国元帥は、深々と溜息をついていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

幕末☆妖狐戦争 ~九尾の能力がはた迷惑な件について~

カホ
ファンタジー
御影 雫は、都内の薬学部に通う、手軽な薬を作るのが好きな、ごく普通の女子大生である。 そんな彼女は、ある日突然、なんの前触れもなく見知らぬ森に飛ばされてしまう。 「こいつを今宵の生贄にしよう」 現れた男たちによって、九尾の狐の生贄とされてしまった雫は、その力の代償として五感と心を失う。 大坂、そして京へと流れて行き、成り行きで新選組に身を寄せた雫は、襲いくる時代の波と、生涯に一度の切ない恋に翻弄されることとなる。 幾度となく出会いと別れを繰り返し、それでも終点にたどり着いた雫が、時代の終わりに掴み取ったのは………。 注)あまり真面目じゃなさそうなタイトルの話はたいてい主人公パートです 徐々に真面目でシリアスになって行く予定。 歴史改変がお嫌いな方は、小説家になろうに投稿中の <史実運命> 幕末☆(以下略)の方をご覧ください!

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~

味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。 しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。 彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。 故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。 そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。 これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

日本は異世界で平和に過ごしたいようです。

Koutan
ファンタジー
2020年、日本各地で震度5強の揺れを観測した。 これにより、日本は海外との一切の通信が取れなくなった。 その後、自衛隊機や、民間機の報告により、地球とは全く異なる世界に日本が転移したことが判明する。 そこで日本は資源の枯渇などを回避するために諸外国との交流を図ろうとするが... この作品では自衛隊が主に活躍します。流血要素を含むため、苦手な方は、ブラウザバックをして他の方々の良い作品を見に行くんだ! ちなみにご意見ご感想等でご指摘いただければ修正させていただく思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。 "小説家になろう"にも掲載中。 "小説家になろう"に掲載している本文をそのまま掲載しております。

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

処理中です...