メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~

熊吉(モノカキグマ)

文字の大きさ
上 下
83 / 232
第五章:「英雄VS代皇帝」

・5-9 第82話:「帝国元帥の憂鬱:2」

しおりを挟む
・5-9 第82話:「帝国元帥の憂鬱:2」

 ヨッヘム公に、なぜ、浮かない様子なのかたずねてみよう。
 そう決心したものの、なかなか、それを実行に移すチャンスは得られなかった。
 帝国元帥は多くの時間を代皇帝であるエドゥアルドと共に本営で過ごしている。
 そのため常に周囲には人がおり、そうした衆目の前では本音を聞き出すことはできないからだ。
 もし多くの人々に聞こえてもいいような悩みであったら、そもそも隠したりせず、ヨッヘム公は自らそれを口にするはずだ。
 彼は、なにかを悩み、危惧している。
 だがそれはまだ漠然としたものに過ぎず、曖昧(あいまい)で、誰かに伝えるべきことではないと、そう思っているのかもしれなかった。
 ルーシェとしては、その考えを尊重したい。
 だからこっそりと話を聞き出したかった。

(そういったお悩みでしたら、私みたいなメイドの方が、お役に立てるかもしれません)

 自身の好奇心、そして不安から、というのがヨッヘム公に真意を問う動機であったが、彼女の中には彼の役に立ちたい、という気持ちも強くある。
 そしてエドゥアルドたちに話せない、明かすほどのことでもない事柄であれば、なにかしらの重大な責任を負ってはいない身軽な立場にいる自分の方が話をしやすいのではないかとも思うのだ。
 ルーシェは辛抱強く機会を待ち続けたが、とうとうその時が訪れた。
 たまたま本営の中で人の出入りがあり、ヨッヘム公の周囲には誰もいない、という状況が生まれたのだ。

「なんじゃ。それがしは、そんなに悩んでおったように見えたのかのう? 」

 コーヒーのお代わりはいかがですか、と確かめるついでに、「あの、最近、なにかお悩みではございませんか? 」とたずねてみると、プリンツ・ヨッヘムは少し驚いてから苦笑した。

「差し出がましいことを、申し訳ありません」
「いや、いや。メイド殿の印象は、正しい。確かに、それがしはここしばらくずっと、悩みこんでおった」

 慌ててルーシェは頭を下げたが、帝国元帥は特に機嫌を損ねたわけでもないらしくそう言うと、「ふぅむ……。話してみるのも、いいかもしれんのぅ」と呟いた。

「メイド殿は、なかなか聡明であると聞く」
「い、いえ、私は、そんな……」
「代皇帝陛下はなかなかどうして、そなたのことを信頼しておる様子であるぞ? 」

 それからからかい交じりにそう言った後、コーヒーを一口すすり、「うまい」と感想を漏(も)らしてから、気難しい顔で目の前のボードゲームの盤面を睨みながら、独り言のように語り始める。

「実はのぅ……、それがしの予定では、もう、共和国軍は攻勢に転じていなければおかしいはずなのだ」
「共和国軍が、ですか? 」
「そう。我々はずっと、彼らの兵站線に対して攻撃を続けておる。その効果は出ていて、敵の陣中では食糧が不足し、兵士たちの戦意も衰えて来ておるという。
 このまま時が経てば完全に士気が下がって、まともな戦いをできなくなるはずなのだ。だからそうなる前に、ムナール将軍は攻勢に転じる判断を下すと思っておった」
「その……、ムナール将軍は、ヨッヘムさまやエドゥアルドさまの狙いを、見抜いているのでしょうか」

 とにかく素直に、自分の考えを口にしてみる。
 たとえ他愛のない考えであってもそれが相手になんらかの気づきを与え、役に立ったりするのだ。
 エドゥアルドに仕えるうちにそういった経験を度々してきたルーシェは、本当に自分がそんな意見を述べていいのかどうか少し迷いながらも思い切ってそれを声に出す。
 幸いなことに、ヨッヘム公は一人の使用人、しかもまだ十代の半ばに過ぎない少女がそういった考えを述べても、不愉快に思わない人物であった。

「うむ、おそらくはの」

 ムナール将軍はこちらの作戦に気がついているはずだ。
 その指摘を肯定した帝国元帥は、視線を盤面からメイドへと移す。
 ゴクリ、と、思わず固唾を飲んでしまう。
 向けられた視線が、思ったよりもずっと鋭い、真剣なものであったからだ。

「メイド殿。戯れに聞いてみても良いかのう? 」
「は、はい。私の考えで、よろしければ」
「うむ。……もし、そなたがムナール将軍の立場で、現在のような状況に陥って、一か八かの攻勢に出るのではなく別の手段を講じるとすれば、いかがする? 」

 共和国軍の補給を圧迫し、不利なことを承知で、万全の防御態勢を構築している帝国軍に対して決戦を挑ませる。
 それが、エドゥアルドとプリンツ・ヨッヘムが立てた作戦だった。
 敵は、帝国元帥の予想よりも長く対陣を続け、動きを見せようとしない。
 彼が悩んでいたのはその理由であり、ムナール将軍はこちらの意図とは別の解決方法を模索しているのではないか。
 どうやらヨッヘム公が憂鬱(ゆううつ)そうにしていたのは、その危惧に対してうまく答えを出せずにいたからであったらしい。

(えっと……、ええっと……! )

 ルーシェは、自分なりに必死に考える。
 帝国軍の重鎮が必要としているのは、明確な答えなどではなかった。
 軍事の専門家ではないメイドにそのような意見を求めることは過剰な期待であり、筋違いであるということはよく知っているし、自分でも出せないような正解を言い当てることを求めてなどいない。
 では、なぜ問いかけて来ているのか。
 それは、発想を転換するきかっけが欲しいからだ。
 つまりヨッヘム公が欲しがっているのは、ルーシェの自由な考えであり、そこからなんらかの気づきを得ることなのだ。
 そのことをよくわかっているから、メイドは真剣に、自分だったらどうするか、を考える。

「あの、ヨッヘムさま。戦争が始まった時、ムナール将軍が動員した兵力は、三十万、というお話でしたよね? 」
「うむ、そうじゃな」
「ですが、以前、バ・メール王国を攻撃した際には、五十万もの軍隊があったのですよね? 」
「ふむふむ、それで? 」
「だとすると、その……、もしかして、共和国は残りの二十万で、もうひとつ軍隊を作れるんじゃないかな、って、思いました。
 私がムナール将軍だったら、もっと兵隊を呼ぶか、新しく軍隊を作って、エドゥアルドさまたちのいない方向から攻めるんじゃないかなって、思います」

 ヨッヘム公は、きょとんとした顔で何度かまばたきをする。
 だがすぐに、その双眸(そうぼう)が大きく見開かれて行き、愕然(がくぜん)とした様子の声が漏(も)れた。

「それじゃ……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

幕末☆妖狐戦争 ~九尾の能力がはた迷惑な件について~

カホ
ファンタジー
御影 雫は、都内の薬学部に通う、手軽な薬を作るのが好きな、ごく普通の女子大生である。 そんな彼女は、ある日突然、なんの前触れもなく見知らぬ森に飛ばされてしまう。 「こいつを今宵の生贄にしよう」 現れた男たちによって、九尾の狐の生贄とされてしまった雫は、その力の代償として五感と心を失う。 大坂、そして京へと流れて行き、成り行きで新選組に身を寄せた雫は、襲いくる時代の波と、生涯に一度の切ない恋に翻弄されることとなる。 幾度となく出会いと別れを繰り返し、それでも終点にたどり着いた雫が、時代の終わりに掴み取ったのは………。 注)あまり真面目じゃなさそうなタイトルの話はたいてい主人公パートです 徐々に真面目でシリアスになって行く予定。 歴史改変がお嫌いな方は、小説家になろうに投稿中の <史実運命> 幕末☆(以下略)の方をご覧ください!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

望んでいないのに転生してしまいました。

ナギサ コウガ
ファンタジー
長年病院に入院していた僕が気づいたら転生していました。 折角寝たきりから健康な体を貰ったんだから新しい人生を楽しみたい。 ・・と、思っていたんだけど。 そう上手くはいかないもんだね。

アルゴノートのおんがえし

朝食ダンゴ
ファンタジー
『完結済!』【続編製作中!】  『アルゴノート』  そう呼ばれる者達が台頭し始めたのは、半世紀以上前のことである。  元来アルゴノートとは、自然や古代遺跡、ダンジョンと呼ばれる迷宮で採集や狩猟を行う者達の総称である。  彼らを侵略戦争の尖兵として登用したロードルシアは、その勢力を急速に拡大。  二度に渡る大侵略を経て、ロードルシアは大陸に覇を唱える一大帝国となった。  かつて英雄として名を馳せたアルゴノート。その名が持つ価値は、いつしか劣化の一途辿ることになる。  時は、記念すべき帝国歴五十年の佳節。  アルゴノートは、今や荒くれ者の代名詞と成り下がっていた。 『アルゴノート』の少年セスは、ひょんなことから貴族令嬢シルキィの護衛任務を引き受けることに。  典型的な貴族の例に漏れず大のアルゴノート嫌いであるシルキィはセスを邪険に扱うが、そんな彼女をセスは命懸けで守る決意をする。  シルキィのメイド、ティアを伴い帝都を目指す一行は、その道中で国家を巻き込んだ陰謀に巻き込まれてしまう。  セスとシルキィに秘められた過去。  歴史の闇に葬られた亡国の怨恨。  容赦なく襲いかかる戦火。  ーー苦難に立ち向かえ。生きることは、戦いだ。  それぞれの運命が絡み合う本格派ファンタジー開幕。  苦難のなかには生きる人にこそ読んで頂きたい一作。  ○表紙イラスト:119 様  ※本作は他サイトにも投稿しております。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...