メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~

熊吉(モノカキグマ)

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第五章:「英雄VS代皇帝」

・5-6 第79話:「真綿で首を絞めるように:2」

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・5-6 第79話:「真綿で首を絞めるように:2」

 エドゥアルドの言葉は、少し演技がかったものだった。
 ———こうすれば、必ず勝利できる
 そういう確信を持っているという風に演出したかったからだ。
 そうでもなければ、この場にいる、全員が自分よりも年長な者たちからの信頼を得ることができないし、心から従わせることもできないだろう。
 実際のところは、心臓が激しく脈打っていた。
 こうすることが最善手に違いない。
 そのように信じてはいたのだが、自分の言葉で人々を納得させられるかどうかまではまだ、完全な自信を持てずにいたからだ。
 エドゥアルドの中で、徐々に焦燥感が強くなっていく。
 きちんと命令を発したはずなのに、誰も反応を見せず、沈黙を保っていたためだ。

「それがしに、代皇帝陛下のなさることに異論はござらぬ」

 最初にそう口を開いたのは、プリンツ・ヨッヘムだった。
 彼はイスに腰かけたまま、両手で元帥仗を地面に突き立て、その組んだ指越しに鋭い眼光で居並んだ者たちを見渡すと、ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべて見せる。

「敵は、強い。共和国軍は、実に強い。数も多いし、戦(いくさ)にも慣れておる。……そしてなにより、優れた将帥に率いられている。帝国にも多くの人物がおるが、ムナール将軍ほど鮮烈に歴史に名を刻む者は、まだ、おらぬであろうな」

 代皇帝に向けられていた視線が、一斉に帝国元帥の方へと向けられる。
 助け舟を出してもらえたことに少年は内心で安堵し、同時に、自己嫌悪した。
 自分の未熟さ、力の至らなさを再認識してしまったからだ。

「だから、我らは正面から戦わぬ。その策には、乗ってやらぬ。……ムナール将軍とは、正面から決戦をしない。これこそが、誠、必勝の方法である」

 真正面から雌雄を決する。
 これほど雄々しく、胸が高鳴り、心躍ることがあるだろうか。
 戦略や戦術を学び、将となって軍を進退させる者ならば、一度は夢見るのに違いない、栄光に満ちた大勝利。
 だが、帝国軍は敢えて、それを捨てる。
 光り輝く勝利ではなく、泥臭い勝利を拾いに行く。
 そのことに不満、というか、残念そうな者が何人もいることはその顔色を見ていれば分かることではあったが、帝国元帥はまるで意に介さなかった。
 自身が言ったように、そうすることが最善手であると信じているのだろう。
 そこが、エドゥアルドとの差となっていた。
 少年は自分が未熟であると自覚しているから、自分が信じているはずのものを、信じきることができていないのだ。
 そしてそういう内心の揺らぎを、人々は敏感に見透かすものだ。

(僕は、もっと成長しなければならないのだな)

 少年はそう感じ、それから両手の拳をきつく握って、解いて、うつむきかけていた顔をあげる。

「諸君、我が軍の成すべきことは、以上だ」

 そうしてから発せられた声は、先ほどのものと違って演技はなく率直なものだったが、その分真っ直ぐに、すっと染みこむように響いた。

「我々は、ムナール将軍がしかけて来た策には乗らない。あくまで、我々の策に乗って来るまで、待つ。……敵の補給線を寸断し、我が領内にて立ち枯れさせるのだ」
「御意のままに、陛下」

 その言葉に応じるように体の向きを変え、エドゥアルドの方を正面から見据えたユリウスが、恭(うやうや)しく頭を垂れた。
 そしてそれに触発されたように諸侯や将校たちも居住まいを正し、一礼をしたり、敬礼をしたりして見せる。

「諸君。直ちに行動を開始せよ」

 そしてその代皇帝の言葉で、人々は慌ただしく動き出した。

────────────────────────────────────────

 本隊から離れる方向に進路を変えた共和国軍の下流軍の動きは、最初、緩慢なものであった。
 やはり、帝国軍のことを誘っていたのだろう。
 エドゥアルドたちが出撃をし、主力軍か下流軍のどちらかを攻撃したら即座に急進してこれを挟撃し、撃滅しようという狙いを果たすために、あまり互いに距離を離れさせ過ぎないようにじりじりと進んでいく。
 だが、そうして五日ばかりが経過し、帝国側がまったく動かないと知ると、下流軍は一転して進軍の速度を速めた。
 帝国軍の後方を抑え、比較的規模の大きな都市を占領しようとしているとしか思えない動きを見せ始めたのだ。
 それはこちらを誘い出すためにより大きな隙を見せるため、であるのかもしれなかったし、本当に方針を切り替え、帝国側の重要拠点を奪おうと考えたのかもしれない。
 エドゥアルドたちは、それを待っていた。
 自軍から騎兵を抽出(ちゅうしゅつ)していくつもの小規模な部隊とし、それぞれに敵の連絡線を襲撃するように命じて出発させた。
 それだけではなく、地元を防衛するために各地に点在していた小規模な部隊にも命じて、騎兵隊の活動を支援させるのと同時に、敵の補給線を襲わせる。
 ゲリラ戦。
 かつてフルゴル王国のアルベルト王子が言っていた戦法を適用し、実行に移したのだ。
 当初は、共和国軍の下流軍の進撃は停滞することはなかった。
 彼らは自前の物資を保有していたし、現地調達することもできたからだ。
 しかし、一週間も経過すると、その活動は鈍くなっていった。
 十万人もの規模の兵力が現地調達だけでずっと食いつないでいくことはできず、後方からの追走による不足分の補充が無ければ間に合わなかったからだ。
 そして後方から物資を運んでくるはずの補給隊は、絶えず帝国側の襲撃にさらされた。
 共和国軍は大まかな地理は把握していたが、帝国領内の道路網について習熟してはいない。だから、補給隊は自分たちの把握している道だけを進んで行かざるを得ない。
 同じ場所を通過するので目立つし、その行動も簡単に予想できてしまう。
 それに対して帝国軍側は詳細に地理を知っていたから、気づかれにくい小道、裏道を利用して、縦横無尽に動き回り、そして敵の不意を突いた攻撃をくり返すことができる。
 下流軍が帝国領の奥地へ進めば進むほど、補給線は長くなり、帝国側のゲリラ戦による脅威は増大した。
 届く物資の量がどんどん目減りするだけではなく、補給部隊の損害もかさみ、また、雇われていた労働者たちは攻撃を恐れて離散するようになっていく。
 やがて共和国軍の別動隊はついには立ち往生して、それ以上進むことができなくなってしまっていた。
 そしてその状況を知ったムナール将軍は、下流軍による迂回攻撃という構想を断念し、兵力を集結させ帝国軍と対峙するために呼び戻したのだった。
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