メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~

熊吉(モノカキグマ)

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第五章:「英雄VS代皇帝」

・5-1 第74話:「撤退戦」

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・5-1 第74話:「撤退戦」

 撤退を決断した帝国軍の行動は、迅速に実施された。
 なにしろ、予想外の早さで出現した敵の増援に捕捉されないうちに後退を成功させる必要があるのだ。
 特に困難だったのは、大砲などの重装備類の回収であった。
 高速で機動できる軽野戦砲などは問題にならなかったが、大口径の百五十ミリ野戦砲など、重量のあるものを運び出すのは大変だ。
 これらの装備は、できれば失いたくはなかった。
 共和国との戦争はまだ始まったばかりであり、製造に多くの金属を必要とし、加工にも手間のかかる貴重な工業製品を手放すことは影響が大きい。
 その威力は戦場の大抵の局面で有効であり、兵力で勝る敵軍に対して放列の火力を発揮させることは、劣勢を覆す上で必要不可欠なことだからだ。
 ほとんど撃ち尽くしてしまっていた弾薬の残りは、放棄してもかまわない。
 鹵獲(ろかく)されても大して苦にならない量しか残っていなかったし、次の補給の手配はすでに済んでいるので、後退した先で潤沢に入手できる。
 とにかく、火砲は、その砲身だけは必ず持ち帰る。
 ただ、一部の大砲、たとえば諸侯が軍役に従って持ち込んだ古いタイプの青銅砲など十数門は放棄することにした。
 こういった旧式な兵器は性能で劣るだけでなく、砲車の構造も近代化されていないため、急速な撤退には到底、追従できないと判断されたためだ。
 これらの大砲は戦闘の終わり近くになってようやく戦場に到着した、ということからも、その機動力の劣悪さは実証されている。
 ただ、そうした砲は、一弾も発射することがなくとも所有者にとっての貴重な財産だ。
 高価な金属の塊であるため、百年以上も代々大切に使って来たものも多い。
 こうした父祖伝来の砲を失うことに難色を示す者もいたが、エドゥアルドが新式の大砲をあてがうと約束することで納得してもらった。
 そして帝国軍は、全力で撤退を開始した。
 旧式の青銅砲、そして弾薬類を放棄することで積載量を確保した馬車に、負傷した友軍の将兵を乗せ、敵からもっとも離れられる方向、南東に向かって一目散に。
 殿は、エドゥアルドに代わって名乗り出たプリンツ・ヨッヘムを指揮官として、近衛師団と、帝国陸軍の第一師団、そして第一騎兵師団がその旗下に入って担当し、敵の追撃から退路を確保する。
 渡河点の橋頭保にいた共和国軍は、すでに脅威とはならなかった。
 長時間の砲撃によって戦意を喪失し、一部の兵たちが戦列を離れて逃げ出す、という有様に陥っており、帝国軍が後退を開始したからと言って急に追撃に転じることなどできなかったからだ。
 だが、この戦場に突如として出現した敵の増援は、さすがにそのようにはいかなかった。
 歩兵、そして騎兵を進出させ、できるだけ戦果を拡大しようと襲いかかって来たのだ。
 正面からは敵の戦列が迫り、肋骨服に様々な装飾を施したきらびやかな衣装に身を包んだ華やかな姿の騎兵の集団が、殿部隊の退路を遮断するべく側面から後方に回り込もうと試みて来る。
 しかも、その中にはきちんと大砲の姿があった。
 相手にもこちらが保有している軽野戦砲と同じく、砲車を改良し、牽引する軍馬を増やすことで戦場を軽快に移動させることのできる騎馬砲兵を配備しているのだ。
 というよりも、元祖は彼らの方であった。
 帝国軍が編制している騎馬砲兵隊は、元々はかつてラパン・トルチェの会戦の折に目にした、共和国軍で運用されていたものを参考にしたものだったのだ。
 この撤退戦は、テンポの速い戦いとなった。
 殿を捕捉して包囲、殲滅しようとする共和国軍に対し、それを阻止しつつ後退していく帝国軍。
 背後に回り込もうとすればすかさず部隊を振り分けてそれを阻止し、敵が突破を試みようとすれば騎馬砲兵を差し向けて粉砕し、と、相手の動きに合わせた慌ただしい指揮をしなければならなかった。
 この撤退戦は、二日間にわたって行われた。
 一日目は日が暮れるまで続き、視界が確保できず同士討ちの危険と休養の必要性から夜間は休止して、翌日になってまた再開された。
 両日とも慌ただしい用兵が続いたが、共和国軍が地理に不案内であったことと、ヨッヘム公の指揮が適切であったために、帝国軍が受けた損害は微小なものに留まった。
 そして、とうとうエドゥアルドたちは逃げ切った。
 こちらが隙を見せなかったことと、強行軍の末に到着した兵力から逐次追撃戦に参加したため決定打に欠き、ここに至るまでの無理がたたって疲弊した敵が追撃を諦めてくれたおかげだった。
 後退した距離は三十キロメートル近くにもなる。
 共和国が引き上げたことを確かめたヨッヘム公はさらに後退して先に退却していた味方と合流し、エドゥアルドを守りながら後退していたノルトハーフェン公国軍の第一師団と合流。そこで野営し、翌日以降もさらなる追撃を警戒しつつ、予定していた集結地点に向かって行った。
 敵にとどめを刺しきれずに後退、という局面ではあったが、将兵の戦意は高かった。
 少なくとも戦闘には勝っていたとの意識が強くあったし、退却する先に事前に補給物資が運び込まれており、弾薬をたっぷりと補充でき、なにより食うのに困ることがなく、しかも酒や煙草なども楽しむことができたからだ。
 戦いの規模の割に死傷者が少なくて済んだ、というのもあっただろう。
 無理な突撃をせず、砲撃を多用した結果、与えた損害に比して受けたものが小さくなっていたのだ。
 まるで、戦いに勝ったのは自分たちだと言わんばかりに、意気揚々と。
 兵士たちは明るい表情で行進を続け、そして、集結地点で全軍が合流して、そこで長期戦に備えた防衛態勢の構築を開始した。
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