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第四章:「代皇帝出陣」
・4-13 第65話:「50点の理由」
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・4-13 第65話:「50点の理由」
「まず、それがしが考えておりましたのは、いかにして敵の手にある主導権を、我が方に取り戻すか、ということなのです」
ヨッヘム公はルーシェが用意してくれたコーヒーを美味そうに一口すすり、唇を潤すと、(なぜ、五十点しかもらえないのか)と釈然(しゃくぜん)としないでいるエドゥアルドに、教師が生徒に教えるような口調で説明を始めた。
「陛下も、今回の戦いにおける主導権を敵が掌握している、というのは重々ご承知であると存じますが、いかがですかな? 」
「その点は、僕もよく分かっているつもりです」
だからこそ、短期決戦を挑み、積極的に勝ちに行くべきだと考えていたのだ。
アルエット共和国軍はタウゼント帝国軍に対して兵力で優越しており、攻勢に回っている。
いつ、どこを攻撃するかを積極的に決定することができる立場におり、彼らは自由に作戦を決定することのできる状態にあった。
こちらは、受け身に回らざるを得ない。
攻勢に出るには相手よりも数で勝っていなければならないというのは一般的な常識の範疇(はんちゅう)の話であったし、ただでさえ敵の半分しかない兵力で敵地に進出しようものなら、相手の勝手知ったる領域で反撃を受け苦戦に陥ることは想像に難くない。
ムナール将軍が軍を分け、こちらを抑えるのに十分な兵力を残し、もう一方の軍で戦力が手薄となった帝国領を荒らしまわる、ということも考えられる。
それはエドゥアルドにとって厄介極まる事態だった。
対処しようにもそうするだけの余剰な兵力がないし、なにより、政権を発足させて半年程度しか経っていないこの時期、その政治基盤は一応安定してはいるものの、帝国の領土を外敵に侵略され、多大な損害を受けた、となれば、大きく揺らぐことになるのに違いない
だからあくまで自国の領内に留まり、敵がこちらにとって有利な場所に侵入して来るのを待って一気に決着をつける。
個人的な心情として、自分の臣民を敵軍の脅威にさらす時間は短ければ短いほど良いとも考えていたし、なにより、戦争には金がかかる。
国債の発行によってなんとか改革に必要な資金はねん出できているものの、この上戦費がかさめば財政をうまく回していくことができるかどうか。
古くから戦争は短い方がいいと言われていることもあり、エドゥアルドとしては短期決戦がやはり好ましかった。
「民と国の行く末を憂うるそのお心は称賛されるべきものであろうと存じます。しかしながら、それがしは今回の一戦において、敵の再侵略の意図を完全にくじいてしまいたいと考えておるのです」
プリンツ・ヨッヘムは代皇帝の考え方に敬意を示してくれたものの、即座に決戦を挑むのでは中途半端な結果に終わるだろうと示唆した。
「敵を我が領内に引き込み、いずこかで決戦に及ぶといたしますと、一見、こちらから攻撃を仕掛けているように思えますが、その実は敵に主導権を握られたままなのです。我が方が攻撃を仕掛けるとして、それは必然的に敵のいる場所に、ということになります。すなわち、我が方が攻勢に回ったはずなのに、いずこを決戦地とするかは敵の意のままであるのです。彼らがもし、こちらが決戦を挑んで来ると予期しておりましたら、逆にこちらが罠にはめられてしまう恐れがございます」
敵が自由に戦場を選べるとなると、せっかくの地の利も十分に生かせない。
いくら地理に不案内だと言っても、金銭に目がくらみ、あるいは脅迫されて協力する地元の住民もいることだろう。
そうなれば、ムナール将軍は自軍にとって有利な戦場を選んでエドゥアルドたちを待ちかまえ、優勢な兵力を存分に使って迎撃して来る。
———そうなった時に、どれほどの勝算があるのか。
(確かに、勝ち目は薄い……。いや、必ず、負ける)
エドゥアルドは愕然(がくぜん)とした。
相手は、この時代の、いや、歴史上でも稀に見るほどの軍事上の天才なのだ。
あえてグロースフルスを渡らせるこちらの狙いが、帝国領に引き込んでの決戦なのだと見抜いていても少しもおかしくはなかったし、それを見込んだ上で狡猾な罠をしかけて来ることは十分にあり得る。
そしてそのような状況で正面から決戦を挑んだ時、どうあがいてみたところで、敵に劣る兵力しか持たないこちらは、勝利を得られないだろう。
だから、五十点。
敵を領内に引き込むところまでは良いのだが、短期決戦を狙ってこちらから全力で攻撃を仕掛けてはいけなかったのだ。
「陛下。ラパン・トルチェの会戦において、我が帝国軍が大敗したのは、補給の不足によって無理矢理、敵の首都に向かって進撃せねばならなかったからである、というのは、覚えておいででございましょう」
「もちろんです。忘れたことなどございません」
「そうでございましょう。……それがし、隠居の身ではありましたが、やはり帝国の武人。興味を禁じ得ませんでな、敵将、ムナール将軍の戦略についてはよう学ばせていただきました。そうして考えてみましたところ、今回の戦、我が方は[待ち]に徹底することこそ上策であろうと存じます」
今回の戦は、ムナール将軍が取った戦略の模倣(もほう)である———。
つまり、わざと敵を自国領内に引き込み、大軍であることの最大のデメリット、補給の困難さを突き、勝負を焦らせる。
補給が十分ではないとなれば、軍隊は自然に衰弱していく。
だとすると、完全に戦力を失う前に一大攻勢を仕掛け、その兵力にものを言わせたくなるだろう。
かつての帝国軍がそうであったように。
そしてそうなった時、主導権を掌握しているのは共和国側ではなく、帝国側になっている。
攻勢を仕掛けて来ているのはムナール将軍であるのに、どこで戦うのかは、エドゥアルドたちの思うままにすることができるのだ。
有利な地形で、野戦築城を実施して堅固な陣地を構築し、万全の状態で敵を待ち受けることができるし、罠を用意しておくこともできる。
劣勢な兵力であっても十分に勝利を望むことができるだろう。
ラパン・トルチェの会戦で、ムナール将軍がやったこと。
それをそっくりそのまま再現してしまおうというのが、ヨッヘム公の作戦であるらしかった。
「まず、それがしが考えておりましたのは、いかにして敵の手にある主導権を、我が方に取り戻すか、ということなのです」
ヨッヘム公はルーシェが用意してくれたコーヒーを美味そうに一口すすり、唇を潤すと、(なぜ、五十点しかもらえないのか)と釈然(しゃくぜん)としないでいるエドゥアルドに、教師が生徒に教えるような口調で説明を始めた。
「陛下も、今回の戦いにおける主導権を敵が掌握している、というのは重々ご承知であると存じますが、いかがですかな? 」
「その点は、僕もよく分かっているつもりです」
だからこそ、短期決戦を挑み、積極的に勝ちに行くべきだと考えていたのだ。
アルエット共和国軍はタウゼント帝国軍に対して兵力で優越しており、攻勢に回っている。
いつ、どこを攻撃するかを積極的に決定することができる立場におり、彼らは自由に作戦を決定することのできる状態にあった。
こちらは、受け身に回らざるを得ない。
攻勢に出るには相手よりも数で勝っていなければならないというのは一般的な常識の範疇(はんちゅう)の話であったし、ただでさえ敵の半分しかない兵力で敵地に進出しようものなら、相手の勝手知ったる領域で反撃を受け苦戦に陥ることは想像に難くない。
ムナール将軍が軍を分け、こちらを抑えるのに十分な兵力を残し、もう一方の軍で戦力が手薄となった帝国領を荒らしまわる、ということも考えられる。
それはエドゥアルドにとって厄介極まる事態だった。
対処しようにもそうするだけの余剰な兵力がないし、なにより、政権を発足させて半年程度しか経っていないこの時期、その政治基盤は一応安定してはいるものの、帝国の領土を外敵に侵略され、多大な損害を受けた、となれば、大きく揺らぐことになるのに違いない
だからあくまで自国の領内に留まり、敵がこちらにとって有利な場所に侵入して来るのを待って一気に決着をつける。
個人的な心情として、自分の臣民を敵軍の脅威にさらす時間は短ければ短いほど良いとも考えていたし、なにより、戦争には金がかかる。
国債の発行によってなんとか改革に必要な資金はねん出できているものの、この上戦費がかさめば財政をうまく回していくことができるかどうか。
古くから戦争は短い方がいいと言われていることもあり、エドゥアルドとしては短期決戦がやはり好ましかった。
「民と国の行く末を憂うるそのお心は称賛されるべきものであろうと存じます。しかしながら、それがしは今回の一戦において、敵の再侵略の意図を完全にくじいてしまいたいと考えておるのです」
プリンツ・ヨッヘムは代皇帝の考え方に敬意を示してくれたものの、即座に決戦を挑むのでは中途半端な結果に終わるだろうと示唆した。
「敵を我が領内に引き込み、いずこかで決戦に及ぶといたしますと、一見、こちらから攻撃を仕掛けているように思えますが、その実は敵に主導権を握られたままなのです。我が方が攻撃を仕掛けるとして、それは必然的に敵のいる場所に、ということになります。すなわち、我が方が攻勢に回ったはずなのに、いずこを決戦地とするかは敵の意のままであるのです。彼らがもし、こちらが決戦を挑んで来ると予期しておりましたら、逆にこちらが罠にはめられてしまう恐れがございます」
敵が自由に戦場を選べるとなると、せっかくの地の利も十分に生かせない。
いくら地理に不案内だと言っても、金銭に目がくらみ、あるいは脅迫されて協力する地元の住民もいることだろう。
そうなれば、ムナール将軍は自軍にとって有利な戦場を選んでエドゥアルドたちを待ちかまえ、優勢な兵力を存分に使って迎撃して来る。
———そうなった時に、どれほどの勝算があるのか。
(確かに、勝ち目は薄い……。いや、必ず、負ける)
エドゥアルドは愕然(がくぜん)とした。
相手は、この時代の、いや、歴史上でも稀に見るほどの軍事上の天才なのだ。
あえてグロースフルスを渡らせるこちらの狙いが、帝国領に引き込んでの決戦なのだと見抜いていても少しもおかしくはなかったし、それを見込んだ上で狡猾な罠をしかけて来ることは十分にあり得る。
そしてそのような状況で正面から決戦を挑んだ時、どうあがいてみたところで、敵に劣る兵力しか持たないこちらは、勝利を得られないだろう。
だから、五十点。
敵を領内に引き込むところまでは良いのだが、短期決戦を狙ってこちらから全力で攻撃を仕掛けてはいけなかったのだ。
「陛下。ラパン・トルチェの会戦において、我が帝国軍が大敗したのは、補給の不足によって無理矢理、敵の首都に向かって進撃せねばならなかったからである、というのは、覚えておいででございましょう」
「もちろんです。忘れたことなどございません」
「そうでございましょう。……それがし、隠居の身ではありましたが、やはり帝国の武人。興味を禁じ得ませんでな、敵将、ムナール将軍の戦略についてはよう学ばせていただきました。そうして考えてみましたところ、今回の戦、我が方は[待ち]に徹底することこそ上策であろうと存じます」
今回の戦は、ムナール将軍が取った戦略の模倣(もほう)である———。
つまり、わざと敵を自国領内に引き込み、大軍であることの最大のデメリット、補給の困難さを突き、勝負を焦らせる。
補給が十分ではないとなれば、軍隊は自然に衰弱していく。
だとすると、完全に戦力を失う前に一大攻勢を仕掛け、その兵力にものを言わせたくなるだろう。
かつての帝国軍がそうであったように。
そしてそうなった時、主導権を掌握しているのは共和国側ではなく、帝国側になっている。
攻勢を仕掛けて来ているのはムナール将軍であるのに、どこで戦うのかは、エドゥアルドたちの思うままにすることができるのだ。
有利な地形で、野戦築城を実施して堅固な陣地を構築し、万全の状態で敵を待ち受けることができるし、罠を用意しておくこともできる。
劣勢な兵力であっても十分に勝利を望むことができるだろう。
ラパン・トルチェの会戦で、ムナール将軍がやったこと。
それをそっくりそのまま再現してしまおうというのが、ヨッヘム公の作戦であるらしかった。
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