メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~

熊吉(モノカキグマ)

文字の大きさ
上 下
49 / 232
第三章:「課題山積」

・3-29 第48話:「コドク:1」

しおりを挟む
・3-29 第48話:「コドク:1」

 強力な援軍をして、できれば味方につけたい。
 それができなくとも、なんとか、中立の立場を取って欲しい。
 ザミュエルザーチ王国に対しては外交窓口の模索を、サーベト帝国に対しては正式な講和条約の締結と国交の回復を。
 そういう方針で動いていたエドゥアルドだったが、タウゼント帝国には両国について詳しい専門家も、適切な通訳すらもおらず、遠隔地であることもあって交流にも時間がかかり、なかなか思ったようには進まない。
 そんな折、代皇帝のブレーンであるヴィルヘルムが、ある提案を口にした。

「両国を味方につけるのではなく、争わせる、だと? 」
「左様でございます、陛下」

 今日の執務を終えて、そろそろホテル・ベルンシュタインへ戻ろうと支度を進めていた時に姿をあらわしたヴィルヘルムは、用件をたずねられると、いつもの柔和な、仮面のような笑みを浮かべたまま、彼の策について説明してくれた。
 変に、影が差している。
 時刻はすでに夜の九時近くであり、外はすっかり暗くなっている。
 代皇帝の執務室には数多くのランプが用意されていて十分に明るかった、エドゥアルドは国費を少しでも節約するために最小限の照明だけ使うようにしており、そのために陰影が強調され易い。
 改革を進めるためには、いくらでも予算が必要だ。
 だからできる節約をして、なんとか金額をねん出しなければならない。
 執務室の照明くらい、帝国の国庫の規模から言えばなんともない支出でしかないのだが、率先垂範を理想とするエドゥアルドは、自ら倹約する姿勢を示すことで、臣下たちからの理解と協力を得ようと努力している。

(やけに、不気味だな……)

 ヴィルヘルムに意味深な影が差しているのはそういうワケではあったが、うすら寒いモノを感じずにはいられなかったし、実際、ここで説明された言葉には、どす黒いというか、狡猾(こうかつ)で陰湿なものがあった。

「陛下。かねてより、ザミュエルザーチ王国、サーベト帝国とは、友好関係を構築し、我が方の味方、そうでなくとも中立の立場を取っていただけるようにと取り組んで参りましたが、それは、今のところうまく行っておりません」
「その通りだ。……遠隔地でもあるし、文化も異なる。相手のこともよく分からないし、なかなか、互いの落としどころを探るのは難航している」
「はい。ですから、私(わたくし)は発想を変えるべきだと考えました。……我々の目的の、最低限度の許容範囲は、共和国と対決している間に後背からの干渉を受けない、ということであったはずです」
「それで、———両国を争わせよう、というのか? 」
「左様です、陛下」

 エドゥアルドは、執務机の厚い堅木の板をコツコツ、と指先でつつきながら、しかめっ面をする。
 いくつかの点で、あまり良い提案だとは思えなかったからだ。

「そんなことが、可能なのか? 」
「可能であると考えております」

 疑問に、ヴィルヘルムは即答する。

「ひとつには、ザミュエルザーチ王国は、以前から港を欲し、内陸部から沿岸部へと進出しようと目論んでいること。その領土の大半が寒冷地であり、農業生産力に制約があるため、肥沃な土地を欲してもおります。そして、もうひとつには、サーベト帝国は先年の我が国との戦争によって、その主力軍が壊滅し、非常に弱体化している、ということでございます」
「確かに、ザミュエルザーチ王国からすれば、チャンスに思えるかもしれない……。しかし、どうやって両国を争わせるのだ? 開戦するように、ザミュエルザーチ王国の国王に要請でもするのか? 」
「いいえ、そこまで露骨なことはいたしません。あくまで、そういったチャンスがあることを気づかせるだけでございます」
「どうして直接要請しないのだ? 」
「第一に、それでは足元を見られ、ザミュエルザーチ王国から見返りを要求される恐れがございます。その交渉がこじれれば高くつき、さらには時機に沿わないこととなりましょう。第二には、サーベト帝国から我が国に対する恨みを、今以上に買わないようにするためでございます。もし我が国が直接的に要請をしてザミュエルザーチ王国が動いたと知れば、サーベト帝国は王国と同じか、それ以上に我が国を憎みましょう。それでは今後の外交交渉に差し障りが生じます。あくまでザミュエルザーチ王国には、自らの判断で動いてもらわなければなりません」
「それは……、少々、卑劣ではないか? 」

 エドゥアルドが引っかかりを覚えていたのは、まさに、その点であった。
 自身の利益のために他人を利用し、騙(だま)し、戦争までさせる。
 そんなことをしてもいいのか。
 そんなことをさせる資格が、いったい、誰にあるというのか?
 理想に向かって邁進(まいしん)する若き指導者の真っ直ぐな疑念に、しかし、いつものことではあったが、ヴィルヘルムは表情ひとつ変えることもしなかった。

「私(わたくし)は、外交とはそのようなものであると心得ております」

 自分の手を汚さず、その本当の意図さえ知られることなく、思う通りに諸外国を操る。
 外交の裏の部分、神髄(しんずい)は、そういうものである。
 ———そのことは、代皇帝も理解してはいるつもりであった。
 なにしろ、ヴィルヘルムは最初、エドゥアルドの家庭教師という立場で姿をあらわしたのであり、彼の授業を何度も、数えきれないほどに、しかも熱中して受けて来たからだ。
 だが、理解しているからといって、なんの躊躇(ちゅうちょ)もなくこういった策を選べるほどに代皇帝は割り切ることができていなかった。
 しばし、沈黙が辺りに満ちる。
 エドゥアルドの頭の中では、その叡智と狡猾さと、正義感と理想とが激しくせめぎ合い、葛藤していたからだ。
 やがて、機械仕掛けの時計が鐘を鳴らし、時刻が九時を回ったことを知らせた。

「話は、わかった。……しかし、少しだけ考える時間が欲しい」

 その、ゴーン、ゴーン、という九回の音色が部屋の隅の暗がりに吸い込まれていった後、ようやく、エドゥアルドはそれだけを、絞り出すように告げた。
 すると、ヴィルヘルムはその返答を予期していたのか、ただ、恭しく一礼をして見せる。

「ご随意(ずいい)に、陛下。……ですが、あまり考え過ぎませぬように。このような策謀は、いつも、どこかで企まれているものでございます」
「ああ。……わかっている。」

 そううなずいてみせたように、エドゥアルドは、こうした策謀が政治の世界ではありふれているのだということをよく知っている。
 だが、自分の気持ちの整理がつけられないでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

幕末☆妖狐戦争 ~九尾の能力がはた迷惑な件について~

カホ
ファンタジー
御影 雫は、都内の薬学部に通う、手軽な薬を作るのが好きな、ごく普通の女子大生である。 そんな彼女は、ある日突然、なんの前触れもなく見知らぬ森に飛ばされてしまう。 「こいつを今宵の生贄にしよう」 現れた男たちによって、九尾の狐の生贄とされてしまった雫は、その力の代償として五感と心を失う。 大坂、そして京へと流れて行き、成り行きで新選組に身を寄せた雫は、襲いくる時代の波と、生涯に一度の切ない恋に翻弄されることとなる。 幾度となく出会いと別れを繰り返し、それでも終点にたどり着いた雫が、時代の終わりに掴み取ったのは………。 注)あまり真面目じゃなさそうなタイトルの話はたいてい主人公パートです 徐々に真面目でシリアスになって行く予定。 歴史改変がお嫌いな方は、小説家になろうに投稿中の <史実運命> 幕末☆(以下略)の方をご覧ください!

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~

味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。 しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。 彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。 故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。 そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。 これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

日本は異世界で平和に過ごしたいようです。

Koutan
ファンタジー
2020年、日本各地で震度5強の揺れを観測した。 これにより、日本は海外との一切の通信が取れなくなった。 その後、自衛隊機や、民間機の報告により、地球とは全く異なる世界に日本が転移したことが判明する。 そこで日本は資源の枯渇などを回避するために諸外国との交流を図ろうとするが... この作品では自衛隊が主に活躍します。流血要素を含むため、苦手な方は、ブラウザバックをして他の方々の良い作品を見に行くんだ! ちなみにご意見ご感想等でご指摘いただければ修正させていただく思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。 "小説家になろう"にも掲載中。 "小説家になろう"に掲載している本文をそのまま掲載しております。

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

処理中です...