メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~

熊吉(モノカキグマ)

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第三章:「課題山積」

・3-24 第43話:「外交政策:2」

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・3-24 第43話:「外交政策:2」

 粘り強く交渉は続けるものの、同盟関係といった具体的な協力をイーンスラ王国から得られそうにないとなると、別の手段を講じなければならない。
 戦いは、準備で概ね勝敗が決するとも言われる。
 外交を用いてより有利な形勢を構築しておけば、それだけ勝利の期待値を高めることができるのだ。
 ———代皇帝・エドゥアルドと国家宰相・ルドルフ、ブレーンのヴィルヘルムが協議した結果、アルエット共和国と対峙するために二つの基本方針が定められた。
 ひとつは、盤石(ばんじゃく)に思える共和国の形勢を覆(くつがえ)すこと。
 もうひとつは、できるだけ多くの国家を帝国の味方につけ、可能ならば援軍を得られるようにすること。
 ムナール将軍が五十万にも及ぶ兵力のすべてを帝国に振り向けることができるのは、隣接している国家がもはや帝国だけしか存在していないからだった。
 南のフルゴル王国は保護下にあり実質的な傀儡(かいらい)国家となっていたし、北のバ・メール王国は完全にうち滅ぼされた。
 西、海を越えた先にイーンスラ王国があるが、こちらは中立の態度を取り、大陸の情勢に介入しようという意思が希薄だ。
 後は、東のタウゼント帝国だけが敵となっている。
 だとすればまず、この態勢を突き崩したい。
 五十万の兵力の内、少しでも多くを別の方面に振り向けさせることができれば、それだけこちらの負担が軽減される。
 幸い、エドゥアルドには足がかりがあった。
 アルエット共和国の勢力圏に組み込まれてしまった二つの国家、バ・メール王国とフルゴル王国に対し、大きな影響力を及ぼすことができそうな人物が帝国に逃れて来ており、その保護下にあったからだ。
 ひとりは、帝国に救援を請うためにバ・メール王国から派遣され、そのまま留まっているサイモン・バルドゥ伯爵。
 もうひとりは、フルゴル王国内で起こっていた王位継承をめぐる内乱で敗北し、縁故を頼って亡命して来た王族、アルベルト・ヒラソルだった。
 サイモン伯爵はエドゥアルドとの謁見(えっけん)を果たし、その場で祖国が滅んだことを知って一度は絶望し自決を選ぼうとしたものの、現在は捕らわれの身となった国王・アルベルト二世の奪還と国家の再建を目指して活動している。
 バ・メール王国が陥落する際に国王が共和国軍に捕らえられたように、大勢の貴族たちが虜囚となっていた。
 その一方で、帝国を頼って落ちのびて来た者も多い。
 貴族社会というのは千年以上も続いてきていたから、その中で様々な栄枯盛衰があり、そして、意外なところで血縁関係が生まれたりしていた。
 ヘルデン大陸上にはいくつもの国家が存在していたが、そのそれぞれの王家同士が、よくよく調べてみると遠い親戚にあたる、などということはありふれたことであり、それは王家ならずとも諸侯の家でも同様だった。
 そうした、家系図を追いかけて行ってようやく見出せるようなか細い縁を頼り、あるいは同じような社会を築いているということに希望を見出して、バ・メール王国の貴族たちがその家族と共に落ちのびてきているのだ。
 また、同国の軍隊の一部も帝国に亡命してきていた。
 バ・メール王国軍はその大半が、壊滅するか、あるいは降伏するかして雲散霧消していたが、祖国が外国の軍隊に占領されることをよしとせずに戦い続ける決意を持った者たちや、他に行き場を知らない者たちが大小さまざまな集団となって帝国に逃れた。
 そうした事態を想定して国境を守る帝国軍の部隊にはそれらの兵士たちを追い返さずに受け入れるようにと命令してあったから、今のところ目立ったトラブルもなく受け入れが進み、その規模は一万を越えつつあるという報告を受けている。
 脱出して来た兵力はほんの一部ではあったし、十分に食べさせ、休養させて再武装させる必要はあったがそれでも、共和国軍に対して数で劣勢を強いられている現状からすれば貴重な戦力だ。
 加えて、これからムナール将軍と対決する時、こちらは「亡国を復興させるため」という大義をかかげることができる。
 そういったお題目というのは、滑稽に思えるかもしれないが不可欠なものだった。
 なんのために命をかけるのかを理解し受け入れている兵士と、そうではない兵士とでは、戦意に雲泥の差が生じるからだ。
 しかも諸外国に対して協力を求めたり便宜を図ってくれるように依頼したりする際に、こうした正しさを備えておけば交渉を有利に進めやすくなるし、共感を得られやすくなる。
 なにより、軍事行動には多額の費用がかかるのだが、それを税という形で負担する国民が納得してくれていなければ、戦争など続けてはいられない。
 貴族たちは平民を軽んじている者が多かったが、彼らは決して、無力な存在などではなかった。
 圧政により生活が成り立たないと思えば平気で反旗を翻すし、実際、アルエット共和国が誕生し強大化したのはそうした民衆の力のおかげであった。
 大義に掲げる際には、自己の利益のため、とするよりも、他の利益のため、とする方がウケは良い。
 サイモン伯爵の忠義心に心を動かされたというのが強い動機ではあったが、エドゥアルドはそうした計算もあって、彼に力を貸すことを決めている。
 伯爵としても、そんなことには気づいているのかもしれないが敢えてそれに乗っているのだろう。
 帝国以外に頼れそうな国家などなく、他に選択の余地がないという以上に、エドゥアルドたちの支援を得られるという状況を最大限に活用することが彼にとっての最良の選択であるからだ。
 サイモン伯爵は今、自ら国境地帯におもむき、現地の帝国軍と協力して敗残兵を収容して再編し、同時に、亡命して来た貴族たちの受け入れを進めている。
 ヴィルヘルムの進言により、近く、伯爵を首班とした亡命政権を打ち立てる構想も進められていた。そのためにサイモンは逃れてきた貴族たちの中から然るべき人物を探すということも並行して行っている。
 一度は死を覚悟したが、祖国の復興のために生きる、と決心して踏みとどまった男だ。
 その働きぶりは並大抵のものではないらしく、一緒に仕事をしている帝国側の将校、諸侯らが無理をし過ぎないか不安になるほどなのだという。
 エドゥアルドも心配していたが、同時に、頼もしくもあった。
 サイモン伯爵は本気で取り組んでいる。
 彼を主軸に支援を続けて行けば、必ず、なんらかの成果が上がってくるはずだ。
 この点については、その働きぶりに任せることができそうだった。
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