メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~

熊吉(モノカキグマ)

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第三章:「課題山積」

・3-20 第39話:「システム」

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・3-20 第39話:「システム」

 帝国陸軍の参謀総長、アントン・フォン・シュタムの発案によって設立された[参謀本部]は、軍の兵站を管理、運営するための組織を母体としている。
 部隊をどのように機動させ、展開し、運用するかを考える上で、補給を始めとする後方支援体制を構築することは必須と言える事柄であった。だからそれを所管していた組織が軍隊の行動、作戦を立案するものに育っていったのだ。
 武器、弾薬、食料、医薬品、被服。
 戦闘を実施する上で必要になる品々を用意し、必要となる場所に輸送できなければ、戦うことなどできない。
 タウゼント帝国では従来、兵站システムは主に二つの軸で運営されていた。
 ひとつは帝国軍、あるいは諸侯自身の自弁による物資や兵員の調達であり、もうひとつは民間に以来する形での調達であった。
 帝国諸侯にはそれぞれ軍役が定められているのだが、戦時に備え、その領地の豊かさに比例してあらかじめ物資を備蓄しておくことも求められている。
 それを、必要に応じて馬車や駄馬によって送り出して補給を行い、また、前線で戦い疲れた兵士と、後方地域に予備としてとどめ置かれていた兵士との交代を行ってきた。
 これでも足りない部分、困難な部分は、金銭を支払って民間の業者に依頼して調達する。
 この従来の兵站システムを、新しい時代に対応できるように再構築する。
 アントンが中心となって考案したこのシステムは、いくつかの段階を経ることで構成されていた。
 まず、帝国の各地域で生産される軍需物資、兵員などを収集し管理する兵站基地がおかれる。
 そこに集められた物資、兵員は、一定の時間的距離(要するに輸送隊の馬車や駄馬が一日の間に移動できる間隔)ごとに設けられた中継基地を経由して、前線近くの物資・人員集積所に送り出される。
 そしてそこから、実際の前線へと送り届けられるのだ。
 これは、双方向性を持ったシステムとなる予定だった。
 後方からは補給物資、交代や補充の人員を送り出し、前方からは負傷兵や傷病兵、軍務を完了した者、故障した兵器などを送り返す。
 一連の人・物の動きは参謀本部の中に作られた専門の部署が管理し、物資や人員の調達、教育や訓練については陸軍省が主に所管することが決まっている。
 最大動員で、二百万にも達する大規模な軍隊。
 それを支えることができるほどのシステムを、これから構築していくこととなる。
 徴兵制度の導入については、帝国軍をエドゥアルドの下で一元化することと実質的にセットであり、軍権に強く関わることもあって各諸侯から大きな反発が予想されていたが、この新しい兵站システムの導入についてはあまり反対は起こらなかった。
 むしろ、歓迎された。
 元々、諸侯には定められた量の軍需物資を備蓄しておく義務があり、自弁してそれを戦線に輸送していたのだが、その、面倒で金のかかる部分を帝国が一括して管理してくれるようになるというとらえ方で、これまで通り物資を用意する必要はあるものの、面倒な輸送の手配をしなくてよくなる、楽になると受け止められたのだ。
 こうして、エドゥアルドは帝国全土にこの新しいシステムを構築する作業に着手していった。
 忘れられがちなのが衛生の部分だった。
 負傷兵を救護し、円滑に後送し、適切な治療を受けさせる。
 これは[人道]という点でも重要ではあったが、それだけではなかった。
 兵員を確保するためには、教育や訓練のために相応に時間がかかる。
 そして負傷兵とは、それらの必要な工程を完了した、しかも実戦を経験した優秀な兵士と言うことができる。
 そういった者たちを回復させ、できるだけ多く戦場に復帰させることができれば、軍隊の能力を維持する上で大きなアドバンテージとなる。
 少なくとも、同様の機能を持っていない軍と、持っている軍との間には、戦争の期間が長くなればなるほど、差が大きく広がっていくことだろう。
 ノルトハーフェン公国では、エドゥアルドが実権を掌握する以前から、衛生という部分に着目していた。
 国内に兵站病院としていくつかの病院を指定し、国庫から支援金を出して医師や看護師を確保し、充実した医療設備と病床を用意させる。
 その代わり、有事にはその中から軍医として事前に取り決めておいた人数を従軍させて兵士たちの治療にあたらせ、あるいは負傷兵を後送して入院させ、早期に回復させてできるだけ多くが戦線復帰できるようにする。
 これはエドゥアルドの父親、先代の公爵が戦場で倒れたという苦い経験から構築されたシステムであり、徴兵制度を公国に導入するのに当たってさらに強化されていた。
 負傷したら、なんの医療も施してもらえず、それっきり。
 そんな処遇をされたら兵士たちの士気が上がるはずがなかったし、人々は兵役に取られることをより一層強く忌避(きひ)し、その制度を導入した少年公爵のことを良く思わなかったことだろう。
 こうした衛生面について制度を整えることは、代皇帝が目指す事柄を円滑に成し遂げるためには避けては通れない事柄であった。
 この政策も、導入はスムーズに進んだ。
 医療従事者たちは民間人であり、諸侯の反応というのを気にすることなく自由に交渉することができたからだ。
 有事になれば軍医として、軍属となって戦地に赴き、その一方で、負傷兵たちを大勢、受け入れなければならない。
 そういった負担を大きく見て難色を示す医療機関も少なくはなかったが、帝国から支援金が出されることに魅力を感じ、また、兵士たちを受け入れる設備は平時には通常の医療行為に転用できるという取り決めもあり、実質的に政府からの援助で病院機能を強化し、経営を補強できると考え、多くの病院の協力を取りつけることができた。
 とにかく、できることから、着実に。
 新しい時代を生き残る力をタウゼント帝国に与えるために、エドゥアルドは少しずつ物事を進めて行った。
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