メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~

熊吉(モノカキグマ)

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第三章:「課題山積」

・3-4 第23話:「酷い身なりの男:2」

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・3-4 第23話:「酷い身なりの男:2」

 ルーシェを先導して歩いて行くオスカー。
 彼について行くと、メイドはホテルの外にまで連れ出されてしまっていた。

「ねぇ、オスカー! どこまで行くの!? 」

 このまま、裏路地にでも連れていかれてはたまったものではない。
 帝都といえども表通り以外はそれなりに治安が悪いし、エドゥアルドという国家の要人の側近くに仕えているということから、ルーシェ自身を狙う悪漢もいるかもしれないということで、できるだけ一人では遠くまで出歩かないようにと、先輩メイドであるシャルロッテから注意されているのだ。
 幸い、オスカーが連れて行こうとしていたのは、さほど遠くはなかった。
 むしろ、近い。ホテル前のロータリーを過ぎ、限られた敷地を精一杯使った庭園を横目に進んで、周囲の街区との区切りをつけているアーチ状の門をくぐり、その前を通っている大通りの向こう側。
 石畳で隙間なく舗装された、三台の馬車が一度に並行して通行できるほどの広さの道を越えたところだった。
 ———そこに、一人の男性が力なく座り込んでいる。
 酷い身なりだ。浮浪者にも見える。
 長くのばして後ろでひとつに束ねられた金髪は、しばらくの間手入れがされていないのか薄汚れていてボサボサ。やつれた丸顔には無精ひげが生え放題になっていて、その双眸(そうぼう)にある瞳は虚ろで元気がない。
 衣服もかなり汚れて、長く着替えることができていない様子だった。だが、ルーシェはすぐに、その服は上質な素材でできており、相応の地位と経済力を持った人物でなければ着ることのできないものだと気づいていた。
 彼女だって、もはやスラムで暮らしていた貧しい少女ではない。公爵家の、いや、代皇帝のメイドなのだ。いかに汚れて、すれて、よれていようとも、その元々の材質と仕立ての良し悪しくらいは判別できる。

(きっと、どこかの貴族の方なんだわ……)

 現状の酷い有様からは確信が持てなかったが、ルーシェはそう判断していた。
 今はすっかりやつれてはいるが、全体的に肉付きが良さそうな体形をしているのだ。こんな体形になることができるのは、一部の、財産を持っている人々しかいない。
 身に着けている衣装には、家紋のようなものが刺繍されていた。見慣れない紋章ではあったものの、メイドは彼が金持ちの類ではなく、どこかの門地を持った諸侯の一人なのだろうと推定する。

「……あれ、お前は……? いなくなったと思ったら、戻って来たのか」

 グレーの毛並みの猫がちょこんと前脚をそろえてお座りをすると、その姿に気づいた男性は、弱々しいながらも微かに笑みを浮かべる。

(悪い人でもなさそうね)

 警戒心が強く信用できると判断した相手以外には懐いたりしないオスカーが手をのばせば触れられるような距離まで不用心に近づいて行ったことと、彼の姿を目にした男性の優しい声音からそう判断したルーシェは、思い切って自分から話しかけてみることにした。

「あ、あの! お困りのご様子ですが、いったい、どうなさったのでしょうか? 」

 すると、うつむいていたためにメイドが近くにいることに気づいていなかったのか、浮浪者は「わっ!? 」と小さく悲鳴をあげ、顔をあげて目を丸くする。

「驚かせてしまって、申し訳ございません。ですが、私、そのコの、オスカーの家族なんです。なかなか他人には懐かないコなんですが、ずいぶんと慣れている様子なので、その、気になって……」
「ああ、いや、別に……、特になにかしてあげたわけじゃないんだけどね。ただ、このオスカー、くん? どうしてかずっと近くにいてくれたんだ」

 ルーシェがオスカーの家族だと知ってこの場に彼女がいる理由に納得したのか、男性は人の好さそうな笑みを浮かべた。

(きっと、いい人が困っていたから、助けて欲しかったんだわ……)

 メイドはすっかり、なぜ猫が自分をここまで連れて来たのかを理解することができた。
 彼は、そういうことをするのだ。
 スラム街では生き方が分からず飢えていたルーシェに食料の探し方を教えてくれたし、その後、どうしようもなくなってすっかり生きる気力を失っていた時にも、助けてくれそうな人を、シャルロッテを連れてきてくれた。
 信用したり、気に入ったりした相手には、凄く親切に世話を焼いてくれる。さらに、恩義を感じた相手には義理堅く尽くしてもくれる。
 オスカーとはそういう猫なのだ。

「それで、その、もしご迷惑でなければ、私になにかさせていただけませんか? オスカー、困っている人を助けたくて、私をここまで呼んだんだと思います。気に入ったか、信用した相手でなければ、オスカーはこんなことはしません。だから私も、なにかお力になれればいいなって、思うのですが」
「いやいや、そんな……。私(わたくし)の問題は、貴女にはきっと、どうしようもないでしょう。ご親切はありがたくお受けしますが、あまりご心配をなさらないで下さい」

 男性は愛想笑いを浮かべつつも、ひらひらと手を振って手助けは無用だ、と断って来る。
 遠慮している、というよりも、こんな少女に自分の悩みが解決できるものかと、そう諦めている様子だった。

(なんだか、放っておけないわ)

 酷い身なりはしているが、本当は相応の地位にある人物に違いない。
 その悩んでいるところも、お金に困っているとか、そういう世俗的なことではなく、もっと別のことなのかもしれない。
 そう思ったルーシェは、少し迷ったものの、思い切って踏み込んでみることにする。

「確かに、私はただのメイドですが……、私が使えている主、エドゥアルドさまなら、きっとお力になって下さるはずです。もちろん、内容にはよりますが」
「……エドゥ、アルド? そ、それは、いったい、どの、エドゥアルド殿でしょうか? 」
「エドゥアルド・フォン・ノルトハーフェン。私は、代皇帝陛下にお仕えしているメイドです」

 その名前に興味を示した男性にはっきりとそう告げる。
 すると、酷い身なりをした男の血相が変わった。
 突然その双眸(そうぼう)に生気が戻り、ガバッ、と立ち上がると、逃げる間もなく両手をのばしてきて、ルーシェの細い両肩をわしづかみにする。

「きゃっ!? 」
「お、お願いします、メイドさん! 私(わたくし)を、ぜひ、私(わたくし)を! エドゥアルド陛下に会わせていただきたい! 」

 さすがに恐怖を感じて悲鳴を漏らしたメイドだったが、そんな様子にもおかまいなしに、浮浪者同然の男は一気呵成(いっきかせいに)にまくしたてていた。

「私(わたくし)は、決して怪しい者ではございません! 私(わたくし)は、サイモン・ハルドゥ伯爵! バ・メール王国にお仕えする臣下なのです! 何卒! 何卒、エドゥアルド陛下にお目通りを! どうかっ、我が国を救うために、お目通りをっ!!! 」

 それは、決死の懇願であった。
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