メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~

熊吉(モノカキグマ)

文字の大きさ
上 下
20 / 232
第二章:「帝国の大手術」

・2-9 第19話:「新体制:2」

しおりを挟む
・2-9 第19話:「新体制:2」

 今も意識不明の皇帝、カール十一世は、エドゥアルドに二通の手紙を与えた。
 一通は、将来の皇帝となり、帝国の旧弊(きゅうへい)をあらため次の千年に耐えうる国家に刷新せよと、激励する内容。
 もう一通は、その新しい国家には必要のない、罷免するべき者の名と、その罪状を記した手紙。
 そこには、代わりに任用するべきとされた者たちの名も記されていた。
 皇帝は、エドゥアルドが帝位につくのは十年後になるだろうと考えていた。
 だからそこで名があげられていたのは、そのころには多くの実績を積み、経験豊富になっていたはずの若手ばかり。新たに重責に就く三人の内二人は、まだ三十代という、これまでの帝国では考えられなかったほどの[若さ]であった。
 職務怠慢などの罪状で罷免されたバルナバスの後任として陸軍大臣に就任したのは、モーリッツ・ツー・ファーネ男爵。三十七歳。金髪のかつらを被った肋骨服姿の男性で、穏やかそうな顔つきにひょろっとした印象のカイゼル髭(ひげ)を生やしている。
 帝国陸軍の大佐だったが、実戦指揮よりも書類仕事の方に適性があり、陸軍省に転向したという経歴の持ち主だ。計算が得意でかつ全体を見渡したうえでの構想力があり、主に兵站の面で帝国軍の活動を支えてきた。
 カール十一世がその名をあげたのは、彼が、実際の作戦指揮においては、アントンが主体となることを予想してのことだった。
 モーリッツは軍の指揮は苦手としているが、その活動を支える業務については造詣(ぞうけい)が深い。一昨年に行われたアルエット共和国への侵攻作戦の際に補給を十分に行うことに失敗した前任者に代わって兵站関係の業務を掌握させられると、その後に行われたサーベト帝国との戦役においては、長期の対陣になったのにも関わらず十分な物資や人員を供給し続けたことを高く評価され、アントンに率いられる実戦部隊を強力に支えることができると見込まれての抜擢(ばってき)だ。
 汚職によって罷免されたハーゲンの後任として財務大臣に選ばれたのは、ディートリヒ・ツー・マルモア男爵で、今年で三十九歳になる。カツラではなく自毛の、ウェーブのかかった茶色の長髪を持ち、瞳の色も茶色で、口の周りを囲むラウンド髭を持つ、長身のがっしりとした体躯の精力的な印象の男性だ。落ち着いた色合いの緑のコート姿。
 彼は新興貴族で、財務官僚として働いていた。新興とは言っても、タウゼント帝国の諸侯の中では比較的最近貴族になった家柄というだけで、百年以上の歴史を持つ一族の出身だ。愛妻家、倹約家として有名で、妻がハンドメイドした品々を好んで身に着けていることが多い。
 その名をカール十一世があげたのは、その清廉潔白な人柄と、政務処理能力の高さによってだった。
 まだ詳しいことまでは知らされてはいなかったが、帝国の財政はかなり逼迫(ひっぱく)しているという話だった。そしてその財政を辛うじて持たせてきたのが、ディートリヒなのだという。
 彼とはさっそく、大臣就任の挨拶後に帝国の財務状況について話し合う予定が組み込まれている。それだけ急いで話をしたいという、強い要望があったからだ。
 ———そして、残る、マルセルの後任として国家宰相に就任する人物。
 他の者たちと共に恭(うやうや)しく進み出て来る人物の姿を目にして、エドゥアルドはずいぶん久しぶりに会うような気持ちになって懐かしそうな微笑みを浮かべていた。
 ルドルフ・フォン・エーアリヒ準伯爵。
 四十六歳の男性で、白髪が混じったやや灰色がかった淡い印象の黒髪をオールバックにまとめ、口髭を整えた、落ち着いた印象の碧眼を持つ人物で、濃紺のコート姿。
 彼は、タウゼント帝国の直臣ではない。
 爵位の前に[準]とつくのは、いわゆる陪臣と呼ばれる者たちで、ルドルフはノルトハーフェン公爵家に仕えている。
 過去には、いろいろと複雑な経緯のあった相手だ。———なにせ、彼は少年公爵からその地位を奪おうと、一度は簒奪(さんだつ)を目論んだことがある。
 だが、どういう心情の変化があったのかはわからなかったが、今の彼はエドゥアルドの忠良な臣下であり、なおかつ、最大の理解者でもあった。
 まだ実権を握っていなかった時には摂政として公国の国政を預かり、その後は宰相となって、次々と打ち出される改革を形にして来た。
 それはルドルフ自身が以前よりノルトハーフェン公国の政治をあらためたいと構想しており、その内容が、少年公爵の考えと多くの部分で一致していたためにこそ、円滑に実現できた事柄だった。
 直接顔を合わせるのは、エドゥアルドが公正軍を立ち上げ、タウゼント帝国の内乱を収束させるために出征して以来のことだ。
 だが、その間も二人は盛んに手紙でやりとりをかわし続けていた。国家宰相となって欲しい、という要望を出したのは、決戦となったグラオベーアヒューゲルの戦いの後のことで、ルドルフもずいぶんと逡巡(しゅんじゅん)したらしかったが、最後には決心し、帝都に参上してくれた。
 この五人が、これから形成される新政権の主要な幹部となる。
 もちろん他にも大勢の人々がいて始めて国家を運営することができるのだが、エドゥアルドの手足となってもっとも忙しく働くことになるのは、彼らだった。

「みな、これからよろしく頼む」

 一同を代表した、ルドルフの短く修飾語の少ない挨拶を聞いた後、代皇帝もまた短い言葉でそれだけを述べた。
 ただ、その一言には、強い思いが込められている。
 次の千年を迎えることのできる国家を作り上げる。
 それは、ヘタをすると無から建国するよりも、遥かに困難な事柄かもしれなかった。
 千年もの長い歴史の中で形成されて来た伝統。
 良いモノは引き継ぎつつも、悪いところ、これからの時代には合わないところは、打破しなければならない。
 破壊(スクラップ)&建設(ビルド)。
 既得権益を持つ者、偏見を持つ者たちは激しく反対し、抵抗して来るだろう。
 それを、自分と、この五人とでねじ伏せて行かねばならないのだ。
 そのことは、すでにみなが理解しているのだろう。
 彼らはエドゥアルドの言葉を聞くと、険しい表情のまま、深々と頭を垂れ、あらためて忠誠を誓ってくれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

幕末☆妖狐戦争 ~九尾の能力がはた迷惑な件について~

カホ
ファンタジー
御影 雫は、都内の薬学部に通う、手軽な薬を作るのが好きな、ごく普通の女子大生である。 そんな彼女は、ある日突然、なんの前触れもなく見知らぬ森に飛ばされてしまう。 「こいつを今宵の生贄にしよう」 現れた男たちによって、九尾の狐の生贄とされてしまった雫は、その力の代償として五感と心を失う。 大坂、そして京へと流れて行き、成り行きで新選組に身を寄せた雫は、襲いくる時代の波と、生涯に一度の切ない恋に翻弄されることとなる。 幾度となく出会いと別れを繰り返し、それでも終点にたどり着いた雫が、時代の終わりに掴み取ったのは………。 注)あまり真面目じゃなさそうなタイトルの話はたいてい主人公パートです 徐々に真面目でシリアスになって行く予定。 歴史改変がお嫌いな方は、小説家になろうに投稿中の <史実運命> 幕末☆(以下略)の方をご覧ください!

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~

味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。 しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。 彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。 故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。 そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。 これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

日本は異世界で平和に過ごしたいようです。

Koutan
ファンタジー
2020年、日本各地で震度5強の揺れを観測した。 これにより、日本は海外との一切の通信が取れなくなった。 その後、自衛隊機や、民間機の報告により、地球とは全く異なる世界に日本が転移したことが判明する。 そこで日本は資源の枯渇などを回避するために諸外国との交流を図ろうとするが... この作品では自衛隊が主に活躍します。流血要素を含むため、苦手な方は、ブラウザバックをして他の方々の良い作品を見に行くんだ! ちなみにご意見ご感想等でご指摘いただければ修正させていただく思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。 "小説家になろう"にも掲載中。 "小説家になろう"に掲載している本文をそのまま掲載しております。

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

処理中です...