メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~

熊吉(モノカキグマ)

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第一章:「困難な幕開け」

・1-4 第4話:「馬上軍議:1」

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・1-4 第4話:「馬上軍議:1」

 ノルトハーフェン公爵・エドゥアルドに率いられた公正軍は、逃亡中の敵将であったベネディクト・フォン・ヴェストヘルゼンの身柄を確保すると、即日、帝都・トローンシュタットへ向けて出発した。
 少年公爵が危惧したとおり、将兵には疲労が色濃くあらわれていた。
 グラオベーアヒューゲルの会戦以降、逃亡したベネディクト公爵を捜索するためにずっと働いており、十分な休息をとることが出来なかったからだ。
 彼らは安眠を貪ることも、身に着けた衣服を洗濯することもままならず、戦塵にまみれ、場合によってはほつれや穴が空いたままの着の身着のままだった。
 それでも、士気は低下していなかった。
 自分たちは勝利し、エドゥアルドという次世代の指導者が新しい帝国を作るという大事業に着手することに大きく貢献したのだと、そう自負を抱いているからだ。
 それに、今は辛くとも、帝都に凱旋を果たした後には十分な休暇と褒美が得られるだろうという期待があった。そしてその暁には、歴史的な会戦の当事者であり、勝利をもたらした一人として、胸を張って故郷に錦を飾ることが出来るのだ。
 薄汚れてはいたものの、帝都に向かって行進する将兵の表情は明るく、その隊列は整い、打ち鳴らされ続けているドラムの音に歩調もそろっていた。
 ———まさに一仕事終えた、という雰囲気の部下たちと異なり、エドゥアルドを始めとする首脳部の表情は険しかった。
 長い行軍と戦闘によってすっかり痛み、底のすり減ったブーツで歩き続ける兵士たちは辛いだろう。それに対して、少年公爵たちは馬に乗っており、遥かに楽をしている。それなのに前者の表情が明るく、後者の表情が曇っているのは、指導者たちは行軍中も時間を惜しんで様々なことを決定していかなければならないというプレッシャーがあるからだ。
 全軍の先頭をきって進んでいく、エドゥアルドに直接率いられている軍団であるノルトハーフェン公国軍。その隊列に守られた中ほどに、ノルトハーフェン公爵を始め、彼と共に今後のこの帝国の行く末を決めるべき人々が集まっている。
 その筆頭はエドゥアルドだったが、彼の意志だけでは物事を差配することはできなかった。才覚はともかくとして、年少であるだけに経験が不足している部分があり、本人がそのことを自覚し、より経験や専門知識を持った人々からの助言を必要としているからだ。
 加えて、彼の勝利のために貢献してくれた人々の意向も無視することはできなかった。公正軍に参集してくれた諸侯の力がなければ、数の面で敵に立ち向かうことが出来なかったはずだからだ。
 とりわけ、二人の公爵の影響力は大きい。
 一人は、エドゥアルドが統治しているノルトハーフェン公国の東の隣国であり、少年公爵とは義兄弟で、かつ、盟友関係にあるオストヴィーゼ公爵。
 ユリウス・フォン・オストヴィーゼ。
 もう一人は、内乱が始まった当初は中立の立場を示し距離を置いていたものの、土壇場でエドゥアルドに味方し、逃亡中だったベネディクトを捕縛するという大功をあげたアルトクローネ公爵。
 デニス・フォン・アルトクローネ。
 帝国に存在する五つの公爵家、帝冠を戴く資格を持つ家柄として存続して来た高位の貴族の内、その三つの家の当主が実質的な最高意思決定権を有している。
 この三人の公爵たちは今、互いに馬首を並べて、帝都へと続く街道を進んでいた。
 彼らほどの身分となると、より快適な馬車で移動してもおかしくはなかったし、そうするための馬車も従軍しているのだが、こうしてわざわざ馬に乗って進んでいるのは、帝都につくまでの間に決めねばならない様々な事柄について話し合うのに都合が良いからだった。
 最終的な決定権は少年公爵が握り、他の二人の公爵はその意思決定に大きな影響力を及ぼすことが出来るが、かといって、彼らだけでは決められないこともある。
 ユリウスは今年二十二歳で、ミディアムセンター分けにされた濃いブロンドの髪と緑色の碧眼を持つハンサムな青年だ。エドゥアルドと同じく若く聡明な指導者としての評判を得ているが、やはり経験不足な面があり、年長者たちの助力を必要としていた。
 デニスは四十三歳と立派な大人で、中肉中背の身体に、オールバックにした茶色の髪と整えたあごひげを持つ、気弱そうな印象の男性だ。公爵位を引き継ぎ領主となってからの年月も相応に長かったが、優柔不断な面があり、やはりそれぞれの分野の専門家の意見を必要としている。
 こうした事情で、ノルトハーフェン公爵を中心に、右側にアルトクローネ公爵、左側にオストヴィーゼ公爵と、馬首を並べて進んでいく三人の周囲には、彼らが特に頼りにしている側近たちが集まってぐるりと取り囲んでいた。
 そうした臣下たちの中でエドゥアルドがもっとも頼りとしているのは、二人の人物。
 一人は、ブレーンとして重用しているヴィルヘルム。
 もう一人は、軍事面の要として深く信頼されている、元帝国陸軍大将で伯爵、アントン・フォン・シュタムだった。
 アントンはすでに五十五歳という年齢の経験豊富な将校で、オールバックにされた白髪交じりの茶色の髪と、茶色の瞳の思慮深そうな印象の双眸を持つ。以前、タウゼント帝国がバ・メール王国と共謀し、西の隣国のアルエット共和国に戦争をしかけた際には皇帝の名の下に全軍を掌握し指揮する立場にあったが、戦役の中で起こったラパン・トルチェの会戦に敗北したことの責任を一身に背負う形で辞任し、軍の階級だけでなく先祖代々受け継いできた爵位と領地を失ったところを、その力量を惜しんだエドゥアルドに招かれたという経歴を持つ。
 アントンはすべて自分の責任であると認め、自決しようとしていたが、共和国に対する敗戦は、実際には彼の責任とするべきところは小さかった。そもそも帝国の戦争目的が、平民による革命で貴族たちの権力を覆し、アルエット王国の王家を抹殺した共和国への[懲罰]という曖昧なものであっただけでなく、戦争全体の見通しが甘く、補給の問題を生じさせてしまい、不利な態勢で決戦に及ばざるを得ない状況に追い込まれてしまったからだ。
 まして、アントンは全軍の指揮権を名目上は保有していたが、実際の作戦には諸侯の意向が大きく反映され、彼の指揮は度々介入を受け、満足のいく統率をさせてもらえなかったのだ。
 もし彼に全面的な信頼を置き、一切のことを委ねていたのなら、勝利を得られたかもしれない。少なくとも、惨めな敗北をすることなどなかったはずだ。
 そう確信していたエドゥアルドは手を尽くしてアントンを救い出し、そのことに感謝した老練な将軍は、以後、ノルトハーフェン公国の客将として力を尽くし、現在はその生涯を通して蓄積した戦訓から設立した参謀本部の初代参謀総長として活躍している。
 こうした専門知識を有する臣下たちの見識を参考にしながら、エドゥアルドたち三人の公爵はそれぞれの意見を出し合い、今後についての意思決定を進めていった。
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