ぼたんの掛け違い

湯呑屋。

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ぼたんの掛け違い

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「ねぇ志保、お婆ちゃんがあの着物、丈直しが嫌ならいっそのことリメイクしようかって言ってくれてるんだけど」


 朝食を食べている最中、祖母と電話中だった母からそう言われ私は思わず「は?」と何も取り繕わない声を出してしまった。


    今は私の部屋に吊るされている、苛烈な黒に裾より下は赤い牡丹があしらわれた着物は、元々姉が高校の入学祝いに祖母から贈られ、卒業を機に私が譲り受けたものだ。


    私が袖を通したのは1回きり。確かにそれ以来恥ずかしくて着れなかったし、あれから背も伸びなかった。けれど、自分で諦めることと他人に諦められることは話が違う。


「……婆ちゃんのリメイクなんか、ダメージジーンズにアップリケするようなもんでしょ? 別にいいよ、勝手にして!」


 私は箸をテーブルに叩きつけ、勢いのままに鞄を掴んで玄関を飛び出した。


ー-----------------


『あげる。私はこの着物から貰える幸福を全部貰ったから。この赤は志保に似合うよ』


 私にそう言い残し、姉は昨年イタリアへ語学留学に渡った。


    彼女はまさにこの着物を着付けてもらった帰りにモデルとしてスカウトされ、あれよあれよという間に成功を重ね拠点を海外に移した。姉にとってはラッキーアイテムかもしれないが、私にとっては呪いの装備も甚だしい。


 中学の3年間、私には常に『それに比べて』の枕詞が付き纏った。『志保は志保だよ』と慰めてくれる友人の言葉にも『姉は姉だけど』という幻聴が聞こえる程、私は劣等感に苛まれてきた。


    来週、私は15歳になる。けれど、身長154cmで体重だけは姉と並ぶ私にとって、この着物は身に余るものでしかなかった。ならいっそ、切り刻まれて二度と誰も着られなくなれば良い。


    祖母には悪いけれど、誰かの所為を引き受けてくれるかもしれないことに安堵している自分が、確かにいた。


ー-----------------


「嘘……?」


 私が思わずそうこぼすと、祖母は「嘘なもんか」と快活に笑った。


    誕生日当日、着物は私の丈に合った和柄のワンピースへと生まれ変わった。タッセル紐でウエスト位置を高く結び、裾を持って回ればあしらわれた牡丹がぶわりと一斉に花開くように膨らむ。


「これなら希子が譲りたいと思った『赤の綺麗さ』を活かした志保の服になっただろう。伊達に仕立てを30年やってないよ私は」


 脳裏に焼き付いた、苛烈な黒を纏う姉の着姿はもう浮かばない。鏡に映る私は、口角が上がるのを隠しきれずとても幸せそうだった。


「……婆ちゃん、ありがとう」


「いいよ。それは私じゃなく依頼主に言いな。でもこれで『ババアがするリメイクなんてダメージジーンズにアップリケ』なんて先入観は変えてくれるか? あと婆ちゃん呼びはやめな……私はまだ64歳だよ』


 祖母の怒気を含む優しい声を久しぶりに聞いて、私は「ごめーん」と言い残し部屋へ駆け込んだ。LINEを開くと、姉から『Happy birthday 志保。いいことはあった?』とメッセージが届いていた。
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