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13 魔法が効かなかった子
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学校に行くと、サオリちゃんとミエちゃんが麻衣ちゃんの席の周りに集まっていた。
昨日、麻衣ちゃんと一緒にプールサイドを走っていた二人だ。
「麻衣ちゃん、もう大丈夫なの?」
「昨日、早く帰ったから、今日もお休みかと思った」
口々に言う二人に、麻衣ちゃんは、
「もう平気だよ。昨日はちょっとびっくりして、気分が悪くなっちゃっただけ」
とにこやかに答えている。
「あっ、桜ちゃん。おはよう」
麻衣ちゃんがわたしに気がついて、手を振った。
わたしは、恐る恐る麻衣ちゃんたちに近づいていった。
「昨日はありがとね。先生を呼んでくれて」
麻衣ちゃんが言うと、サオリちゃんが、
「桜ちゃん、足めっちゃ速かったよねー」
と目を丸くした。
「すぐに先生連れてきたもんね。さすが麻衣ちゃんの親友!」
ミエちゃんが、わたしの肩を叩く。
わたしは、あいまいにうなずいた。
サオリちゃんとミエちゃんも、わたしが先生を呼びに行っただけだと思っている。
「先生が助けてくれてよかったね」
「ほんっと麻衣ちゃんが無事でよかったー」
ミエちゃんが、手で胸を押さえながら言った。
ほっとする気持ちと、本当はわたしが助けたのにと言いたい気持ちが複雑に混じりあう。
昨日みたいに、麻衣ちゃんがこっちを見てくれなかったら、今日もずっと胸の奥が苦しいままだった。
胸の奥につかえていたなにかは、溶けてなくなった。
それなのに、なくなったらなくなったで、胸の奥がスースーしてさみしいのはなぜだろう。
でも、これでよかったんだ。
麻衣ちゃんの笑顔を見て思う。
わたしは、麻衣ちゃんが好き。麻衣ちゃんに、ずっと笑顔でいてほしい。
だから、これでよかったんだ。
◇
午前中の授業が終わって、給食を食べて、午後の授業を受けた。
教室のそうじをしたら、帰りの会。いつもと同じように一日が過ぎていった。
みんなにとっては、いつもと同じ一日。
でも、わたしの中では、なにかが違っていた。
みんなが忘れても、昨日プールで起きたことは、わたしの記憶からは消えない。
わたしがマーメイドに変身したことをみんなが忘れてくれて、心底ほっとしているのに、それと同時に、何事もなかったように過ごすみんなにイライラもした。
ランドセルに教科書をつめていたら、なんとなく視線を感じた。
ふと顔を上げると、隼人くんが教室から出ていくところだった。一瞬こっちを見ていた気がしたけど、気のせいだったのかもしれない。
マーメイドに変身した時、隼人くんがバスタオルを投げてくれたのを思い出した。
誰も身動きひとつできないでいたあの瞬間。とっさに隼人くんが、バスタオルを投げてくれた。
あの時は気が動転していたから、隼人くんの優しさに気がつかなかった。
そういえば、わたしは隼人くんにお礼を言っていない。
わたしは、ランドセルをつかんで走った。
「桜ちゃん、待って」
後ろで、いつも一緒に帰る麻衣ちゃんの声がしたけど、わたしは返事もせずに教室を飛び出した。
廊下は帰っていく児童たちでいっぱいだ。人と人の間をすり抜けて走ろうとしたけど、肩が何度かぶつかった。
イタイッと短く叫ぶ声に、ごめんねと言いながら走る。
隼人くんはもう運動靴を履いて、昇降口を出てしまっている。
上履きをその辺に脱ぎ捨てた。運動靴のかかとを踏んだまま、隼人くんを追いかける。
「隼人くんっ」
わたしの叫び声に、2メートル先で隼人くんが振り返って立ち止まった。
わたしも立ち止まる。息が上がって声が出ない。
深く息を吸って、隼人くんに言った。
「昨日は、ありがとう」
隼人くんが、目を見開いた。
わたしは、もう一度言った。
「昨日は、バスタオルを投げてくれて、ありがとう」
そこまで言って、わたしはハッと口を押さえた。
わたしは、先生を呼んできただけってことになっているんだった。
あの時バスタオルを投げてくれたことも、隼人くんは覚えていないかもしれない。
隼人くんが、驚いた顔をして口を開きかけた。
いったいなんのこと? って言われるのかもしれない。
「桜ちゃん、覚えていたんだ」
予想外の答えに、
「えっ?」
とわたしは聞き返してしまった。
「桜ちゃんが先生を呼んできて、プールでおぼれた麻衣ちゃんを先生が助けたってみんなが言ってた」
わたしは、黙ってうなずいた。
「でも、本当は違うよね?」
隼人くんは、なにを言い出すのだろう。
わたしは、一歩後ずさった。
「本当は、違う? なにが言いたいの、隼人くん」
隼人くんが一歩踏み出し、わたしに近づいてきた。
「プールに入って麻衣ちゃんを助けたのは、桜ちゃんだよね」
どうして。
どうして隼人くんは覚えているの?
『もしかしたらね、一人だけ魔法がうまく効かなかった子がいるかもしれないの』
昨日のお母さんの言葉を思い出した。
隼人くんのことだったんだ。
隼人くんが、ゆっくり近づいてくる。
「いや、いや」
わたしは、首を横に振りながら後ずさった。
「おーい、隼人ー!」
振り返ると、昇降口から浩太くんが走ってくるのが見えた。
隼人くんが、浩太くんに手を上げた瞬間、わたしは走り出した。
隼人くんの横をすり抜け、逃げるように夢中で走った。
どうして隼人くんの記憶は変わらなかったの? どうして?
なにも解決なんかしてなかったよ、お母さん。せっかく魔法を使ったのに、なにも。
昨日、麻衣ちゃんと一緒にプールサイドを走っていた二人だ。
「麻衣ちゃん、もう大丈夫なの?」
「昨日、早く帰ったから、今日もお休みかと思った」
口々に言う二人に、麻衣ちゃんは、
「もう平気だよ。昨日はちょっとびっくりして、気分が悪くなっちゃっただけ」
とにこやかに答えている。
「あっ、桜ちゃん。おはよう」
麻衣ちゃんがわたしに気がついて、手を振った。
わたしは、恐る恐る麻衣ちゃんたちに近づいていった。
「昨日はありがとね。先生を呼んでくれて」
麻衣ちゃんが言うと、サオリちゃんが、
「桜ちゃん、足めっちゃ速かったよねー」
と目を丸くした。
「すぐに先生連れてきたもんね。さすが麻衣ちゃんの親友!」
ミエちゃんが、わたしの肩を叩く。
わたしは、あいまいにうなずいた。
サオリちゃんとミエちゃんも、わたしが先生を呼びに行っただけだと思っている。
「先生が助けてくれてよかったね」
「ほんっと麻衣ちゃんが無事でよかったー」
ミエちゃんが、手で胸を押さえながら言った。
ほっとする気持ちと、本当はわたしが助けたのにと言いたい気持ちが複雑に混じりあう。
昨日みたいに、麻衣ちゃんがこっちを見てくれなかったら、今日もずっと胸の奥が苦しいままだった。
胸の奥につかえていたなにかは、溶けてなくなった。
それなのに、なくなったらなくなったで、胸の奥がスースーしてさみしいのはなぜだろう。
でも、これでよかったんだ。
麻衣ちゃんの笑顔を見て思う。
わたしは、麻衣ちゃんが好き。麻衣ちゃんに、ずっと笑顔でいてほしい。
だから、これでよかったんだ。
◇
午前中の授業が終わって、給食を食べて、午後の授業を受けた。
教室のそうじをしたら、帰りの会。いつもと同じように一日が過ぎていった。
みんなにとっては、いつもと同じ一日。
でも、わたしの中では、なにかが違っていた。
みんなが忘れても、昨日プールで起きたことは、わたしの記憶からは消えない。
わたしがマーメイドに変身したことをみんなが忘れてくれて、心底ほっとしているのに、それと同時に、何事もなかったように過ごすみんなにイライラもした。
ランドセルに教科書をつめていたら、なんとなく視線を感じた。
ふと顔を上げると、隼人くんが教室から出ていくところだった。一瞬こっちを見ていた気がしたけど、気のせいだったのかもしれない。
マーメイドに変身した時、隼人くんがバスタオルを投げてくれたのを思い出した。
誰も身動きひとつできないでいたあの瞬間。とっさに隼人くんが、バスタオルを投げてくれた。
あの時は気が動転していたから、隼人くんの優しさに気がつかなかった。
そういえば、わたしは隼人くんにお礼を言っていない。
わたしは、ランドセルをつかんで走った。
「桜ちゃん、待って」
後ろで、いつも一緒に帰る麻衣ちゃんの声がしたけど、わたしは返事もせずに教室を飛び出した。
廊下は帰っていく児童たちでいっぱいだ。人と人の間をすり抜けて走ろうとしたけど、肩が何度かぶつかった。
イタイッと短く叫ぶ声に、ごめんねと言いながら走る。
隼人くんはもう運動靴を履いて、昇降口を出てしまっている。
上履きをその辺に脱ぎ捨てた。運動靴のかかとを踏んだまま、隼人くんを追いかける。
「隼人くんっ」
わたしの叫び声に、2メートル先で隼人くんが振り返って立ち止まった。
わたしも立ち止まる。息が上がって声が出ない。
深く息を吸って、隼人くんに言った。
「昨日は、ありがとう」
隼人くんが、目を見開いた。
わたしは、もう一度言った。
「昨日は、バスタオルを投げてくれて、ありがとう」
そこまで言って、わたしはハッと口を押さえた。
わたしは、先生を呼んできただけってことになっているんだった。
あの時バスタオルを投げてくれたことも、隼人くんは覚えていないかもしれない。
隼人くんが、驚いた顔をして口を開きかけた。
いったいなんのこと? って言われるのかもしれない。
「桜ちゃん、覚えていたんだ」
予想外の答えに、
「えっ?」
とわたしは聞き返してしまった。
「桜ちゃんが先生を呼んできて、プールでおぼれた麻衣ちゃんを先生が助けたってみんなが言ってた」
わたしは、黙ってうなずいた。
「でも、本当は違うよね?」
隼人くんは、なにを言い出すのだろう。
わたしは、一歩後ずさった。
「本当は、違う? なにが言いたいの、隼人くん」
隼人くんが一歩踏み出し、わたしに近づいてきた。
「プールに入って麻衣ちゃんを助けたのは、桜ちゃんだよね」
どうして。
どうして隼人くんは覚えているの?
『もしかしたらね、一人だけ魔法がうまく効かなかった子がいるかもしれないの』
昨日のお母さんの言葉を思い出した。
隼人くんのことだったんだ。
隼人くんが、ゆっくり近づいてくる。
「いや、いや」
わたしは、首を横に振りながら後ずさった。
「おーい、隼人ー!」
振り返ると、昇降口から浩太くんが走ってくるのが見えた。
隼人くんが、浩太くんに手を上げた瞬間、わたしは走り出した。
隼人くんの横をすり抜け、逃げるように夢中で走った。
どうして隼人くんの記憶は変わらなかったの? どうして?
なにも解決なんかしてなかったよ、お母さん。せっかく魔法を使ったのに、なにも。
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