上 下
13 / 14

13 魔法が効かなかった子

しおりを挟む
 学校に行くと、サオリちゃんとミエちゃんが麻衣ちゃんの席の周りに集まっていた。

 昨日、麻衣ちゃんと一緒にプールサイドを走っていた二人だ。

「麻衣ちゃん、もう大丈夫なの?」

「昨日、早く帰ったから、今日もお休みかと思った」

 口々に言う二人に、麻衣ちゃんは、
「もう平気だよ。昨日はちょっとびっくりして、気分が悪くなっちゃっただけ」
とにこやかに答えている。

「あっ、桜ちゃん。おはよう」

 麻衣ちゃんがわたしに気がついて、手を振った。

 わたしは、恐る恐る麻衣ちゃんたちに近づいていった。

「昨日はありがとね。先生を呼んでくれて」

 麻衣ちゃんが言うと、サオリちゃんが、
「桜ちゃん、足めっちゃ速かったよねー」
と目を丸くした。

「すぐに先生連れてきたもんね。さすが麻衣ちゃんの親友!」

 ミエちゃんが、わたしの肩を叩く。

 わたしは、あいまいにうなずいた。

 サオリちゃんとミエちゃんも、わたしが先生を呼びに行っただけだと思っている。

「先生が助けてくれてよかったね」

「ほんっと麻衣ちゃんが無事でよかったー」

 ミエちゃんが、手で胸を押さえながら言った。

 ほっとする気持ちと、本当はわたしが助けたのにと言いたい気持ちが複雑に混じりあう。

 昨日みたいに、麻衣ちゃんがこっちを見てくれなかったら、今日もずっと胸の奥が苦しいままだった。

 胸の奥につかえていたなにかは、溶けてなくなった。

 それなのに、なくなったらなくなったで、胸の奥がスースーしてさみしいのはなぜだろう。

 でも、これでよかったんだ。

 麻衣ちゃんの笑顔を見て思う。

 わたしは、麻衣ちゃんが好き。麻衣ちゃんに、ずっと笑顔でいてほしい。

 だから、これでよかったんだ。

   ◇

 午前中の授業が終わって、給食を食べて、午後の授業を受けた。

 教室のそうじをしたら、帰りの会。いつもと同じように一日が過ぎていった。

 みんなにとっては、いつもと同じ一日。

 でも、わたしの中では、なにかが違っていた。

 みんなが忘れても、昨日プールで起きたことは、わたしの記憶からは消えない。

 わたしがマーメイドに変身したことをみんなが忘れてくれて、心底ほっとしているのに、それと同時に、何事もなかったように過ごすみんなにイライラもした。

 ランドセルに教科書をつめていたら、なんとなく視線を感じた。

 ふと顔を上げると、隼人くんが教室から出ていくところだった。一瞬こっちを見ていた気がしたけど、気のせいだったのかもしれない。

 マーメイドに変身した時、隼人くんがバスタオルを投げてくれたのを思い出した。

 誰も身動きひとつできないでいたあの瞬間。とっさに隼人くんが、バスタオルを投げてくれた。

 あの時は気が動転していたから、隼人くんの優しさに気がつかなかった。

 そういえば、わたしは隼人くんにお礼を言っていない。

 わたしは、ランドセルをつかんで走った。

「桜ちゃん、待って」

 後ろで、いつも一緒に帰る麻衣ちゃんの声がしたけど、わたしは返事もせずに教室を飛び出した。

 廊下は帰っていく児童たちでいっぱいだ。人と人の間をすり抜けて走ろうとしたけど、肩が何度かぶつかった。

 イタイッと短く叫ぶ声に、ごめんねと言いながら走る。

 隼人くんはもう運動靴を履いて、昇降口を出てしまっている。

 上履きをその辺に脱ぎ捨てた。運動靴のかかとを踏んだまま、隼人くんを追いかける。

「隼人くんっ」
 
 わたしの叫び声に、2メートル先で隼人くんが振り返って立ち止まった。

 わたしも立ち止まる。息が上がって声が出ない。

 深く息を吸って、隼人くんに言った。

「昨日は、ありがとう」

 隼人くんが、目を見開いた。

 わたしは、もう一度言った。

「昨日は、バスタオルを投げてくれて、ありがとう」

 そこまで言って、わたしはハッと口を押さえた。

 わたしは、先生を呼んできただけってことになっているんだった。

 あの時バスタオルを投げてくれたことも、隼人くんは覚えていないかもしれない。

 隼人くんが、驚いた顔をして口を開きかけた。

 いったいなんのこと? って言われるのかもしれない。

「桜ちゃん、覚えていたんだ」

 予想外の答えに、
「えっ?」
とわたしは聞き返してしまった。

「桜ちゃんが先生を呼んできて、プールでおぼれた麻衣ちゃんを先生が助けたってみんなが言ってた」

 わたしは、黙ってうなずいた。

「でも、本当は違うよね?」

 隼人くんは、なにを言い出すのだろう。

 わたしは、一歩後ずさった。

「本当は、違う? なにが言いたいの、隼人くん」

 隼人くんが一歩踏み出し、わたしに近づいてきた。

「プールに入って麻衣ちゃんを助けたのは、桜ちゃんだよね」

 どうして。

 どうして隼人くんは覚えているの?

『もしかしたらね、一人だけ魔法がうまく効かなかった子がいるかもしれないの』

 昨日のお母さんの言葉を思い出した。

 隼人くんのことだったんだ。

 隼人くんが、ゆっくり近づいてくる。

「いや、いや」

 わたしは、首を横に振りながら後ずさった。

「おーい、隼人ー!」

 振り返ると、昇降口から浩太くんが走ってくるのが見えた。

 隼人くんが、浩太くんに手を上げた瞬間、わたしは走り出した。

 隼人くんの横をすり抜け、逃げるように夢中で走った。

 どうして隼人くんの記憶は変わらなかったの? どうして?

 なにも解決なんかしてなかったよ、お母さん。せっかく魔法を使ったのに、なにも。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

コチラ、たましい案内所!

入江弥彦
児童書・童話
――手違いで死んじゃいました。 小学五年生の七瀬こよみの死因は、事故でも事件でもなく書類上のミス!? 生き返るには「たましい案内所」略してタマジョとして働くしかないと知ったこよみは、自分を手違いで死に追いやった閻魔見習いクロノとともにタマジョの仕事を始める。 表紙:asami様

化け猫ミッケと黒い天使

ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。 そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。 彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。 次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。 そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。

蒼の勇者と赤ランドセルの魔女

喜咲冬子
児童書・童話
 織田リノは中学受験をめざす小学5年生の少女。  母親はファンタジー作家。今は〆切直前。今回の物語はアイディアを出すのを手伝ったので、リノは作品の完成を楽しみにしている。  まだ神様がいたころ。女神の末裔として生まれた少女ミンネが、島の危機を救う話だ。  ――ミンネの兄は、隣村のドラドの陰謀により殺された。島の守り神の竜は怒りを示し、荒ぶる神に変じてしまう。  ミンネは、かつて女神が竜と結んでいた絆を取り戻すため、蒼き血をもつ者として、魔女の宝玉を探すことになった。  魔女は、黒髪黒目の少女で、真っ赤な四角い袋を背負っているという――  突然、その物語の主人公・ミンネが、塾の準備をしていたリノの目の前に現れた。  ミンネは、リノを魔女と呼び、宝玉が欲しい、と言い出した。  蒼き血の勇者と、赤ランドセルの魔女? の冒険が、今はじまる。

灯りの点る小さな家

サクラ
児童書・童話
「私」はいじめられっ子。 だから、いつも嘘を家族に吐いていた。 「楽しい1日だったよ」 正直に相談出来ないまま、両親は他界。そんな一人の「私」が取った行動は……。 いじめられたことのある人、してしまったことのある人に読んでほしい短編小説。

トゥオンと竜の結び手【休載中】

神原オホカミ【書籍発売中】
児童書・童話
大陸の北側にある山岳地帯のラナカイ村に住む少女、トゥオン。 彼女の相棒は、伝説の生き物と言われている『竜』のヴァンだった。 家族同様に一緒に過ごし、平和な日々を過ごしていたトゥオンとヴァンだったのだが 西の平地を統治するウルン大帝国が、食糧飢饉に陥ったことで、その平和は脆く崩れ去ってしまう。 竜を悪者とする西の民は、竜の住まう東の聖域の豊かな資源を求めて その場所を侵略する動きが見えてきた。 竜の住む東の聖域、ローチャオに到達するまでには、 トゥオンたちの住む山岳地帯を抜けるしか方法は無い。 次々に近隣の村がウルン大帝国に支配されていく中で、 ラナカイ村も平和的に属国となり、争いを避ける事となった。 しかし、ヴァンが見つかってしまえば、捕まって殺されてしまう。 トゥオンの両親は、ヴァンを助けるために、竜の住む聖域にヴァンを戻すことに決める。 トゥオンは大事な家族を守るため、別れを告げるために ヴァンとともに、彼を安全な聖域の奥地へと逃がす旅に出る。 大人たちの思惑、少年と少女たちの複雑な思い、そして種族を越えた絆と家族。 少年少女たちが、竜とともに戦い、立ち向かって行く物語です。 2021年7月書き始め 2023年改稿中 申し訳ないですが、不定期更新となりますm(__)m ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。 ◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。

スコウキャッタ・ターミナル

nono
児童書・童話
「みんなと違う」妹がチームの優勝杯に吐いた日、ついにそのテディベアをエレンは捨てる。すると妹は猫に変身し、謎の二人組に追われることにーー 空飛ぶトラムで不思議な世界にやってきたエレンは、弱虫王子とワガママ王女を仲間に加え、妹を人間に戻そうとするが・・・

10歳差の王子様

めぇ
児童書・童話
おれには彼女を守るための鉄則がある。 大切な女の子がいるから。 津倉碧斗(つくらあおと)、小学校1年生。 誰がなんと言おうと隣に住んでる幼馴染の村瀬あさひ(むらせあさひ)は大切な女の子。 たとえ10歳の差があっても関係ないし、 どんなに身長差があったってすぐに追いつくし追い越せるから全然困ったことじゃない。 今は小学生のチビだけど、 中学生、高校生になっていつかは大人になるんだから。 少しづつ大人になっていく2人のラブコメディでありラブストーリーなちょっと切ないお話。 ※こちらは他サイト様で掲載したお話を加筆したものです。

【完結】馬のパン屋さん

黄永るり
児童書・童話
おじいちゃんと馬のためのパンを作っている少年・モリス。 ある日、王さまが命じた「王さまが気に入るパン」を一緒に作ろうとおじいちゃんに頼みます。 馬のためのパン屋さんだったモリスとおじいちゃんが、王さまのためのパン作りに挑戦します。

処理中です...