ちょっとだけマーメイド~暴走する魔法の力~

ことは

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8 夜の海

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 夜の9時30分。

 わたしは、海岸通りを一人歩いていた。白いミニ丈のキャミソールワンピの裾が、夜風に揺れる。

 夜の闇のせいで五感が鋭くなり、潮のにおいは強く、波の音は際立って聞こえる。

 堤防の上に立つと、わたしは辺りをキョロキョロと見回した。

「大丈夫。誰もいない」

 いつもは9時に出かけるが、隼人くんに会ってしまわないように注意して、普段より30分遅く家を出た。

 空を見上げると、満点の星空だった。チカチカと無数の星が瞬いている。

 わたしは堤防で、サンダルをぬいで裸足になった。

 月明かりをたよりに、砂浜へ続く階段を下りていく。

 裸足で砂浜を踏むとくすぐったい。まっすぐに海を目指す。

 夜の海辺を歩いていると、わたしが海に向かって歩いているのか、海がこっちにやってくるのかわからなくなる。

 暗い闇に包まれた群青色の海はとても穏やかで、まるで鏡のように夜空を映している。

 ここまで来ると、わたしはものすごい力によって海に引き寄せられてしまう。

 いつも、どうやって海に入ったのか覚えていない。

 気づくとわたしは、冷たい海の中を泳いでいる。深い深い海の底までもぐり、サンゴ礁や魚たちの群れの間を自由に泳ぎ回る。

 マーメイドの視力はすごい。暗い海の底でも、赤や黄色の色鮮やかな美しい魚たちが、くっきりと見える。

 乾いた体が、海水で満たされていくのを感じる。同時に、心も満たされていく。

 胸の奥で縮こまっていたなにかが、一斉に解き放たれ海の中へと溶け出していく。

 自分の体が海そのものになってしまったような錯覚。わたしは解放感でいっぱいになる。

 このまちに来て、初めて海で泳いだ日から、わたしはやめられなくなった。この心地よさを奪うことなんて、誰にもできない。

 白いキャミソールワンピの下からは、七色に輝く魚の尾が見える。

 海の底を右に左に、自在に泳いでいく。どんなに泳いでも、ちっとも息苦しくない。

 このまま、海の底にずっといたい。

 これが本当のわたし。

 マーメイドとして生きていけたらどんなに自由だろう。

 でも、人間の生活を捨て、マーメイドとして生きていくなら、わたしはきっと一人ぼっちで生きていかなければならない。

 そんなこと、できるわけがない。

 わかってる。そんな強さは、わたしにはない。

 海面から顔だけ出して、月を眺める。

「キレイ」

 思わずつぶやいたとき、一瞬誰かに見られている気がした。

 確かめるのも怖くて、慌てて海の中へもぐる。

 きっと気のせいだ、大丈夫。

 さかさまになって、ぐんぐんスピードを上げ、海の底へ泳いでいく。

「こんばんは」

 友達になりたいのに、魚の群れは驚いてわたしから逃げていく。

 それでもめげずに、ヤッホーと声をかける。おとぎ話の中のように、魚は人間のように話したりできないし、けっして友達にはなれない。

 動物や魚と友達だなんて、人間の方が勝手に思っているだけ。動物や魚がどう思っているかなんて、確かめた人なんていないんだから。

「ヤッホー! ヤッホー!」

 答えてくれる魚は一匹もいなくて、わたしは急にさみしくなって、月明かりを目指して泳いでいった。

 勢いよく水面から顔を出す。プルプルッと首を振って、髪についた水を飛ばす。

「桜、ちゃん?」

 遠くで声がした。

 ついに魚が答えてくれたのかと思ってちょっと驚いた。

 けど、堤防の方を見てわたしはもっと驚くことになった。

 隼人くんが、堤防で自転車を止めてこっちを見ている。

 わたしは、考える間もなくすぐに海にもぐった。

 大丈夫大丈夫、絶対に大丈夫。堤防からはだいぶ距離がある。きっと隼人くんは、また気のせいだと思うだろう。夜の海をわたしが泳いでいたなんて。

 それにもし、泳いでいたのがわたしだと気づいたとしても、マーメイドの尾を見られたわけじゃない。せいぜい夜の海で泳ぐ変わり者だと思われるくらいだ。

 どのくらい泳いでいたのだろう。

「さくらーっ!」

「さくら、どこだー?」

 お父さんとお母さんがわたしを呼ぶ声がした。

 隼人くんに見られるんじゃないかと、怖くてなかなか海から上がれないわたしを、お父さんとお母さんが探しに来たのだ。

 そっと海面から顔を出すと、隼人くんの姿はもうない。

 砂浜にいるお父さんとお母さんに向かって、わたしは一目散に泳いだ。

 砂浜に上がったわたしを、お父さんがバスタオルで包みこんだ。

「桜、こんなに遅くまでどうしたんだ」

「本当に心配したのよ、桜」

 お母さんが、目に涙をためて、バスタオルの上からわたしをギューッと抱きしめた。

 半渇きの、うろこの残った2本の足で、わたしは立ち上がった。

「ごめんなさい」

 うつむいて、素直に謝る。

「無事だったならいいの。海で泳ぐことの気持ちよさを教えたのはお母さんだし、誰もいない夜しか泳げないのはわかっているし」

「でも、あまり遅くならないようにな」

 お父さんが、付け加える。

「本当にごめんなさい」

「いいの、いいのよ」

 海を背に、砂浜を三人で歩いた。

「お母さんね、この前、お父さんと結婚したのが間違いだったかなって言っちゃったけど、あれは嘘」

「えっ、そんなこと言ったのか?」

 目を丸くしたお父さんに、お母さんとわたしは一緒に吹き出してしまった。

「お母さんは、やっぱり桜を生んでよかったって思ってる」

 わたしは、うん、とうなずいた。

「若いころは、マーメイドの血を子どもに受け継がせちゃいけないと思ったこともあるし、今でも迷う時はある。でも、心のどこかでマーメイドのDNAを残したいと思っているのかもしれない」

「マーメイドの血を引き継いで、いいことなんてあるの?」

 堤防まで着くと、サンダルを履きながらわたしは言った。

「お母さんはね、海を泳いだ時のこの感動を桜に伝えたいって思ったの。この素晴らしさは、マーメイドの血を持つ者にしかわからないことだもの」

「確かにそうだけど、こんな夜の海でしか泳げないなんて」

 わたしは、つぶやいた。

「それでも、お母さんは桜に伝えたかったの。桜に生まれてきてほしかったの」

 お母さんは、意思のこもった目で、遠くを凛と見つめている。

 お母さんが、夜空を見上げた。

 わたしとお父さんも、つられるように夜空を見上げる。

「あっ! 流れ星だぞ」

 お父さんが、東の空を指さした。

 ツーッと白い光が線を描く。

 後ろで、静かな波の音がしていた。

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