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よく見るとリナは、顔だけでなく体中に火傷を負っている。あちこち皮膚がジュクジュクとしていた。
リナが恨みがましい目で瑞穂を見る。
「リナちゃんのお父さんとお母さん、警察に捕まったって本当?」
瑞穂はかすかにうなずいた。なにか言おうとしても、ひどく喉が渇いて声が出なかった。
「リナちゃんを殺したから?」
リナが一歩前に出る。
三白眼のリナが近づいてくる。白目の部分は血走っていた。
瑞穂は一歩後ずさった。
「ねぇ。どうしてお姉さんは、警察に捕まらないの?」
リナが小首をかしげる。
「わたしは……」
警察に捕まるような悪いことはしていないと言おうとした。
だが、それをリナが遮る。
「マミちゃんを殺したのに!」
リナが金属音のような声を上げた。
脳みそを射抜くようなリナの声に、瑞穂は頭が割れそうに痛くなる。
「ねぇ、どうして? マミちゃんばかりママと一緒にいてずるい!」
瑞穂は心臓を鷲掴みにされたようだった。一瞬呼吸ができなくなる。
リナの言う通りだった。瑞穂は否定できなかった。
「マミちゃんばかりずるいよ! ずるいずるいずるい!」
リナは、瑞穂にではなく部屋の中のどこかに向かって叫んでいる。
『マミちゃんを殺したのに!』
リナの言葉が、瑞穂の頭の中で何度もこだまする。何度も何度も心の奥を抉られる。
瑞穂がマミにしたことは、リナのお父さんやお母さんがリナにしたこととなにも変わらないではないか。どうして瑞穂の行いだけが赦されるのだろう。
リナが喚き散らしている方向に、マミは本当にいるのだろうか。
「マミちゃん……」
瑞穂は呼びかけるように呟いた。
性別がわかってから、ほんの数日間だけでもそう呼ぼうと決めた名前だ。
――ほんの数日間?
瑞穂は自問自答した。
ファミレスで菜月と話した時のことを思い出す。『ほんの数日間』という言葉に、菜月がひっかかった理由が今わかった。
マミの性別がわかったのは、羊水検査の結果待ちの時だった。瑞穂は羊水検査の結果が出るまで、堕胎はしないと決めていたはずだ。
だが検査の結果が出ていない時点で既に、瑞穂はマミといる時間はほんの数日間しかないと悟っていた。
そうでなければ、そんな言葉は出てこないだろう。妊娠を継続するつもりがあるのなら、マミちゃんと呼ぶ時間が数日間であるはずがない。
つまり、瑞穂は本心では、最初から堕胎することを決めていたのではないか。
瑞穂は膝から崩れ落ち、床に手をついた。呼吸が荒くなる。
瑞穂は息を吸った。吸って吸って吸って……。
顔を上げると、目の前にリナがいた。
床に手をつく瑞穂をリナが見下ろしている。
「ねぇ、どうしてマミちゃんを殺したの?」
リナが無表情で問いかけてくる。
「マミちゃんが嫌いだったの?」
違う! 違う違う違う……。
瑞穂は声が出なかった。
心から愛していた。マミを、心から愛していたはずなのに。
だが、瑞穂は最初の検査の時から決めていた。マミを堕胎することを決めていた。
そんな自分が許せなかった。
本当は産んで育てたい。それも本心だった。本心だが、育てる自信がないというのもまた本心だった。
「わたし、ずっと彼のせいにしてた」
瑞穂は呟いた。
彼が育てられないと言うから。産むなら離婚すると言うから。自分は、本当は産んで育てたいのに、彼がそう言うから。
だがそれは違う。出生前診断でダウン症の疑いがあると言われた時点で、心のどこか奥の方で、瑞穂は堕胎することを決めていたのだ。
だが、そんな自分を受け入れることができなかった。
だから彼のせいにした。
本当は産んで育てたい瑞穂。障害のある子を育てることができないという彼。彼のせいで、瑞穂は子どもを諦めた。堕胎を決めたのは瑞穂ではない。彼だ。彼のせいだ。そうでもしなければ、瑞穂は自分自身の心を守れなかった。
「ごめんね、マミちゃん」
瑞穂は泣き崩れた。
「泣くな!」
リナが叫んだ。さっきまでの声とは違い、図太い低い声だった。
瑞穂は、はっとして顔を上げる。
リナが血走った目を吊り上げていた。
リナが恨みがましい目で瑞穂を見る。
「リナちゃんのお父さんとお母さん、警察に捕まったって本当?」
瑞穂はかすかにうなずいた。なにか言おうとしても、ひどく喉が渇いて声が出なかった。
「リナちゃんを殺したから?」
リナが一歩前に出る。
三白眼のリナが近づいてくる。白目の部分は血走っていた。
瑞穂は一歩後ずさった。
「ねぇ。どうしてお姉さんは、警察に捕まらないの?」
リナが小首をかしげる。
「わたしは……」
警察に捕まるような悪いことはしていないと言おうとした。
だが、それをリナが遮る。
「マミちゃんを殺したのに!」
リナが金属音のような声を上げた。
脳みそを射抜くようなリナの声に、瑞穂は頭が割れそうに痛くなる。
「ねぇ、どうして? マミちゃんばかりママと一緒にいてずるい!」
瑞穂は心臓を鷲掴みにされたようだった。一瞬呼吸ができなくなる。
リナの言う通りだった。瑞穂は否定できなかった。
「マミちゃんばかりずるいよ! ずるいずるいずるい!」
リナは、瑞穂にではなく部屋の中のどこかに向かって叫んでいる。
『マミちゃんを殺したのに!』
リナの言葉が、瑞穂の頭の中で何度もこだまする。何度も何度も心の奥を抉られる。
瑞穂がマミにしたことは、リナのお父さんやお母さんがリナにしたこととなにも変わらないではないか。どうして瑞穂の行いだけが赦されるのだろう。
リナが喚き散らしている方向に、マミは本当にいるのだろうか。
「マミちゃん……」
瑞穂は呼びかけるように呟いた。
性別がわかってから、ほんの数日間だけでもそう呼ぼうと決めた名前だ。
――ほんの数日間?
瑞穂は自問自答した。
ファミレスで菜月と話した時のことを思い出す。『ほんの数日間』という言葉に、菜月がひっかかった理由が今わかった。
マミの性別がわかったのは、羊水検査の結果待ちの時だった。瑞穂は羊水検査の結果が出るまで、堕胎はしないと決めていたはずだ。
だが検査の結果が出ていない時点で既に、瑞穂はマミといる時間はほんの数日間しかないと悟っていた。
そうでなければ、そんな言葉は出てこないだろう。妊娠を継続するつもりがあるのなら、マミちゃんと呼ぶ時間が数日間であるはずがない。
つまり、瑞穂は本心では、最初から堕胎することを決めていたのではないか。
瑞穂は膝から崩れ落ち、床に手をついた。呼吸が荒くなる。
瑞穂は息を吸った。吸って吸って吸って……。
顔を上げると、目の前にリナがいた。
床に手をつく瑞穂をリナが見下ろしている。
「ねぇ、どうしてマミちゃんを殺したの?」
リナが無表情で問いかけてくる。
「マミちゃんが嫌いだったの?」
違う! 違う違う違う……。
瑞穂は声が出なかった。
心から愛していた。マミを、心から愛していたはずなのに。
だが、瑞穂は最初の検査の時から決めていた。マミを堕胎することを決めていた。
そんな自分が許せなかった。
本当は産んで育てたい。それも本心だった。本心だが、育てる自信がないというのもまた本心だった。
「わたし、ずっと彼のせいにしてた」
瑞穂は呟いた。
彼が育てられないと言うから。産むなら離婚すると言うから。自分は、本当は産んで育てたいのに、彼がそう言うから。
だがそれは違う。出生前診断でダウン症の疑いがあると言われた時点で、心のどこか奥の方で、瑞穂は堕胎することを決めていたのだ。
だが、そんな自分を受け入れることができなかった。
だから彼のせいにした。
本当は産んで育てたい瑞穂。障害のある子を育てることができないという彼。彼のせいで、瑞穂は子どもを諦めた。堕胎を決めたのは瑞穂ではない。彼だ。彼のせいだ。そうでもしなければ、瑞穂は自分自身の心を守れなかった。
「ごめんね、マミちゃん」
瑞穂は泣き崩れた。
「泣くな!」
リナが叫んだ。さっきまでの声とは違い、図太い低い声だった。
瑞穂は、はっとして顔を上げる。
リナが血走った目を吊り上げていた。
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