愛するあの子は、わたしが殺した

ことは

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 児童相談所に行った帰りに、瑞穂は部屋の電球を買った。一昨日の夜以降、蛍光灯が点滅することはなかったが、家に帰ってからすぐに電球を取り換えた。

 それが終わるともう、他にはなにもすることがなかった。

 本を読もうかと思ったが、内容が全く頭に入ってこない。菜月の話が気になって、本に集中できない。

「まだ早いけど、出かけるか」

 *****

 午後7時。瑞穂は、駅前のファミレスで菜月を待っていた。

「ごめん、遅くなっちゃった。待った?」

 先に席についていた瑞穂の正面に、菜月が座った。

「ううん。わたしもついさっき来たところ」

 本当は、瑞穂は20分も前に着いていた。

「で、一昨日の通報の話だけど……」

 瑞穂は待ちきれず自分から話を振った。

「とりあえず、ご飯頼んでからにしよ。わたし、お腹空いちゃった」

 菜月はテーブルの上のメニューを開いた。

「あ、そうだね。来て早々ごめん」

 瑞穂はすかさず謝ったが、菜月は気にする素振りもなくメニュー表をじっくり見ている。

「わーどれも美味しそう。わたし、チーズハンバーグセットにしよー」

 瑞穂もメニュー表をペラペラとめくった。お腹は空いていたが、食欲はなかった。瑞穂は比較的に喉を通りやすそうな、和風きのこパスタを選んだ。

「ところで瑞穂、今のアパートにはいつから住んでいるの?」

 注文を終えるとすぐに、菜月が聞いてきた。

「まだ引っ越してきて1週間ちょっとくらいかな」

「えっ!」

 菜月が目を丸くした。菜月は随分と驚いている様子だったが、逆にその反応に瑞穂は驚いた。

「わたし、なにか驚かせるようなこと言った?」

 瑞穂は首をかしげた。

「もっと前から住んでいて、今も仕方なく住み続けているのかと思った」

「あのアパート古いけど、わたしの部屋はリフォームしたばかりで、内装は案外綺麗だよ」

「そういう問題じゃなくて。よくあのアパートに住もうと思ったね。しかも101号室なんでしょ?」

 菜月が怪訝そうな顔をする。

「どういうこと?」

「どういうことって……。瑞穂だってあの事件のこと、もちろん知っているでしょ?」

 菜月が眉間に皺を寄せる。

「事件ってなに?」

 瑞穂には、なんのことかさっぱりわからなかった。

「なるほど。一年前のあの事件を知らない人もいるんだ。田舎のこの街に住んでいる人なら、誰でも知っているかと思ってた」

「一年前か……。わたし、一年前はこの街にいなかったから。高校卒業してから東京の大学に行ってそのまま就職して、先月退職してこの街に戻ってきたの」

「実家には戻らなかったんだ」

 なんの気なしに言った菜月の言葉に、瑞穂の心がチクリと痛む。

「実はわたし、向こうで結婚して離婚しているんだよね。なんとなく実家には戻りづらくて」

 別に菜月に隠す必要はなかった。

「えっ、びっくり。じゃぁ、ナナちゃんとかリエとか仲良かった子たちは、結婚式に出てるの?」

 瑞穂は首を横に振った。

「授かり婚だったから、すぐに籍だけ入れて。色々とバタバタしていたから、少し落ち着いたら、みんなに報告しようとは思っていたんだけど……」

 菜月とは学校で会えば話をしたりふざけたりする仲ではあったが、放課後に遊んだことはなかったし、高校卒業後は連絡を取ることもなかった。そもそも連絡先の交換すらしていなかった。

 だが、会えばこうして自然に話ができる。菜月は職業柄もあるのか、高校生の時よりも、更に話しやすいオーラを身にまとっていた。

 高校卒業後も仲良くしていた友だちには、瑞穂はまだ何も話していなかった。

 でも、菜月を前にこうして話をしてみると、本当はずっと誰かに話を聞いて欲しかったのだと自分の気持ちに気づく。

「お腹に赤ちゃん、いるの?」

 菜月が遠慮がちに尋ねる。

「ううん。3か月前に、お空に行っちゃったの」

 妊娠19週での中期中絶だった。

 5分程度で手術可能な初期中絶とは違い、人工的に陣痛を起こして出産する。痛みや母体への負担は、通常の出産と変わらない。法律では人工死産と位置付けられ、火葬と役所への死亡届も必要だった。

 瑞穂はできるだけ感情を込めずにさらりと話した。意識して気持ちをセーブしないと、いつパニック発作が起きるかわからない。

 それが、パニック障害を発症した原因そのものだからだ。

 淡々と話す瑞穂とは裏腹に、菜月はすごくショックを受けた表情を浮かべた。

 瑞穂は菜月の顔をあまり見ないように、視線を落とした。

「重い話だけど、続けても、いいかな?」

「もちろん。わたしでよければ、いくらでも聞くよ」

 菜月の低く落ち着いた声が降ってきた。
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