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「やっぱり昨日泣いていたのは、リナちゃんでしょ?」
リナは目をギュッと閉じて、首を激しく横に振った。
「昨日じゃない。もっとずっと前。ずっと前にリナちゃんはお風呂で泣いたの」
「どういうこと? 前にも同じようなことがあったの?」
「リナちゃん、おもらしをしたの。だからいつもは入れないけど、お風呂に入れてもらえたの」
リナの目が不安そうに揺れる。
「お母さんかお父さんがお風呂に入れてくれたの?」
「お父さん。嘘のお父さん」
「嘘?」
「本当のお父さんは、リナちゃんとママを置いて遠くに行っちゃったの。だから嘘のお父さんが来たの」
嘘のお父さんとは、おそらくお母さんの再婚相手のことだろうか。
「お風呂で、なにか嫌なことされた?」
瑞穂が聞くと、リナは目に涙をためた。
「リナちゃんはおもらしをしたから、お風呂に入ったの。リナちゃんはお風呂嫌いなの」
「どうして? お風呂に入ったら、さっぱりして気持ちいいでしょ?」
「だって、お風呂ってシャワーが熱すぎるでしょ? 熱すぎて皮膚が真っ赤になって、ヒリヒリ痛くなるもん。お姉さんはならないの?」
「シャワーを丁度よい温度にすれば、そんなに熱くないよ。温度を下げてってお父さんにお願いした?」
リナは強く首を横に振った。
「リナの体は、ばい菌だらけなの。だから汚くなった皮膚がベロンってめくれるまで、熱いお湯をかけ続けなくちゃいけないの。お姉さん、大人なのにそんなことも知らないの?」
瑞穂はリナに返す言葉が見つからなかった。お父さんのやり方は間違っているよと教えたところで、理解してもらえない気がした。
「それにあの日は、お湯にもつからなくちゃいけなくて……頭のてっぺんまで全部」
「頭のてっぺんまで? お湯に潜るってこと?」
リナはうなずいた。
「息ができないからすごく苦しいの。お湯から顔を出そうとしたら、お父さんがリナちゃんの頭をギュって押さえつけたの」
リナは間違いなく、父親から虐待を受けている。瑞穂は確信した。
「お母さんは? その時お母さんはどうしてた?」
「お母さんは、お部屋にいたよ」
「リナちゃんが泣き叫んでいるのに、心配して見に来ないの?」
「弟がまだ赤ちゃんだから、お母さんは弟のお世話で忙しいの」
「赤ちゃんは、今おうちにいる?」
ひょっとしたら赤ん坊まで、育児放棄されているのだろうか。
「いないよ。おうちには誰もいない」
「昨日から、誰もいないの?」
「昨日じゃないよ。もっとずっと前からいない」
リナの言っている意味が、瑞穂には理解できなかった。
リナは4歳児だ。昨日、今日、明日といった時間の概念がまだないのだろうか。小さな子どもと接する機会のない瑞穂にはよくわからなかった。
「お風呂で頭まで潜って、リナちゃん大丈夫だった?」
瑞穂は優しく労わるように言った。自然に涙声になってしまう。
「すごく苦しくて、目の前が真っ暗になった」
「気を失ったの?」
「わからない」
瑞穂がリナの頭を撫でようとすると、リナがビクッと身体を震わせ、両手で頭をかばった。
「あ、ごめん」
瑞穂は慌てて手を引っ込める。きっとリナは、日常的にお父さんから殴られているのだろう。おそらく条件反射で身体が動いてしまうのだ。
「気がついた時には、おうちに誰もいなくなっていたの。だから、リナちゃんは、お母さんが帰ってくるのをずっとずっと待っているの」
リナは目を潤ませている。
「お風呂で火傷したところは痛くない?」
「もう治ったよ。気がついた時には治っていたの」
「そう、よかった」
瑞穂はそう言いながらも、本当にそうだろうかと疑いを持っていた。見える範囲では大丈夫そうだが、服で隠れているところはわからない。
もし本当に皮膚がめくれるほどの火傷を負ったのだとしたら、たった一日で治るはずがない。
だが、赤の他人の瑞穂が、リナの服を脱がせて確かめるわけにもいかない。
児童相談所はなにをやっているのだろう。今すぐにでもリナを保護してもらいたい。
リナは目をギュッと閉じて、首を激しく横に振った。
「昨日じゃない。もっとずっと前。ずっと前にリナちゃんはお風呂で泣いたの」
「どういうこと? 前にも同じようなことがあったの?」
「リナちゃん、おもらしをしたの。だからいつもは入れないけど、お風呂に入れてもらえたの」
リナの目が不安そうに揺れる。
「お母さんかお父さんがお風呂に入れてくれたの?」
「お父さん。嘘のお父さん」
「嘘?」
「本当のお父さんは、リナちゃんとママを置いて遠くに行っちゃったの。だから嘘のお父さんが来たの」
嘘のお父さんとは、おそらくお母さんの再婚相手のことだろうか。
「お風呂で、なにか嫌なことされた?」
瑞穂が聞くと、リナは目に涙をためた。
「リナちゃんはおもらしをしたから、お風呂に入ったの。リナちゃんはお風呂嫌いなの」
「どうして? お風呂に入ったら、さっぱりして気持ちいいでしょ?」
「だって、お風呂ってシャワーが熱すぎるでしょ? 熱すぎて皮膚が真っ赤になって、ヒリヒリ痛くなるもん。お姉さんはならないの?」
「シャワーを丁度よい温度にすれば、そんなに熱くないよ。温度を下げてってお父さんにお願いした?」
リナは強く首を横に振った。
「リナの体は、ばい菌だらけなの。だから汚くなった皮膚がベロンってめくれるまで、熱いお湯をかけ続けなくちゃいけないの。お姉さん、大人なのにそんなことも知らないの?」
瑞穂はリナに返す言葉が見つからなかった。お父さんのやり方は間違っているよと教えたところで、理解してもらえない気がした。
「それにあの日は、お湯にもつからなくちゃいけなくて……頭のてっぺんまで全部」
「頭のてっぺんまで? お湯に潜るってこと?」
リナはうなずいた。
「息ができないからすごく苦しいの。お湯から顔を出そうとしたら、お父さんがリナちゃんの頭をギュって押さえつけたの」
リナは間違いなく、父親から虐待を受けている。瑞穂は確信した。
「お母さんは? その時お母さんはどうしてた?」
「お母さんは、お部屋にいたよ」
「リナちゃんが泣き叫んでいるのに、心配して見に来ないの?」
「弟がまだ赤ちゃんだから、お母さんは弟のお世話で忙しいの」
「赤ちゃんは、今おうちにいる?」
ひょっとしたら赤ん坊まで、育児放棄されているのだろうか。
「いないよ。おうちには誰もいない」
「昨日から、誰もいないの?」
「昨日じゃないよ。もっとずっと前からいない」
リナの言っている意味が、瑞穂には理解できなかった。
リナは4歳児だ。昨日、今日、明日といった時間の概念がまだないのだろうか。小さな子どもと接する機会のない瑞穂にはよくわからなかった。
「お風呂で頭まで潜って、リナちゃん大丈夫だった?」
瑞穂は優しく労わるように言った。自然に涙声になってしまう。
「すごく苦しくて、目の前が真っ暗になった」
「気を失ったの?」
「わからない」
瑞穂がリナの頭を撫でようとすると、リナがビクッと身体を震わせ、両手で頭をかばった。
「あ、ごめん」
瑞穂は慌てて手を引っ込める。きっとリナは、日常的にお父さんから殴られているのだろう。おそらく条件反射で身体が動いてしまうのだ。
「気がついた時には、おうちに誰もいなくなっていたの。だから、リナちゃんは、お母さんが帰ってくるのをずっとずっと待っているの」
リナは目を潤ませている。
「お風呂で火傷したところは痛くない?」
「もう治ったよ。気がついた時には治っていたの」
「そう、よかった」
瑞穂はそう言いながらも、本当にそうだろうかと疑いを持っていた。見える範囲では大丈夫そうだが、服で隠れているところはわからない。
もし本当に皮膚がめくれるほどの火傷を負ったのだとしたら、たった一日で治るはずがない。
だが、赤の他人の瑞穂が、リナの服を脱がせて確かめるわけにもいかない。
児童相談所はなにをやっているのだろう。今すぐにでもリナを保護してもらいたい。
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