おばけ育成ゲーム

ことは

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3 びっくり、いただきま~す!

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 2階の自分の部屋で、里奈は机の上に絵日記の紙を広げた。

 机の本棚にクマのぬいぐるみを座らせ、引き出しから鉛筆を取り出した。

「なに、書こうかな……そうだ!」

 里奈は鉛筆を放り投げ、おばけ育成ゲームの箱を開け始めた。

「このことを日記に書くんだもん。先にやらなきゃ、書けないよね」

 箱を開けて、中身を全部出す。

「なにこれ、卵?」

 まず目についたのは、まるで本物みたいな白い卵型のおもちゃ。これが、本体だと思われる。

 それから透明のプラスチックの部品。厚み1センチくらいの正方形で、真ん中に丸い穴が開いている。

 その他にも細々したものがいくつか入っている。

 白い粉が入った小さな袋。赤、青、黄色の液体が入ったビンがそれぞれ1本。花やリボン、キャップやネクタイなどのデコパーツ。ミニサイズの油性ペン。

 あとは、遊び方が書かれた説明書。

 里奈は首をかしげた。

「これ、ゲーム機じゃないの?」

 ゲーム機の本体だと思われる卵には、液晶画面や操作ボタンのようなものはついていない。

 よく見ると、真ん中にうっすら線が入っている。どうやら卵型の容器になっていて、開けられそうだ。

 この中に、ゲーム機本体が入っているのかもしれない。

 里奈は卵を持つ手に力を込めた。左右に引っ張る。

「うー、固い」

 スポンと空気の抜ける音がして、卵が二つに割れた。

 卵が割れた時の勢いで、手が机にぶつかる。

 机の上の説明書が、はらりと床に落ちた。

「やだ、からっぽじゃん」

 卵の中を触ってみると、つるつるしている。小さいころに遊んでいた、プラスチックでできた、おままごとで使う卵にそっくり。

「しょうがない。苦手だけど、これ読むしかないか」

 里奈は、床に落ちた説明書をひろった。

 おもちゃやゲームで遊ぶ時、普段は説明書なんか読まない。遊びながら感覚で覚えていく。説明書を読むのは、面倒だからだ。

 1ページ目には、中に入っているセットが紹介されている。

「これは飛ばそうっと」

 2ページ目を開く。

 左のページの1行目。赤い字で『重要! 必ずお読みください』と書かれた文字が目に飛びこんでくる。

 だが、その下には小さな文字ばかりが続く。

「えっと、おばけの作り方。おばけを作る前に必ず注意事項をお読みくださいって、これも飛ばしちゃお」

 右のページに視線をずらすと『左のページの注意事項はしっかり読みましたか?』と書かれている。

「もう、しつこいなぁ。読んでいませんよ、読む気もないですよ」

 その下からやっと、具体的なおばけの作り方が書かれている。

「なになに? まず、卵の容器を開ける。これはもうやったし。えっと次は……」

 里奈は、卵の容器の半分を、プラスチックの土台にセットした。この中に材料を入れていくらしい。

「おばけの元は、これかな?」

 里奈は白い粉の入った袋を手にした。

 袋には切り込みが入っていない。説明書には粉が飛び散らないように、必ずハサミを使ってそっと開封するようにと書かれている。

「ハサミ、ハサミ……」

 引き出しを開けたが、ハサミが見当たらない。

 そう言えばハサミは、福袋を開けるときに1階で使ったばかりだった。前にリビングで使ってから、自分の部屋に片づけるのが面倒で1階に置きっぱなしだった。

 今取りに行ったら、宿題は終わったのかと聞かれるだろう。

 里奈は、粉の入ったビニール袋を指で突き破ることにした。

 親指にぐっと力を入れると、ビニールが指の形にうすく伸びていく。少し穴が開いたところで、両手を使って穴を左右に広げていく。

 力を入れすぎたのか、袋が机の上に飛んだ。中の粉が、ぱっと飛び散る。

「きゃぁ」

 叫んだ瞬間、粉が喉に張り付いた感じがした。喉の奥がツンと痛む。

 里奈はゴホゴホと咳をした。目に涙がにじむ。

 なんだか口の中が苦い。

「うがいしてこようっと」

 2階の洗面所で、水道の蛇口をひねると、手で水をすくった。

 天井を見上げ、ガラガラと音を立ててうがいする。

 そろそろ水を吐き出そうと頭を下げた瞬間、ゴクン、と喉がなった。

「あっ、飲んじゃった! ま、いっか」

 口の中の苦みは取れていた。

「おばけの元を飲んでわたし、おばけになっちゃったりして~」

 歌うように言いながら部屋に戻り、里奈は机の上の袋を見た。

「あぁ、よかった」

 粉は少し飛び散っただけのようだ。ほとんどがまだ袋の中に残っている。

 今度は慎重に、袋の粉を全部卵の容器に入れた。

「それから、好きな色のインクを入れるのね」

 里奈は赤い色のインクを選んだ。ビンのキャップをはずし、中の液体を粉に注ぐ。

「赤と白で、ピンクになるかな。えっとそれから?」

 好きなデコパーツを入れるらしい。

「これが一番かわいい!」

 里奈は、リボンのデコパーツを選んだ。赤くてキラキラしている。

「それから卵の蓋を閉じて、おばけの名前を決めて書くのね」

 卵の蓋をかぶせると、パチンと音がした。

 しっかり閉まったことを確認して、里奈は箱に入っていたペンで、卵の外側に『モモ』と書いた。

 里奈は、最後の仕上げに卵を20回振って、中身をよく混ぜた。そして、プラスチックの台座に卵を戻す。

「3分待つのかぁ。なんだかカップラーメンみたい」

 里奈は椅子に座って、壁時計の針と机の上の卵を交互に見た。

 こうして待っていると3分は長い。

 ただ待っているだけだと、あくびが出てくる。

 ふぁーっと伸びをしようとした瞬間だった。

 風船が割れたような音がして、里奈の体がビクンと震えた。

 目の前の卵が、爆発したようにはじけ飛ぶ。 

 きゃぁと、短い悲鳴をあげて、里奈は椅子から転げ落ちた。

「びっくりしたー!」

 尻餅をついたまま、里奈は大声をあげた。

「びっくり、いただきま~す!」

 突然、つきぬけた高音の声が聞こえてきた。

「えっ、なに、今の声」

 床にぶつけたお尻をさすりながら、里奈は起き上がった。

 机の上には、割れた卵。卵の中には、何も入っていない。

「りなちゃん、こんにちは」

 里奈はキョロキョロと辺りを見渡した。

「ここだよ、ここ、ここ」

 その声は後ろから聞こえる。少し上の方。

 里奈はゆっくりと振り向いた。

 少し見上げる位置に、それは浮かんでいた。

 薄桃色の、小さなあめ玉……ではなくおばけ。

「えっ、お、おばけ? 本当に?」

 里奈は思わず後ずさった。

「わたし、おばけのモモちゃん」

 里奈はゴクンと唾を飲みこんだ。

 大きさはあめ玉くらいで、とても小さい。

 丸く膨らんだ風船みたいな頭に、オタマジャクシみたいなしっぽ。風船みたいにぷかぷか浮かんでいるけど、体の表面はゴム風船みたいにつるつるしてはいない。ぬいぐるみみたいに毛がふかふかしている。

 胸の辺りから突き出した小さな二本の手。丸くて愛らしい目に小さな鼻と口。頭には里奈が選んだデコパーツのリボンをつけている。

「ど、どうしておばけがいるの?」

「そんなの決まってるじゃん」

 モモちゃんが、胸を張った……ように見えた。

「里奈ちゃんが作ったんでしょ?」

「そうだけどなんで動くの? しゃべれるの? で、電池入ってたっけ?」

「モモちゃんは、電池で動くんじゃないよ」

 モモちゃんは、自分のことをモモちゃんと呼ぶらしい。

「里奈ちゃんが吐き出した気持ちで動いたり、大きくなったりするんだよ」

「わたしが、吐き出した気持ち? ゲーって?」

 里奈は両手を口の前にあてて、食べ物を吐く真似をした。

 モモちゃんが、ケラケラと可愛らしい声で笑う。

「そうじゃないよ。気持ちを吐き出すっていうのは、心の中にある気持ちを言葉や態度で表現するってことだよ」

「気持ちを、言葉で?」

 里奈はよくわからなくて、首をかしげた。

「モモちゃんはもう、いただきますしたよ」

 モモちゃんが、ウインクした。

「そう言えばさっき、なんとかかんとか、いただきま~すって聞こえたような……なんて言ってたの?」

 里奈は身を乗り出した。

「びっくり、いただきます、だよ。里奈ちゃんが驚いた気持ちを、びっくりしたって言葉を使って心の外に吐き出したから、食べることができたんだよ」

 モモちゃんは嬉しそうに、小さな手でお腹と思われる場所をなでている。

「おばけ育成ゲームのおばけってってもしかして……」
「そう、モモちゃんのことだよ。里奈ちゃんはこのゲームのプレイヤー。モモちゃんを大きく育ててね」

 モモちゃんは宙返りするみたいに、その場でクルリと回転した。
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