魔法のステッキ

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18 バラの花言葉

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 終業式の後、美咲たちは体育館のステージの袖に移動した。

 松山先生が、演台の上に白い花瓶をセットしてくれている。本番用に用意した花瓶は、大人でも腕が回らないほど大きなものだ。

 先生が花瓶を用意する間に、三人は衣装のワンピースに着替えた。

 主役のあさみは、真っ赤なノースリーブのワンピース。美咲は白、亜紀は黒のワンピースだ。

 三人とも上履きを脱いで裸足になった。

 なにが始まるのかと、児童たちがざわついている。

 ステージの袖に準備したバケツには、数種類の色とりどりの花が入っている。

「これ、お母さんが今日のために出血大サービスだって」

 あさみが赤いバラを指さした。

「バラって高いもんね。こんなにいっぱいすごいね」

 亜紀が、目を輝かせた。

「赤いバラの花言葉は情熱。情熱的なパフォーマンスをみんなに見せようね」

 あさみが小さくこぶしを作った。

「うん。早くステージに立ちたいね」

 美咲は、今にも爆発しそうな気持ちを押さえながら言った。

 情熱を爆発させるのは今じゃない。ステージに立った時だ。

 美咲は深呼吸した。ステージで最高に気持ちが高まるように、気持ちを整えていく。

 松山先生のアナウンスが聞こえてきた。

「今から、5年2組の宮下あさみさんが、フラワーアレンジメントパフォーマンスを披露します」

 会場が一気にざわつく。

「みなさん、静かに」

 松山先生が短く言うと、会場が静まった。

「宮下さんは、フラワーアレンジメントクラブを作りたいそうです。宮下さんのパフォーマンスを盛り上げるのは、同じく5年2組の村田亜紀さんと中川美咲さんのバトントワリングです」

「亜紀ちゃーん! 美咲ちゃーん!」

「さおりちゃんとちえみちゃんの声だ」

 亜紀が嬉しそうにささやいた。

「それでは、どうぞ」

 松山先生の合図で、曲が始まった。

 魔法の時間が始まる。花のワルツが、体育館のステージを大舞台に変えてくれる。

「いくよ」

 あさみが一人で、赤いバラを1本持ってステージの中央に進んだ。

 あさみが花を花瓶にさした瞬間、美咲と亜紀は、ステージに飛び出した。

 バトンを回転させながら、ターンを繰り返す。

 その間に、あさみが一度ステージの袖にはける。束にした花を左手に持ち、すぐに再登場する。

 ステージに戻ってきたあさみとタイミングを合わせて、三人でターンをする。

 ターンをした勢いを使って、あさみが左手から花を1本抜き取り、右手で花瓶にさす。

 そのまま一気に、あさみがアレンジメントを作っていく。踊るような美しい動きで、花をさしていく。

 ピンと伸ばした背筋。アレンジメントを作る動きに合わせてひらめく赤いワンピースのすそ。あさみは美しかった。すべての動作に無駄がない。

 亜紀と美咲は、あさみを囲むように舞い踊る。一瞬、動きを止める。

 一呼吸おいて動き出す。

 左手でバトンを回し、右手を振り上げる。

 同時にあさみも、花を持った右手を振り上げる。

 三人一緒に右手を振り下ろした。あさみは、振り下ろしながら花をさす。

 ワルツのリズムに合わせて、亜紀と美咲は時にかわいらしく、時に情熱的に踊った。

 あさみのアレンジメントが、どんどん華やかさを増していく。

 赤、白、黄色。色とりどりの花にグリーンをそえていく。

 花瓶の中央には赤いバラが、鮮やかに咲いている。

 あさみが、回転しながら美咲に赤いバラを1本渡した。美咲は左手でバトンを回しながら、右手でそれを受け取る。

 亜紀もあさみからバラを受け取った。

 三人は簡単なステップを踏みながら、花瓶の前に集まった。

 アレンジメントを客席から隠すように、客席に背中を向けて立つ。

 美咲は背中に全神経を集中させた。

 ここはステージだ。後姿こそ美しく見せなければならない。

 最後の仕上げに、三人は手を振り上げ、赤いバラをさした。

 ターンをしながら、三人はステージの中央前方に進んだ。

 三人そろって深いおじぎをする。

 こめかみを伝う汗が、美咲の目に入る。

 だが、動いてはいけない。まだパフォーマンスは終わっていない。

 おじぎをしたまま、じっとこらえる。

 客席からは、おじぎの向こう側に、色鮮やかなフラワーアレンジメントが完成しているのが見えるはずだ。

 頭を下げたままの三人の耳に、わぁーっという歓声と、拍手がわきおこるのが聞こえた。

   ◇

「よいしょ、よいしょ」

 三人で花瓶をかかえて、廊下を歩いた。

「これ、なかなか重いね」

 亜紀が、くぐもった声を出す。

「でも、よかったね。来客用の玄関に飾らせてもらえるなんてすごいじゃん」

 美咲が、顔をかたむけて花瓶の向こうのあさみを見た。

「はい、とうちゃくー」

 亜紀がほっとしたように言う。

「手をはさまないように気をつけてね」

 あさみが、心配そうに言った。

 松山先生が玄関に用意してくれた台に、三人は慎重に花瓶をのせた。

 ふぅーっと、亜紀がおでこの汗を手の甲でぬぐう。

「暑いね」

「ホント暑い」

 それしか言葉が出てこない。

 このまま帰るのは、なんとなく名残惜しかった。

 玄関の外から差しこむ光が、ちょうどスポットライトみたいにフラワーアレンジメントに当たっている。

 色とりどりの花びらがキラキラ輝いて、とてもきれいだ。

 三人で花をながめていると、松山先生がやってきた。

「あら、すごくいいじゃない。これでクラブに入ってくれる人がいたら大成功ね」

 松山先生が、軽やかに笑う。

「先生、ありがとうございました」

 あさみが、頭を下げる。

「すごくよかったわよ、みんなのパフォーマンス。先生、感動しちゃった」

 その言葉に嘘はないようで、先生は目尻の涙を手でぬぐった。

「誰か、クラブに入ってくれるといいね」

「はいっ」

 あさみが、元気よく答えた。

「じゃぁ、また2学期に会いましょう。みんな早く帰るのよ」

「さようなら」

 松山先生は、鼻歌を歌いながら去っていった。

「先生の鼻歌、花のワルツだったよね?」

 亜紀が、おかしそうに言った。

「きっと、しばらくはあの曲が頭の中グルグル回ってるんだろうね」

 あさみも、ふふ、と笑った。

「本当、きれい。このアレンジメント」

 美咲が、花瓶をなでた。

「ねぇ、二人とも、知ってる?」

 あさみが、美咲と亜紀の顔を交互に見た。

「なに?」

 亜紀が首をかしげる。

「赤いバラの花言葉は情熱。でもバラってね、色だけじゃなくて、本数によっても花言葉が違うんだよ」

「そうなの?」

「うん」

 あさみが、意味ありげに微笑む。

「さて、ここでクイズです。このアレンジメントの赤いバラは何本でしょう?」

「いち、に、さん……」

 亜紀が、指をさしながら数える。

「あれっ。わたしこれ、数えたっけ?」

 亜紀が途中で首をひねって美咲を見る。

「わたしに聞かれても知らないよ」

「1本でしょ、2本でしょ」

 亜紀が夢中になって数える。

「あー、またわからなくなった」

「えー、もう亜紀ちゃんどんくさいなぁ」

 美咲も数えたが、途中でわからなくなった。

「美咲ちゃん、人のこと言えないじゃん」

 亜紀が、横目でにらむ。

「もう、ケンカしないの! 花言葉が台無しになる」

 あさみがため息をつく。

「もう1回、ゆっくり数えよう」

「うん」

 美咲は、1本1本丁寧に数えていった。

「「わかった」」

 美咲と亜紀が、同時に叫んだ。

「待って。言わないで」

 亜紀が、手のひらをストップの形にする。

「一緒に、せーので言おうよ」

 亜紀が楽しそうに言う。

「いいよ。せーの」

「「13本」」

 亜紀と美咲の声がそろった。

「合ってる? あさみちゃん」

 美咲は、あさみを見た。

「正解」

「「やったー!」」

 美咲と亜紀がハイタッチする。

「で、13本のバラの花言葉ってなに?」

 美咲が首をかしげた。

「13本のバラの花言葉はね」

 あさみが、美咲と亜紀に背を向け、バラの花びらをそっとなでる。

 ドアを大きく開け放したままの玄関に、外から強い風が吹いてきた。

 バラの香りがふんわりと三人を包む。

 あさみが、こっちを振り返りながら笑った。

 大きく開いた美咲の心に、すとんと言葉が落ちてきた。

「永遠の友情だよ」
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