魔法のステッキ

ことは

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14 気持ちを花にこめて

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 数頭の馬と一台の馬車が暗い山道を駆け抜けていく。デール王国を出てから六日目の深夜。ギルの魔法のお陰で随分と早く進むことができ、既にアトラス王国の領土にいた。バルダス国王とカルディア王子を閉じ込めた馬車と共にひたすら走り続ける。

 セインが先頭を走っていると、木々の隙間からチラチラと赤く光る何かを見つけた。気になったセイン王子は眉根を寄せ、良く見える位置に移動しながら馬をゆっくり止める。

「……アトラスが燃えている」

 赤く光って見えたものは、見下ろした先にあるアトラス王国の王都にあった。
 予想していた状況とは全く違う最悪の事態に、手綱を持つ手に力が入る。

「ジェルミア様! 馬車の速さに合わせては遅くなりますので我々は先に参ります!」

 セイン王子は振り返り、ジェルミア王子に伝えた。

「いえ、私も参ります。バルダス等はハイドに任せる。我が国が起こしたこの争いは、私が止めなくては!」

 その答えにセイン王子が頷く。セイン王子の合図の元、ギル、アリス、アラン、アルバート、ジェルミア王子の六名は急ぎ馬を走らせた。





 山を下り、王都の脇にある森を突き進む。街に近づくと大きな木々がなぎ倒されている拓けた場所に出た。そこには四名の兵士と子供が一人倒れている。よく見ると、隅に蹲って泣いている少年が一人。

 セイン王子は直ぐにでもエリー王女の元へ向かいたかったが、子供を無視して行くわけにもいかず立ち止まった。

「ギル、アリス。ここはお前たちに任せた。後で合流しよう」
「セイン様! お一人では!」

 アリスが慌てて声をかけるが、セイン王子は微笑む。

「私にはアランもアルバートも付いている。アリス、頼りにしている。頼んだよ」
「……はっ!」

 アリスの返事を聞くと、四人はそのまま立ち去った。アリスは頬を仄かに赤らめながら、小さくため息をつく。二人は馬から降り、近くの木に馬を括りつけた。ギルは真っ黒な衣装に身を包んだ少年に近づき、アリスは倒れた兵士を確認しに行く。

「どうしたの? ここで何があったの?」

 膝を抱えて蹲っている少年は何も反応を示さなかった。ギルは隣にしゃがみ込み、背中を優しくさすっていると、時々鼻を啜る音が聞こた。
 ギルは似たような服装の少年が倒れていることと、少年から僅かな魔力を感じ、デール王国の魔力戦闘部隊の子供だと思った。

 仲間が傷ついたことに悲しんでいるのか、自分のやったことを後悔しているのかはわからない。
 だけど少年の心が傷ついていることは明らかだった。

「大丈夫だよ。俺は君に危害を加えるつもりもないし、責めるつもりもないんだ。もう、この戦いは終わる。君達はもう戦わなくてもいいんだよ」

 戦争なんて、こんな小さな子供にさせていいことではない。
 ギルは少年を包み込むように横から抱き締めた。細くて小さな体がびくりと震え、強張る。しかし逃げるそぶりも嫌がるそぶりもない。

 そこへアリスが小走りに近づいてきた。

「ギル。もしかしたら間に合うかも」
「わかった」

 ギルは少年から体を離し、両手で少年の顔を上に向かせた。赤く腫れた意志のない瞳がギルを見つめる。怯えてはいない。何もかも諦めた表情だ。

「君は彼らを助けたい? 仲間の彼も……兵士も」

 僅かに瞳が揺れたがそれ以外には何も反応がない。
 ギルは思わず少年をもう一度胸に引き寄せ、頭を撫でた。

「今までずっと辛かったね……。おいで」

 手を取り、ゆっくりと引き上げると、少年はそれに合わせるように立ち上がった。言われるままに動くのは、日頃からそうやってきたからだろうか……。ギルは嫌な想像が過ぎり、小さく眉をひそめた。

 アリスの案内で一番重症であろう兵士の前に、少年と並んで座る。

「あ、君の名前はあるのかな?」
「……ニーキュ」
「ありがとう、ニーキュ。俺はギルだよ。よろしくね。じゃあ、彼の胸に手を置いてくれる? そう、それでいい」

 名前があることにギルはほっとした。素直に置いたニーキュの両手に、ギルは右手を添える。

「俺が君の罪悪感を少しだけ軽くしてあげる。今からニーキュの魔力を使って彼を回復するよ。ニーキュが助けるんだ。いい?」

 ギルは真剣な表情でニーキュを見つめた。
 ニーキュにとって、罪悪感が何を意味するのかわからなかったが、助けられるのであれば助けたかった。動いて笑うところが見たかった。

「……はい」

 ニーキュはギルの瞳をじっと見つめたあと、小さな声で返した。

「そっか……。少しクラクラするかもしれないけど頑張るんだよ。じゃあ、やるよ」

 ギルが瞳を閉じ意識を集中し始めたため、ニーキュもそれに習って瞳を閉じた。

 どうしてギルという人は泣きながら笑っていたのだろう。
 だけど温かい人。
 暖かい人は心が気持ちいい。

 そんなことを考えていると、全身から流れる何かが両手に集まっていくのを感じた。それと同時に魔法を沢山使った時と同じように、力が抜けていく。

「………………ううっ……」

 暫く経つと兵士から声が聞こえ、ニーキュはパッと瞳を開けた。兵士の青白かった顔が赤みを帯びている。

「よく頑張ったね。偉いよ」

 頭を撫でられたニーキュは、驚いてギルの顔を見上げた。そこにあったのは笑顔だった。

 初めてだった。
 褒められたことなど一度もない……。

 ニーキュの瞳から涙が零れた。今度は痛いわけじゃなかった。なのに涙が零れたのだ。

「でも、まだ終わっていないよ。まだあと四人。頑張れるよね?」

 ニーキュは涙を袖で拭くと、大きく頷いた。

 二人、三人とギルと一緒に兵士を助けると最後に残ったナンバー3の元へと進む。彼のダメージはそれほど大きくないようだった。ニーキュはナンバー3を見下ろした。ギルがニーキュに手を差し伸べてきたが首を振る。

「どうして? 助けたくないの? 君の兄弟のようなものだろ?」
「……きけん」

 ギルは考えるような素振りを見せた後、アリスに視線を送った。

「あれね。ちょっと待って」

 アリスは急いで馬に積んだ荷物から銀色の首輪を持ってきた。ギルはそれを受け取るとナンバー3の首に取り付けた。

「これで魔法は使えなくなったよ。それにこのお姉ちゃんは可愛いけど凄く強いから、何かあっても大丈夫」

 ニーキュに優しく微笑むギルの横でアリスは顔を真っ赤に染めた。

「ちょっと! いちいち、その……可愛いとかって褒めないでくれる? ったくこの男は……。いい、ニーキュ。安心しなさい。私はニーキュも含めてここにいる皆を守ってあげるわ」

 この女の人も笑顔だった。
 外の世界は暖かい……。
 凄く……凄く……。

「……はい」

 ニーキュがナンバー3の側に座り、胸に手を置いた。

「ニーキュ。君も彼も大きな罪を犯したのかもしれない。だけど今の君の選択は正しいよ。少しずつ正しい選択を覚え、おこなっていけばいい。魔法も使い方次第で変わる。さあ、ニーキュの魔力で彼を救おう」

 ギルもまたニーキュに寄り添うように手を置くと、回復魔法を施し始めた。

 この時点で、ニーキュの魔力はほとんど空だった。
 きっとこの人が魔力を貸してくれているのだろう。それを感じながら、ふらふらする体をなんとか保とうと力を入れた。

 ナンバー3の顔色が良くなると、ニーキュは全身の力が抜けたように後ろに倒れる。しかし、土の上につくことはなく、後ろから優しく抱き留められた。

「ニーキュの力で彼らは助かったんだ。ありがとう」

 ギルの胸の中にいるニーキュは、僅かに口角をあげた。



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