魔法のステッキ

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13 誰かを幸せにしたい

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 土曜日の午後、三人はあさみの家に集合した。

 店の2階にある、あさみの部屋。

 三人は床に座り、小さな白いサイドテーブルを囲んでいた。

 算数のドリルを広げ、頭を寄せ合うようにして、問題を解いている。

 紙の上をすべる鉛筆の音が、規則正しく続いている。

 ジリリリと、目覚まし時計がけたたましい音を立てた。

「はい、1時間、終了~」

 最初に鉛筆を置いた亜紀が、床に仰向けに倒れた。

 勉強机の上に置いてある、赤い目覚まし時計が、甲高い音を立て続けている。

 あさみが立ち上がり、目覚まし時計を止めた。

「集中した~!」

 あさみが、伸びをしながら言った。

「集中すると1時間でも、けっこうはかどるもんだね」

 亜紀が起き上がって、ドリルをパラパラめくった。

「勉強もバトンと同じだよ。大切なのは、やる気と集中力」

 最後の問題を解き終わった美咲が、ドリルをパタンと閉じた。

「あさみちゃん、使う曲、決めた?」

 鉛筆を筆箱にしまいながら、美咲が聞く。

「うん。これにしようかなって思って」

 あさみが、カラーボックスの上にあるシルバーのCDプレーヤーのスイッチを押した。

 ハープの音色が美しい、優雅なクラシック音楽が流れてきた。

「あっ、これ聞いたことある」

 曲が始まると、亜紀が声をあげた。

「何ていう曲か知らないけど」

「花のワルツだよ」

 あさみが、きれいなメロディーに合わせて体を左右に揺らす。

 美咲の体も自然と左右に揺れた。心地よい音楽に身をゆだねる。

「チャイコフスキーだね。バレエ音楽『くるみ割り人形』の第十三曲でしょ」

「さすが美咲ちゃん」

 あさみが、パチパチと手を叩いた。

「フラワーアレンジメントに合う華やかな曲で、踊りやすい曲って考えたら、これがいいかなって思って」

 部屋に広がる音楽が、いっそう華やかに耳に心地よく響いてくる。

 ワルツの旋律が、鮮やかな花のように舞い踊る。

「ノースリーブのワンピースとか着て踊りたい気分だな。持ってないけど」

 亜紀が、うっとりした顔で言った。

「そうだね。ワンピース、よかったら貸すよ」

 美咲は、恐る恐る言った。

 亜紀が、びっくりしたように目を見開く。

「貸すだけなら、いいでしょ?」

 亜紀が、うんうんと何度もうなずいた。

「うれしい! 美咲ちゃん、ありがとう」

 亜紀が美咲に飛びついてきた。その勢いで、美咲は床にひっくり返る。

「もう、亜紀ちゃんってば力ありすぎ!」

 花のワルツが一曲終わった。

 あさみがCDプレーヤーのボタンを押して、最初からかけ直す。

「やっぱりいい曲。わたしも、衣装はワンピースにしよう」

 あさみが、クルッとその場で回転した。その仕草は、優雅なお姫様を思わせる。

 美咲が、なにかひらめいたように、手を打って立ち上がった。

「フラワーアレンジメントを作るだけじゃなくて、あさみちゃんもところどころで、ダンスに参加したらすてきだと思う」

「わたしが、ダンス?」

「うん。例えば今みたいに、もう一度クルッと一回転してみて。いちにの、さんっ」

 美咲が流れる音楽のリズムに合わせて声をかけると、あさみが一回転する。

 あさみと同時に、美咲もターンした。

「わお! 今、かっこよかった。曲とぴったりだし、ダンスになってた」

 二人を見ていた亜紀が、手を叩いた。

「本当?」

 あさみが、照れたように顔を赤くした。

「ほんと、ほんと」

「じゃあさ、逆に亜紀ちゃんと美咲ちゃんも、フラワーアレンジメントにも参加してよ」

「えっ。わたしにできるかな」

 亜紀も立ち上がった。

「できる、できる。最後の仕上げに、みんなで1本ずつ花をさすのなんてどう?」

「わぁ。やってみたい!」

 美咲が飛び上がった。

「この前、花を回しながらさしたら、バトンみたいって言ったでしょ? あんなふうに、花を回しながらさすのとか、どう?」

「いいかもね。振り付けみんなで考えながら、色々なパターン試してみようよ」

 美咲が言うと、亜紀もあさみも笑顔でうなずいた。

 階段をドタドタとあがってくる音がして、部屋のドアが開いた。

「あさみ~。ちょっとだけ、お願いできる?」

 あさみのお母さんが、ドアのところで両手を合わせている。

「もしかして、店番?」

 あさみが、眉をよせた。

「本当はもう、配達はやめたいんだけど、今回だけどうしてもって頼まれちゃって」

「いっつもそんなこと言ってるじゃん、お母さん」

 怒って言うあさみに、お母さんが「ばれたか」と笑う。

「お花届けたら、すぐに帰ってくるから。みんな、ごめんね。あさみ、ちょっとだけいいよね?」

 あさみの返事を待たずに、あさみのお母さんは行ってしまった。

「もーう、お母さんってば。お店、閉めていけばいいのに」

「いいじゃん。お店でこの曲かけながら、振り付け考えようよ」

 亜紀が、CDプレーヤーを指さした。

「そうだね。曲名も花のワルツだし、きれいなお花に囲まれていたら、いい振り付け思いつきそう!」

「お客さんいっぱい来たら、わたしも手伝うよ」

「わたしも。いらっしゃいませくらいは言えるよ」

 亜紀に続いて、美咲も言った。

「二人とも、いいの?」

「うん。それに、お花屋さんになった気分が味わえて楽しそうだもん」

 亜紀が、目をキラキラさせた。

「二人ともありがとう」

「でも、あさみちゃんがクラブ活動始めちゃったら、お母さん、困らない?」

 あさみの後に続いて階段をおりながら、美咲が聞いた。

 あさみが振り返る。

「実はちょっと前からね、アルバイトを募集しているの。いい人がいたら、お店に来てもらうみたい。だから、わたしは好きなことしていいって言われているんだ」

「そうなんだ」

「店の手伝いも、もちろん好きなことの一つだけどね」

 店に出て色とりどりの花に囲まれると、あさみの表情はぱっと華やぐ。

「お花、本当に好きなんだね」

 美咲が言うと、あさみがうなずいた。

「うん、大好き」

「わたしも、前より花が好きになったかも」

 美咲は、近くにあった白い花にそっと触れた。

「わたしもだよ。前は、だんぜん、花より団子派だったけど」

 亜紀が舌を出した。

「うれしい。わたし、フラワーデザイナーになって、みんなにお花を好きになってもらいたいんだ。きれいに飾った花を見て、みんなに幸せな気持ちになってほしいの」

 亜紀と美咲が、顔を見合わせた。

「「わたしたちと一緒だね」」

 亜紀と美咲の声がそろって、二人はふふふと笑った。

「一緒ってなんのこと?」

「誰かを幸せにしたいって気持ちだよ。わたしも亜紀ちゃんも、夢は全然違うけど……」

 美咲が亜紀の顔を見ると、美咲の言葉を引き継ぐように亜紀が言った。

「わたしも美咲ちゃんも、誰かを幸せにするために、夢を叶えたいの」

「わたしは、バトンの演技で、見ているみんなを幸せにしたい」

「わたしは、お医者さんになって病気を治すことで誰かを幸せにしたい」

 あさみが、はっと目を見開いた。

「本当。一緒だね、すごい」

 美咲がうなずいた。

「ねぇ、三人で力を合わせてパフォーマンスしたら、学校のみんなを幸せな気持ちにできるかな」

「できるよ、きっと」

 亜紀が、強くうなずいた。

 自動ドアが開いて、ふわりと外の風が入ってきた。

「いらっしゃいませー」

 あさみが、満面の笑みをお客さんに向ける。

 美咲と亜紀の目が合う。亜紀が小さくうなずいた。

 美咲は、大きく息を吸った。

「「いらっしゃいませー」」

 二人の明るい声が、店内にひびいた。
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