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11 理央の気持ち
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店から帰ろうとした時だ。
店先で、黒いポットに入った花の苗が美咲の目に留まった。
「このピンクの花、東京の友だちにもらった花に少し似てるかも」
美咲は、花の前にしゃがみこんだ。
「それ、ゼラニウムだよ」
あさみが言った。
美咲が鼻を近づけると、葉っぱから生魚みたいなにおいがした。
「くさっ」
美咲は思わずのけぞった。
あはは、とあさみが笑う。
「やっぱり、この花じゃなかった。うちのは、もっといい香りがするもん」
「もしかしたら、美咲ちゃんの友だちがくれたのは、ゼラニウムの中でも、センテッドゼラニウムって種類かも」
「……セントラル、アルミニウム?」
美咲が首をかしげると、あさみがアハハと笑った。
「ちがうよ、センテッドゼラニウム。センテッドっていうのは、香りのついたっていう意味」
笑いをこらえるようにして、あさみが言った。
「ゼラニウムにも、色々種類があって、アロマオイルにも使われるいい香りがするのもあるんだよ」
美咲のとなりに、あさみがしゃがんだ。
「そうなんだ。ゼラニウムとかっていう花の、花言葉ってわかる?」
「わかるよ。美咲ちゃんの家にある花は何色? 花言葉って、色によっても違うの」
「へぇ~、そうなんだぁ」
感心して言う美咲の隣に、亜紀もしゃがみこんだ。
「お花をくれた友だちって、もしかして美咲ちゃんにライバル宣言してきたとか言ってた子?」
亜紀が、美咲の顔をのぞきこむように聞いた。
「そんなこと話したっけ? よく覚えてるね、亜紀ちゃん」
「ライバル宣言?」
あさみが聞いた。
「引っ越すとき、一番の仲良しだと思っていたバトン教室の友だちに、ライバル宣言されちゃったんだぁ」
ほっそりした理央の顔が思い浮かぶ。
本当は泣きそうだったけど、美咲は、なるべく明るい声で言った。
「だから、あんまりいい花言葉じゃないのかなって思ってるんだけど」
「この花に似てるの?」
あさみが、花を指さした。
「うん。色はピンクで、花びらが5枚。そのうちの2枚に、濃い紫色の模様が入っているの」
「それ、もしかして葉っぱからバラみたいな香りがする?」
「そう。よくわかったね、あさみちゃん」
美咲は目を丸くした。
「それ、きっとローズゼラニウムだよ。ピンクのゼラニウムの花言葉はね……」
「ちょっと待って」
美咲は、手のひらをかざしてあさみの言葉をさえぎった。
「なんか、ドキドキする。聞くの、ちょっと怖い」
美咲は両手で胸を押さえた。
「言わない方がいい?」
あさみの質問に、美咲は首を横に振った。
「やっぱり教えてほしい」
「花言葉ってね、一つの花に対して色々な意味があるんだ」
美咲はうなずいた。
お別れの日、涙ひとつ見せなかった理央。ずっとライバルだと、笑顔で言った理央の顔が、頭から離れない。
心臓がトクトクと鳴る。
「ピンクのゼラニウムの花言葉は、決心とか決意とか。でもきっと、美咲ちゃんの友だちが一番伝えたかったのは……」
美咲はゴクッとつばを飲んだ。
「真の友情。この花言葉だと思う」
あさみがにっこり笑った。
「店に来るお客さんもね、大切な友だちにピンク色のゼラニウムをプレゼントする人が多いよ」
美咲は全身から力が抜けて、地面にお尻をついた。
「真の、友情……」
その言葉を、美咲はかみしめるようにつぶやいた。
「理央ちゃん……。花言葉、教えてくれればよかったのに。わたし、ずっと勘違いしてた」
美咲の声が震えた。
「真の友情。すてきな花言葉だね」
亜紀が、美咲の肩に優しく手を置いた。
美咲はこっくりとうなずいた。
のどの奥が熱くなる。
二人に泣いているところを見られたくない。美咲は、ぐっと目に力を入れた。
でも、勝手に涙がこぼれて、ゼラニウムの花がゆがんで見えた。
◇
「ただいまぁ」
家に帰ると、お母さんと友里が玄関に出てきた。
「お醤油を切らしちゃったの。友里と買い物に行ってくるけど、美咲も行く?」
美咲は、そんな気分ではなかった。
「留守番してる」
そう言って靴を脱いだ。
「じゃぁ、お願いね」
「いってきまーす!」
友里がはしゃぎながら、外に出て行った。
一人になると美咲は、まっさきにリビングのサイドテーブルの前に座った。
ピンクの花が、かわいらしい。
「ローズゼラニウム、か……」
自然と笑顔がこぼれる。
美咲は、葉っぱに鼻を寄せた。
「いい香り」
美咲は思い切り息を吸った。
鉢はうすいピンクのラッピングペーパーに包まれ、赤いリボンで結ばれている。
固まっていた気持ちをほどくように、美咲は蝶結びにされたリボンの先をひっぱった。
赤いリボンがほどけると、ラッピングペーパーがふわりと広がった。
「なに、これ」
鉢とラッピングペーパーの間に、小さな紙が挟まっていた。
手に取ってみると、二つ折りにされたメッセージカードだった。
カードの表には、四つ葉のクローバーのイラスト。『親愛なる美咲ちゃんへ』と書かれている。
「理央ちゃんからだ」
美咲はカードを開いた。
声に出して読む。
「バトントワラーになる夢、絶対に一緒に叶えようね。美咲ちゃんとわたしは……」
美咲は、のどの奥になにかがつかえたように、言葉をつまらせた。
手紙の続きに、目を見開く。
そこに書かれている文字を、何度も繰り返し読んだ。
『美咲ちゃんとわたしは、今までもこれからもずっと、ライバルで最高の親友だよ。理央より』
理央ちゃんの姿勢のように真っ直ぐな字。丁寧な字で書かれていた。
「ライバルで、最高の、親友」
美咲はつぶやいた。
頭の中が真っ白になった。
理央が本当に言おうとしていたことは、この言葉だったのか。
美咲はいままでずっと、理央の言葉を勘違いしていたのだろうか。
「最初からそう言ってくれたらよかったのに……。もう、理央ちゃん言葉が足りないよ。理央ちゃんのばかぁ」
気持ちがぐちゃぐちゃになる。怒ったらいいのか、喜んだらいいのか、美咲は自分でもわからなかった。
カードを閉じると、裏側に『追伸』が書かれていた。
『花言葉は「真の友情」。これがわたしの気持ち。美咲ちゃんとは笑顔でお別れしたいけど、いっぱい話すときっと泣いちゃうから、この花に気持ちをこめます』
嬉しさを一気に通りこした。
どこにもぶつけようのない怒りがドカンとわいてくる。
「もう! 理央ちゃんのばかばかばかぁ! わたしが手紙見つけなかったら、どうするのよ!」
激しい感情が口から飛び出すのと一緒に、涙があふれてくる。
「ずるいよ理央ちゃん。理央ちゃんのこと嫌いになるところだったじゃん! もう、理央ちゃん、理央ちゃん大好きだよぉ……」
美咲は天井を見上げた。
涙が止まらない。
理央ちゃん大好きだよって、最後に言えばよかった。
ライバル宣言されたと思った美咲は、あの日、さよならの言葉すら言えなくなってしまったのだ。
もしかしたら、美咲が勘違いしているのと同じように、理央も勘違いしているかもしれない。
さよならさえ言わずに行ってしまった美咲のことを、ひどいと思っているかもしれない。
言葉にできなかった想いは伝わらない。伝えられなかった想いは、美咲の胸の奥底に沈みこんだままだ。
胸の奥が、重くて苦しい。
「このままじゃ、いやだ」
美咲は、自分の部屋から便せんと封筒、それから鉛筆を持ってきた。
「言葉にしなくちゃ、伝わらないよね。理央ちゃんに、手紙、書かなくちゃ」
美咲は、涙を手の甲でぬぐった。
鉛筆を、右手でぎゅっと握る。
『大好きな理央ちゃんへ』
一文字一文字、心をこめて書く。
いつか二人ともバトントワラーになる夢を叶えたら、バトンの大会やステージで再会する日がやってくるかもしれない。
「それまでわたしは……」
亜紀とあさみの笑顔が頭に浮かぶ。
みんなそれぞれ夢は違うけど、二人がいてくれることが心強かった。
「学校のバトンクラブで頑張る、絶対に頑張る!」
店先で、黒いポットに入った花の苗が美咲の目に留まった。
「このピンクの花、東京の友だちにもらった花に少し似てるかも」
美咲は、花の前にしゃがみこんだ。
「それ、ゼラニウムだよ」
あさみが言った。
美咲が鼻を近づけると、葉っぱから生魚みたいなにおいがした。
「くさっ」
美咲は思わずのけぞった。
あはは、とあさみが笑う。
「やっぱり、この花じゃなかった。うちのは、もっといい香りがするもん」
「もしかしたら、美咲ちゃんの友だちがくれたのは、ゼラニウムの中でも、センテッドゼラニウムって種類かも」
「……セントラル、アルミニウム?」
美咲が首をかしげると、あさみがアハハと笑った。
「ちがうよ、センテッドゼラニウム。センテッドっていうのは、香りのついたっていう意味」
笑いをこらえるようにして、あさみが言った。
「ゼラニウムにも、色々種類があって、アロマオイルにも使われるいい香りがするのもあるんだよ」
美咲のとなりに、あさみがしゃがんだ。
「そうなんだ。ゼラニウムとかっていう花の、花言葉ってわかる?」
「わかるよ。美咲ちゃんの家にある花は何色? 花言葉って、色によっても違うの」
「へぇ~、そうなんだぁ」
感心して言う美咲の隣に、亜紀もしゃがみこんだ。
「お花をくれた友だちって、もしかして美咲ちゃんにライバル宣言してきたとか言ってた子?」
亜紀が、美咲の顔をのぞきこむように聞いた。
「そんなこと話したっけ? よく覚えてるね、亜紀ちゃん」
「ライバル宣言?」
あさみが聞いた。
「引っ越すとき、一番の仲良しだと思っていたバトン教室の友だちに、ライバル宣言されちゃったんだぁ」
ほっそりした理央の顔が思い浮かぶ。
本当は泣きそうだったけど、美咲は、なるべく明るい声で言った。
「だから、あんまりいい花言葉じゃないのかなって思ってるんだけど」
「この花に似てるの?」
あさみが、花を指さした。
「うん。色はピンクで、花びらが5枚。そのうちの2枚に、濃い紫色の模様が入っているの」
「それ、もしかして葉っぱからバラみたいな香りがする?」
「そう。よくわかったね、あさみちゃん」
美咲は目を丸くした。
「それ、きっとローズゼラニウムだよ。ピンクのゼラニウムの花言葉はね……」
「ちょっと待って」
美咲は、手のひらをかざしてあさみの言葉をさえぎった。
「なんか、ドキドキする。聞くの、ちょっと怖い」
美咲は両手で胸を押さえた。
「言わない方がいい?」
あさみの質問に、美咲は首を横に振った。
「やっぱり教えてほしい」
「花言葉ってね、一つの花に対して色々な意味があるんだ」
美咲はうなずいた。
お別れの日、涙ひとつ見せなかった理央。ずっとライバルだと、笑顔で言った理央の顔が、頭から離れない。
心臓がトクトクと鳴る。
「ピンクのゼラニウムの花言葉は、決心とか決意とか。でもきっと、美咲ちゃんの友だちが一番伝えたかったのは……」
美咲はゴクッとつばを飲んだ。
「真の友情。この花言葉だと思う」
あさみがにっこり笑った。
「店に来るお客さんもね、大切な友だちにピンク色のゼラニウムをプレゼントする人が多いよ」
美咲は全身から力が抜けて、地面にお尻をついた。
「真の、友情……」
その言葉を、美咲はかみしめるようにつぶやいた。
「理央ちゃん……。花言葉、教えてくれればよかったのに。わたし、ずっと勘違いしてた」
美咲の声が震えた。
「真の友情。すてきな花言葉だね」
亜紀が、美咲の肩に優しく手を置いた。
美咲はこっくりとうなずいた。
のどの奥が熱くなる。
二人に泣いているところを見られたくない。美咲は、ぐっと目に力を入れた。
でも、勝手に涙がこぼれて、ゼラニウムの花がゆがんで見えた。
◇
「ただいまぁ」
家に帰ると、お母さんと友里が玄関に出てきた。
「お醤油を切らしちゃったの。友里と買い物に行ってくるけど、美咲も行く?」
美咲は、そんな気分ではなかった。
「留守番してる」
そう言って靴を脱いだ。
「じゃぁ、お願いね」
「いってきまーす!」
友里がはしゃぎながら、外に出て行った。
一人になると美咲は、まっさきにリビングのサイドテーブルの前に座った。
ピンクの花が、かわいらしい。
「ローズゼラニウム、か……」
自然と笑顔がこぼれる。
美咲は、葉っぱに鼻を寄せた。
「いい香り」
美咲は思い切り息を吸った。
鉢はうすいピンクのラッピングペーパーに包まれ、赤いリボンで結ばれている。
固まっていた気持ちをほどくように、美咲は蝶結びにされたリボンの先をひっぱった。
赤いリボンがほどけると、ラッピングペーパーがふわりと広がった。
「なに、これ」
鉢とラッピングペーパーの間に、小さな紙が挟まっていた。
手に取ってみると、二つ折りにされたメッセージカードだった。
カードの表には、四つ葉のクローバーのイラスト。『親愛なる美咲ちゃんへ』と書かれている。
「理央ちゃんからだ」
美咲はカードを開いた。
声に出して読む。
「バトントワラーになる夢、絶対に一緒に叶えようね。美咲ちゃんとわたしは……」
美咲は、のどの奥になにかがつかえたように、言葉をつまらせた。
手紙の続きに、目を見開く。
そこに書かれている文字を、何度も繰り返し読んだ。
『美咲ちゃんとわたしは、今までもこれからもずっと、ライバルで最高の親友だよ。理央より』
理央ちゃんの姿勢のように真っ直ぐな字。丁寧な字で書かれていた。
「ライバルで、最高の、親友」
美咲はつぶやいた。
頭の中が真っ白になった。
理央が本当に言おうとしていたことは、この言葉だったのか。
美咲はいままでずっと、理央の言葉を勘違いしていたのだろうか。
「最初からそう言ってくれたらよかったのに……。もう、理央ちゃん言葉が足りないよ。理央ちゃんのばかぁ」
気持ちがぐちゃぐちゃになる。怒ったらいいのか、喜んだらいいのか、美咲は自分でもわからなかった。
カードを閉じると、裏側に『追伸』が書かれていた。
『花言葉は「真の友情」。これがわたしの気持ち。美咲ちゃんとは笑顔でお別れしたいけど、いっぱい話すときっと泣いちゃうから、この花に気持ちをこめます』
嬉しさを一気に通りこした。
どこにもぶつけようのない怒りがドカンとわいてくる。
「もう! 理央ちゃんのばかばかばかぁ! わたしが手紙見つけなかったら、どうするのよ!」
激しい感情が口から飛び出すのと一緒に、涙があふれてくる。
「ずるいよ理央ちゃん。理央ちゃんのこと嫌いになるところだったじゃん! もう、理央ちゃん、理央ちゃん大好きだよぉ……」
美咲は天井を見上げた。
涙が止まらない。
理央ちゃん大好きだよって、最後に言えばよかった。
ライバル宣言されたと思った美咲は、あの日、さよならの言葉すら言えなくなってしまったのだ。
もしかしたら、美咲が勘違いしているのと同じように、理央も勘違いしているかもしれない。
さよならさえ言わずに行ってしまった美咲のことを、ひどいと思っているかもしれない。
言葉にできなかった想いは伝わらない。伝えられなかった想いは、美咲の胸の奥底に沈みこんだままだ。
胸の奥が、重くて苦しい。
「このままじゃ、いやだ」
美咲は、自分の部屋から便せんと封筒、それから鉛筆を持ってきた。
「言葉にしなくちゃ、伝わらないよね。理央ちゃんに、手紙、書かなくちゃ」
美咲は、涙を手の甲でぬぐった。
鉛筆を、右手でぎゅっと握る。
『大好きな理央ちゃんへ』
一文字一文字、心をこめて書く。
いつか二人ともバトントワラーになる夢を叶えたら、バトンの大会やステージで再会する日がやってくるかもしれない。
「それまでわたしは……」
亜紀とあさみの笑顔が頭に浮かぶ。
みんなそれぞれ夢は違うけど、二人がいてくれることが心強かった。
「学校のバトンクラブで頑張る、絶対に頑張る!」
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