6 / 18
6 亜紀の夢
しおりを挟む
「美咲、友里を公園に連れて行ってあげて」
「えー、なんでわたしが」
「だって、土曜なのにお父さんは仕事だし、お母さんは引っ越しの片づけ、まだ残っているんだもの」
友里が、公園、公園とはしゃいでいる。
リビングのサイドテーブルに置かれた鉢が、美咲の目に入る。
ピンク色をした花は、窓から差し込む太陽の光を受けて気持ちよさそうだ。
美咲はまだ、理央からもらったこの花の名前も花言葉も調べていない。
亜紀が、バトン教室のことを図書館のインターネットで調べてくれたことを思い出す。家にもお父さんのパソコンはあるが、自由には使わせてもらえない。
(図書館に行けば、インターネットか図鑑で花の名前を調べられるかな)
でも、調べるのは怖いような気もした。
(すごく嫌な花言葉だったらどうしよう)
そしたら今度こそ、美咲の心はポキッと折れて立ち直れない気がした。きっと知らない方がいいことだってある。
「お姉ちゃん、早く公園行こうよ」
友里が、美咲のTシャツのすそをひっぱって言う。
「だって、わたし、バトンの練習したいし、図書館にも……」
美咲の声が小さくなる。
「バトンなら公園でやればいいでしょ」
お母さんが、ダンボールからしわくちゃになった服を出しながら、きっぱりと言った。
「あー、これじゃぁ、もう1回アイロンかけなくちゃ着られないわ」
お母さんがイライラし始めているのがわかった。これ以上ここでグズグズしていたら、怒られそうだ。
はぁー、とため息をついて、美咲は左手にバトン、右手に友里の手をとった。
「やったぁ! 公園、公園」
友里が、楽しそうに飛び跳ねた。
◇
遊具で遊ぶ友里から目を離さないようにと、お母さんに何度も念を押されたから、練習とはいってもバトンに集中できなかった。
適当にバトンをクルクル回しながら、すべり台の上から笑顔で手を振る友里に、手を振り返す。
足元に、何かが当たった。
「いたっ」
美咲は足をさすりながら、足元に目をやった。
サッカーボールだった。
「あ、わりぃ、わりぃ」
走りながらやってきた坊主頭の子が、ゴメンと顔の前に手をやっている。
見覚えのある顔だった。
(だれだったかな)
記憶をひっぱり出すように、頭の中をフル回転させた。
やっと思い出して、美咲はパチンと手を叩いた。
「もしかして、亜紀ちゃんの……お兄ちゃん?」
坊主頭の子が、はっとして、美咲の方を指さした。
「あぁ! 君、見たことある。転入生の子?」
美咲がうなずいた。
「俺、亜紀のアニキの村田敦也。小6なんだ」
そう言って、美咲のことをのぞきこむように見た。
「確かに、近くで見るとかわいいな」
「えっ?」
美咲は、はずかしくなってうつむいた。
「いや、亜紀がさ、バトンクラブに、めっちゃかわいい子が入ったって騒いでてさ」
「亜紀ちゃん、そんなこと言ってるの?」
顔が、どんどん熱くほてっていく。
「美咲ちゃんみたいにかわいい子がいたら、バトンクラブも人が増えるだろうなぁ」
「そんなこと……ないよ」
美咲は遠慮がちに、顔の前で手を振った。
「そんなこと、絶対、あるある!」
敦也が笑って言う。
「亜紀、バトンクラブがつぶれないようにって必死なんだ」
「亜紀ちゃん、そんなにバトンが好きなの?」
美咲が聞くと、そういうわけじゃなくて、と敦也が続けた。
「まぁ、もちろんそれもあるんだけど、バトンクラブがつぶれちゃったら、あのヒラヒラの衣装、着られなくなるだろ?」
「亜紀ちゃん、あの衣装そんなに気に入ってるんだ」
美咲は驚いて言った。
さおりとちえみは、デザインが古臭いと言っていた。
「気に入ってるっていうか、あいつ、スカート1枚も持ってないからさ。バトンクラブに入ればスカートがはけるって喜んでて。あいつ、いつも俺のお古しか着させてもらえないから……」
敦也の声が、だんだん小さくなっていく。
「敦也。早くしろよー」
広場の方から、男の子たちが呼んでいる。
「今行くー!」
敦也が振り返って叫んだ。
美咲は首をかしげた。
どういうことなんだろう。友里は妹だから、お古も着るけど、新しい服を買ってもらうこともある。
「なんで、お古しか着させてもらえな……」
言いかけて美咲は、口をつぐんだ。
「うち、父ちゃんいないからさ。母ちゃんが頑張ってパートで稼いでくれるけど、つまり金がないってことだよ」
敦也が、申し訳なさそうな顔をして言った。
「だから、バトンクラブがつぶれないように、亜紀のためにも頑張ってよ。俺からのお願い!」
敦也は、パチンといきおいよく両手を顔の前で合わせた。
「おーい、敦也―」
男の子たちが、待ちきれない様子で叫んでいる。
「今、行くってば!」
敦也はクルッと向きを変え、ドリブルしながら走り去っていった。
◇
月曜日。
バトンクラブのメンバーが集まると、美咲は提案した。
「下級生にバトンクラブに入りたいって思ってもらうためには、この衣装じゃダメだと思うの」
美咲は、紙袋から赤と白の衣装を取り出した。
「えー! これ見て入りたいって思ったわたしはどうなるのよ!」
亜紀が、うらめしそうに美咲を見る。
「あはは。まぁ、一人くらいはいるかもだけど」
美咲は、笑ってごまかした。
「やっぱ可愛くないもんね、これ」
と、さおりが白いスカートをひっぱった。
「もっとたくさんの子たちに、入ってもらいたいでしょ?」
美咲が言うと、亜紀は、まあねと、素直にうなずいた。
「新しい衣装を買うのは無理かもだけど……」
そこまで言ったところで、
「絶対、ムリ、ムリ!」
と、亜紀が声を張りあげた。
「だから、リメイクしてみない?」
「リメイク?」
亜紀とさおりとちえみの声が重なる。
「えっと、リボンとかお花とか、可愛いキラキラしたものを、衣装に縫いつけるの。胸のところでもいいし、スカートのところでも」
「わたし、ムリ。おこづかいもらってないもん」
亜紀が、暗い顔をした。
「でも、リボンとかお花くらいだったら、100円均一のお店でも買えるよ」
「あっ、いいねぇ!」
「おもしろそう!」
と、さおりとちえみが顔を見合わせた。
「だ、か、ら!」
亜紀が、怒ったように言う。
「100円だって、10円だってないものは、な、い、の!」
「そっ、か……」
美咲は、亜紀を喜ばせようと考えたアイデアが、間違っていたことにとまどった。
(どうしよう……)
美咲は、頭の中をフル回転させて、他にいいアイデアがないか考えた。亜紀の、嬉しそうな顔が見たかった。
「じゃぁ、亜紀ちゃんの分はわたしが買うから。ね? それならいいでしょ?」
美咲が恐る恐る言うと、亜紀は怖い顔をして美咲をにらんだ。
「ぜったいに、いや!」
亜紀の目に、みるみると涙のかたまりがもりあがってくる。
「そんなことしたら、本当の友だちじゃなくなっちゃうよ」
亜紀が、くやしそうに下唇をかむ。
美咲はあわてて言った。
「わかった、わかった。今のは全部なし! 衣装はそのまま!」
「えー」
さおりとちえみからは、不満の声があがる。
「こうなったら、衣装なんかでごまかさない! バトントワリングの技で勝負だ! 運動会まで3週間。今のダンスに、もう少し高度な技を取り入れようよ」
「うん、それならいいよ」
亜紀が涙をぬぐって、目を輝かせる。
「技ってどんなの?」
さおりが、不安そうな顔をしている。
「えっと、まずバトンを高く投げて」
言いながら、空中にバトンを放り投げる。
「その間に、ワンスピン」
クルッとターンして、落ちてきたバトンをキャッチする。
さおりとちえみが、浮かない顔を見合わせる。
「今のままなら、間違わずに踊れるのに、そんなことして失敗したら、余計に人が入らなくなるんじゃない?」
「1回転くらいなら、3週間あればできるようになると思う」
「やってみようよ。さおりちゃん! ちえみちゃん! わたし、やってみたい」
亜紀が、さおりとちえみの腕をつかむ。
「やるって言ってくれるまで、この手を離さないんだからっ」
「もうー。わかったってば、亜紀ちゃん」
さおりが、苦笑いしながら亜紀の手を振りほどく。
「わたしも、やるってば」
ちえみも、亜紀の手から逃れるように体をよじらせた。
◇
その週は、ずっとワンスピンの練習だった。
三人が投げたバトンは、あっちこっちに飛んでいく。
スピンでよろける。バトンが上から降ってくる。三人とも、手や足があざだらけになった。
「投げてから回って! 投げながら回ると、右に飛んでいっちゃうから!」
美咲は、必死で叫んだ。
「怖がらずに、もっと高く上げて! 軸足がぶれないように!」
何度も何度も同じことを繰りかえす。
あざができても、体中が痛くても誰も文句を言わずにバトンを投げ続けた。
必死で叫ぶ美咲に、三人とも必死でついていく。
バトンがクルクルと回転して、さおりの手の中におさまった。続けてちえみも、ワンスピンを成功させた。
「やったー!」
さおりとちえみが、抱き合って喜ぶ。
1回できたら、コツをつかんだようで、次々と成功していく。
「もう! なんでわたしだけできないの!」
亜紀がイライラして、足をふみならす。
「失敗があるから、成功があるんだよ! 絶対できるから、あきらめないっ!」
美咲は亜紀の前で、バトンを高く上げ素早く回ると、落ちてきたバトンを余裕でキャッチした。
「亜紀ちゃんは、なんでバトンやっているの? 亜紀ちゃんも、バトントワラーになりたいの?」
亜紀は、首を横に振った。
「わたしは、みんなをハッピーにしたいだけ。バトンって、見ている人もやっている人も、幸せにしてくれるでしょ?」
亜紀は、そこまで言うと、美咲から目をそらした。
「うん。わたしも、バトンの演技で、みんなを幸せな気持ちにしたい。だからバトントワラーになりたいんだ」
亜紀は、美咲の方を見ようとしない。
「亜紀ちゃんは、バトントワラーになりたくないの?」
「わたし、美咲ちゃんみたいに、将来の夢とかは、まだわかんない」
亜紀の横顔は、少し悲しそうに見えた。
「将来の夢、ないの?」
美咲は、なんだか亜紀が、本当のことを言ってくれていないような気がした。
いつも人の目を見て話す亜紀。元気な亜紀が、美咲のことをまっすぐ見てくれない。
「まだ、決まってない。だから夢に向かってまっすぐな美咲ちゃんが、うらやましいんだ」
亜紀が、少し気だるそうに、バトンを空に放り投げた。
銀色のバトンが、青空に向かってまっすぐ高く、上がっていく。
「今だ! スピン!」
美咲が叫ぶと、はっとして亜紀が1回転した。
回転し終わった亜紀の手に、バトンが戻ってくる。
亜紀は、目をパチパチさせている。
「やった! できたじゃん! 亜紀ちゃん」
美咲が亜紀に飛びつくと、
「イヤッホー!」
と、亜紀が美咲の両手を取って、グルグルと回った。
「うわー。目が回るー」
二人はフラフラになって、アスファルトの上に倒れた。
青空に向かって、仰向けになる。
「できたー!」
亜紀が、大きな声を、空に向かって放り投げた。
「えー、なんでわたしが」
「だって、土曜なのにお父さんは仕事だし、お母さんは引っ越しの片づけ、まだ残っているんだもの」
友里が、公園、公園とはしゃいでいる。
リビングのサイドテーブルに置かれた鉢が、美咲の目に入る。
ピンク色をした花は、窓から差し込む太陽の光を受けて気持ちよさそうだ。
美咲はまだ、理央からもらったこの花の名前も花言葉も調べていない。
亜紀が、バトン教室のことを図書館のインターネットで調べてくれたことを思い出す。家にもお父さんのパソコンはあるが、自由には使わせてもらえない。
(図書館に行けば、インターネットか図鑑で花の名前を調べられるかな)
でも、調べるのは怖いような気もした。
(すごく嫌な花言葉だったらどうしよう)
そしたら今度こそ、美咲の心はポキッと折れて立ち直れない気がした。きっと知らない方がいいことだってある。
「お姉ちゃん、早く公園行こうよ」
友里が、美咲のTシャツのすそをひっぱって言う。
「だって、わたし、バトンの練習したいし、図書館にも……」
美咲の声が小さくなる。
「バトンなら公園でやればいいでしょ」
お母さんが、ダンボールからしわくちゃになった服を出しながら、きっぱりと言った。
「あー、これじゃぁ、もう1回アイロンかけなくちゃ着られないわ」
お母さんがイライラし始めているのがわかった。これ以上ここでグズグズしていたら、怒られそうだ。
はぁー、とため息をついて、美咲は左手にバトン、右手に友里の手をとった。
「やったぁ! 公園、公園」
友里が、楽しそうに飛び跳ねた。
◇
遊具で遊ぶ友里から目を離さないようにと、お母さんに何度も念を押されたから、練習とはいってもバトンに集中できなかった。
適当にバトンをクルクル回しながら、すべり台の上から笑顔で手を振る友里に、手を振り返す。
足元に、何かが当たった。
「いたっ」
美咲は足をさすりながら、足元に目をやった。
サッカーボールだった。
「あ、わりぃ、わりぃ」
走りながらやってきた坊主頭の子が、ゴメンと顔の前に手をやっている。
見覚えのある顔だった。
(だれだったかな)
記憶をひっぱり出すように、頭の中をフル回転させた。
やっと思い出して、美咲はパチンと手を叩いた。
「もしかして、亜紀ちゃんの……お兄ちゃん?」
坊主頭の子が、はっとして、美咲の方を指さした。
「あぁ! 君、見たことある。転入生の子?」
美咲がうなずいた。
「俺、亜紀のアニキの村田敦也。小6なんだ」
そう言って、美咲のことをのぞきこむように見た。
「確かに、近くで見るとかわいいな」
「えっ?」
美咲は、はずかしくなってうつむいた。
「いや、亜紀がさ、バトンクラブに、めっちゃかわいい子が入ったって騒いでてさ」
「亜紀ちゃん、そんなこと言ってるの?」
顔が、どんどん熱くほてっていく。
「美咲ちゃんみたいにかわいい子がいたら、バトンクラブも人が増えるだろうなぁ」
「そんなこと……ないよ」
美咲は遠慮がちに、顔の前で手を振った。
「そんなこと、絶対、あるある!」
敦也が笑って言う。
「亜紀、バトンクラブがつぶれないようにって必死なんだ」
「亜紀ちゃん、そんなにバトンが好きなの?」
美咲が聞くと、そういうわけじゃなくて、と敦也が続けた。
「まぁ、もちろんそれもあるんだけど、バトンクラブがつぶれちゃったら、あのヒラヒラの衣装、着られなくなるだろ?」
「亜紀ちゃん、あの衣装そんなに気に入ってるんだ」
美咲は驚いて言った。
さおりとちえみは、デザインが古臭いと言っていた。
「気に入ってるっていうか、あいつ、スカート1枚も持ってないからさ。バトンクラブに入ればスカートがはけるって喜んでて。あいつ、いつも俺のお古しか着させてもらえないから……」
敦也の声が、だんだん小さくなっていく。
「敦也。早くしろよー」
広場の方から、男の子たちが呼んでいる。
「今行くー!」
敦也が振り返って叫んだ。
美咲は首をかしげた。
どういうことなんだろう。友里は妹だから、お古も着るけど、新しい服を買ってもらうこともある。
「なんで、お古しか着させてもらえな……」
言いかけて美咲は、口をつぐんだ。
「うち、父ちゃんいないからさ。母ちゃんが頑張ってパートで稼いでくれるけど、つまり金がないってことだよ」
敦也が、申し訳なさそうな顔をして言った。
「だから、バトンクラブがつぶれないように、亜紀のためにも頑張ってよ。俺からのお願い!」
敦也は、パチンといきおいよく両手を顔の前で合わせた。
「おーい、敦也―」
男の子たちが、待ちきれない様子で叫んでいる。
「今、行くってば!」
敦也はクルッと向きを変え、ドリブルしながら走り去っていった。
◇
月曜日。
バトンクラブのメンバーが集まると、美咲は提案した。
「下級生にバトンクラブに入りたいって思ってもらうためには、この衣装じゃダメだと思うの」
美咲は、紙袋から赤と白の衣装を取り出した。
「えー! これ見て入りたいって思ったわたしはどうなるのよ!」
亜紀が、うらめしそうに美咲を見る。
「あはは。まぁ、一人くらいはいるかもだけど」
美咲は、笑ってごまかした。
「やっぱ可愛くないもんね、これ」
と、さおりが白いスカートをひっぱった。
「もっとたくさんの子たちに、入ってもらいたいでしょ?」
美咲が言うと、亜紀は、まあねと、素直にうなずいた。
「新しい衣装を買うのは無理かもだけど……」
そこまで言ったところで、
「絶対、ムリ、ムリ!」
と、亜紀が声を張りあげた。
「だから、リメイクしてみない?」
「リメイク?」
亜紀とさおりとちえみの声が重なる。
「えっと、リボンとかお花とか、可愛いキラキラしたものを、衣装に縫いつけるの。胸のところでもいいし、スカートのところでも」
「わたし、ムリ。おこづかいもらってないもん」
亜紀が、暗い顔をした。
「でも、リボンとかお花くらいだったら、100円均一のお店でも買えるよ」
「あっ、いいねぇ!」
「おもしろそう!」
と、さおりとちえみが顔を見合わせた。
「だ、か、ら!」
亜紀が、怒ったように言う。
「100円だって、10円だってないものは、な、い、の!」
「そっ、か……」
美咲は、亜紀を喜ばせようと考えたアイデアが、間違っていたことにとまどった。
(どうしよう……)
美咲は、頭の中をフル回転させて、他にいいアイデアがないか考えた。亜紀の、嬉しそうな顔が見たかった。
「じゃぁ、亜紀ちゃんの分はわたしが買うから。ね? それならいいでしょ?」
美咲が恐る恐る言うと、亜紀は怖い顔をして美咲をにらんだ。
「ぜったいに、いや!」
亜紀の目に、みるみると涙のかたまりがもりあがってくる。
「そんなことしたら、本当の友だちじゃなくなっちゃうよ」
亜紀が、くやしそうに下唇をかむ。
美咲はあわてて言った。
「わかった、わかった。今のは全部なし! 衣装はそのまま!」
「えー」
さおりとちえみからは、不満の声があがる。
「こうなったら、衣装なんかでごまかさない! バトントワリングの技で勝負だ! 運動会まで3週間。今のダンスに、もう少し高度な技を取り入れようよ」
「うん、それならいいよ」
亜紀が涙をぬぐって、目を輝かせる。
「技ってどんなの?」
さおりが、不安そうな顔をしている。
「えっと、まずバトンを高く投げて」
言いながら、空中にバトンを放り投げる。
「その間に、ワンスピン」
クルッとターンして、落ちてきたバトンをキャッチする。
さおりとちえみが、浮かない顔を見合わせる。
「今のままなら、間違わずに踊れるのに、そんなことして失敗したら、余計に人が入らなくなるんじゃない?」
「1回転くらいなら、3週間あればできるようになると思う」
「やってみようよ。さおりちゃん! ちえみちゃん! わたし、やってみたい」
亜紀が、さおりとちえみの腕をつかむ。
「やるって言ってくれるまで、この手を離さないんだからっ」
「もうー。わかったってば、亜紀ちゃん」
さおりが、苦笑いしながら亜紀の手を振りほどく。
「わたしも、やるってば」
ちえみも、亜紀の手から逃れるように体をよじらせた。
◇
その週は、ずっとワンスピンの練習だった。
三人が投げたバトンは、あっちこっちに飛んでいく。
スピンでよろける。バトンが上から降ってくる。三人とも、手や足があざだらけになった。
「投げてから回って! 投げながら回ると、右に飛んでいっちゃうから!」
美咲は、必死で叫んだ。
「怖がらずに、もっと高く上げて! 軸足がぶれないように!」
何度も何度も同じことを繰りかえす。
あざができても、体中が痛くても誰も文句を言わずにバトンを投げ続けた。
必死で叫ぶ美咲に、三人とも必死でついていく。
バトンがクルクルと回転して、さおりの手の中におさまった。続けてちえみも、ワンスピンを成功させた。
「やったー!」
さおりとちえみが、抱き合って喜ぶ。
1回できたら、コツをつかんだようで、次々と成功していく。
「もう! なんでわたしだけできないの!」
亜紀がイライラして、足をふみならす。
「失敗があるから、成功があるんだよ! 絶対できるから、あきらめないっ!」
美咲は亜紀の前で、バトンを高く上げ素早く回ると、落ちてきたバトンを余裕でキャッチした。
「亜紀ちゃんは、なんでバトンやっているの? 亜紀ちゃんも、バトントワラーになりたいの?」
亜紀は、首を横に振った。
「わたしは、みんなをハッピーにしたいだけ。バトンって、見ている人もやっている人も、幸せにしてくれるでしょ?」
亜紀は、そこまで言うと、美咲から目をそらした。
「うん。わたしも、バトンの演技で、みんなを幸せな気持ちにしたい。だからバトントワラーになりたいんだ」
亜紀は、美咲の方を見ようとしない。
「亜紀ちゃんは、バトントワラーになりたくないの?」
「わたし、美咲ちゃんみたいに、将来の夢とかは、まだわかんない」
亜紀の横顔は、少し悲しそうに見えた。
「将来の夢、ないの?」
美咲は、なんだか亜紀が、本当のことを言ってくれていないような気がした。
いつも人の目を見て話す亜紀。元気な亜紀が、美咲のことをまっすぐ見てくれない。
「まだ、決まってない。だから夢に向かってまっすぐな美咲ちゃんが、うらやましいんだ」
亜紀が、少し気だるそうに、バトンを空に放り投げた。
銀色のバトンが、青空に向かってまっすぐ高く、上がっていく。
「今だ! スピン!」
美咲が叫ぶと、はっとして亜紀が1回転した。
回転し終わった亜紀の手に、バトンが戻ってくる。
亜紀は、目をパチパチさせている。
「やった! できたじゃん! 亜紀ちゃん」
美咲が亜紀に飛びつくと、
「イヤッホー!」
と、亜紀が美咲の両手を取って、グルグルと回った。
「うわー。目が回るー」
二人はフラフラになって、アスファルトの上に倒れた。
青空に向かって、仰向けになる。
「できたー!」
亜紀が、大きな声を、空に向かって放り投げた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
ちょっとだけマーメイド~暴走する魔法の力~
ことは
児童書・童話
星野桜、小学6年生。わたしには、ちょっとだけマーメイドの血が流れている。
むかしむかし、人魚の娘が人間の男の人と結婚して、わたしはずっとずっと後に生まれた子孫の一人だ。
わたしの足は水に濡れるとうろこが生え、魚の尾に変化してしまう。
――わたし、絶対にみんなの前でプールに入ることなんてできない。もしそんなことをしたら、きっと友達はみんな、わたしから離れていく。
だけど、おぼれた麻衣ちゃんを助けるため、わたしはあの日プールに飛び込んだ。
全14話 完結
踊るねこ
ことは
児童書・童話
ヒップホップダンスを習っている藤崎はるかは、ダンサーを夢見る小学6年生。ダンスコンテストに出る選抜メンバーを決めるオーディション前日、インフルエンザにかかり外出禁止となってしまう。
そんな時、はるかの前に現れたのは、お喋りができる桃色のこねこのモモ。キラキラ星(せい)から来たというモモは、クローン技術により生まれたクローンモンスターだ。どんな姿にも変身できるモモは、はるかの代わりにオーディションを受けることになった。
だが、モモはオーディションに落ちてしまう。親友の結衣と美加だけが選抜メンバーに選ばれ、落ちこむはるか。
一度はコンテスト出場を諦めたが、中学1年生のブレイクダンサー、隼人のプロデュースで、はるかの姿に変身したモモと二人でダンスコンテストに出場することに!?
【表紙イラスト】ノーコピーライトガール様からお借りしました。
https://fromtheasia.com/illustration/nocopyrightgirl
おなら、おもっきり出したいよね
魚口ホワホワ
児童書・童話
ぼくの名前は、出男(でるお)、おじいちゃんが、世界に出て行く男になるようにと、つけられたみたい。
でも、ぼくの場合は、違うもの出ちゃうのさ、それは『おなら』すぐしたくなっちゃんだ。
そんなある日、『おならの妖精ププ』に出会い、おならの意味や大切さを教えてもらったのさ。
やっぱり、おならは、おもっきり出したいよね。
ハンナと先生 南の国へ行く
マツノポンティ さくら
児童書・童話
10歳のハンナは、同じ街に住むジョン先生に動物の言葉を教わりました。ハンナは先生と一緒に南の国へ行き、そこで先生のお手伝いをしたり、小鳥の友達を助けたりします。しかしハンナたちが訪れた鳥の王国には何か秘密がありそうです。

夢の中で人狼ゲーム~負けたら存在消滅するし勝ってもなんかヤバそうなんですが~
世津路 章
児童書・童話
《蒲帆フウキ》は通信簿にも“オオカミ少年”と書かれるほどウソつきな小学生男子。
友達の《東間ホマレ》・《印路ミア》と一緒に、時々担任のこわーい本間先生に怒られつつも、おもしろおかしく暮らしていた。
ある日、駅前で配られていた不思議なカードをもらったフウキたち。それは、夢の中で行われる《バグストマック・ゲーム》への招待状だった。ルールは人狼ゲームだが、勝者はなんでも願いが叶うと聞き、フウキ・ホマレ・ミアは他の参加者と対決することに。
だが、彼らはまだ知らなかった。
ゲームの敗者は、現実から存在が跡形もなく消滅すること――そして勝者ですら、ゲームに潜む呪いから逃れられないことを。
敗退し、この世から消滅した友達を取り戻すため、フウキはゲームマスターに立ち向かう。
果たしてウソつきオオカミ少年は、勝っても負けても詰んでいる人狼ゲームに勝利することができるのだろうか?
8月中、ほぼ毎日更新予定です。
(※他小説サイトに別タイトルで投稿してます)

【完結】おしゃべりトランクの日曜日
朝日みらい
児童書・童話
国語の時間で作文の宿題が出ました。お題はお父さんのこと。お父さん、無口な人だから、ちょっと面倒くさい。お父さんは、ふだんからあんまり話さないし、朝六時から会社に出かけて、帰ってくるのは夜の八時を過ぎてから。土曜と日曜日の休みは、ほとんど書斎から出てきません ふだん、お父さんは夕ご飯を食べたら、すやすやとベッドに直行……。そんなお父さんのことを作文にするなんて、果たしてできるの?
イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~
友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。
全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる