魔法のステッキ

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4 バトンの先生

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「もう1回、曲かけてくれる?」

 美咲が言うと、ちえみがCDプレーヤーのスイッチを押した。

 美咲はランドセルから、自分のバトンを取り出した。

 ミッキーマウスマーチに合わせて、美咲はその場の思いつきで踊った。

 高く飛び跳ねる美咲の周りを、バトンが生き物のように高速でクルクルと回転する。リズムに合わせてステップを踏む間も、バトンの動きは止まらない。

 踊りながらバトンを手から離し、腕や肩の上を転がす。バトンが、体の一部になったようだった。

 つかんだバトンを、回転させながらまっすぐ上に投げる。

 青空に、銀色のバトンが溶けこむように輝く。

――透明の糸。

 バトンと美咲の指先が、透明の糸でつながっているのを感じた。

 どんなに離れても、バトンは美咲の手に戻ってくることが、約束されている。

 バトンが空中を舞っている間に、スピンを2回して、落ちてきたバトンをキャッチする。

 またすぐに投げる。

 片足を軸にして、腰を中心に、体全体を車輪のように回転させる。バトントワリングで、イリュージョンと呼ばれる技だ。

 技を決め、空から落ちてきたバトンがすっと美咲の手におさまる瞬間、何とも言えない心地よさが全身をかけめぐる。

 いつの間にか、美咲の周りには、バトンクラブ以外の人たちの輪が出来ていた。

 クラブに入っていない上級生や、外で遊んでいた下級生たちが、美咲の演技を、食い入るように見つめている。

 曲が終わった時、歓声とともに、拍手がわきおこった。

「美咲ちゃん、すごいっ!」

 亜紀が、走り寄ってきた。

 ほめられて悪い気はしなかったが、バトンクラブに入るのは断るつもりだった。

 美咲は、すっと息を吸って一気に言った。

「わたしはね、いつか世界で活躍できるような、バトントワラーになりたいの。わたしの夢なの。でも、きっとここにいたら、わたしの夢は叶わない」

 亜紀が、目を丸くした。

 だが、気を取り直したように首を横に振った。

「そんなことないよ。あきらめたら、そこで終わり。でも、あきらめなかったら、夢は絶対叶うよ」

「でも、もうバトン教室には通えないし」

 美咲はうつむいた。

「どこにいたって、どんな壁だって、乗り越えていける! 美咲ちゃんのバトンには、夢を叶える力がある!」

 亜紀が興奮した様子で、美咲の手をにぎった。

「それにね。ちょっと待って」

 亜紀が、さおりが持ってきた紙袋を、ガサゴソとあさっている。

「じゃーん」

 亜紀が体の前に何かをあてた。

 白のラインが入った、赤いノースリーブのトップスに、白いプリーツスカート。

 亜紀は、にこにこしながらクルッと一回転してみせた。

「運動会で着る衣装だよ。バトンクラブに入ったら貸してもらえるんだよ。かわいいでしょ?」

「何十年も前から変わっていないから、ちょっとデザインが古臭いけどね」

 さおりとちえみが、苦笑いする。

「そんなことないよー。わたし、これ着て踊っているお姉さんたちを見て、絶対バトンクラブ入るって決めたんだもん」

 亜紀が、プーッとほおを膨らませた。

(亜紀ちゃん、こういう女の子らしい恰好にも、興味あるんだ)

 美咲は、意外に思った。

「亜紀ー! わりー。ボール、けって!」

 運動場の方から、男の子の声がした。

 運動場をはみ出して、アスファルトの方に、サッカーボールが転がってくる。

 ゲームが中断され、男の子たちがこっちを見ながらダラダラと歩いていた。その中の坊主頭の子が一人、大きく両手を振り上げている。

「もう、しょうがないなぁ。あれ、うちの兄ちゃん」

 亜紀が小走りで助走をかけ、蹴り上げると、ボールはずいぶん遠くまで弧を描いて飛んでいった。

「すっごーい。亜紀ちゃん、バトンより、サッカーの方が合っているんじゃない? 服装も男の子っぽいし」

 美咲が亜紀のTシャツを引っ張ると、亜紀は顔を赤くした。

「やだ、もう。こんなのわたしの趣味なわけないじゃん。これ、兄ちゃんのお古だよ。うち、お金ないからさっ」

 亜紀がそっぽを向く。

「あ、ごめん」

「別にいいけど。そのかわり」

 亜紀が、クルッと美咲の方に向き直った。

「絶対にバトンクラブ、入ってよね」

 亜紀ににらまれると、美咲はこれ以上断る理由が思いつかなかった。

(どうしよう!?)

「えっと……バトンを教えてくれるのは、どんな先生?」

 苦しまぎれに聞いてみる。

「わたしたちはみんな、6年生からバトンを習うんだ。さっきの振り付けも、6年生が考えたんだよ」

 亜紀が、さおりとちえみを見ると、二人ともうなずいている。

「えっ! 先生、いないの?」

「バトンクラブの先生はいるけど、バトンは教えてくれないよ。だって先生、バトンできないもん」

 亜紀の言っていることが、美咲はうまく理解できなかった。

「バトンできないの? じゃあ先生って、なにやっているの?」

 美咲の質問に、ちえみが答える。

「先生は、鼓笛隊との日程調整とか、事務手続きみたいなことするだけだよ。あと、たまに練習見に来て、それなりにアドバイスくれたりするけど」

「それだけ?」

 うん、とちえみがうなずいた。

「あっ、そうだ!」

 さおりが、パチンと手を叩いた。

「美咲ちゃん、わたしたちのバトンの先生になってよ」

「そのアイデア、すごくいい!」

 亜紀が、目を輝かせた。

 ちえみも、サンセイ! と手をあげながらかけよってきた。

 亜紀とさおりとちえみ、三人が美咲を取り囲む。

 逃げたくても、周囲をがっちり固められて逃げる隙間がない。

「ね、美咲ちゃん」

 亜紀の声を合図に、三人が示し合せたように一斉に言った。

「「「バトンの先生になってよ」」」

「わ、わたしがーーー?」

 美咲の声が、大きく裏返った。
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