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「最近、やけに早く教室出ると思ってたら、いつもこいつの所に来てたのかよ」
翔太が、俊介の頭をはたく。いってーな、と言いながら俊介は乱れた髪を手櫛で直した。
「未来の記憶喪失事件から、二日に一度は、口説きに来てるよねー」
美波が教室から出てきて、未来と俊介に翔太が加わったばかりの輪の中に入ってきた。それを追いかけるようにして、恵理が廊下に出てくる。
「おいおい、みんなして、俺と未来ちゃんの仲を裂きにきたわけ?」
俊介がおどけるように、未来の肩に手を回した。未来がさりげなく体を避けようとした時だった。
「さわんなよ」
翔太の低い声に、未来は心臓をキュッとつかまれた。
「何それ、いきなり彼氏ヅラかよ」
俊介の言い方は喧嘩ごしではなく、ヘラヘラしていた。
だが、行動はそれに反し、やめるどころか乱暴に未来をぐっと自分の方に引き寄せた。未来は体を縮こまらせる。
「やだ、三角関係?」
美波がわざとふざけた調子で笑う。恵理は何も言わずに困った顔をしていた。
「未来ちゃんとは、ただの幼なじみなんだろ?」
俊介が確認するように、ゆっくりと言った。翔太は俊介から目をそらしただけで、何も言わない。
「翔太は俺を探しにきたわけ? それとも未来ちゃんに会いに来たわけ?」
俊介はそう言いながら、やっと未来の肩から手を離した。カチコチに固まっていた未来の体が、解放される。
「俺はよくわかんないけど、なんだか急にハルちゃんのことが気になったから……」
翔太はそっぽを向いたままそう言うと、思い出したように未来の方に向き直った。
「ハルちゃん、具合はどう?」
「実は、昨日からあまり調子が良くないみたいで、口数も少ないし食事も進まないの」
「それは、心配だなぁ……」
翔太の表情が陰るのを見て、未来は慌てて付け加えた。
「あっ、でも体調が良くなったり悪くなったりするのは、いつものことだから」
「けどあれから、体調悪いままなんだ」
美波が、険しい顔をして言った。
「わたしも心配……」
恵理の呟きが、重く沈んでいく。
未来はみんなに心配されればされるほど、何か悪いことが起きそうな気がして、一刻も早く家に帰りたくなった。1秒でも早く、春子の顔が見たくなった。
「ハルちゃんって誰?」
重い空気の間を縫うようにして、俊介が聞いた。
未来は一瞬ためらって、
「双子のお姉ちゃん。病気でほとんど寝たきりなの」
と、一息に答えた。
「未来ちゃん、双子だったのかぁ。もしかして、翔太が好きなのは、その姉ちゃんの方とか?」
翔太の顔に、困惑の色が浮かぶ。
「いや、やっぱり未来ちゃんだったりする?」
翔太は押し黙ったままだ。
俊介が、教室の時計を見た。
「あっ、いけね。こんな時間か。あー、もうめんどくせー。翔太が誰を好きでも俺には関係ねーや。俺、今日塾があるから、もう帰るわ」
俊介はあっという間に、走り去っていった。
「俊介には、本当のこと、話さないんだ」
翔太がぽつりと言った。
「だって俊介君って、なんか軽そうだし」
未来が言うと、美波が、
「あっ、翔太君、今嬉しそうな顔したー」
と、翔太を指差して笑った。
「してねーよ」
「絶対した、した。ね、恵理ちゃんも今見たでしょ?」
恵理が、え? と返事に困っている。
「もう、美波、からかわないでよ」
未来は、急激に熱くなった顔を手で扇いだ。
「もうすぐ冬休みに入るけど、休み中でもいいから、何か俺にできることあったら言って。ハルちゃんには俺も世話になったし、必要ならまた会いにいくから」
未来がうなずくと、じゃあな、と翔太は帰って行った。
「翔太君、本当は今日、未来の家に行きたかったんじゃない? 今日、翔太君、部活休みでしょ? ハルちゃんのことも心配かもだけど、狙いは未来だな」
美波が腕を組みながら、翔太の背中を見つめて、うん、うんと一人でうなずいている。
「そんなんじゃないよー。翔君は本当にハルちゃんのこと心配してるだけだよ。でも、ハルちゃんの体調がもう少しよくならないと、みんなには来てもらえないな」
「わたしたち、いつでも行くから、また呼んでね」
美波が言うと、恵理も、
「ハルちゃん、早くよくなるといいね」
と、眉を八の字に曲げて言った。
未来は、みんながまた、春子の部屋に遊びに来る日を想像しようとした。
だが、うまく頭に思い浮かべることが出来なかった。それは、自分の想像力の欠如だけが原因であることを切に願った。
翔太が、俊介の頭をはたく。いってーな、と言いながら俊介は乱れた髪を手櫛で直した。
「未来の記憶喪失事件から、二日に一度は、口説きに来てるよねー」
美波が教室から出てきて、未来と俊介に翔太が加わったばかりの輪の中に入ってきた。それを追いかけるようにして、恵理が廊下に出てくる。
「おいおい、みんなして、俺と未来ちゃんの仲を裂きにきたわけ?」
俊介がおどけるように、未来の肩に手を回した。未来がさりげなく体を避けようとした時だった。
「さわんなよ」
翔太の低い声に、未来は心臓をキュッとつかまれた。
「何それ、いきなり彼氏ヅラかよ」
俊介の言い方は喧嘩ごしではなく、ヘラヘラしていた。
だが、行動はそれに反し、やめるどころか乱暴に未来をぐっと自分の方に引き寄せた。未来は体を縮こまらせる。
「やだ、三角関係?」
美波がわざとふざけた調子で笑う。恵理は何も言わずに困った顔をしていた。
「未来ちゃんとは、ただの幼なじみなんだろ?」
俊介が確認するように、ゆっくりと言った。翔太は俊介から目をそらしただけで、何も言わない。
「翔太は俺を探しにきたわけ? それとも未来ちゃんに会いに来たわけ?」
俊介はそう言いながら、やっと未来の肩から手を離した。カチコチに固まっていた未来の体が、解放される。
「俺はよくわかんないけど、なんだか急にハルちゃんのことが気になったから……」
翔太はそっぽを向いたままそう言うと、思い出したように未来の方に向き直った。
「ハルちゃん、具合はどう?」
「実は、昨日からあまり調子が良くないみたいで、口数も少ないし食事も進まないの」
「それは、心配だなぁ……」
翔太の表情が陰るのを見て、未来は慌てて付け加えた。
「あっ、でも体調が良くなったり悪くなったりするのは、いつものことだから」
「けどあれから、体調悪いままなんだ」
美波が、険しい顔をして言った。
「わたしも心配……」
恵理の呟きが、重く沈んでいく。
未来はみんなに心配されればされるほど、何か悪いことが起きそうな気がして、一刻も早く家に帰りたくなった。1秒でも早く、春子の顔が見たくなった。
「ハルちゃんって誰?」
重い空気の間を縫うようにして、俊介が聞いた。
未来は一瞬ためらって、
「双子のお姉ちゃん。病気でほとんど寝たきりなの」
と、一息に答えた。
「未来ちゃん、双子だったのかぁ。もしかして、翔太が好きなのは、その姉ちゃんの方とか?」
翔太の顔に、困惑の色が浮かぶ。
「いや、やっぱり未来ちゃんだったりする?」
翔太は押し黙ったままだ。
俊介が、教室の時計を見た。
「あっ、いけね。こんな時間か。あー、もうめんどくせー。翔太が誰を好きでも俺には関係ねーや。俺、今日塾があるから、もう帰るわ」
俊介はあっという間に、走り去っていった。
「俊介には、本当のこと、話さないんだ」
翔太がぽつりと言った。
「だって俊介君って、なんか軽そうだし」
未来が言うと、美波が、
「あっ、翔太君、今嬉しそうな顔したー」
と、翔太を指差して笑った。
「してねーよ」
「絶対した、した。ね、恵理ちゃんも今見たでしょ?」
恵理が、え? と返事に困っている。
「もう、美波、からかわないでよ」
未来は、急激に熱くなった顔を手で扇いだ。
「もうすぐ冬休みに入るけど、休み中でもいいから、何か俺にできることあったら言って。ハルちゃんには俺も世話になったし、必要ならまた会いにいくから」
未来がうなずくと、じゃあな、と翔太は帰って行った。
「翔太君、本当は今日、未来の家に行きたかったんじゃない? 今日、翔太君、部活休みでしょ? ハルちゃんのことも心配かもだけど、狙いは未来だな」
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「そんなんじゃないよー。翔君は本当にハルちゃんのこと心配してるだけだよ。でも、ハルちゃんの体調がもう少しよくならないと、みんなには来てもらえないな」
「わたしたち、いつでも行くから、また呼んでね」
美波が言うと、恵理も、
「ハルちゃん、早くよくなるといいね」
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