演じる家族

ことは

文字の大きさ
上 下
36 / 45
4幽霊

4-9

しおりを挟む
 その日の夜。夕飯もお風呂も済ませた後、未来はベッドに横になって、昼間のことを思い出していた。

 除霊は恵理の演技によって、予想以上にうまくいったはずだ。これで、春子が幽霊に悩まされる心配がなくなる。

 だが、そういった期待と同時に、残り火のようなチラチラとした不安もあった。除霊が終わった後の春子は、嬉しそうには見えなかった。

 机の上で短くスマホの着信音が鳴った。画面を見ると美波からメッセージがきていた。

 画面に表示される時計は、22時を過ぎている。

『鏡を失くしたみたい。未来の部屋に落ちてないかな? まさか、ハルちゃんの部屋には忘れてないと思うけど。心配だから探してみて』

「えっ!」

 読みながら、未来は思わず声を上げていた。

 下腹部の辺りに、キューっと痛みのような不安のかたまりが落ちていく。

 部屋を一通り見渡したが、それらしき物は落ちていない。

 自分の部屋を丹念に探す前に、春子の部屋を確認しなければならない。

 未来は、恵理が春子の部屋で、美波の鞄の中身をぶちまけたことを思い出した。

 すぐに1階に降りていった。

 リビングからは蛍光灯の明かりとテレビの音がかすかに漏れていた。両親はまだ起きているらしい。

 春子の部屋をノックしようとして、手を止める。

(もう、寝ているかもしれない)

 未来は廊下の電気をつけ、春子の部屋の扉を音がしないようにそっと開けた。

 わずかな廊下の明かりで、春子の部屋を照らす。

 春子は起き上がってこない。息を殺しながら入っていくと、春子の深い寝息が聞こえてきた。

 部屋をざっと見渡した限りでは、鏡は見当たらない。派手にデコレーションしてある美波の鏡が落ちていれば、すぐにわかるはずだ。

 未来は、床のフロアマットをめくった。何もない。床に手をついて、ベッドの下をのぞき込む。奥の方が暗くてよく見えない。

 未来は部屋の扉を全開にし、廊下の明かりが最大限に部屋に入るようにした。ベッドの下がかろうじて見えるようになったが、何も落ちていなかった。

 床に這いつくばって部屋の隅から隅まで見たが、鏡はなかった。念のため、押入れも開けようとした。

 その時、春子がうぅーっと唸った。

 未来は押入れを途中まで開けた状態で、手を止める。

 視線だけ、春子の方へ動かす。春子は一度寝返りをうつと、動かなくなった。

 未来は押入れから座布団を取り出し、間に鏡が挟まってないか確認したが、途中で今日は座布団を使っていなかったことを思い出した。

 探すべき場所は探したが、鏡はどこにも落ちていなかった。未来はほっとため息をついた。

 春子の部屋を出て、扉をそっと閉めた時、
「こんな時間にどうしたの?」
と、リビングから出てきた今日子に声をかけられた。

 未来は思わずビクッと肩を震わせた。

「何でもない」

「ハルちゃんの部屋から出てきたでしょ? 何か用があったの?」

 今日子が不審そうな顔をしている。

「美波が、鏡を忘れたかもしれないって言うから。あっ、でも大丈夫。ハルちゃんの部屋にはなかったよ。忘れたとしたら、わたしの部屋だよ。でも、家に忘れたんじゃないかもだし」

 今日子がため息をついた。

「余計な心配かけないでちょうだい。だからお母さん、お友だちをハルちゃんに会わせるのは気がすすまなかったのよ」

「でも、ハルちゃん、すごく喜んでいたよ」

 未来の声は、自然ととがってしまう。

「未来はあの時、家にいなかったから」

 今日子が、春子が鏡を見て倒れた時のことを言っているのはわかった。

 だが、自分が家にいなかったからといって、何を責められなければならないのか。

 未来には、今日子の一言一言がみぞおちのあたりに棘のようにささってくるような気がしてならなかった。

「どういう意味?」

「ハルちゃんに鏡を見せることが、未来には、どれだけ危険かわかっていないって言ったのよ」

「わかっているよ。だから必死で探したんじゃんっ」

 抑えていたつもりだが、声が自然と大きくなる。

 今日子は何も言わずに、お風呂場に向かおうとした。

「わたしだって、ハルちゃんのためを思ってやっているんだからっ」

 今日子の背中に、沸きあがってきた怒りを投げつける。

 今日子がゆっくりと振り向く。

「ハルちゃん、起きちゃうから、静かに」

「もう、なんなのよっ」

「ごめんね、お母さん言いすぎた。未来の気持ちはちゃんとわかっているわ。ありがとうね」

 未来は、突然今日子の顔が何歳も老け込んだような気がした。

 自分だけが怒りを強く母にぶつけてしまったことに、すまない気持ちになった。だが、謝ろうと思った時には、今日子はお風呂場に姿を消してしまっていた。

 未来は重い気分のまま、美波に『わたしの部屋にもハルちゃんの部屋にもなかったよ』とメッセージを返した。

『りょーかい。もう一度自分の家を探してみるね』とすぐに美波から返信があった。

 胃の中で何かがもやもやと動いている気がした。

 未来はため息をついた。深く息を吸って、もう一度吐き出す。

 それでも、胃の中にあるもやもやは、ちっとも出て行かなかった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

余命-24h

安崎依代@『絶華の契り』1/31発売決定
ライト文芸
【書籍化しました! 好評発売中!!】 『砂状病(さじょうびょう)』もしくは『失踪病』。 致死率100パーセント、病に気付くのは死んだ後。 罹患した人間に自覚症状はなく、ある日突然、体が砂のように崩れて消える。 検体が残らず自覚症状のある患者も発見されないため、感染ルートの特定も、特効薬の開発もされていない。 全世界で症例が報告されているが、何分死体が残らないため、正確な症例数は特定されていない。 世界はこの病にじわじわと確実に侵食されつつあったが、現実味のない話を受け止めきれない人々は、知識はあるがどこか遠い話としてこの病気を受け入れつつあった。 この病には、罹患した人間とその周囲だけが知っている、ある大きな特徴があった。 『発症して体が崩れたのち、24時間だけ、生前と同じ姿で、己が望んだ場所で行動することができる』 あなたは、人生が終わってしまった後に残された24時間で、誰と、どこで、何を成しますか? 砂になって消えた人々が、余命『マイナス』24時間で紡ぐ、最期の最後の物語。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

鬼母(おにばば)日記

歌あそべ
現代文学
ひろしの母は、ひろしのために母親らしいことは何もしなかった。 そんな駄目な母親は、やがてひろしとひろしの妻となった私を悩ます鬼母(おにばば)に(?) 鬼母(おにばば)と暮らした日々を綴った日記。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

形而上の愛

羽衣石ゐお
ライト文芸
『高専共通システムに登録されているパスワードの有効期限が近づいています。パスワードを変更してください。』  そんなメールを無視し続けていたある日、高専生の東雲秀一は結瀬山を散歩していると驟雨に遭い、通りかかった四阿で雨止みを待っていると、ひとりの女性に出会う。 「私を……見たことはありませんか」  そんな奇怪なことを言い出した女性の美貌に、東雲は心を確かに惹かれてゆく。しかしそれが原因で、彼が持ち前の虚言癖によって遁走してきたものたちと、再び向かい合うことになるのだった。  ある梅雨を境に始まった物語は、無事エンドロールに向かうのだろうか。心苦しい、ひと夏の青春文学。

処理中です...