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4幽霊
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その日の夜。夕飯もお風呂も済ませた後、未来はベッドに横になって、昼間のことを思い出していた。
除霊は恵理の演技によって、予想以上にうまくいったはずだ。これで、春子が幽霊に悩まされる心配がなくなる。
だが、そういった期待と同時に、残り火のようなチラチラとした不安もあった。除霊が終わった後の春子は、嬉しそうには見えなかった。
机の上で短くスマホの着信音が鳴った。画面を見ると美波からメッセージがきていた。
画面に表示される時計は、22時を過ぎている。
『鏡を失くしたみたい。未来の部屋に落ちてないかな? まさか、ハルちゃんの部屋には忘れてないと思うけど。心配だから探してみて』
「えっ!」
読みながら、未来は思わず声を上げていた。
下腹部の辺りに、キューっと痛みのような不安のかたまりが落ちていく。
部屋を一通り見渡したが、それらしき物は落ちていない。
自分の部屋を丹念に探す前に、春子の部屋を確認しなければならない。
未来は、恵理が春子の部屋で、美波の鞄の中身をぶちまけたことを思い出した。
すぐに1階に降りていった。
リビングからは蛍光灯の明かりとテレビの音がかすかに漏れていた。両親はまだ起きているらしい。
春子の部屋をノックしようとして、手を止める。
(もう、寝ているかもしれない)
未来は廊下の電気をつけ、春子の部屋の扉を音がしないようにそっと開けた。
わずかな廊下の明かりで、春子の部屋を照らす。
春子は起き上がってこない。息を殺しながら入っていくと、春子の深い寝息が聞こえてきた。
部屋をざっと見渡した限りでは、鏡は見当たらない。派手にデコレーションしてある美波の鏡が落ちていれば、すぐにわかるはずだ。
未来は、床のフロアマットをめくった。何もない。床に手をついて、ベッドの下をのぞき込む。奥の方が暗くてよく見えない。
未来は部屋の扉を全開にし、廊下の明かりが最大限に部屋に入るようにした。ベッドの下がかろうじて見えるようになったが、何も落ちていなかった。
床に這いつくばって部屋の隅から隅まで見たが、鏡はなかった。念のため、押入れも開けようとした。
その時、春子がうぅーっと唸った。
未来は押入れを途中まで開けた状態で、手を止める。
視線だけ、春子の方へ動かす。春子は一度寝返りをうつと、動かなくなった。
未来は押入れから座布団を取り出し、間に鏡が挟まってないか確認したが、途中で今日は座布団を使っていなかったことを思い出した。
探すべき場所は探したが、鏡はどこにも落ちていなかった。未来はほっとため息をついた。
春子の部屋を出て、扉をそっと閉めた時、
「こんな時間にどうしたの?」
と、リビングから出てきた今日子に声をかけられた。
未来は思わずビクッと肩を震わせた。
「何でもない」
「ハルちゃんの部屋から出てきたでしょ? 何か用があったの?」
今日子が不審そうな顔をしている。
「美波が、鏡を忘れたかもしれないって言うから。あっ、でも大丈夫。ハルちゃんの部屋にはなかったよ。忘れたとしたら、わたしの部屋だよ。でも、家に忘れたんじゃないかもだし」
今日子がため息をついた。
「余計な心配かけないでちょうだい。だからお母さん、お友だちをハルちゃんに会わせるのは気がすすまなかったのよ」
「でも、ハルちゃん、すごく喜んでいたよ」
未来の声は、自然ととがってしまう。
「未来はあの時、家にいなかったから」
今日子が、春子が鏡を見て倒れた時のことを言っているのはわかった。
だが、自分が家にいなかったからといって、何を責められなければならないのか。
未来には、今日子の一言一言がみぞおちのあたりに棘のようにささってくるような気がしてならなかった。
「どういう意味?」
「ハルちゃんに鏡を見せることが、未来には、どれだけ危険かわかっていないって言ったのよ」
「わかっているよ。だから必死で探したんじゃんっ」
抑えていたつもりだが、声が自然と大きくなる。
今日子は何も言わずに、お風呂場に向かおうとした。
「わたしだって、ハルちゃんのためを思ってやっているんだからっ」
今日子の背中に、沸きあがってきた怒りを投げつける。
今日子がゆっくりと振り向く。
「ハルちゃん、起きちゃうから、静かに」
「もう、なんなのよっ」
「ごめんね、お母さん言いすぎた。未来の気持ちはちゃんとわかっているわ。ありがとうね」
未来は、突然今日子の顔が何歳も老け込んだような気がした。
自分だけが怒りを強く母にぶつけてしまったことに、すまない気持ちになった。だが、謝ろうと思った時には、今日子はお風呂場に姿を消してしまっていた。
未来は重い気分のまま、美波に『わたしの部屋にもハルちゃんの部屋にもなかったよ』とメッセージを返した。
『りょーかい。もう一度自分の家を探してみるね』とすぐに美波から返信があった。
胃の中で何かがもやもやと動いている気がした。
未来はため息をついた。深く息を吸って、もう一度吐き出す。
それでも、胃の中にあるもやもやは、ちっとも出て行かなかった。
除霊は恵理の演技によって、予想以上にうまくいったはずだ。これで、春子が幽霊に悩まされる心配がなくなる。
だが、そういった期待と同時に、残り火のようなチラチラとした不安もあった。除霊が終わった後の春子は、嬉しそうには見えなかった。
机の上で短くスマホの着信音が鳴った。画面を見ると美波からメッセージがきていた。
画面に表示される時計は、22時を過ぎている。
『鏡を失くしたみたい。未来の部屋に落ちてないかな? まさか、ハルちゃんの部屋には忘れてないと思うけど。心配だから探してみて』
「えっ!」
読みながら、未来は思わず声を上げていた。
下腹部の辺りに、キューっと痛みのような不安のかたまりが落ちていく。
部屋を一通り見渡したが、それらしき物は落ちていない。
自分の部屋を丹念に探す前に、春子の部屋を確認しなければならない。
未来は、恵理が春子の部屋で、美波の鞄の中身をぶちまけたことを思い出した。
すぐに1階に降りていった。
リビングからは蛍光灯の明かりとテレビの音がかすかに漏れていた。両親はまだ起きているらしい。
春子の部屋をノックしようとして、手を止める。
(もう、寝ているかもしれない)
未来は廊下の電気をつけ、春子の部屋の扉を音がしないようにそっと開けた。
わずかな廊下の明かりで、春子の部屋を照らす。
春子は起き上がってこない。息を殺しながら入っていくと、春子の深い寝息が聞こえてきた。
部屋をざっと見渡した限りでは、鏡は見当たらない。派手にデコレーションしてある美波の鏡が落ちていれば、すぐにわかるはずだ。
未来は、床のフロアマットをめくった。何もない。床に手をついて、ベッドの下をのぞき込む。奥の方が暗くてよく見えない。
未来は部屋の扉を全開にし、廊下の明かりが最大限に部屋に入るようにした。ベッドの下がかろうじて見えるようになったが、何も落ちていなかった。
床に這いつくばって部屋の隅から隅まで見たが、鏡はなかった。念のため、押入れも開けようとした。
その時、春子がうぅーっと唸った。
未来は押入れを途中まで開けた状態で、手を止める。
視線だけ、春子の方へ動かす。春子は一度寝返りをうつと、動かなくなった。
未来は押入れから座布団を取り出し、間に鏡が挟まってないか確認したが、途中で今日は座布団を使っていなかったことを思い出した。
探すべき場所は探したが、鏡はどこにも落ちていなかった。未来はほっとため息をついた。
春子の部屋を出て、扉をそっと閉めた時、
「こんな時間にどうしたの?」
と、リビングから出てきた今日子に声をかけられた。
未来は思わずビクッと肩を震わせた。
「何でもない」
「ハルちゃんの部屋から出てきたでしょ? 何か用があったの?」
今日子が不審そうな顔をしている。
「美波が、鏡を忘れたかもしれないって言うから。あっ、でも大丈夫。ハルちゃんの部屋にはなかったよ。忘れたとしたら、わたしの部屋だよ。でも、家に忘れたんじゃないかもだし」
今日子がため息をついた。
「余計な心配かけないでちょうだい。だからお母さん、お友だちをハルちゃんに会わせるのは気がすすまなかったのよ」
「でも、ハルちゃん、すごく喜んでいたよ」
未来の声は、自然ととがってしまう。
「未来はあの時、家にいなかったから」
今日子が、春子が鏡を見て倒れた時のことを言っているのはわかった。
だが、自分が家にいなかったからといって、何を責められなければならないのか。
未来には、今日子の一言一言がみぞおちのあたりに棘のようにささってくるような気がしてならなかった。
「どういう意味?」
「ハルちゃんに鏡を見せることが、未来には、どれだけ危険かわかっていないって言ったのよ」
「わかっているよ。だから必死で探したんじゃんっ」
抑えていたつもりだが、声が自然と大きくなる。
今日子は何も言わずに、お風呂場に向かおうとした。
「わたしだって、ハルちゃんのためを思ってやっているんだからっ」
今日子の背中に、沸きあがってきた怒りを投げつける。
今日子がゆっくりと振り向く。
「ハルちゃん、起きちゃうから、静かに」
「もう、なんなのよっ」
「ごめんね、お母さん言いすぎた。未来の気持ちはちゃんとわかっているわ。ありがとうね」
未来は、突然今日子の顔が何歳も老け込んだような気がした。
自分だけが怒りを強く母にぶつけてしまったことに、すまない気持ちになった。だが、謝ろうと思った時には、今日子はお風呂場に姿を消してしまっていた。
未来は重い気分のまま、美波に『わたしの部屋にもハルちゃんの部屋にもなかったよ』とメッセージを返した。
『りょーかい。もう一度自分の家を探してみるね』とすぐに美波から返信があった。
胃の中で何かがもやもやと動いている気がした。
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